軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

主人公アレイスト

ガイア帝国とクルトア王国。

その国境近くでは、大部隊が編成されていた。

兵士たちが、自分たちの近くで命令通り待機している魔物たちを気味悪がってみていた。一番目立つ魔物ゴーラもそうだが、黒い体に白い模様のようなラインが入っており特に目立っている。

黒い魔物たちには、揃えたかのような白い模様が入っていた。

「おい、こいつら本当に大丈夫なんだろうな?」

「知るかよ。第三皇子の軍団で間違いないんだろうけどさ」

「でもよ、これでようやくクルトアも終わりだな」

騎士や兵士たちの多くが、空を飛んでいるワイヴァーンを見ていた。数も多く、それでいて騎乗している騎士たちの言うことも素直にきく。

空を雄々しく飛んでいるワイヴァーン隊を見て、騎士や兵士たちはついにクルトア王国――いや、何百年と苦しめられてきたドラグーンに勝てると高揚感に包まれていた。

総大将である第一皇子が、第三皇子であるアスクウェルと共に歩いていた。

青年と言うよりは壮年に近い第一皇子は、魔物の軍勢を見ながら。

「アスクウェル、お前の軍団が今回は本命だ。だがいいのか? 魔物を使用して大量虐殺……国内でもいい顔をする者たちだけではないぞ」

弟を心配していると言うよりも、牽制しているような口ぶりだった。実際、今回の戦争が成功でもすれば、アスクウェルが一番皇帝に近付いてしまう。

帝国の勇者などと呼ばれる弟を警戒しての言葉だと、アスクウェルも気が付いていた。

「誰かがやらねばなりません。帝国はすでに限界です。俺一人の名が地に落ちたとしても、それで何万という帝国の民が救われるのなら安いものです」

言い切るアスクウェルに、第一皇子は短く。

「そうか」

と、言うだけだった。だが、続けるように。

「……今回は私の軍団が囮としてドラグーンを引き付ける。しかし、それでも切り札であるワイヴァーン隊を大量に残して大丈夫か?」

二つの軍団が、それぞれ別の国境を攻める準備を進めていた。そして、人が中心の軍団は、クルトアを引き付けるために国境に向かおうとしている。

「ゴーラがいますよ。それに、こちらにもワイヴァーン隊がいますので。それに、兄上には生きて貰わねば困ります」

万を超える魔物の軍勢。

それを率いるアスクウェルは、勝利を確信していた。いや、勝利しか生き残る道はないと思い込んでいた。

(いずれ帝国は疲弊し、内部で分裂する。そうなる前に、クルトアの豊かな大地を少しでも多く手にしなければいけないのだ)

宮廷内のゴタゴタ、そして兄妹同士での骨肉の争い。

それらを終わらせるよりも、帝国の力がこれ以上落ち込めば内部から崩壊する未来が、アスクウェルには見えていたのである。

第一皇子は。

「そうか。アスクウェル」

「なにか?」

兄を見たアスクウェルだが、第一皇子は離れて行った。背中を見せながら一言だけ。

「生きて帰ってこい。そしたら、秘蔵の酒を用意しておく」

言われて、アスクウェルはすぐに暗殺を警戒したが、そのような雰囲気でもなかった。何しろ、暗殺するタイミングが悪い。

「えぇ、俺で良ければ酒の相手をさせて貰いましょう」

そう言って、二人はそれぞれ指揮をする軍団の下へと戻るのだった。

王宮内。

ルーデルの下を訪れる人物がいた。

それは近衛隊の騎士であり、正式な書類を読み上げている。式典参加前の待機する部屋で、ルーデルはそれを聞いていた。

イズミは、目を見開いて立ち上がり口を開く。

「ルーデル一人に現地へ向かえだと? 馬鹿にしているのか!」

近衛隊の騎士は、上級騎士であるイズミを見て鼻で笑う。

「これは正式な命令だ。馬鹿にしているとはどういう意味かな?」

国王陛下の命令とあり、ルーデルに拒否権はない。何しろ、大公家の出身といっても、今は王国の騎士として働いているからだ。

命令書には――。

「イズミ、下がれ。ガイア帝国の動きがある国境へ向かえと言うのであれば、俺に拒否権はない。確かに命令を確認した。これより現地へと向かおう。だが、本当に動き出したのなら、俺一人ではまずいと思うが?」

――ルーデル一騎で、現地に向かえというのだ。普通ならば有り得ない状況だった。

「ルーデル、おかしいじゃないか! ここは王宮だ。それに、こんな命令の仕方があるか! なぜ陛下が直接命令を下さない! それに、ルーデルは竜騎兵団所属だぞ。団長から言われるのなら話は分かるが、どうして個人に……」

近衛騎士は、命令は伝えたと言うとそのまま部屋から出て行くのだった。残されたルーデルとイズミは、互いに顔を見合わせた。

ただ、ルーデルは笑っていた。

「一騎だけで現場に向かえとは……期待されるとみるべきかな?」

冗談を言うルーデルに、イズミは鋭く睨んでいた。

「ルーデル、すぐにみんなに知らせよう。こんなのは間違っている。この命令書だってなにかおかしいじゃないか!」

受け取った命令書は、確かに陛下のサインと印が押されていた。だが、こんな事は有り得ないと、イズミはルーデルに説明する。

しかし、ルーデルもそれは分かっているようだ。

「ま、敵が動いたなら俺たちの仕事だ。それにな、個人的にも現場に向かいたい。国境を守る砦には……クルストがいる。それに、本当に動いたのなら団長たちも後から動くだろうさ」

ルーデルが部屋から出ようとすると、イズミがルーデルの腕を掴んだ。覚悟を決めた表情で――。

「私も行く。一人では危険すぎる」

ルーデルは、イズミに笑顔を向けると頼み事をした。

「いや、俺一人で行くのが命令みたいだからな。すぐに出発するから、イズミはこのことを誰かに相談してくれ。リュークでもユニアスでもいい。アレイストもいるか? 俺は先行して敵の足止めをしてくるよ」

ルーデルはイズミの手を自分から離させると、そのまま部屋を出て行くのだった。

「すぐに追いつく。それまで無茶をしないでくれ」

真剣なイズミに、ルーデルは笑顔で手を振った。

「ま、本格的に動いていないかも知れないからな」

本心では、そんな事は思っていなかった。

(そうか……ついに来たか。思ったよりも早かったな)

これまでの事を思い出し、そしていつか来ると思っていた。自分でも理解出来ないが、こうなるのを知っていたような気がしてくる。

自分の邪魔をし、そして最後に手を貸してくれた黒い三匹――猪、鳥、そして黒い霧が言っていた。

(いずれ、こんな日が来ると分かっていた)

部屋から出てドアを閉めると、ルーデルは思った。

(運命か……面白いじゃないか)

誰が仕組んだかなど知らない。だが、自分はそこに行くべきだと、ルーデルは考え、そして廊下を足早に歩いて行く。

戦場となる事が予想される場所には、弟であるクルストもいた。

「待っていろよ、クルスト」

国境を見張る砦の一つでは、避難してきた周辺の住民たちが集まっていた。

すでに後方の街にも伝令を向かわせ、避難するように指示を出している。

ルーデルに似た青年が、その場の指揮を執っていた。

「住人の避難は!」

武具を身に纏い、砦の状況を確認すると部下が答えた。

「駄目だ、隊長。中央の騎士たちが馬を使いやがった。あいつら伝令に行くとか言って逃げやがった! 男手はともかく、女子共に老人じゃ逃げ遅れる」

隊長と呼ばれた騎士の名は【クルスト・アルセス】――ルーデルの弟にして、学園を強制的に卒業させられた騎士だ。

兄であるルーデルと和解し、そして心を入れ替えて砦で騎士として役目を果たしてきた。

だが、上司である騎士たちが敵を前に逃げ出し、今では砦の責任者代行という形になっていた。

クルストは、砦の外を見た。

遠くで燃え上がる黒い煙。黒く蠢く帝国の軍団。魔物の群れ。

目の前の状況を見れば、逃げ出したくもなると内心では思っていた。だが、それを口に出すことはできない。

「すでに伝令は街に送った。ドラグーンが来るまで耐え抜けば、俺たちの勝ちだ!」

砦内に逃げ込んできた民たちも、クルトア最強のドラグーンが来る事で安心していた。良くも悪くも、これまでガイア帝国を押え込んでいたのはドラグーンだ。

逃げ込んだ民たちも、きっと今回も助かると信じていた。信じているからこそ、砦から逃げるのを拒んでいた。

(まずい。砦から逃げないで、戦争が終わればすぐに故郷に戻るつもりか。民が逃げたがらないなんて)

ドラグーンという存在が、民に安心を与えていた。それにより、砦内では不安はあっても落ち着いている。

だが、積極的に逃げようとしない民を抱え、クルストはこれから帝国を迎え撃つことになるのだった。

クルストは、妹であるエルセリカに支援を求めていた。自分が出来る事を考え、何かあった時のために備えてはいる。

だが、目の前の大軍勢は、流石に予想もしていなかった。

(ドラグーンが来るまで耐えきれるか? それにしても、なんで今更これだけの軍勢を帝国は……ドラグーンの餌食になると分かりきっているのに)

今まで、帝国はドラグーンによって多くの被害を出してきた。クルストには、帝国が何か切り札でも持っているのではないかと不安になるのだった。

不安を吹き飛ばすため、クルストは自分の両頬を手で叩く。

(大丈夫。時間稼ぎくらいできるさ)

クルトア王国の王宮では、アイリーンが準備を進めていた。

周囲の侍女たちがアイリーンにドレスを着せ、着飾らせる中で報告を受ける。

「そう。ルーデルは戦場に行きましたか。ま、あれも白騎士です。クルトアの戦力には違いありません。負ければフリッツ様の武功が際立ちますから、その点では感謝ですね」

近衛隊の女性騎士が、そのまま報告を続けた。

「帝国は予定通り軍団二つをクルトアに侵攻させてきました。ルーデルの向かった場所が本命のようですが、かなりの数を揃えたようです」

アイリーンは少し呆れながら。

「魔物の軍勢などと……帝国も野蛮ですね。式典の準備はどうですか?」

女性騎士は、そちらは上手くいっていないと告げた。アイリーンの表情が曇ると、女性騎士はすぐにフォローをする。

「流石に総大将に置くのは反感が強く。それに、総大将に置いてしまえば、フリッツ殿個人の武功を上げる機会がありません。多少は自由の利く副将がよろしいかと」

納得出来ないアイリーンだが、フリッツが活躍出来るのであれば問題ないと渋々と納得した。

「それはそちらで任せます。しかし、総大将は誰を任命するのですか?」

慌ただしいクルトア王国の王宮。女性騎士は、アイリーンに見えない位置で口元を歪めていた。

(平民出の騎士など重用させるものですか。それに、飾りは飾りらしくして貰わないと……王家の血に、平民の血が混ざるなど論外。ならば、初代国王と同じ黒騎士の方が、我々も納得出来る)

アイリーンを担いでいた貴族や騎士たちは、自分たちが次の主流になりたいだけだった。

表情が変らないフィナは問題がある。だが、操りやすいアイリーンの方が神輿として相応しいと思っていた。

今まで従っていたのは、クルトア内の派閥争いでしかなかったのだ。戦争も、土地を奪われようとドラグーンがいればいつでも取り返せると思っていた。

それだけ、ドラグーンの存在は大きかった。

「アレイスト・ハーディを推薦します。総大将は目立つ黒騎士が宜しいでしょう。すでに本人の両親は王都の屋敷に来ております。息子の晴れ姿を見るために訪れたのでしょうが、人質には十分かと」

アイリーンは自分のドレスが少し気に入らなかった。

「待ちなさい。この色ではフリッツ様の服と色合いが……すぐに変更しなさい」

女性騎士はアイリーンを見て思うのだ。

(貴方は素晴らしい王女殿下ですよ、アイリーン様。三公の一角はこれで崩れ、そして多くの貴族たちが失脚……変化の少ないクルトア王国で、貴方は神輿として相応しい。世継ぎが生まれれば、好きなだけ平民と愛し合ってください。ま、軟禁生活ですが)

アイリーンは、ドレスを着替えながら思い出したように言う。

「そう言えば、フリッツ様のために用意した剣はどうするのです? 総大将のために用意したのですが?」

女性騎士は笑顔で。

「あれは総大将に渡すことにすればいいのです。クルトア王国が最高の技術で作り出した剣ですので、一時的に貸し出せば宜しいではありませんか。見栄えはいいですし、それに戦場では自分の得物が一番。フリッツ殿も預かった剣では遠慮が出て満足に戦えませんよ」

アイリーンは首を傾げた。だが、あまり剣に関して深い思い入れはないのだ。女性騎士の意見をそのまま取り入れた。

「ならば任せます。フリッツ様を活躍させてくださいね」

女性騎士は騎士の礼を取る。

「お任せください」

なんとなくだが、こんな日が来ると思っていた――。

ルーデルは、サクヤの背中にある鞄の一つから荷物を取り出した。白い鎧には青い装飾があった。盾を取り出し、状態を確認する。

ドラグーンの竜舎近くでは、サクヤが食事をしていた。ガツガツと大量の肉を食べており、これから戦場に向かうので腹ごしらえをさせていた。

どんどん減っていく餌を見て、竜舎で働く者たちが次々におかわりを用意していた。

「もっと持って来い!」

「他のドラゴンにも食事させろ! 倉庫を空にしても構わん!」

「換えの装備の確認も急げ!」

ガイア帝国が大規模に動いたとルーデルが知らせると、ドラグーンの施設はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎだった。すぐに王宮へと一騎のドラグーンが情報の確認に向かい、ドラゴンたちに食事をさせて準備を開始している。

そんな中で、ルーデルは自身の鎧を着用していく。かつて無骨な鎧だったその鎧は、ルーデルの邪魔をしていた黒く凶悪そうな猪が最後に託した品だ。鎧を着用していくと、ルーデルは手を開いては握りしめる行動を繰り返した。

見上げると、空は曇っていた。雨でも降りそうな天気だが、その程度で出撃を遅らせるなど出来ない。

ルーデルは兜を担ぐと、近くで忙しそうに動き回る人を捕まえる。

「俺の方は準備が出来た。出撃する」

すると、竜舎で働いている人間は大声で。

「分かりました。あの、初陣ですよね? 必ず戻ってきてくださいよ!」

握手を求めてくる相手に、ルーデルは力強く手を握った。相手は笑顔になり。

「白騎士の初陣の準備をしたのは自分だと、自慢したいんで大活躍期待しています」

ルーデルは笑顔を向けるとサクヤの背に向かって跳ぶ。

(初陣ではないんだが……いや、それはいいか)

着地をすると、サクヤも食事を終えたのか四枚の翼を大きく広げて咆吼した。竜舎内の方からは返事をするようなドラゴンの咆吼が聞こえてきた。

ルーデルは、サクヤの背中を撫でる。

「準備はいいか?」

『お腹も一杯だから大丈夫! サクヤが相手を追い返すよ!』

大きな両腕を掲げ、サクヤがやる気を見せるとルーデルは背中を二回軽く叩いた。それを合図に、サクヤがゆっくりと翼を動かして空へと舞い上がる。

周囲からは人が待避していた。それでも安全な場所まで舞い上がると、ルーデルはサクヤに言うのだ。

「サクヤ、俺とお前にとって重要な一戦になる気がする。だから言っておく。俺のドラゴンになってくれてありがとう」

ルーデルの言葉に、サクヤは空の上で首を傾げた。あまり意味は分かっていないようだ。

『分からないけど、サクヤはルーデルのドラゴンだからね。頑張るよ! サクヤは強いから、敵なんかすぐに倒しちゃうんだぞ!』

ルーデルは笑う。

「期待している。ほら、行こうか。……――が、待っている」

ルーデルは空の向こうを見て、何かをヒシヒシと感じ取っていた。

サクヤが翼を激しく動かし、徐々にスピードを上げていくと周囲に魔力の壁が発生した。風を魔法で防いでいるのだ。サクヤがそのまま戦場へと向かうと、地上では竜舎で働く人々が手を振っていたのだった。

ルーデルが現場へと向かっている頃。

王宮内では式典の準備を終えたアレイストが、両親と面会をしていた。

「父さん、母さん! な、なんで!」

困惑するアレイストに、両親は近付いて肩を叩いた。とても嬉しそうにしており、アレイストも照れてしまう。

アレイストの父は言う。

「お前の晴れ姿を見に来た。王宮から招待状も来たんだぞ」

アレイストの母は涙ぐんでいた。

「立派になって。それに、最近は帰ってこないから心配していたのよ。ちゃんと食べているの? 少し痩せたんじゃない?」

アレイストは苦笑いをした。二人を落ち着けようと少し距離を取ると。

「だ、大丈夫だから。それより、今回は勲章を貰うだけで、僕はオマケみたいなものだから。本命はルーデルだし」

アレイストがそう言うと、父がキョトンとした。アレイストは、間違ったことを言ったかと困惑した。そして、母が疑問に思いながら口を開く。

「アレイスト、貴方はガイア帝国が攻め込んで来たから、その討伐部隊の総大将でしょ? ドラグーンが追い払うから大丈夫でしょうけど、その年齢では異例の大抜擢よ」

それを聞いて、アレイストは驚きのポーズを取る。奇妙なポーズに、父も困惑していた。

「すでに王宮内は慌ただしい。騎士たちも準備をして、そのままお前を総大将に任命する話になっていたんだが? お前が聞いていないとはどういう事だ?」

「で、でも! 朝の掃除の時にはなにも! 昨日だって何もなかったし!」

すると、父は違う場所で驚いた。

「そ、掃除? どういう事だ! お前は親衛隊の部隊長ではなかったのか! 朝から掃除とはなんだ? わしはなにも聞いていないぞ!」

両肩を掴まれ揺すられるアレイストも、混乱しており返答が出来なかった。

「え、戦争? ガイア帝国!? どういう事! というか、僕は親衛隊の掃除がかりで……」

母が今度は叫んでしまう。

「そ、掃除がかり! 私のアレイストが! 私の可愛いアレイストが、なんでそんな! ……あぁ」

「母さん!」

倒れそうになる母を、父が抱きしめていた。二人の仲の良さが感じられる場面だが、アレイストはそれ以上に。

(このタイミングで戦争なんて……いや、それよりこれはイベントなのか? いや、違う。ゲームじゃない。ゲームじゃないんだ!)

未だにゲームやイベントだと頭をよぎるが、ゲームとは違う世界だとアレイストはその考えを振り切る。

(そうだ。ルーデルとも友達になったんだ。ユニアスとリュークだって……ここは僕が生きている世界だ!)

部屋から出ようと動き出すアレイストのところに、イズミが駆け込んできた。息を切らし、髪を乱していた。

「アレイスト! ルーデルが……一人で出撃した」

アレイストは目を見開くと、口をポカーンと開いて唖然とした。

それは、まるでゲームの流れのように感じた。奇しくも、ゲームで主人公に敵国の侵攻を知らせるのは、イズミの役目だったのだ。

アレイストは、その流れがとても嫌なものに感じるのだった。

(このままだと、ルーデルが……)

イズミはアレイストの腕を掴む。そして、懇願するのだった。

「陛下の命令書が確かにあった。だけどおかしいんだ。ルーデル一人に出撃を命じて……それに、王宮内の様子もおかしい。妙に落ち着いているんだ。頼む、ルーデルを助けてくれ」

気絶した母を抱えた父が、イズミを見て睨み付けていた。

「君は誰だね。アレイストにはガイア帝国との戦争で総大将という大任があるのだ。助けを求めるなら、相応の者に進言しないか! アレイスト、説明は後で聞く。もう時間だ」

アレイストは、口を開こうとした。直後、部屋に近衛隊が流れ込んでくる。そして、近衛隊の騎士たちがイズミを拘束するのだった。

騎士を率いているのは、フリッツだった。

「暴れて貰っては困ります。黒騎士アレイスト、すぐに任命式が始まります。ご両親も会場へお連れしろ。それと、その上級騎士は牢屋に放り込め」

フリッツが指示だけ出すと部屋を出て行った。アレイストが抵抗しようとすると、近衛隊が両親を取り囲んでいた。両親の見えない位置で剣の柄に手をかけている者までいた。

「お前ら……どうしてこんな事を」

近衛隊はニヤニヤするだけで、アレイストを拘束して部屋から連れ出すのだった。

ユニアスは、取り巻きの騎士たちと共に勲章の授与式に参加するため会場へと向かっていた。

妙な胸騒ぎと王宮の慌ただしさを感じていたが、待合室に放り込まれ監視されていたので動けなかった。

何か起きているというのは理解できたが、それが何かは理解出来ない。廊下の向こう側からは、リュークが歩いてきていた。

ユニアスは手を上げると、リュークは周囲を見てから溜息を吐いた。ユニアスに近付くと、文句を言ってくる。

「ここでは軽々しく声をかけるな。それより、俺もお前に聞きたいことがあった。さっきまで半ば部屋に押し込まれていたんだが、いったいこれはどういう事だ? 我々相手にこんな事をする相手がいるなら誰だ?」

リュークも嫌な予感がしているようだ。そして、相手はすでに特定しているような印象を受けた。ユニアスも直感で思い浮かんだ相手を口にする。

「近衛隊絡みならアイリーン王女殿下だろ。しかし、また随分と酷い扱いじゃないか。文句の一つでも言わないとな」

獰猛な笑みを浮かべるユニアスを見て、リュークは何か言いたそうにしたが諦めて溜息を吐いて会場を目指すために歩き出す。王宮の廊下を歩く二人に、周囲は困惑していた。そして、リュークが少し笑う。

「ルーデルやアレイストも何かしらされたかも知れないな。あいつらも誘って抗議でもするか?」

ユニアスは楽しそうに笑いながら。

「抗議とか行儀が良すぎるんだよ。もっと派手に行こうぜ。そうだな、ルーデルを誘ってドラゴンで王宮の周りを飛んでやろうか? きっと驚くぜ」

リュークは呆れつつも楽しそうだった。

「それではルーデルだけに罰が下る。そうだな、面白い意趣返しがないか考えておくか。どうせ式典は暇だ」

ユニアスはリュークを見て少し驚いた顔をした。ただ、先程とは違う本当に楽しそうに笑っていた。

「お前、やっぱり今の方がいいぜ。喧嘩をするにしても、今のお前との方が楽しそうだ」

リュークは肩をすくめつつ。

「昔から喧嘩か? 成長しない奴め。だが……そうだな。最終学年で私は試合に出なかった。今にして思えば、少しだけ後悔がある」

ユニアスは大声で。

「だから言ったんだよ。お前も出ろ、って! その方が面白かったんだ」

笑い合う二人が会場へと近付いていた。ただ、会場で待っていたのは――。

式典の会場となる謁見の間の控え室では、アレイストが信じられないという表情をしていた。

両親がいる中で、アイリーンが登場するとその場で総大将になれと言ってきたのだ。そして、アレイストはアイリーンに確認した。

ルーデルはどこにいる、と。

それは最悪の可能性だった。アレイストは転生者だ。ゲーム知識を持ち、ガイア帝国と戦争になるとどうなるか知っていた。どうしようもない悪役のルーデルが、国を売って混乱に陥るのだ。

そして、ルーデルは帝国の皇子に討ち取られてしまう。だが、この世界でルーデルは馬鹿みたいに前向きだった。

アレイストは、どこかで未来は変わったと思いたかった。なのに、ここまで来てまるで嫌味のように世界はイベントを消化していくのだ。

「ルーデルはガイア帝国の侵攻があるとされる場所へ送りました。そちらは陽動でしょう。なので、一騎だけを派遣しました。砦もあるので守れるでしょう。何しろ、クルトア最強のドラグーンですから」

場所を聞いてアレイストの表情は更に悪くなった。そこはゲームで決戦の場所となった土地だ。どう考えても、本命はそこであるように感じた。

「一騎だけ? そんなの……せめてもっと送るべきだ!」

アレイストの両親が近衛隊に囲まれている状況だ。母は不安そうに、父は周囲の騎士たちを睨み付けていた。

「アイリーン王女殿下、これはどういうおつもりか! このような無礼、いくら王女殿下と言え許されませんぞ!」

アイリーンはアレイストの父の意見を無視して、アレイストに言い放つ。

「総大将はアレイスト殿です。クルトア王国が用意した剣を与えます。立派に役目を果たすように。まぁ、貴方はいるだけでいいのです。なにもしないでください」

「な、なにもしない?」

アイリーンは頷いた。

「えぇ、貴方は、総大将という名のお飾りです。それ以上は求めません」

アレイストも、アレイストの父もアイリーンを睨み付けていた。周囲の騎士たちが武器を二人に向ける。

アレイストは、グッと堪えた。

「なら、僕はルーデルの援軍に向かう。あそこの方が危険だ。それに、飾りなら僕でなくても……」

アイリーンは面倒そうだった。面倒そうに。

「もう決定したことです。それとも、何もかも捨てて助けに向かいますか? いいですよ。私は貴方に興味がありません。もっとも、その時は全てを失うと思いなさい。ハーディ家もおしまいですね」

アイリーンがその場から去ると、アレイストは涙ぐんでいた。涙ぐんで、膝から崩れ落ちる。友達は助けたい。ルーデルを助けに行きたい。

嫌な予感がした。

だが、両親を考えると動けなかった。転生者で生意気な自分に愛情を注いで育ててくれた、第二の家族だ。アレイストは、どうすればいいのか分からなかった。

そして、近衛隊が控え室であるその場所に、アレイストの部下たちも放り込んだ。そこには、アレイストの式典に合わせて学園の後輩である【セリ】と【ジュジュ】も来ていた。

青い髪をした【ネイト】も、部屋に放り込まれてブツブツと文句を言っている。

逃げ出せば、ここに集められた人たちは――。

アレイストは嫌な予感がしていた。そして、動けない自分が悔しかった。泣いているアレイストを、両親やハーレムメンバーがオロオロと見ていた。

そんな時だ。

アレイストの母が口を開いた。

「アレイスト、顔を上げなさい」

「か、母さん?」

そして、微笑むとアレイストに言うのだ。

「友達を助けに行きたいのよね?」

アレイストは頷く。涙をポロポロとこぼして、口を開いた。

「何度も、何度も助けて貰ったんだ。あいつがいなかったら、僕はここにいなくて……ちゃんとお礼も出来てないんだ。僕はそれなのに助けられなくて!」

強くなったつもりだった。ゲーム知識を使ってレベルを上げた。だが、それでは解決しない大きな流れに巻き込まれ、アレイストは動けなかった。

すると、母がアレイストの肩に手を置いた。

「……自分のしたいように動きなさい」

「お前……」

アレイストの母は笑顔でアレイストに言う。それを聞いて、父が困惑していた。そんな父に、母は普段と違う口調で。

「なんですか! ハーディ家の当主が、あんな脅しに屈するとは! 貴方たち、ハーディ家はアレイストの行動を支援します。もう、クルトア王国と事を構える覚悟です。これに懲りたら、アレイストを追い回すのは止めなさい。……不幸になるわよ」

最後に、母がアレイストの恋人たちに優しさを見せた。それを聞いて、アレイストは母の顔を見た。

「な、なんで。だって、僕がここから逃げたら」

アレイストに母は言う。

「大事な友達なのでしょう? それに、アレイストは小さい頃からどこか抜けていて、それで女の子ばかり追いかけて心配だったわ。学園に行ったら、女の子を妊娠させるんじゃないか、って考えて眠れない日もあったのよ。でも、二年生が終わった頃かしらね? 凄く楽しそうに友達の話をして、本当に楽しそうだった。今までどこを見ているか分からないアレイストが、本当に楽しそうで……」

自分の事を母はしっかり見ていたのだと思うと、アレイストは俯いてしまった。転生してからずっと、ここはゲームの世界だと思い見ているようで全てを見ていなかった。まるでゲームのキャラを見ているように人と話していた。

それを、母は気付いていたのだ。

「アレイスト、行きなさい。こんな事をするクルトアは危うい。このまま従っても、アイリーン王女殿下はきっとハーディ家に無理難題を言ってきます」

父も力強く頷いた。

「そ、そうだ! 国王陛下がおらず、王妃もいないのでは怪しいではないか! 我がハーディ家は成り上がりだが、このような扱いを受ける謂われはない! わしたちの事は心配するな。アレイスト、お前は自分のしたいことをしなさい。こんな横暴、許されるわけがない!」

アレイストは涙をぬぐうと、立ち上がって両親の顔を見た。そして、二人に抱きつくと言葉をかけた。

「……ありがとうございます。こんな不出来な僕を愛してくれて、ありがとうございました。勘当してくれて構いません。僕は、僕の意志で友達を助けに行きます。今まで、ありがとうございました」

そんな言い訳が通じるとは思わなかった。ただ、自分の伝手を使って最大限に両親を助けようとアレイストは考えるのだった。幸い、アレイストは三公の息子たちと友人だ。

(こんな風に利用するのは嫌だけど、それでも……)

アレイストは、振り返ると自分の恋人たちを見た。ハーレムに興味をなくしたら集まった女性たちだ。正直に言えば、愛しているのかどうか分からない。

ただ、憎めない存在ではあった。そして、彼女たちとの旅や生活は楽しかった。

「……ごめん。僕はもう伯爵家の跡取りでもなければ、クルトアの騎士でもない。ただ一人の人間として、友達を助けに行くよ。今まで迷惑もかけたけど、ここでお別れだ。ありがとう……そして、さようなら」

アレイストはそのまま部屋を飛び出すと、部屋の前にいた近衛隊の見張りの騎士を素手で昏倒させた。部屋から出るように全員に伝えると、そのまま王宮の外へと駈け出すのだった。

多くのものを失った気がした。ただ、同時に自分の目を覚まさせてくれた友人の危機を、見過ごすことも出来なかった。

(きっと僕は英雄にはなれない。勇者でもない。馬鹿で卑屈で……それでも、一度だけでいい。友達のために立ち上がってもいいじゃないか! ここで逃げたら、僕は一生自分を許せないから)

友達を――ルーデルを助けるために、アレイストは王宮の廊下を駆けるのだった。