作品タイトル不明
舞台に上がるエルセリカ
パセット・ユリネリアは、洞窟で得た日記の解読をしていた。
泊まっている部屋には簡易な机と照明器具があり、夜となっても本を読むことができる。疲れている同僚は、すでにベッドで夢の中だ。平民出の娘で、布団を蹴り飛ばして下着姿を晒している。
一度席を立つと、パセットは同僚に布団をかぶせた。
普段は茶色の少し癖のある髪を後ろでまとめているが、今は下ろしている。背中まで伸びた髪は、本人にとって少し邪魔である。短くしたいが、どうしても周囲の反応があるために切れなかった。
両親が、女の子の髪が短すぎるのは嫌だと反対しているのだ。
パセット自身は切りたいが、これ以上は短く出来ない。
机に戻り椅子に座る。日記の横にはパセットのメモ帳や資料が散乱しており、それらを片付ける。区切りの良い所のまで進めるつもりだった。だが、熱中していたようで少し急いでいたようだ。
「今日はここまでかな」
日記には、英雄が住んでいた地域の事が書かれていた。時代的にはゴーラに苦しめられた時代である。クルトアも建国前となれば、戦国時代に入る前だろう。生活の事が書かれていると、興奮して資料である書籍と比べてしまった。
だが、違和感もあった。日記を書いている人物が、どうも感覚が自分たちに――この時代に近い気がしたのだ。当時は最新式と思われる技術に対し、不便さを感じていた内容の文章があったのだ。
古くて紙が駄目になり読めない所もあるが、パセットは最後のページが気になっていた。聖剣を見つけた者に託す内容と共に、そこにはアレイストの名前が書かれていたのだ。パセットは、日記の著者の名前と思ってしまった。
しかし、最後のページに名前を書くのだろうか? それが気になっている。
「本の表紙はボロボロなのよね……はぁ、それにしても、うちの隊長さんは謎が多いな」
パセットから見ると、アレイストは自分たちと同じ歳で隊長を任されたエリートだ。しかし、実際は半年以上も掃除係を押し付けられ、隊のメンバーは全員が女性騎士で固められている。
だが、それにしてはどうにも人選がバラバラだった。パセットは、当初はアレイストに興味がなかった。だが、旅を共にし、アレイストの余裕ある行動と普段とのギャップに心動かされた一人であった。
「掃除係の時は大丈夫か不安だったけど、やっぱり黒騎士は違うなぁ」
凝り固まった体を背伸びをしてほぐすパセットは、机の上の照明器具を消してベッドへと向かう。部屋の明かりが消えると、外の光が窓から見えた。星の光や、少し離れた繁華街の光である。
ぼんやりとベッドから窓の外を眺めていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。
『観念して下さい、アレイスト隊長!』
『嫌ぁぁぁ!! 止めて、乱暴しないで!!』
『すぐに終わります。天井の染みでも数えていてください!』
『嫌だ! 僕は、僕はまだ綺麗な体でいたいんだ!』
『あ、逃げるなぁ! このままでは綺麗な体でいられなくなる可能性もあるんですよ! なら、初めては私でもいいじゃないですか!』
『女の子が夜這いしないで! 頼むからゆっくり寝かせてくれよぉ!!』
騒がしい声と共に、ドアが勢いよく開け放たれアレイストが廊下を走る音が聞こえてきた。少し遅れて、夜這いをかけた同僚がアレイストを追いかける足音がした。以前、キースが小隊と行動を共にしてから女性騎士の間に不安感が大きくなっている。
そのため、こうしたやり取りが多くなっていた。
(今日は【フィズ】か……)
【フィズ・ブラント】は、男爵家の三女だ。家に残れば妻を亡くした貴族の後妻になると知り、学園に逃げ込んでそのまま騎士になった女性である。自分たちより年上で、割と裕福な家庭に生まれた事もありしっかりと教育を受けている女性だ。――そのはずだったのだが、やはり美味しい餌を前にしては我慢が出来ないらしい。
(フィズも面食いな所があるからなぁ)
自分と年齢が近く、それでいて家の格が高いアレイストは、フィズにとっては逃す事が出来ないチャンスなのだろう。
現在のアレイストは、確実にクルトアに二人しかいない王女を娶るだろう。そうなれば、アレイストの実家であるハーディ家は格が上がる事になる。侯爵か、それとも公爵――あるいは、三公から四公の時代が来るかも知れないのだ。
大公家が新しく誕生する。それは、クルトアの貴族にとって一大事である。派閥が大きく動く事になるからだ。しかも、ハーディ家は成り上がりで使える家臣が未だに少ない。縁戚からかき集めたとして、それで足りる訳がない。
新しい勢力の誕生は、停滞するクルトアの貴族情勢に大きな切っ掛けを生む事になる。良くも悪くも、アレイストはその中心にいたのだ。
「はぁ、こうなると隊長のライバルさんは余裕なのかな? 元から大公家だし、それに入り込む余地なんかないから」
熾烈なアレイストの妾候補争いは、大変な所まで来ている。パセットも、最初は発掘の援助をして貰えるなら妾候補に名乗りを上げようと考えていた。しかし、アレイストと接するうちに、そんな自分がとても嫌になったのだ。
「惚れるんじゃなかったなぁ……惚れなかったら、今頃は自分の利益のためだけに行動で来たのに。私も馬鹿だよね」
アレイストの前では読書好きな女の子で通していたパセットは、自分もフィズのように行動しようと思っていた。そんな自分が嫌になる。
(また、日記の話ができたらいいな)
目を閉じ、パセットは眠る事にした。二人は、そのうちに帰ってくるだろう。それがアレイストが掴まって連れ戻されるか、朝まで逃げ切りフィズが諦めるかは分からないが。
『女にここまでさせて逃げるんですか!』
『男か女かなんて関係ないよ! 大事なのは、お互いの気持ちだろう!』
『気持ちなんて後からどうとでもなります! ほら、私の方は心の準備が出来ていますから』
『僕の気持ちは準備できてないよ! 本当に駄目だって! なんで僕の小隊はこんなに肉食系が多いんだよぉぉぉ!』
『どうせ奪われるんですから、私に下さいよ! 何が不満なんですか! 自分で言うのもなんですが、見た目も問題ないじゃないですか!』
『中身だよ! もう少しだけ慎みを持ちなよ!』
宿屋の外から声がした。パセットは、宿屋から二人が飛び出したと知り、何をしているのかと呆れる。ただ、アレイストには逃げ切って欲しいと思うのだった。
◇
アレイストは、建物が立ち並ぶ小さな小道に潜んでいた。
黒騎士が纏う闇――影を自在に操り、フィズから隠れているのだ。
(どうして逃げ隠れで黒騎士の能力を使っているんだろう……それに想像していたハーレムと違う。ドロドロしていてもうヤダ)
隊の編成は上からの命令だ。アレイストにある権限を駆使したとしても、見事に握り潰されてしまう。外に出る時、ガウンを羽織ったフィズが近くを通りかかった。
「また逃げられた。隊長もいい加減に諦めればいいのに」
通り過ぎたフィズが、宿に戻るのを確認する。アレイストは、影から姿を現すと、着崩れたパジャマを整えた。夜這い対策で、すぐにスリッパを履ける位置に置いており、裸足ではない。
フィズが出遅れたのは、女としての最低限の慎みなのか、ガウンとスリッパを探して少し部屋から出るのが遅かったからである。
「絶対に間違っているよね。なんで僕がこんな目に」
泣き言をいうアレイストは、宿に戻るのは危険だと判断する。しばらく時間を潰すために、影の中に潜んで空を見上げていた。
建物の屋根同士の隙間から見える空は、自分のいた世界よりも綺麗に見える。内心では、もっと広い場所でミリアと二人で星を見上げられたらと思っていた。
だが、ソレが無理なのも最近では理解していたのだ。良くも悪くも、アレイストの地位は今まで微妙だった。成り上がりの貴族であり、周囲も勢いがあるからと適度に距離を置いていたのだ。貴族としての責務も、アレイストの両親が貴族と言うより商人の感覚に近かった事もあって放置気味だった。
貴族としての教育は受けているが、家を存続させるための貴族同士の婚姻に疎かったのである。
ルーデルが学生時代に婚約者を決められたように、リュークやユニアスにも多くの候補がいる。魔法によって寿命が長いために、学生時代に結婚という事はないが、それでも学生時代に正式に婚約するのは珍しい事ではない。
そして、黒騎士として認識されたアレイストに、今は女性が群がっていた。
「何故かルーデルの方は静かなんだよなぁ」
納得できないのは、ルーデルの状況である。アレイストもルーデルの噂には注意を向けていた。しかし、婚約や女性関係の噂が少しも聞こえてこない。どこかの貴族が見合いを計画したという噂を聞けば、次の週には何も無かった事になっていた。
「奥さんは一人って、無理なのかな」
以前は沢山の女性に囲まれてチヤホヤされたかったが、今のアレイストには好きな人がいる。そんな女性がいるのに、他の女性に手を出す事が考えられなかった。ただ、気付いた時には、それが許されない状況だったのだ。
「はぁ、もうこのまま増えたらどうするんだよ」
干からびて死ぬ。冗談ではなく、本当にそうした状況が迫ってきているのである。現状、クルトア王女がハーディ家に嫁ぐ事が決まっていた。本来ならルーデルが王女の内のどちらかを娶り、そして王位に就くのが理想だった。
しかし、本人にその意思がなく、そして王宮もそうした動きをまるで嫌がっているようである。クルトアの英雄であるドラグーンであり、珍しい白いドラゴンを駆るルーデルは、象徴としてこれほどの逸材もいないだろう。
本人は嫌がるだろうと、アレイストは苦笑いになる。
以前、ベレッタの港町に顔を出した時は、泥だらけになりながらも頑張っている姿を見た。アレイストは、素直に羨ましく思えたのだ。本当に嬉しそうに働いている。
「夢が叶ったのは良い事だよね。夢かぁ……」
アレイストは、自身が目指すものを考える。ラスボスに勝つのは当然だ。でなければ、国がなくなってしまう。無くならなくとも、厳しい状況に追い込まれる事だろう。
ただ、その先に何を自身が求めているのか? それが、アレイストには漠然としすぎていた。
ほとんど決められたレールの上を走るような人生だが、それでもリュークやユニアスも自身で最大限の努力をしている。責任や期待を背負いながらも、自分のやりたい事をしている姿が羨ましかった。
「主人公ってなんなのかな」
価値観の違いを突き付けられたアレイストは、空を見て呟いた。
◇
王都の喫茶店で、エルセリカとレナは個室に案内されている。
建物の外装もそうだが、内装も手が込んでいる。貴族が好んで利用するその店は、客に対してもある一定のマナーを求めてくるほどに厳しい店だった。
エルセリカは、落ち着かない様子のレナを見る。
「ちょっとは落ち着きなさいよ」
「いや、だって……スカートなんか最近はいてないし、ドレスもちょっと」
普段からルーデルのお下がりや、男物の服装を好んできていたレナはスカートをつまみ上げる。その仕草に、店員の表情がピクリと反応したのでエルセリカはレナを一睨みして止めさせた。
二人とも、今日はめかし込んで王都に来たのは、遊ぶためではない。
リューク・ハルバデスに、現在の王宮の情勢を聞くためである。エルセリカも、出来る範囲でリュークの事を調べていた。ルーデルの親友とも言える仲で、クルストが心配する売国奴とは関係がない。――少なくとも、本人は関係がないと思って接触したのだ。
同じようにユニアスも訪ねて見たかったが、運が悪い事に今は王都にいなかった。
「こちらになります」
礼儀正しい仕草で二人を個室へと案内した店員は、そのまま二人が個室へと入るとドアを閉める。中では、違う店員が紅茶の用意をしていた。
大きな窓からは光が差し込んでいる。ただ、机の配置や椅子の配置から、眩しさを感じる心配ないようだ。
「リュークさん!」
「ちょっ、レナ!」
落ち着いた店内で急に大声を出すレナに、エルセリカは焦ってしまう。店員が注意をしようとしたが、それをリュークが制した。
「すまないな。しばらく話すからお茶を用意したら少し外してくれ」
「かしこまりました」
三人分の紅茶とお菓子が用意されると、店員が個室を出ていく。そして、エルセリカがスカートの裾を掴んでお辞儀をすると、レナも真似をする。槍を握っている時と違い、どうしてこうまで頼りなく見えるのか、エルセリカには不思議でしょうがなかった。
「まぁ、座ってくれ。今日はかたぐるしいのは無しにしよう。私も休日までこんな調子では疲れるからね」
(大人だ)
エルセリカは、余裕のあるリュークを見て安心した。レナと共に席に着くと、そのまま簡単な挨拶をする。普段から出会うような同年代の男の子とは、雰囲気も違って憧れにも似た感情を抱く。
だが――。
「あ、リュークさん、貴族関係の事を教えて? 私も兄ちゃんも苦手でさぁ。でも、エルセリカが聞きたいって言うから」
「……レナ、なんでアンタはそんなに失礼なの? 次期大公よ。いくら普段通りって言われても、最低限の礼儀は――」
「任せてくれ。理解しやすいようにまとめてきた」
ノリノリのリュークが、エルセリカに資料を渡してくる。そこには、現在の貴族間の大まかな関係が書かれている。結構な枚数であるため、わざわざ用意してくれたのだろう。だが、エルセリカには微妙であった。
「学園への入学準備は進んでいるのか?」
「大丈夫だよ。兄ちゃんがサッチンを回してくれるっていうから、エルセリカと優雅に空の旅をするんだ。あ、このお菓子美味しい」
「そうか。何かあれば言ってくれ。辺境のルーデルでは対応できない事もあるだろう」
レナと笑顔で話しをするリュークは、レナが美味しいと言ったお菓子の名前をメモしていた。レナがリュークのお皿に目を向けると、微笑みながら差し出している始末だ。
(……あれ? なんかさっきとイメージが違う)
確かに頼んでいた事を完璧に調べてくれた。そして、エルセリカもその内容に満足している。だが、自分を差し置いて二人で談笑している姿には、少しだけ思う所もあった。
(やっぱり、ルーデルの友達って変なのが多いわよね)
エルセリカは、まとめられた資料に目を通しながらそんな事を思うのだった。