軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

敵意と形

「いいから、ルーデルから離れろ」

イズミが腰に差してある刀の鞘を左手で持つと、いつでも抜けるように準備する。鍔を親指で押し、敵である『キース・エルロン』を威圧していた。

しかし――

「僕はキース・エルロン。相棒の『スピニース』はウォータードラゴンだ。今度一緒に空の逃避行に出かけないか、ルーデル」

イズミを無視していた。

「逃げるのですか? 自分も他のドラゴンに乗りたいのですが、今はサクヤがいるので……」

女性陣の事など眼中にないといった風な男は、背も高く見た目も良い。しかし、妙に胸元を肌蹴させている。

右手を柄に伸ばそうとした所で、ミリアが慌ててイズミを止めに入った。

「ば、馬鹿! 相手はドラグーンよ。普通の人間じゃないのよ!」

そう。ドラグーンはドラゴンに選ばれた人間だ。普通の騎士が勝てるとは、誰も思っていない。事実、ドラグーンは基本的に騎士単体として見ても優秀な者たちが多かった。

ルーデルは笑顔でキースと握手をしていおり、相手の下心を全く理解していない様子である。それが余計に、イズミを不安にさせるのだ。相手は確かに外見は良いが、とても強そうには見えない。だが、イズミは震えながら柄を握った右手を離すのだった。

弱そうだが、仮にもドラグーンである。実力を隠していれば、イズミでは歯が立たないだろう。

悔しそうにするイズミは、何とか耐えていた。

「エルロン殿、ルーデルから離れて下さい(こいつ、こっちをチラ見して笑ってる!)」

「おやおや、どこの誰かは知らないが、随分と怒りっぽいんだね」

「先程、名前は名乗りましたよ?」

ルーデルから手を離したキースは、オーバーリアクションで右手で顔を覆い天を仰ぐ。

「それは失礼! 女性の名前に興味が無くてね。僕は母と祖母の名前を覚えれば、後は不要だと思っているから、どうしても覚える気が無いんだよ」

「……お前、相変わらずだな」

ベネットも飽きれている様子だが、もう諦めているのだろう。ため息を吐くと、それ以上は言及していない。

(こいつ、本当に嫌いだ)

イズミはわき上がる感情を抑えつつ、キースを睨みつけていた。イズミの視線に気付いたキースは、その表情を見てニヤニヤと笑っている。そして更にイズミの神経を逆なでるのだった。

「……ルーデル」

「何でしょう、中隊長」

尻尾を振り回しながら、ベネットは睨み合うイズミとキースを見ながらルーデルを引っ張ってくる。その仕草は、まるで兄にせがむ妹のようだった。睨み合う二人と、それを見てオロオロとするミリアから離れた二人は、玄関前で明日の予定を話し合う。

「明日は朝から訓練を行う。そうだな……初戦は私と一対一の模擬戦だ。それからドラゴンを使って戦ってやろう」

「本当ですか!」

喜ぶルーデルの顔を見ながら、真顔で話すベネットの尻尾は楽しそうに揺れている。

「馬鹿者、喜んでいられるのも今だけだ。それからキースとも戦って貰おう」

「小隊長とですか? 帰って来たばかりで疲れておられるのでは?」

「ドラグーンが疲れたなどと言っていられるか。お前は団長に足りない物が何か聞いたようだが、完全に理解していないだろう」

「す、すみません」

落ち込むルーデルを見て、ベネットは思う。

(し、失敗した! な、何とか慰めないと)

ルーデルから、団長との戦闘で足りない物を聞いた事までは聞いている。だが、その解決策をルーデルは中々出せないでいたのだ。相手を頼ると言葉で言っても、どうすればいいのかを理解していない。

もっと視野を広げるなどと言われても、経験を積むしかないのだ。

ドラグーンになるためには、才能が必要だ。そして、その中で一番を目指すなら、誰よりも己を磨く必要がある。

ベネットは、ルーデルに才能が無かったなどと思っていない。寧ろ、あるかないかも分からない才能を信じ、磨いて来た事を評価していた。自分の様に、ドラグーンになれるチャンスがあったからなったのではなく、ドラグーンになるために人生を賭ける事は彼女には出来ないからだ。

「そう落ち込むな。私とキースと戦えば、お前の答えも出るかも知れんぞ」

「出ますか?」

「お前次第だ」

ベネットは、睨みあうイズミたちの下に向かう。

ベネットがルーデルに気付かせようとしている事は、答えが決まっている物ではない。己が納得しなければ、意味が無いのだ。ベネットもキースも、そうしてドラグーンとしての形を磨いて来たのだから……。

人の一生は短い。才能があろうとも、全てを極めるなど不可能なのだ。異例とされるのがカトレアだが、そのカトレア自身もルーデルの件で大きな失敗をしている。

そしてドラゴンに選ばれたとしても、相棒であるドラゴンの能力も一定ではない。灰色ドラゴンですら、能力は個体によって違う。

どうなりたいかは、選ぶしかないのだ。

(ごめんね、部下君。でも、これは自分で納得しないといけない道だから)

ベネットは、自分とタイプの違うキースと同時に戦わせる事で、ドラグーンとしての形の例えをルーデルに見せたかったのだ。

次の日は、朝早くからベレッタの港町から離れた場所へと向かった。

離れた場所では、キースのドラゴンに守られたイズミたちがルーデルとベネットを見守っていた。

岩場ばかりの荒れた土地だが、サクヤが気に入っているので近くにはサクヤが掘り進めている洞窟が存在していた。

草木も無い場所で、ルーデルはベネットと向き合っている。

「使用する武器は木剣だけか?」

「はい、自分の得意とする武器です」

「そうか……私は短剣二本にブーメラン三本、そして鞭を使う」

木製の短剣二本とブーメランを見せたベネットに、ルーデルはそんなに武器を使うのかと不思議に思っていた。自分の得意とする武器を磨くのが、もっとも効率が良いと思っていた。

ルーデルの考えている事を察したのか、ベネットは溜息を吐く。

「貴様が何を考えているかは理解できるが、これが私のスタイルだ。遠慮せずに来るといい」

短剣を腰にしまうと、ベネットはブーメランの一つを手に持って構える。残りの二つを背中にしまうと、腰を落として独特な構えを見せる。右手に持ったブーメランを肩にかつぎ、左半身をルーデルに向けていた。

ルーデルが木剣を構えると、少しだけ向きを調整している。目の動きや体の小さな動きを感じると、ルーデルの体も反応して動きだす。

耐えられなくなったルーデルがベネットに突撃をかけると、高速移動で接近する。しかし、ベネットは素早く左に飛ぶとブーメランでルーデルへと斬りかかる。弾き返して体勢を立て直す時には、既にベネットは左手にもう一つのブーメランを所持していた。

(不味い!)

すぐに避けるためにその場を離れたルーデルだが、移動した場所へとブーメランが飛んできた。回転しながら飛んでくるブーメランには、かすかに魔力を感じる。

二枚のブーメランに注意を向けるルーデルは、飛び回りながら追ってくるブーメランの一つを弾き飛ばした。そして遠隔操作をしているベネットに視線を向けた時には、背中に衝撃を感じる。

そのまま地面へと倒れ込むが、何とか耐えて左手で体を支えている状態だった。

(三つ同時に操作したのか? そんな事が可能だとは……ッ!)

視線をベネットから一瞬逸らした事を、ここでルーデルは後悔する。獣人系の亜人は魔力が多くない。これは非常に不利だが、彼らには他の種族にない突き抜けた身体能力がある。

木剣を構えて真横にして自分の頭部よりも上へと持っていくと、短剣を二本装備したベネットが全体重を乗せて落ちてきた。

耐えきれずに受け流して逃げ出すが、ベネットはその動きについてくる。

「実に素晴らしい移動術だ。だが、その程度なら私にでもついて行ける」

短剣を器用に扱うベネットは、持ち手を逆手に替えるとルーデルに連続して攻撃を仕掛けた。全速を出せば逃げ切れるだろうが、それをさせないベネットにルーデルは苦戦する。

(速い! これでは光の盾も光弾も出せない)

「どうした? その程度か、学園一位?」

だが、ルーデルも剣術はそれなりに自信がある。ベネットの短剣の一つを弾き飛ばすと、ベネットは今度は距離を取るために片方の短剣を投げつけてきた。下から上へと剣を振り、弾き飛ばした短剣が地面へとカランカランと音を立てて転がる。

気が付けば、ルーデルの息は上がっていた。

動きを封じられる感覚は、まるで団長と同じものを感じる。

(この人もやはり強い)

苦しくなりながらも、ルーデルは顔が笑顔になるのを堪えられなかった。その表情は自分で確認できなかったが、アレイスト曰く「バトルジャンキー」の表情らしい。

(それでも構わない。俺はもっと強くなれる。この人と戦えば、もっと上に行ける)

「……全力で動き過ぎだ。もっと自分の体力を考えて動け。最後に、あまりそういった顔を誰にでも向けない事だ」

ベネットが少し呆れている。

腰にある鞭を取り出すと、ベネットは地面を一度鞭で叩く。当たれば痛いと思わせる音がその場に響くと、ルーデルは木剣を構える。

ベネットの鞭を見ると、ユニアスの魔法剣を思い出した。アレも鞭のような動きをしていたが、こちらは本物の鞭を使用している。どう対処すべきか悩んでいると、ベネットの鞭がまるで生きているかのようにこちらに襲い掛かってきた。

「だが、この程度なら!」

木剣が、魔法剣となり光を放つ。しかし、木剣は簡単に鞭に絡め取られると、そのまま破壊されてしまった。

「魔法剣はもっと早くに出すべきだったな。まぁ、それならすぐにこちらも対応したが……まだやるか?」

ベネットの声に、ルーデルは踏み込んで答えた。

剣が駄目なら魔法で、魔法も駄目なら素手で――

それがルーデルのスタイルである。

「その心意気は買ってやるが、お前の動きは直線的すぎる」

ベネットが鞭を捨てると、体を少しずらしてルーデルの拳を避けてしまった。その時、数本の髪が切れて風に流されていくと、ベネットの瞳が見開かれる。

次の瞬間には、ベネットの膝がルーデルの溝に決まっていた。相手の突進する力も使って撃ち込まれた膝蹴りに、ルーデルはすぐに呼吸困難な状況に追いやられた。それでも膝を突かないのだから、ルーデルも相当な規格外である。

「力を抜いたとはいえ、倒れるのが普通なんだがな……ここまでだ」

次の瞬間には、ルーデルはベネットの足払いで地面へと仰向けで倒れるのだった。

「ルーデルが遊ばれるなんて……」

信じられないといった表情をするミリアは、ここまで実力差があったなどと信じたくない様だった。普段は可愛らしいベネットの実力は、確かにドラグーンに相応しい物である。

イズミは嫌だったが、ベネットの事を聞くためにキースに話しかける。

「ベネット中隊長は実力的にどうなのですか? ドラグーンでも上位なのか、それとも……」

イズミの問いに、キースは倒れているルーデルを見ながら答える。嫌々答えているのが丸分かりだが、イズミは耐える。

「あぁ、上から数える方が早いね。もっとも、総合的には僕の方が上けど」

「中隊長よりも強いのですか?」

小隊長の方が強いというのに少しだけ不思議に思ったイズミだが、本人が言いきるので信じる事にする。嘘を吐くとも思えなかった。

「だからそう言ってるだろ。耳付いてるの? あの女は今の団長と副団長直々に鍛えられたんだよ。……羨ましい。僕だって一度しか相手をして貰えなかったのに」

イライラしたイズミがルーデルへと視線を向けると、倒れたルーデルをベネットが介抱している。ここまで実力差があるとは、正直に言えば思っていなかった。今は、前よりもベネットが中隊長らしく思える。

「次は空中戦か」

互いにドラゴンを呼び出すと、二人は空の上で戦い始めた。

だが、すぐに勝負がついてしまう。

「……負けたわね」

「そうだな」

サクヤが地上へと落ちてきたのを確認すると、二人は先程の戦いを思い出す。完全にサクヤが力負けをした印象しかない。

「くそ! 僕は団長と副団長の二人に迫られたら、いったいどっちを選べばいいんだ! ナイスミドルな団長か、それとも悪役顔の副団長か……あぁ、僕は! 僕はぁ!」

一人で五月蝿く騒いでいるキースを見るイズミは、その瞳がかなり冷めた物になっていた。

「イズミ、どうしたの? 昨日からちょっと怖いわよ」

キースを見ても何も思わないミリアを見て、イズミは自分がなんとかしなくてはと、決意を固めるのだった。

地上へと降りたベネットは、サクヤを介抱するルーデルに先程の戦いに関する事を聞かない。

「休憩を挟む。お前のドラゴンもたいしたダメージはないはずだ」

『まぁ、加減はしたからね』

「サクヤ。大丈夫か、サクヤ!」

『頭痛い! 思いっきり尻尾でぶたれたぁ!』

必死にサクヤの頭部を撫でるルーデルだが、ベネットには何故か落ち込んでいるように見える。それが負けたからという理由とは、何か別の理由から来ていると感じたのだ。

「どうだサクヤ、気持ちいいか?」

『全然。くすぐったいよ』

「……そ、そうか」

(……なんか落ち込んでるけど、どう慰めたらいいのかな?)

困ったベネットは、キースを呼ぶ。すると、今までにない速さで自分の下にかけてけてきた。

「呼んだ?」

その軽い口調に、ベネットは落ち込んで尻尾も力なくヘタリと垂れ下がる。

もう少し、上司として扱って欲しいと思っていた。普段は貴族の出でありながら、住人と一緒に上半身裸で作業もすれば、男同士で酒を飲んでもいる。周りに笑顔を振りまくキースだが、自分にはあまり良い感情を持っていない。

元から所属する大隊が違うので、正確には上司ではない。しかし、同じウォータードラゴンを所有する数少ないドラグーンであり、任務を共にする事は多かった。

「休憩を挟んだら、次はお前に任せる。先ずはルーデルと一対一で――」

「それは嫌です。僕は彼に僕のもっとも美しい姿を見て欲しい。だから、空中戦から開始します」

絶対に自分の意見を曲げないと睨みつけてくるキースを見て、ベネットは落ち込みながらも表情に出さずに了承する。

「……分かった。好きにしろ。ルーデル、次はキースと空中戦から始めて貰う」

「……了解しました」

膝をつき、両手を地面につけて落ち込んでいるルーデルは、立ち上がって姿勢を正して返事をしてくれる。ベネットは、感動して尻尾を振り回すのだった。