軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まずい。もう水が切れた。

太い木をくりぬいただけの、お手製の樽の中身はもう空っぽだ。斧で樽の内側を剥がして、湿った木の繊維をしゃぶりながら裸足でぺたぺたと歩く。

唯一の救いと言っていいのは、もう9階層も人工物のあるエリアを上がっていることだ。もう幾らか進むことが出来れば、他の冒険者やらに助けを求めることが出来るかもしれない。

助けるメリットがないと見捨てられるかもしれないが、そこはアテがある。リュックには幾らか、金でできた装飾品が入っているのだ。これで交渉すれば、助けてくれなくとも、多少の水は分けてくれる可能性だってある。

「はぁっ、はぁっ」

渇きに自然と息が上がる。墓場から起き上がったゾンビの頭をカチ割り蹴とばした。燃料が手に入ったら、こいつらを焼いて蒸留みたいなことをすればいいかもしれないな。可燃物くらい、どっかで手に入るだろう。

雲に偽物の月が覆われて視界が悪い。燃料を探すのは次の階層が良いかもな。そんなことを考えていると、はるか先でぽっと小さな光が浮かんで消えた。

魔法だ。それも、炎の魔法だ。

アンデッドはあまり光る魔法を使わない。黒いネチャネチャを飛ばしてくるのがほとんどだ。十中八九、光った場所に人間の魔法使いがいる。

人間が、いる!

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

視界の先には、無数のアンデッドを相手に、下がりながら戦う少女の姿が。

どうやらトレインを引き起こしているようだが、そんなことはどうでもいい。なんでこんな所に一人でいるのか、そんなこともどうでもいい。

「水ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

一刻も早くアンデッドを片付けて、水を分けてもらおう!

俺は 躊躇(ためら) いなく、手斧だけを 恃(たの) みにアンデッドの群れに飛び込んだ。

正面のゾンビを掴んで、左のスケルトンとの盾に。ダッキングで次のゾンビの懐に潜り、飛んできた魔法の盾に。右のスケルトンは腰椎を切り飛ばす!

大ぶりの剣をかわしたら、反撃のラリアットで数体巻き込んでなぎ倒す!

脳からドバドバと汁が溢れてくるのを感じる。

水だ! 人だ! 日本社会だ!!

昔は脅威だったアンデッドのトレインだって今となっちゃ楽勝だ。それもまた、なんだかとにかく気持ちいい!

「げ、原始人……? 亜人系?」

背後から聞こえる声だって気にならねぇ!

骨と腐肉を蹴散らしていると、目の前に赤い鬼火を浮かべた、ローブ姿のアンデッドが割り込んできた。互いが振った手斧がぶつかり、跳ね上がる。

「よぅ、久しぶりだなぁ」

こいつは、俺が身に着けている唯一の衣類、ふんどしの布を提供してくれたアンデッドだ。ちなみに手斧もこいつから奪ったものだ。あのときは命懸けの激戦だった。が。

近くにいた不運なスケルトンの肋骨を掴み、投げつける。飛んできたそれを邪魔そうに斬り払った、ローブ野郎の手首を切り飛ばした。零れ落ちた斧を空中で掴み取り、錆びた斧の二刀流でローブ越しに斬り付ける。嫌がって杖を振り上げたときに露出した膝の皿を、奪った手斧が叩き割った。深く食い込んだ手斧から手を放し、怯んだローブ野郎を蹴り飛ばす。

吹き飛んだローブ野郎は、アンデッドの群れの足元に埋もれて、あっという間に見えなくなった。

やっぱ楽勝じゃねぇか。

こうなりゃ勝負は決まったようなものだ。

長年に渡るダンジョン生活で学んだこと、その1。トレインは厄介だが、その物量そのものがモンスターの 仇(あだ) になる。足を潰せば他のモンスターに巻き込まれ潰されるのだ。どれだけタフなモンスターでも、絶え間ない踏みつけ攻撃には耐えられず、 為(な) す 術(すべ) なく砕け散る。

視界の端で、紫の光が通り過ぎた。

2体目のローブ野郎が、 少女(みず) に忍び寄っている。

なんて卑怯な。

「ゴラァ! そいつは俺の水だぁぁぁぁ!」

ボサっとしてるゾンビの頭を踏み越えて、ローブ野郎に空中から躍りかかる。全体重を乗せた一撃は、綺麗にそいつの頭を捉えた。

ばきっ。

嫌な音がした。右手の内が、急に軽くなる。くるくると斧の頭が飛んでいくのが見えた。

「マジか!?」

振り返ったローブ野郎の 眼窩(がんか) で、紫の炎が 躍(おど) る。密着する俺を払うように杖が振りぬかれた。 咄嗟(とっさ) にしゃがむ。

視界の上で、細長いものが揺れ動いた。 髑髏(どくろ) の口から、黒い蛇がずるずると吐き出されている。

「ああああ面倒くせえええ」

蛇の形をして動いちゃいるが、どうせこれも素材は黒いネチャネチャだろう。アンデッドが魔法で出すネチャネチャは、言うなれば呪いのようなものだ。

油性インクみたいにベッタリとくっつき、ついた部分から体の末端にかけて、全ての感覚を奪い取る。肩に食らえば腕から指から何も感じなくなり、首につけば視覚聴覚嗅覚の全てを奪われる。

さらに、長時間つきっぱなしにしていると、段々と体力が奪われて疲れ果てるのだ。

近くにいたスケルトンをぶん殴って長剣を奪い、背後のゾンビ2体をまとめて斬り捨てる。

手斧で襲い掛かって来たローブ野郎の攻撃をバックステップでかわして、口に長剣をねじ込んだ。

「よく噛んで食え、スルメ野郎!」

背後のゾンビを使って三角跳びをし、 咥(くわ) えさせた剣の 柄頭(つかがしら) に飛び蹴りを入れた。硬いものを突き破る感触。一瞬こちらに手を伸ばしたローブ野郎だったが、ふっとその力が抜け、 眼窩(がんか) の鬼火が消えた。

今のがボスみたいなものかな。それなら後は掃除をするだけだ。

ローブ野郎が落とした手斧を振るい、残りの雑魚共を一気に蹴散らしにかかる。

――気づけば、立っているのは俺と 少女(みず) だけだ。

流石にトレインの大集団を倒すのは、雑魚であれ疲れる。俺は肩で息をしながら、フラフラと少女に近づいた。

「ちょ、え、なに」

思わずといった様子で少女が身構える。

「み、みず」

「え?」

「水を、くれ」

渇きの限界だったのだろう。足から力が抜け、俺は冷たい地面とごっつんこした。

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:マジで原始人

:モンスターじゃなかったのか

:通報しますた

:こっち見んな

水がうめぇ~~~~。

俺はもらったペットボトルの水をガブガブと飲みながら、ドローンののっぺりとした表面に流れる文字列を眺める。

あの後、少女は俺をドローンにくくりつけて神殿の中に運び込み、持ち込んでいた物資の水を分けてくれた。今飲んでいるのは2リットルペットボトルの2本目だ。

「あ、あの!」

3メートルくらい距離をとった位置から少女が声をあげた。

「うす」

「先ほどは助けていただき、ありがとうございました!」

90°を超えて120°くらいの勢いで頭を下げる。礼儀正しい良い子だ。

「いや~、こちらこそ助かった。水がなくて、マジで死ぬかと思ったからな」

命の危機具合で言ったら、ぶっちゃけ俺の方が上だったと思う。それはそれとして、恩義に感じてくれているなら、その方が都合がいい。

「この後は真っすぐ地上に帰るのか?」

「はい。私はそうするつもりです。えーと」

「 永野弘(ながのひろし) だ。ナガって呼んでくれ」

「あ、ありがとうございます。私のことはスイと呼んでください。ナガさんはどうされますか?」

「地上に帰りたいんだ。良ければ連れて行ってくれると助かる」

「は、はい。それくらいでしたら」

よっしゃ。これで、これで地上に帰れる!

:危ないよ!

:やめとけ

:水もらっておいて図々しいな

:一緒に行動!?く さ そ う

:命>水 なんだよなあ

感動に打ち震えていたら、ドローンに一気に文字が流れた。なんかボーっと見ていたが、そういえばなんだこれ。

「今さらだけど、なにこれ?」

「えっ?」

空気が凍り付いた気がした。

「あ、いや、俺がダンジョンに入ったときには、まだこんな便利なものなかったなーというか、はは」

慌てて誤魔化すように言う。

:おっと?

:密猟者か~?

:まだなかったって何年前の話や

:通報しますた

目の前の少女の表情が厳しくなる。

「このドローンは全ての特定地下探索者に携行が義務付けられているものです。持っていないとは思いましたが、そもそも知らないなんて……あなた一体何者ですか?」

その声は硬く、冷たいものだった。