作品タイトル不明
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◇
――理解はしている。
カルカの言葉に苛立ちを隠せないマーリン。ただ侮辱されて怒っているのではなく、内心で相手の正しさを認めているからこそ腹を立てていた。
無計画に得られる力を全て得たからこそ、破綻への道が舗装されている。
「……何が悪い」
言葉が漏れ出した。
「……何が悪いんだ。そういうものだろ。誰だってそうじゃないか!」
マーリンは、樹皮に覆われ醜く節くれだった指を広げる。指先に高熱を放つ火球が生成された。
熱線の予備動作を見た隼人は素早く身を屈め、カルカは両手を広げ堂々と前進する。
『撃ちたければ撃て、魔法使い』
マーリンの息が詰まる。
たかがリザードマンの体一つ。同じような大きさの竜種だって何度も倒してきた。だというのに、カルカに漲る自信がマーリンに魔法を撃たせない。
「なぜ、なぜそんな態度でこのダンジョンを生きていける……!!」
「知らないけど、撃たないならこっちから行くよ」
地を這う姿勢で隼人が迫る。マーリンは咄嗟に線状の炎を振り下ろした。しかし焦りに任せた安直な動きが通用する階層ではない。
熱線を掻い潜り、余波の熱波すらも踏み台として蹴り飛ばす、漆黒の影。湾曲した刃がマーリンの眼前で煌めいた。
「くっ……飛べっ!!」
マーリンの叫びと同時に、隼人の体がふっと消える。現われたのはカルカの背後だった。
今まさに振り抜かんとした刃が、真っ赤な鱗の上を滑る。火花が散った。
「おっと、ごめん。空間を繋げられた」
『構わん』
「構ってくれないかい? 事故とはいえ無効化されるのは少し自信を失いそうだよ」
『同士討ちしなかったのだから良いだろう。それに、斬るもので斬り方は変わるだろう』
「そうなんだけどさ」
カルカは首を傾げる。
マーリンは追撃しようと手を突き出し――そして、ゆっくりと下ろした。
「いや、無駄か……」
小さなぼやき。
もはや生半可な火力を出す意味がなかった。
――何をすれば。
崩れた自信の城が、マーリンの四肢を圧迫して身動きを封じる。
決して間違った歩みではなかったはずだ。
人類の探索者として、圧倒的な上澄みに入る。最高到達深度もトップクラス。発見した情報量も同じくだ。
ダンジョン探索は、次々と現われる未知を飲み込んでいく作業でもある。
未知の種族と戦い下し、未知の環境に適応する方法を見つけ、それらの技術を身につけて持ち帰る。
ダンジョン産の技術も知識も、身につけるまでは有用かわからない。最適なスキルツリーの構築など無理な話なのだ。
手当たり次第に力を求めたマーリンは間違えていなかった。
――はずなのに。
マーリンの顔をカルカの影が覆う。
樹木化し大きくなったマーリンの手。その先に宿る灼熱の塊を、カルカは容易く片手で握り潰した。焦げた枝が落ちる。
「……なんでこんなに差が付いているっぐぅっ!?」
世界樹化したはずの腹に突き刺さる鈍い衝撃。マーリンの口から唾液が飛んだ。
6メートルのリザードマンの腹パンは、世界樹の防御を貫通して内臓を揺らす。
食いしばった口の端に泡が浮いた。血走った目でカルカを睨み上げる。視界に入ったのは、カルカを飛び越えて斬り掛かる隼人の影。逆光を背負った刃が落ちてくる。
――なぜ、こうも追い込まれている。ただの人間とトカゲごときになぜ。
地球人類最高レベルの魔法を手にした。個人でガントラックに匹敵する火力を出せるようになった。
それでもなお、佐藤翠に負けた。魔法戦では勝っていたのに、顔面への殴打という原始的な手段で倒された。だから、世界樹による身体の強化を行った。
「なのにぃぃっ!?」
シミターが唇と前歯を叩き割り、そのまま首までめり込む。
「差なんてないよ」
隼人は柄から手を離した。左足で後方の空気を蹴り、右足で刃を蹴り込む。押し込まれた刀身が声帯を切り裂き、マーリンの喉から空気が漏れる音ばかりが虚しく響いた。
「羨ましいことに、君や永野さんの方がスペックは上なんだろうね。当然、人間の肉体じゃリザードマンにも勝てやしないさ」
マーリンの樹木化した胸に、ぽっかりと穴が空く。その先には別の階層の風景が繋がっていた。マーリンは自身の穴に吸い込まれるように形を歪め、異空間へと逃げようとする。
隼人は穴の縁に足をかけた。
「だからこそ賭けるんだよね」
死中に生がある。
痛みの先に価値がある。
自身の身命を賭すのは当然。その先がある。
「他人の全てが思い通りだと思っているから、僕なんかに押されるんだよ」
人格も能力も目的も、何もかも定かではない他人に委ねる。
「不安定を愛せないその傲慢さが、君をつまらなくして、弱くしているんだ。軍師気取りは楽しかったかい?」
隼人は穴の中にするりと潜り込んだ。
草原が広がる階層に、軽やかに降り立つ。
マーリンに空いた穴を挟んで、二つの階層から隼人とカルカが挟み討ちの構えをとった。どちらに逃げようとも、どちらかがいる。
「図に乗るな……選ばなければ、手段は無数にある……。不安定を愛せと言うならば、やって見せようじゃないか……」
掠れた声。突き刺さったシミターを飲み込むように、肥大化したマーリンが唸った。
隼人とカルカが同時に顔をしかめ、頭を抑える。直後、二人の視界にはマーリンの姿が巨大な白い飛竜に変わっていくように見えた。
胸に空いた穴はそのままに、双頭の竜がそれぞれの階層を向く。
「なるほど? また認識に干渉……」
『虚構の現実とはいえ、これは重たい』
二人が冷や汗を流し見上げる。
そのとき、隼人の背後から、微かに連続的なエンジン音が聞こえた。振り返れば、凄まじい量の土埃を巻き上げながら、緑色に輝くバギーの集団が近づいていた。
隼人の耳に、陽気な男の声が小さく届く。
「よお、マーリンじゃねえか。随分とキショいな!」