作品タイトル不明
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丈が高い草はかすかな風でも揺れる。揺れた方に合わせ、手でそっと押して倒した。
流れに逆らう動きは目立つ。草原が海なら、何も考えずに倒した草は白波だ。動きに敏感な肉食生物から見りゃ一目瞭然。それに、特に動きに敏感な目を持つ相手には――。
こめかみを冷たい汗が伝う。
低い姿勢で、かなり近くまで寄ることが出来た。フードの中を窺い見る。
トカゲ。いや、どっちかと言えばヤモリのような、やや平べったい爬虫類の頭部。目だけがトンボのように出っ張った複眼になっていた。
複眼生物は厄介だな。
地上じゃ身近な複眼生物は虫くらいだからナメられているが、大型生物の複眼はヤバい。
複眼は、単なる小さな目の集合体じゃねえ。
世界に細かな仕切りを作るものだ。『仕切りをまたぐ存在』を極めて鋭敏に察知する。要するに、動体視力と動く存在の察知に特化しているんだ。
空戦、あるいは格闘戦。目まぐるしく動くものを捉える上で複眼は最適解である。
だからこそ、俺はぬるりと動くんだ。粘つく油が垂れるように、じわりと迫れ。
絡み這い上がるように、気色悪い蟻野郎の足下から静かに立ち上がった。刀身の中央を握ったツヴァイハンダーの先を、腹にねじ込む。
硬い殻を破り、内側の肉を抉る手応えだ。
神経を刃が傷つけたのか、蟻野郎の体がびくりと跳ねる。すかさず頭突きを叩き込んだ。割れた複眼の破片がキラキラと粉雪のように散る。
横に傷を広げるように、ツヴァイハンダーを引き抜いた。
不意打ちの攻撃に、蟻野郎共がバタバタとした動きで俺の方を向く。
感情が全く分からねえな。焦ってんのか? 無機質な顔をした奴らは、これだから面倒なんだ。ガンガン声出して感情表現してくれるカルカを見習え?
「よお、お前ら。人語を解すなら喋りながら殺りあおう。無口なシャイボーイなら無言で殺りあおうじゃねえか」
「り。り。りー、ぃー、い」
「なるほど?」
黄色いフードを被った蟻野郎が、体を斜めにしながら首だけを傾げて俺を見る。なんか煽っているような姿勢だ。
なーんか、見覚えがある構図だ。論破してきそう。人語を解さねえくせによ。
「とりあえず、地球人類とはそんな関係なさそうだな……!」
ツヴァイハンダーを振りかぶりながら、大きな一歩を踏み出す。反撃を誘う、大袈裟な動作。虫じみた腹部の先が俺を向いた。まるで銃口だ。
斜めに体を転がす。俺がいた場所を、高圧の液体が通り抜けた。全力で回避機動をとる俺を追うように、次々と発射される。
「ま、俺は囮なんだけどな」
彼らの足下から黒い粘液が飛び上がり、べったりと覆い被さった。ユエのゲロである。凄ぇ量だ。
五感を奪うゲロを全身に浴びた蟻野郎共は、錯乱した様子で足を前に踏み出し、そしてずっこけた。無闇矢鱈と羽を動かしてネズミ花火のように地面を転げ回る。
草の間から、ユエが口を拭いながら立ち上がった。
「うぅ、この魔法は不完全だ……!」
「どう見てもそうだろ。なんで一般的な魔法みたいになってんだよ」
「コストが安いのだ」
「じゃあしゃーないか」
使用者の体の負担がエグそうだけどな。あと勝手に漏れるのもヤバい。
だが、そんなに強くもないアンデッドモンスターでも連発できる割に、大型竜種すらコケさせる可能性を秘めているあたり、確かにコスパに優れている。
「で、まだそこの跡地から触手は出てきてないのか」
「見えぬ。というより、気配が感じられないが……」
「どっか行ったのか? あるいは意外とフットワーク軽かったり」
ダラダラ喋りながら、転がっている蟻野郎共にトドメを刺す。死体をひとつ引っ掴んで、ドローンのコンテナに放り込んだ。作戦ぶっ刺さりで正体不明の敵を楽に殲滅できると気持ちいいな。相手の強みを活かさないってのは、作戦でも最上等にあたる。
「意外と重いんだよな。体重90キロはあるかもしれねえ。背骨の裏側がやけに厚いから、なんかありそうだな」
「ふーむ。解剖学の専門家あたりの伝手が欲しいな」
「激やば医者先生に頼めば、誰か紹介してくれるだろ」
最後の一体の胸を刺し貫いた瞬間、足の下でか細い金属音が鳴った。ピアノ線を引きちぎったような、鋭く硬い音だ。
「なんだ、今の」
「ボス部屋が繋がった音だ」
「マジかよ」
ず、ず、と重たい音が響き始めた。
ずず、ずず、と音の間隔が短くなる。
ずずず、ずずず、と断続の響きが連続へと変化した。
――『急加速』。三文字が頭を過る。
「来やがったな、触手野郎!! 逃げるぞ!!」
ユエの軽い体を、俵のように担ぎあげた。思い切り飛び出した直後、背後で爆発音が響く。吹き飛ばされた瓦礫が宙を舞った。
まばらな日陰を掻い潜る。降り注ぐ木片が、俺の足跡に突き刺さった。
「おお……すごい大きさだ……」
ユエが他人事みたいな感心の声をあげた。