作品タイトル不明
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空間に大きな亀裂が入った。
黒い石材が雷鳴のような音を立てながら広がっていく。
「階段の破壊ってこういうことか!?」
階段は元あった形を失い、逆にその石材のような部分がどんどん大穴の形を作っていく。まるで巨大なトイレットペーパーの芯みたいだな。
「王よ。階段そのものは世界の境界線だ。これそのものが失われることはない。階段の形が壊れる、という意味だったようだな」
なるほどな。世界と世界の間を埋めている「何か」みたいなイメージが正解なのかもしれねえ。そこに強引に穴をあけられるのがヴリトラ、みたいな。
というか。
「どこまでデカくなるんだ、これ」
既にそこらのトンネルよりでけえぞ。直径15メートルは越えたか?
「急にどーんって飛び出してきたりしない?」
『戦闘時でもなければ動きは緩慢なはずだ』
スイの不安にカルカが答えた。
「今がその戦闘時って可能性は?」
『……階段の後ろ側に回るとしよう』
流石にそうだよな。
階段というよりは、雑に斜めに掘り抜かれた洞窟って感じだな。既に直径50メートルを優に超えている。回り込むのも一苦労だな。
穴の内側から断続的に爆発音と蒸気が噴出する。噴き出した熱水がごぼごぼと地面で煮たっていた。
大きな地響きを立てながら、ついに巨大な蛇の頭部が姿を現した。強烈な熱波が吹き荒れる。
目を細めて耐える俺たちの顔が、水に濡れてあっという間にびしゃびしゃになった。カルカは半透明の瞬膜を閉じている。ずるいぞ。
見た目はキングコブラのようだが、顔の部分がのっぺりと鱗に覆われている。蛇らしく体をくねらせる動作一つで、泥や樹木が盛大に剥ぎ取られ吹き飛ばされた。
あっという間に穴から体が伸びていく。穴の周辺の地面が抉られ、前方にある森が土砂に飲み込まれてなぎ倒された。
何もしていないというのに、暴風雨が吹きすさぶ。
ヴリトラが空にそびえ立つように鎌首をもたげると、空に紫色の稲光が走り始めた。
全長1キロはあるのか?
あまりにもデカくて、既に頭が見えない。ヴリトラの頭があると思しき場所に、真っ黒な雲が広がり出した。
「なあ、カルカ」
『なんだ?』
「これってもしかすっと、めちゃくちゃ天気荒れるんじゃねえか?」
『あーーー……。すまない。我々の体は天候が荒れても気にならないが、人間はそうか』
「情報共有の面でも異文化交流だな」
俺らには脅威でもカルカにとっては気にならないことだから報告しなかった。みたいなことは今後も起きそうだ。
「あー、来るな」
白く煙のように見える、雨滴の幕が下りてきた。プールをまるごと落としたような、バカげた水量の雨が降り注ぐ。一瞬で視界がゼロになった。
「やべえぞ! 長居出来るもんじゃねえ。離れるか!?」
俺の言葉にスイが身振り手振りをしているのがぼんやりと見える。が、マジで何も聞こえねえ!
サイズはもちろん気象を一瞬で変えることもそうだが、何よりも存在の圧がある。
そこにいるだけで、周囲の生物全てを圧倒する、目には見えない強さの奔流を放っていた。
――これが、半神。
アヌビスのような得体のしれない圧ではなく、俺らの延長線にあるような強さ。だが、大きな隔たりを感じる。
全身の細胞がざわつくような感じがした。もしかすると、世界樹の苗がヴリトラの何かに反応しているのかもしれない。
強烈な金色の輝きが空を照らした。朧げに、光を放つ大蛇のシルエットが見える。口の先に、巨大な光球を生み出していた。
まさか。ブレス!?
手探りで近くにいたやつの手を掴み、ヴリトラから離れる方向に全力で走りだす。規模がデカすぎて焼け石に水かもしれねえが、少しでも距離をとろうとした。
滝のような豪雨の範囲から飛び出す。振り返れば、そこにあるのはまるで水のカーテンだ。そこから次々と仲間たちが飛び出してきた。
掴んでいたスイの手を放す。
ヒルネは山里の背中にしがみついていた。体重軽いから、暴風雨だけで吹き飛ばされかけたのかもしれない。
「全員無事か」
「これから無事じゃなくなるかも」
『どこに撃つつもりなのか……。あの糸男狙いであれば良いのだが』
シャベルマンが全員にシャベルを配る。生き残ってたドローン、お前のかよ。一番壊れていいドローンだろ。
とりあえず爆風が来るのは確定として、大急ぎで穴を掘った。泥がどんどん流れ込んできてウザい。
深さ2メートル、幅3メートルくらいの塹壕に全員で飛び込んだ。カルカは窮屈そうだが我慢してくれ。
ヴリトラの口の先から光線が放たれた。割と近い位置に撃ってやがる!
「耳塞いで口開けろ!」
衝撃波が全身を貫いた。
爆風が駆け抜け、一瞬周囲から空気が薄くなる。瞬間的に熱を感じたあと、吹き戻す強風。そして塹壕に流れ込む大量の泥水。
耳の奥がきーんとした。飛行機に乗ったときみてえだ。
額の泥を拭い、恐る恐る塹壕から顔を出した。
爆風によって一時的に雨が晴れている。眼前には何一つ残されていなかった。放射状に全てが吹き飛ばされ、剥き出しになった泥炭にちろちろと小さな火が上がっている。
鬱蒼と茂っていたジャングルの面影はなく、部分的に真っ黒に炭化した細い木が生えているばかり。
死んだ大地にヴリトラがゆっくりと体を下ろした。