作品タイトル不明
63.二回目の初夜
就寝の準備を整え終わって、ドレッサーの前に座る。アンナの手によって、緩く編んでもらった髪を、胸元に流す。
十一年前の記憶を取り戻したからか、私は未だ、二十一の自分と、十一年前の自分とで変わったところを比べてしまう。
その最たるものが、この髪だ。
昔は──春の空のような色合いだった。
今は、夏の空のように、濃い青。
顔立ちも少し変わったような気がする。
昔はよく笑っていた。
それは、私も思う。
楽しいことが大好きで、どんな些細なことでも、よく笑っていた。
今の私は、静かに──冷たいと感じるほど、落ち着いた顔をしていた。
十一年前の私と、今の私では、確かに大きく変わったのだろう。
記憶を失った後、メイドたちが話しているのを聞いた。
『あの事件以降、お嬢様はすっかりひとが変わられてしまって……』
『以前はもっと明るくていらっしゃったのに』
『仕方ないわ。お嬢様はとても怖い思いをされたのだから……』
その話を聞いて、特にショックは受けなかった。
ただ、変わった、と言われる以前の自分のことが、ほんの少し気になっただけで。
首を傾げてみる。
アンナの手によって梳られた青い髪が、肩に落ちてきた。
表情は、やはり変わらない。
もともと──あの事件以降、私はあまり笑わない人間だったのだ。
楽しいことがないのに笑おうと思っても、なかなか上手くいかない。
過去の記憶を取り戻したとはいえ、昔のように振る舞うことは難しい。
私はため息を吐いて、腰を上げた。
「あ、終わった?」
その時、背後から声が聞こえてきて──転びそうになるほど驚いた。
驚きのあまり、声が出ない。
びっくりして肩が跳ねた私に、声をかけた本人──ヴェリュアンもまた、驚いた様子だった。
「ごめん。邪魔したら悪いかなと思って……」
ヴェリュアンは、寝室のソファに座り、なにか本を読んでいた。
「い、いつからいたの?」
「きみが髪に触れてるあたりから……」
割と最初だ。
私は恥ずかしさに頬が熱を持った。
熱を持った頬に、手を押し当てていると、彼が立ち上がる。
そして、私の前まで歩いてくると、私の顔を見た。
「ノックはしたんだけど、返事がなかったから。部屋に入ればきみがドレッサーを見ていたし、取り込み中かと思って声はかけなかったんだけど……かけた方が良かったかな」
「き、気にしないで……。びっくりしただけなの」
「そう?」
ヴェリュアンが首を傾げる。
さらりと緋色の髪が揺れる。
私は彼の髪を見て──そっと、指先を伸ばした。
ヴェリュアンもまた、触りやすいように顔を傾けてくれた。
「いつから、こんなに赤くなったの?昔は桃色だったわ」
「……十を超えたあたりかな。だんだん赤くなっていって。母が、赤髪だったんだ。子供の頃は髪の色が薄かっただけで、成長につれ色が濃くなるのは、よくあることだって母に言われたよ」
「……見たかったな」
呟くように、私は本音を零した。
口にしてから、はっと我に返る。
咄嗟に顔を上げると、ヴェリュアンもまた、びっくりしたように瞳を瞬いていた。
それを見て、私は慌てて取り繕うように言った。
「あの、私も……あなたの髪の変化とか……あなたが大人になるところをそばで見たかったな……って。だって……こんなにかっこよくなってしまうんですもの。周りの女の子は、あなたを放っておかなかったんじゃない?」
言葉を重ねれば重ねるほど、墓穴を掘っているような気がする。ますます恥ずかしい。
どんどん顔が熱を持っていく。
ついには、彼を見ていられずに顔を俯かせると、ヴェリュアンがからかうように言った。
「嫉妬?」
「え……」
驚いて顔を上げると、ふわり、と足が浮いた。
彼に腰を抱かれて、持ち上げられている。
驚いて彼の肩に手を置いた。
「きゃ……!?」
「うん、うん。悪くないな。シドローネに嫉妬されるのは。……言っておくけど、俺はずっときみを──アリアドネを探していたから、ほかの女とどうこう、っていうのはないよ。だいたいは俺の執念深さに引いていったし、変質者だとか付き纏いだとか、酷いことも言われたし」
「変質者……」
「思い出に囚われて可哀想、とかね。でも俺は、諦めるつもりはなかった。粘着質だと言われようが、付き纏いとか犯罪者予備軍だとか散々なことを言われたけど……」
「犯ざ……」
そんなことまで言われたのか。
言ったのは一体誰なのだろう。
想像してみるが、貴族の娘がそう罵倒する様子を上手く思い描けなかった。
村の娘だろうか。
そう思っているうちに、私はベッドに運ばれた。
シーツの上に下ろされる。
そのまま、額にまた、口付けを受けた。
「でも俺が、執着するのはシドローネだけだから。覚えておいて」
「……うん」
キスされた額を手のひらで抑えながら、ちいさく頷いた。
ヴェリュアンが私の隣に座り、そのままふたりともベッドに寝転がった。
「……ねえ、シドローネ」
彼が私を呼ぶ。
その声が甘やかで、なにか──熱を孕んだ声だったから。
私も、彼の意図に気が付いた。
ちら、と視線を持ち上げると、彼がじっと、真剣な眼差しで私を見ていた。
「きみに、触れたい。……だめかな」
ぽつり、呟くように彼が言葉を付け足した。
だから、私は彼に抱きついて、自分の顔を隠して答えた。
「優しく、してね。旦那様?」
だけど恥ずかしさが勝って、誤魔化すように言葉を付け足した。
「っ……」
ぱっと、彼が手で口を覆うのが気配でわかる。
きっと、彼もまた恥ずかしさを覚えているのだろう。
見ていないけれど恐らく、私も彼も、顔が赤くなっている。
まだまだ、私たちはこの行為にも──この雰囲気にも、慣れていない。