作品タイトル不明
13.事故
さすが、ロザリアンで今もっとも魅力的な男性と言われるだけある。
令嬢たちにひっきりなしに声をかけられ、身を寄せられているので、その付近だけ色の大洪水が起きている。
アイボリー、ホワイトピンク、モスグリーン、レモンイエロー、バイオレット……実に様々な色の、華美なドレスが花のように広がっている。そんな令嬢たちの姿が目立たないわけがなく、周囲からは好奇心と興味の視線が向けられていた。
形ばかりの婚約者とはいえ、ここは声をかけるべきか否か……。
悩んでいると、令嬢たちに囲まれていた当の本人、ヴェリュアンとぱちりと視線が交わった。
そして、私が何を言う間もなく、彼は令嬢たちの輪をむりやり──かき分けるようにして、私の前へ進み出た。
「すみません、遅くなってしまいました」
「……いいえ。でも、」
「挨拶はすぐに終わったのですが──この通り、身動きが取れなくなってしまって」
苦笑する彼が、小さく言う。
彼の背後では、去ってしまったヴェリュアンを名残惜しく見つめる令嬢たちがいて、その中の数人は悔しげに──恨めしそうに私を睨みつけていた。
「ヴィネハ……ヴェリュアン。まだお話中だったのでは?やはり私は後で──」
「構いません。大した話でもありませんでした」
そう言うと彼は、私の手を引いてそのまま歩き出す。
突然彼に手を引かれた私は、どうしたものかと、彼と背後の令嬢たちを交互に見た。
彼女達の中には、軍関係者の父を持つ令嬢もいる。
話は、明らかに途中のように見えた。
それなのにいいのだろうか。
戸惑う私に気がついたのだろう。
前を歩くヴェリュアンが、疲れたようにため息を吐いた。
「構いません。本当に、大した話ではなかったんです」
「……そうですか」
「ほとんどが、あなたとの婚約を取りやめるべきだ、という話でした」
「まあ……」
それは思い切ったことを言う。
よほどヴェリュアンの肩書き──その端正な顔立ちも理由のひとつだろう。
彼女たちはよっぽど、ヴェリュアンと結婚したいらしい。
なんと言えばいいのか分からず、言葉に迷っていると、彼はさらに言った。
「ですから、お断りしました」
「そうなのですか?」
「はい。既に婚約は成されていますし……それ以前に。私は彼女たちが求める結婚生活を提供できる気がしません」
「提供」
「愛してもいない女性を愛せよ、など無理な話です。俺……私みたいに不器用な男には、そうした振る舞いも難しい。元は、ただの平民に過ぎない。それなのにみな、私に期待しすぎなのです」
いつかのように、私をテラスに誘うと、そこでようやく彼は私の手を離した。
話しすぎた、と思ったのか、彼は僅かに眉を寄せバツの悪そうな顔をしていた。
だから私は、代わりに話を切り出す。
「ちょうど良かった。ヴェリュアンに話があったのです」
「話?私にですか」
月明かりを背負うようにしながら、彼が驚いた顔をする。
今宵の彼は、職務中のように髪をひとつにまとめていた。
風に靡き、長い緋色の髪が宵闇に揺れる。
「はい。結婚前に──私の母に、会っていただきたいのです」
「お母君に……?」
「私の母は、病弱でして……王都にはおらず、リラント地方で療養しているのです。結婚前に伺わなければと思っていたのですが……。リラントは、ここから馬車で七日程。お仕事のご都合はいかがでしょうか。もし難しそうなら結婚後の新婚休暇を利用して──」
「いえ。それは構いません。ですが……リラント?」
眉を寄せ、彼が尋ねてくる。
私の母が王都に不在なことが意外だったのだろうか。頷いて答える。
「はい」
「それは──いえ。お母君が遠方で療養されているのは知っていましたが、リラントとは知りませんでした。……リラントは、私の故郷でもありますので」
「まあ、それはすごい偶然ですね!リラントは、辺境の街ですが、空気が美味しく、食べ物も美味しいと聞きました。……景色も、美しいそうですね?」
美味しいばかり繰り返し、食い意地を張っていると思われそうなので、慌てて言葉を付け足す。
誤魔化されてくれたのか、それともまた別の理由か。
彼は私から視線を逸らし、言いにくそうにしながらも答えた。
「空気が美味しいかは分かりませんが……海沿いですので、海鮮類は新鮮で美味いですよ。シドローネの口にも合うかと思います。山がありますので、ネトルも群生しています。ネトルには体の不調を緩和させる効能があると言われており、お母君にも良ければ、…………」
そこまで言ってから、話しすぎたと思ったのだろう。
ハッとした様子を見せて、挙動不審に固まった。
「…………」
私はそんな様子の彼をじっと見てから、ふと、思った。
(もしかしてこのひと、可愛いのかもしれない……?)
四つ年下の、十六歳の青年。
中性的な顔立ちがそう見せているのか、まだ少年らしさが垣間見える。
それになんといっても、彼は感情がわかりやすい。
表情に現れやすいのだ。
みな、【貴族】という仮面を貼り付けている社交界でそれは、非常に珍しい。
彼が素直なのは、貴族として育っていないからか、元々の彼の性格なのか。
あるいはその両方なのか──それは分からないが、隠さず感情を示す彼を見ていると、なんだか心配にもなってくる。
駆け引きと腹の探り合いが常に行われる社交界でこれでは、あまりにも心もとない。
このままではいずれ、事故が起きそうだ。
まじまじと見つめていると、やがて彼の頬が月明かりでも分かるほどに薄赤く染まった。
「……あの。なにか?」
言いにくそうにしながらも、気まずげに切り出した彼に私はハッと我に返った。
男性の顔をまじまじ見つめるなど、とんでもなく恥ずべきことだ。
私は自身の失態を誤魔化すように、咳払いをした。
「いいえ。……ありがとうございます。ネトルが自生しているのですね。近くに寄ったら、摘んでみようと思います」
私が言うと、しかし彼は、なぜだか気まずげに緋色の髪を耳にかけた。