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病弱を装って婚約者を呼びつけた従姉妹は、3回目で完全に見抜かれて切り捨てられました

作者: 柊

本文

「ヴァレリアお嬢様が熱を出して寝込んでおられます。レオネル様に会いたいと……」

それを聞いた時、レオネルは思った。

――ああ、これで3度目だ。

余計な言葉はいらない。

ただ事実を告げただけ。

「従妹が近くに越して来たんだ」

いつもの逢瀬で、伯爵令息レオネル・グランフェルは何でもない会話の延長線のような気軽さで、そう口にした。

「あら、そうですの」

同じような気軽さで、伯爵令嬢カリーナ・ヴェルローズはそう返してカップに口を付ける。

その金色の髪には、繊細な銀細工に嵌め込まれたラピスラズリの髪留めが煌めいていた。その青い鉱石の色は、レオネルの瞳と同じもの。

レオネルの白い礼服の胸元には、カリーナの瞳と同じエメラルドが嵌め込まれたタイピンが留められている。

互いの目の色を纏うのは、婚約しているという証だ。

「昨日父上から聞かされて、一応挨拶に行った。幼い頃は病弱だったんだが、体調が回復したから越して来たと、そう聞いた」

「それは何よりですわ」

レオネルの淡々とした説明に、同じく淡々と返してカリーナはカップを置く。

「私の親戚だから、君とも顔を合わせる機会があるかもしれない。その時には改めて紹介しよう」

「ええ、承知いたしました」

そして話はここで終わり、2人の会話は別のものへと移っていった。

2人の婚約は、政略的によるもの。貴族であれば珍しくもなんともない、普通のことだ。

グランフェル家の領地には豊かな鉱山と広い土地を所有しているが、新しい家柄故に未だ王都での政治的な後ろ盾が弱い。その反対にヴェルローズ家は古い家柄であるが故に、王都での発言力は未だ強い。さらにヴェルローズ家の領地は、数年の冷害による不作で、財政が苦しくなり始めていた。

グランフェル家は王都での発言力を。ヴェルローズ家は援助を。

まさに互いに利がある打算塗れの婚約で、感情が入り込む余地は無い筈だった。

しかし両親の紹介の下、互いに顔を合わせてから数年が経つが、レオネルはカリーナを好ましく思っている。

特に思ったことを曖昧にせず、はっきりと言葉にしてくれるところが好ましい。貴族社会では遠回しな言い方や社交辞令が重んじられるが、彼女は必要な時は遠慮せず、自分の考えを率直に述べる。もちろん無礼な言い方にならないように気を付けているが、決して曖昧な言い方で逃げるようなことはしない。誤った判断をしそうになれば、その理由を冷静に説明し、別の方法を共に模索してくれる。

領地経営のことから、趣味の話、互いの近況等の他愛のない話に至るまで、彼女との会話は実になると同時に楽しいと素直に感じさせるものばかりだ。

「そうそう、これを君に」

レオネルが差し出した本は、今王都で人気の詩集だった。深い藍色の布張りの表紙には、金色の細く整った書体でタイトルが刻まれている。四隅にある控えめな金の装飾が、本の上品さを際立たせていた。

「まあ、品薄でなかなか手に入らないのに……このような素敵なものを、わたくしが頂いてしまってもよろしいのですか?」

「以前会った時、気になると言っていただろう? 私も同じものを買ったから、読み終わったら感想を言い合えると嬉しい」

そう言うと、カリーナは嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と本を受け取ってくれた。頬がほんの少し赤く見えるのは、気のせいだろうか。

「……それから、君はケーキが好きだっただろう? 本を買った帰りにカフェを見つけた。チーズケーキが絶品な上に、茶葉も様々な種類があると聞いたのだが、行ってみないか?」

そう提案すると、翠色の瞳は柔らかく細められた。

「ええ、是非。わたくし、チーズケーキには目がありませんの」

その笑みにつられ、レオネルもまた目を細める。

「では、そうしよう。上手くエスコートが出来ると良いが、未だ慣れなくてすまない」

「焦らなくとも大丈夫ですわ」

カリーナは柔らかく微笑んだ。

「こういったことは、ゆっくり慣れていけば良いと思いますわ」

「わたくしもエスコートされることに、未だ慣れませんもの」

そう恥ずかしそうに言う彼女は、可愛らしい、と素直に思えるもので。

「そうか。では、互いに精進しよう」

そう真面目に返せば、カリーナはくすくすと笑った。

そうして迎えた逢瀬の日。

洒落たデザインのパーテーションで仕切られ、半個室の状態になっている内装は、落ち着いて話をするのに向いている。テーブルには白いリネンで整えられており、中央には上品な造りの花瓶に一輪の薔薇が生けられていた。ベルベッド張りの椅子は、深く腰掛けられる造りで、少しばかり疲れた身体を心地よく受け止めてくれた。

金の縁取りが上品なデザインのカップを傾ければ、優しくも上品な味わいの紅茶が、心地良く口腔内を満たす。

カリーナは繊細な飾りが美しいカトラリーを上品に使い、小さく切り分けたチーズケーキを口へと運んだ。

「……とても美味ですわ」

小さく囁かれた感想と、花が綻ぶような微笑みに、自然とレオネルの頬が緩む。

「気に入ってくれて良かった。焼き菓子も期待できそうだから、幾つか買っていこう。君も好きなものを選んで欲しい」

自分も買うから気にしなくて良い、奢らせて欲しい、と意味を込めて言えば、カリーナは少し躊躇うような顔をしたが、微笑んで頷いてくれた。

「わたくしも、家でこの味わいを楽しみたいと思っていましたの」

その答えに内心で安堵しつつ、レオネルもまたチーズケーキを口へと運んだ。

滑らかな舌触りに、濃厚なチーズの味と香りが、ふわり、と優しく広がっていく。

「これは実に美味だな」

ホール買いを検討しても良いかもしれない、と考えていると、カップを静かに置いたカリーナが口を開いた。

「頂いた詩集ですが、早速読ませていただきましたわ」

「ああ、私も読み終わったよ」

「まあ、では感想を」

その時だった。

「御歓談中、失礼いたします」

静かに声をかけられ、反射的にその方向へ顔を向ける。

そこにいた男の纏う服の胸元にある紋章に、レオネルは僅かに眉を寄せた。

「私、ローゼンシュタイン家の使いで参りました」

ローゼンシュタイン。やはり従妹の家の者だった。

無言でいると、使いの者は話して良いと判断したのか、そのまま言葉を続ける。

「お嬢様が熱を出して寝込んでおられます。苦しそうに咳をしながら、こう仰られておりました」

『レオネルお兄様に、会いたい……』

使者はさらに言いつのる。

「グランフェル様、お嬢様は幼き頃より貴方様をお慕いしておりました。どうか、一度お見舞いにお越しいただけませんか?」

その真摯な態度に、レオネルは静かに目を細めた。

伯爵令嬢ヴァレリア・ローゼンシュタインは朝から上機嫌だった。

(やっと、レオネルお兄様が会いに来てくださるわ!)

避暑地で静養していた幼い頃。

従兄だと紹介されたレオネルは、月光を織り上げたような銀髪と、深い海の底を思わせるような青い瞳を持つ、まるで物語に出て来る王子様のような端正な美貌の持ち主で。

『……っ』

胸がどきどきして、頬が熱くなった。

思わずそこを手で押さえると、レオネルは、その青い瞳を細めて柔らかく微笑んだ。

『初めまして、レオネル・グランフェルと申します。ローゼンシュタイン伯爵令嬢、お会い出来て光栄です』

声音もまた穏やかで、礼をする姿勢も優雅で目が離せなくなる。

『は、初めまして。ヴァレリア・ローゼンシュタインと申します。よろし……けほっ、けほっ!』

緊張か病によるものかは分からなかったが、忌々しい咳が自己紹介を中断した。

咄嗟に口元を覆うが、咳は止まらない。

謝罪しなければいけないのに。そう思えば思う程、胸は苦しくなって酸素を求めている。

『はっ……』

崩れ落ちる身体を、温かい腕が抱き留めた。

『大丈夫ですか? 私でよろしければ、寝室までご一緒いたしましょうか?』

レオネルに間近で見つめられ、どくん、と鼓動が高く鳴るのを感じる。

『よ、よろしくお願いします』

荒い息の中で精一杯答えれば、その青い瞳は今度は心配そうに狭められた。

(あの時よ。わたくしが恋に落ちたのは)

心配を湛えた青い瞳は、どのようなものよりも美しくて。その瞳に真っすぐに見据えられた時の身体を走り抜けた感覚を思い出して、ヴァレリアは思わずぶるりと震えた。

あれからこまめにお見舞いに来てくれたことも、その時は綺麗な花を携えて来てくれたこともまた、彼の細やかな心遣いが感じられて嬉しかった。

限られた期間しか会えない間柄ではあったけれど、2人の間には確かな絆が結ばれている。

それに会えない期間は、手紙のやり取りだってしていた。それによって絆はより深く、確かなものになった筈。

少なくともヴァレリアはそう信じていた。

レオネルに婚約者がいると聞かされるまでは。

瞬間、感じたのは血液が沸騰する程の怒り。そして疑問。

なんで、なんで!?

レオネルお兄様は、わたくしのものなのに!

この国では奨励はされていないが、従兄妹同士の結婚は認められている。だから、グランフェル家に嫁入りすることには何の問題もない。

長年築いていた筈の絆が断ち切られた。

その事実が、ヴァレリアの胸中をふつふつと怒りで満たしていく。

それに聞いたところによれば、家の利益を重視した政略結婚ではないか。

(そんなもので婚約を結ばされるなんて、お兄様が可哀想じゃない!)

優しいレオネルのことだ。きっと『家のため』を思って了承したに違いない。

そして、ヴァレリアのことも。

(きっと、わたくしのことも気遣ってのことに違いないわ。わたくしの心は初めて会った時から貴方のものだというのに……。どこまでも義理堅い人なのね)

ますます好きになってしまうわ、とヴァレリアは幸せそうに頬を染めた。

(婚約者だという方は遠目でお見掛けしたけれど、あのような派手なお方、お兄様に相応しくないわ)

何の苦労もせず、この世の幸せを甘受してきた伯爵令嬢。それがヴァレリアの見解だった。

その豊かな金色の巻き毛に、青い鉱石が嵌め込まれた髪留めが輝いているのを見た瞬間、ぎり、と傍にあるカーテンを握り締めずにはいられなかった。

(せめてもう少し清楚で上品な雰囲気をお持ちの方なら、納得できたのだけれど)

曇一つ無い窓ガラスを見れば、クセの無い長い艶やかな黒髪に、くりっとした大きな青い瞳の少女……つまりヴァレリア自身の顔……が映っている。

にこ、と笑いかければ、当然だが映った少女も同じように笑いかけて来る。

それに確信する。

レオネルお兄様にふさわしいのは、わたくしだと。

(義理堅いのはお兄様の美徳だけど、こちらに越してきてからの挨拶以来、全然お会いしてくれないなんて)

幼い頃の面影はそのままに、背はすらりと伸びて、肩の線は凛としたレオネルの姿ときたら。思わず言葉を失ってしまう程に魅力的な姿に、ヴァレリアの胸の鼓動は、また久しぶりにどくんと甘やかな音を立てた。

『お久しぶりです、ローゼンシュタイン伯爵令嬢。ご健康を取り戻されたようで、何よりです』

あの時と変わらない柔らかで穏やかな微笑み。声は低くなっていたが、それがより落ち着いた彼の魅力を引き立てて止まなかった。

『幼い頃のように、また時折お会いできましたら……わたくし、とても嬉しいですわ』

震えそうな声で精一杯それだけを言えば、レオネルは青い瞳を細めて。

『ありがとうございます。もし機会が巡りましたら、またお目にかかることができれば幸いです』

ああ、希望は残っている、それどころかレオネルは自分を意識してくれている、とヴァレリアは密かに熱くなる胸をそっと押さえた。

だからレオネルが本当は煩わしく思っているであろう筈の逢瀬の日に……と考えていたところで、客間へと辿り着いた。使用人が扉を開けるのに合わせて、足を踏み入れる。

2人きりにして、と言い含めておいたため、使用人はドアを閉めてすぐに立ち去った。

ソファに座っていたレオネルがこちらを見て立ち上がった。

その青い目で見つめられて身体の芯がじん、と熱くなる。しかし、レオネルの胸元にある緑色の鉱石が嵌め込まれたピンを見つけ、眉を顰めそうになった。

しかし何とかそれを隠し、ヴァレリアは微笑んでカーテシーをしてみせる。

「レオネルお兄様、またお会いできて嬉しいですわ。どうぞ、お茶を召し上がってくださいませ」

それにレオネルは礼をし、口を開いた。

「ありがとうございます。お気遣いには感謝しますが、すぐに失礼するつもりです」

淡々とした口調に、ヴァレリアは冷水を浴びせかけられたようになる。

「そんな、わたくしお兄様とこうして会話をしたかったの。そのようにつれないこと、仰らないで?」

それでも気を取り直して、向かい側のソファに座りつつ、こてり、と首を傾げてみせる。この仕草をすれば、誰でも言うことを聞いてくれた。

だが、レオネルの表情は変わらない。

「仮病を使ってまですることではないでしょう」

言葉の刃が、容赦なくヴァレリアを貫いた。

「そんな、仮病だなんて……!」

「3回も連続、しかも私が逢瀬をしている時に、となれば疑いを抱くのも当然だと思いませんか?」

「ぐ、偶然ですわ」

「3回も偶然は重ならない、それは必然です。それに、貴方は医者から『健康体』と診断を受けたからこそ、王都に越して来たのだと聞いていますが、違うのでしょうか?」

「そ、それはその通りですが、まだ王都の空気に慣れなくて……」

しどろもどろになりながらもそう言うと、レオネルは軽く息を吐いた。

「では、仮病ではないとしましょう。ですが」

青い瞳が冷たく狭められた。

「何故、私を呼ぶ必要があるのでしょうか?」

衝撃的な発言をぶつけられ、ヴァレリアは固まった。

それを他所にレオネルは言葉を続ける。

「普通は医者を呼ぶものではないのですか? 生憎と私は医術の心得が無いため、頼られても困ります」

「こ、心細くて」

「それなら先にご家族を呼ぶのが、普通ではないのですか? ローゼンシュタイン伯爵も夫人も、貴方のことをとても大切にしているようですが……家族を信頼していないのでしょうか?」

「そういう訳ではありません。ですが……私は、レオネルお兄様に来ていただきたくて」

ヴァレリアは瞳を潤ませて、胸の前で手を組み合わせてみせる。

その姿のなんと可憐なことか。見る人が手を差し伸べてしまいたくなるような、同情を誘う光景。

が、レオネルの表情は変わることは無かった。

「貴方と私は単なる親戚に過ぎません。病気を理由に呼ばれても、迷惑なだけです」

「なっ……!」

ショックを受けたようで蒼白になるヴァレリア。

それに構わず、レオネルは言葉を続ける。

「しかも婚約者との逢瀬中になど、非常識にも程があります。ああ、貴方に情報を漏らした者は特定して解雇済みです。それと共に情報漏洩の危険性を使用人たちには徹底的に教育したので、今後あなたが私の情報を得ることは出来ませんよ」

あくまで冷静にそう説明すれば、ヴァレリアはわなわなと震えながら言った。

「お兄様、何故……そのような冷たいことを……? わたくし達は幼馴染ではありませんか!?」

するとレオネルの表情か怪訝そうなものに変わった。

「幼馴染……確かに幼い頃は多少なりとも交流がありましたが、それを現在の関係に重ねて縋られても困ります。貴方はもうすぐデビュタントを控えた身でしょう?」

「手紙もくれたではありませんか!?」

「私は時候の挨拶を送ったのですが……。あくまでも親戚への挨拶の範疇に留めた内容の筈です」

ヴァレリアの涙ながらの言い分をすっぱりと切って捨てたレオネルは、懐から懐中時計を出してぱちりと開ける。

「……では私はこれで失礼します」

「待って!」

立ち上がりかけると、ヴァレリアが腕に縋り付いてきた。

「わたくしは、お兄様のことをお慕いしております。幼い頃、初めて会った時から、ずっと、ずっと……!」

青い瞳からは、涙がほろほろと伝い落ちていく。

が、それを見てもレオネルの心が動くことはなかった。

「このような行動は慎んだ方が良いですよ。それに、私には婚約者がいるとご存知の筈では?」

「ですが、政略的なものなのでしょう? わたくしの方が、ずっとお兄様のことをお慕い申し上げておりますわ」

震えるような声での懇願にも似た告白。縋り付く手に、きゅ、と力が込められた。

しかし。

「離してください」

レオネルはそう言って、柔らかくヴァレリアの手を解いた。

「確かに私の婚約は政略によるものです。ですが、そのようなことは貴族であれば当然のことでしょう。そして、そのようなことを仰るのは止めてください」

ヴァレリアの目をまっすぐに見据え、ハッキリと言い放つ。

「私は、婚約者を心からお慕いしています」

「あ……」

ヴァレリアの喉から、か細い声が漏れた。床に崩れ落ちる彼女に、差し伸べられる手はない。

「なので、これ以上ご自身の病気を盾に非常識な行動を取るのであれば、家を通じて正式に抗議させていただきます。ローゼンシュタイン家のみならず、貴方自身の評判を落とすようなことは慎んだほうがよろしいかと」

蹲ったままの彼女を見下ろしながらそう告げれば、びくり、とその肩が震えた。

「そして」

レオネルは冷たく目を狭め、言った。

「私は、近親婚をする気は一切ありません」

はくっ、と。

ヴァレリアの喉から声にならない叫びが零れた。

最初から希望など無かった。

レオネル自身の口からそう告げられ、身体の芯が冷え切る。

ああ、そうだ。思い返してみれば、初めて会った時から今に至るまで、彼は丁寧な言葉遣いを崩すことは無かった。そして、ヴァレリアの名を一度たりとも呼んだことが無かった。

自分が『レオネルお兄様』呼びを許されていたのは、『幼かったから』に他ならないと気付いてしまった。

(お慕いすることすら、許されなかったなんて……)

ぽた、ぽた、と雫が伝い落ちて床を濡らす。

「失礼いたします」

そう告げるレオネルの声が、どこか遠くに聞こえた。

遠ざかる静かな足音と共に、幼い頃の思い出が急速に色褪せていく。

彼の胸元にあった緑の鉱石の光が目蓋の裏に焼き付いて、どうしても離れない。

「う、ううっ……」

完全に打ちのめされたヴァレリアは、声を殺して泣き続けた。

『お大事に、と伝えてください。医者でもない私が行ったところで、邪魔になるだけでしょう』

一度目。

従妹からの使者の懇願を、そう断ったレオネルに、カリーナは嬉しさを感じずにはいられなかった。

巷では、『病弱な幼馴染(もしくは親戚)を優先した婚約者が幼馴染もろとも報復される』なんて物語があるらしいが、所詮はフィクション。余りにも現実離れし過ぎている。

だからこそ読む人は安心して楽しめるのだろうけれど。

ただ、レオネルの従妹はさらに夢見がちな性格だったらしく、一度断ったにも関わらず、また使者を使って「お見舞いに来て欲しい」とねだった。

余りにもタイミングの良すぎるそれに、従妹がレオネルに懸想していると確信するには充分過ぎる程で。

そして三度目。懇願する使者に、また最初と同じ台詞で断って追い払ったレオネルは少し考えこんでいた。

「わたくしのことは気にせず、お見舞いに行って差し上げたら?」

そう提案すると、レオネルは首を横に振って口を開く。

「いや、それには及ばない」

青い瞳が、ふ、と優しく細められた。

「君と過ごす時間の方が大切だ」

薄情かもしれない台詞。

けれど、それが嬉しいと感じてしまうのもまた事実。

「ただ、従妹とは一度話し合う必要がある」

「そうですわね。わたくしたちの逢瀬の日が漏れているのは大問題ですもの」

カリーナはそう言ってから、カップを優雅な手付きで持ち上げて口を付けた。ふわり、と香る薔薇の香りが、心を落ち着かせてくれる。

「ああ、早急に特定しなければならない。すまない、私の身内の不始末に巻き込んでしまって」

「構いませんわ」

すまなそうな顔をするレオネルに、カリーナはカップを静かに置いて微笑んだ。

「貴方のお力になるのは婚約者として当然の務めですもの」

レオネルの瞳が、僅かに見開かれる。

「ありがとう。そう言ってもらえると心強い」

僅かに赤く染まった頬に、カリーナは口元を綻ばせた。

カリーナは彼のこういう所を好ましく思っている。

物事に対してはいつも率直で、嫌なことは決して曖昧にせず、歯に衣着せぬ物言いで断る。その冷たくも率直な態度は、時に周囲をひるませるほどだった。

しかし、同時にどこか不器用で、完璧ではないところが垣間見える瞬間がある。

それがカリーナに対する態度だ。不器用な物言いで、エスコートも少々ぎこちないが、それが初々しくて良い。それに逢瀬の時や茶会の時には、必ずプレゼントや花束、カードを贈ってくれる。しかも「どんなものが好きなのか」と事前に聞いてくれる慎重さの中に潜む優しさも、胸をときめかせて止まない。

……という惚気はさておいて。

(だから安心して『お見舞いに』なんて言えますのよ。貴方はわたくしを裏切るようなことをしない、と確信していますもの)

カリーナはそう思いながら、ブランデーケーキを切り分けて口へと運ぶ。

ケーキの優しい甘さと、ブランデーの苦みが程良く調和している。添えられていたベリーのジャムを塗れば、香りと味がしっとりと纏まってまた違った味わいになるのが良い。

生クリームが少し苦手だと言ったのを、ちゃんと覚えてくれているレオネルの心遣いが胸を暖かくしてくれる。

「このケーキも美味ですわね」

「それは良かった」

嬉しそうな笑みを浮かべるレオネルに、カリーナもまた目を細めてみせた。

そして。

「あの剣戟の場面は、迫力が素晴らしいな。演者の息も合っていて見ごたえがあった」

「そうですわね。ラストシーンも良かったのですが、やはり夢中になったのは剣戟ですわ。わたくし息をするのも忘れていましたのよ」

先程見た舞台の感想を興奮冷めやらぬままに言い合い、ふ、と一息ついた時。

「そういえば」

紅茶を一口飲んで、カリーナは尋ねた。

「貴方の従妹のお身体の具合はいかがなの?」

レオネルはゆっくりとカップを傾け、そして静かに置いて答える。

「ああ、すっかり健康を取り戻したとのことだ」

無駄な言葉はいらない。

それだけで充分。

カリーナは「そう」とだけ言って、微笑んだ。

「ねえ、レオネル様」

青い瞳を、真っすぐに見つめて。

「わたくしは、貴方が思っている以上に、貴方のことをお慕いしていますわ」

「……っ!!」

レオネルの顔が、たちまちの内に真っ赤に染まった。

「そ、れは」

たどたどしいながらも、その唇が動く。

「それは、私も同じだ」

「……っ」

カリーナの顔もまた、赤く染まる。

「もう、ずるいお方ね」

「君のほうこそ」

そう言い合い、顔を見合わせてくすくすと笑い合う。

2人の間からは、最早従妹のことなど忘却の彼方へ追いやられていることは言うまでもなかった。

(終)