軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十七話 見る目

山籠りでの修行は今の俺にはそこまで効果的ではないというトレイナの指摘を受けて山越え中の俺。

とはいえ、すぐに麓に辿りつくというわけではなく、多少の時間を要することになる。

そのため、そもそもホンイーボの街で旅の準備をまったくしていなかった俺に、山越えはそれなりに難儀だった。

水も食料も特に用意していなかったからだ。

「少し、腹が減ってきたな……アカさんの家から一回また街に戻ればよかったぜ……」

『やれやれ。初日の夜を忘れたか? こういう時こそ山という豊富な自然の恵みの恩恵を受けるべきというのに』

「あ、この赤い実……なんか、甘そうだな……食えるかな?」

『やめておけ。それは毒だ。山で食ってはならぬ実の中でも定番中の定番だ』

下山途中で腰をおろして一息つく俺の言葉に溜息を吐くトレイナ。

そう、初日の夜、アカさんともし出会えなければどうなっていたことか。

蛇とか蛙とか捕まえて食うのもやだ。捕まえたウサギも逃がした。

キノコを採っても結局食わなかったから、俺はまだサバイバルを何一つ経験していないんだ。

『まぁ、とはいえそういう毒も経験してこそ逞しさは増したりするのだが、貴様にそこまで今は求めん。今はまだ栄養があってバランスの取れた食事を摂取して成長することが重要。成長期の食生活を考えるなら、やはり平地の方がよかろう』

食生活。そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、ガキの頃からずっと俺が食って来たメシ。

それらのほとんどは、同じ人物によって作られたもの。

「食生活か……たった数日だけなんだけどな……サディスのメシを食ってないのは……」

それなのに、もうだいぶ食ってないような気がしてしまう。

毎日当たり前のように食っていた。

トレイナですら、サディスの献立を見て感心するほど、俺のことを考え、俺のためだけに作ってくれたサディスの手料理。

いつも俺の傍に居てくれて、俺を大切にしてくれた。

だからこそ、俺はサディスに報いたかった。

そんなサディスにカッコいいところを見せたいと思った。

いつまでも雇われ主のお坊ちゃんではなく、一人の男として見て欲しいと思っていた。

でも、ダメだった。

それどころか、サディスを傷つけた。

それを思い返すと、またどうしようもなく切なくなっちまう。

『……ん?』

そのとき、サディスを想って物思いに耽っていると、トレイナが何かに気づいたようだ。

『おい、童。ここから少し先……道なりに進んだ場所に……何かあるぞ?』

「えっ?」

何か? 何かって何だ? 蛇? 蛙? ウサギ? まさか、オーガなんてことはないだろうな?

「……なんか、獣とかか?」

『いいや、そういったものではないし、危険もないが……あれは……ん? ん~……何をしているのだ? 『あやつ』は……』

何か良く分からない感じだ。

ただ、トレイナは何かに気づいて、そして徐々に顔が呆れ出している。

しかも、頭まで押さえている。

「……なんなんだ? 一体……」

危険がないならいいだろうと、俺は気になって立ち上がり、そのまま道なりに進んでみた。

すると、木々が少し開けた場所に出て、そこに何かが落ちていた。

「……なんだこりゃ?」

それは、袋のようなものに包まれた何か。

さらには、その傍には筒のような物。

そして、更にその傍には……

「筆記用具?」

筆記用具とかまで落ちている……いや、置かれている?

しかも、そこには紙も一枚添えられて……

「置き手紙? ……『遠慮なく食べてください』……なに?」

落ちてるわけじゃない。食べてください? おいおい、急に怪しくなったぞ?

何かの罠? でも、とりあえず中身を確認……

「な、なんだこりゃ?」

袋を開けてみたら、中に入っていたのは、白い米が拳ぐらいの大きさになって丸めて固められた物体が三個ほど。

さらには、米と一緒に黄色くて四角い食べ物と思われるものが一口サイズで切り分けられたものがあった。

『それは……ライスボールと玉子焼きだな……』

「らいすぼーる? 玉子焼き?」

『うむ……携帯用の食事や弁当として、ジャポーネで定番の料理だ……』

ジャポーネの料理? それが何でこんなところに落ちていて、しかも「遠慮なく食べて?」ってことは、これ、食べていいのか?

『毒は入っていないようだな……食べて問題なかろう?』

「えっ、いや、でも……い、いいのかな?」

正直、何でこんなものが落ちていたのか分からないし、怪しさ満点すぎる。

しかし、どうしてもこのライスボールとやらを目にした瞬間から、涎が出そうになるほど食をそそられた。

「あれ? でも、フォークとかナイフは? まさか、素手で?」

『ジャポーネで、ライスボールは素手で食べる』

「おいおい、素手で食べるって、行儀悪いって怒られないか?」

『……お坊ちゃんめ……』

素手で何かを食べるって、そんなの許されるのか?

フォークやナイフの使い方だってサディスに凄い怒られてたのに、素手で?

なんだ? ジャポーネって原住民とか原人みたいな奴らなのか?

でも、突ける物も無いし……仕方ねえ、このライスボールを豪快にかぶり付いて……

「ッ!!??」

かぶり付いて……俺は……何だろう……体全体に染みわたる……米一粒一粒の味がヤバい!

しかも、このライスボール、中に何かの具が入っている?

なんか、白い米の中に、白い何かが……

『ほう……魚介類に、あるソースを絡めて……なるほど……トゥナマヨウ……というものだな?』

「う、うめぇ……うめえ、なんだこれ!」

『だろうな。余の生前の知識では、ジャポーネライスボールランキングで、ぶっちぎりの1位を獲得するほどのものと聞いたことがある』

「マジか! トゥナマヨウ最高!」

何だろう。疲れた体が甦ってくるような感覚だ。

「こんなライスの食い方があるなんて……こっちの玉子は……ッ!? こ、これは、甘い! でも、ウマい!」

『砂糖が入っているのだろう。ジャポーネの玉子焼は、砂糖を入れる東の文化と、出汁を利かせて少ししょっぱい味の西の文化で違いがあるのだ』

「へぇ、なんか、ガッツリ白い飯を食った後に落ち着く感じがして、俺、結構好きだ!」

『そうだろうか? 余としては、食事として甘い玉子焼きは好かんが……』

初めて食ったな。帝都でも手に入れられる食材なのに、今まで食べたことのない料理だった。

シンプルなのに、俺、スゲー好きになったな。

トゥナマヨウライスボールと甘い玉子焼きか……

「あ~、水も! 水も適度に冷えてて疲れた体に染みわたる! うめええ!」

最初は怪しんだものの、気づけば俺は数秒でライスボール三つと卵料理を完食していた。

満腹というわけではないが、体のエネルギーになるには十分すぎる補給だった。

今日はまだまだできると思えるぐらいの回復だった。

「しっかし、コレ……ジャポーネか……」

で、満足はしたものの、少し落ち着いて空になった残骸を見て俺はふと思う。

「……やっぱり、あいつか?」

『突如、ドロンと現れ、ソレを置いてドロンと消えた』

どうやら、あいつで間違いなようだ。

「……なんでだよ? あいつ、兄貴達と一緒に帰ったんじゃないのか?」

『さぁな。少なくとも周囲に他の忍たちは居なかったが……』

じゃあ、あいつの単独? どういう意図? 俺のため? 単純な善意?

『ん? おい、童。先ほどの置き手紙……裏にもまだ何か書いてるぞ?』

「え? 裏に?」

遠慮なく食べて下さいの裏に何か書かれている?

言われて俺が紙を裏返すと……

――交換日記のお返事はまだかしら? でも、分っているわ。きっと、筆記用具が無かったから書けなかったのでしょう? だから、置いておきますので、これを使ってください。お返事もらうまでずっといつまでも待っています。ずっと、待っています。ずっとずっと待っています♡

と、何だか少しドロドロした雰囲気を感じる字で書かれていた。

一瞬とてつもない寒気を感じるとともに、俺はすっかりそのことを忘れていたことに気付いた。

「えっ、と……やっぱ、コレ……書くのか? ああ、この筆記用具はそのための……」

アカさんの家の前に捨ててもよかったんだけど、結局何だかんだで持ったままだった交換日記。

『ふっ……本命からは遠ざかる一方で、面倒な女に距離を詰められているようだな、童よ』

「うぐっ……そ、そんなこと言われても……」

どこか冷やかすような笑みを浮かべるトレイナ。

正直、俺もこうやって想いを真っすぐ向けられることは初めてなんで、悪い気はしない一方で、少し怖い気もしたりする。

そして何よりも、どう対応していいか分からない。

『童よ。あまり一直線すぎて愛の重い者には、半端な優しさや思わせぶりな態度を取ると……後々になって取り返しのつかないことに発展する恐れもある。どんな答えを出すにせよ、誠実であれ』

そして、ついに俺の師匠は俺の色恋にまで口を出す状況に。

『そして、答えを出すにあたっては、ちゃんとその人物を見極めよ。先ほど、貴様に持っていて困らないもの……力や金などを言ったが、まだ重要なことがあった。それは、『人を見る目』だ』

「ひ、とを?」

『そうだ。誰かれ構わず八方美人になって好かれる必要はない。百万人の部下が居なくとも、たった一人だろうと、心から信頼できる者を見極めて、その者を傍に置くのだ。愛する者でも、無二の友でも……それが人生の力になるはずだ』

人を見極める力を養え。

『先ほど、真贋について話をしたな。それは、物だけにあらず。人を見る目も養え。世の中、あのオーガ……アカのような奴ばかりではない。貴様のように育ちの良い坊ちゃんは、すぐに騙されるから、気を付けることだな』

思えば、俺は確かにサディスや親父たちに認めてもらいたい一方で、俺を見る世間の奴ら全員を見返したい気持ちがあった。

でも、トレイナは言う。

たとえ、百万人に認められなくても、たった一人の信頼できるものさえ居れば……それを見極めることが出来れば……か。

「ふーん。……心から信頼ねぇ……まぁ、そういう意味では今の俺にはあんたが居るしな……」

『まぁ、そう……だ……な……ん? ……ふぇ?』

「ん?」

そう、たとえ大魔王でも、トレイナは今では俺が心から尊敬し、信頼し、そして俺を導いて……ん?

「……え?」

『……ん、……お、おお……う、うむ……』

何だか、ちょっとキョドってるトレイナ……あれ? 俺、無意識で今、何て言った?

普通に自然に……あれ?

「…………」

『……………』

って、ちょっと俺、今だいぶ恥ずかしいこと言わなかったか!?

何だか恥ずかしくなって、俺は思わず……

「あ、いやいや、あ、あのな、今は、うん、まあ、くははははははは! えーっと、なんだっけ?」

『え? な、なんとな? 今、何と言った? ふはははは、すまぬ。死んでからたまに少し難聴でな』

「おお、そうか! いや、別に何も言ってねえから、き、き、気にしゅんな!」

『おお、そうかそうか! うむ、ではこの話は終わりだ! うむ、今日は良き天気だ! こんな日は空の下で体操でもするぞ!』

メチャクチャ気まずくなって互いにキョドっちまったよ。

『「あはははははは……はは……」』

でも、うん、トレイナが難聴系大魔王だったから仕方ねえよ。うん。

だって、本人が聞こえてないって言ってるんだから、聞こえてないんだよ、うん!

だから、話を元に戻そう。

「で、えーと、何の話だっけ? そうそう、愛が重いがどうのこうのだったな?」

『うむ、確かそうであったな!』

「ああ。でも、さっきの話だとあんたも、やけに実感が籠ってるじゃねーか。ひょっとしてあんた、昔、愛の重い奴に――――」

『さて、童! 炭水化物を取った後は、何もしないよりは適度に運動をした方が良い! そこで、貴様に丁度いい体操を教えてやろう!』

……ん? 俺が半分冗談のつもりで言ったのに、何か急に焦ったようにトレイナが話題を変えた。

おや? こんな師匠は初めて見たような気がするぞ?

「なあ、トレイナ……あんたまさか……」

『大魔体操第一ッ! まずは大きく背伸びの運動からー!』

まさか……トレイナの過去の恋バナ? ……スゲー聞きたい!

『両足飛びの運動! いち、に、さん、し、閉じて、開いて、閉じて、開いて!』

でも俺は、必死に誤魔化しながらもヘンテコな体操で両手足を広げながらリズムよく飛んでいるトレイナに噴き出してしまって、結局その話題が頭から飛んでしまった。

そして、まぁ、俺から言い出したことでもあるし、交換日記の返事は書くことにしよう……答えられる範囲で……