軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百三十九話 島でのルーティン

「じゃぶ! すとれーと、わんつー、わんつー! だいまじゃぶ、だいますとれーと、だいまわんつー」

可愛らしい掛け声とともに、その声に似つかわしくない風切り音が響き渡る。

弾ける空気。細やかなステップワークと強い踏み込み。

その小さく短い手足ながらも繰り出されるシャドーに、周囲の者たちは息を呑んだ。

「こしゃくにも、形になっておるわい……なかなか才があるのぉ……アマエ」

それは、冥獄竜王すらもが認めるレベルであった。

「ほんと? バッくん!」

「おお~、よいぞ~。それにただ上辺だけで打ってるわけではないのぉ。明らかに仮想の敵を作ってシャドーしとるわ」

「うん。お兄ちゃんは、こうやって、ちょびっと手を動かしたり、目でチラッとこっち向いたりして、パシッってやるんだよ?」

「うむ、フェイントじゃな……これまでのあやつの戦いや、鑑賞会での連戦をその目に焼き付けたか……大した動体視力じゃのぉ」

それこそ、意外な才能の芽を見せ始めた、まだまだ幼いアマエであった。

「驚きですね……あの年齢の頃の坊ちゃまより強いかもしれません。さらに坊ちゃまの動きを確かに模倣していますね……」

「へへ、アマエはいつも私の背中に乗って光速世界を体験してるっすからね~。それに、小さいころから大神官様やマチョウさんやら道場の皆の組手とか見てて、実はけっこう目が肥えてるんすよ~」

「なるほど……意識せずとも自然と身に着けた才能……ということですか」

「そっすね。あ、そろそろアマエも走りに行くっぽいんで、ちょいと私も行ってくるっす~」

そんなアマエの才能には流石のサディスも舌を巻き、カルイもどこか妹分の成長に誇らしげだった。

さらに、アマエは才能だけではない。

「ん、じゃあ、しゃどーは終わり! アマエ、走ってくる! お兄ちゃんみたいに頑張る!」

己惚れず、努力も惜しまない。

「ぐわはははは、おーおー、頑張るのぉ~。過保護に育てられた甘ったれかと思えば、なかなかストイックじゃなぁ」

「うん。強くなるの。お兄ちゃんと女神様をびっくりさせるの」

「そうかそうか……惜しいのぉ……なかなか実戦経験の積めぬ時代の子で……」

そう言って夜の島を走りに行くアマエ。幼い子供には危ないものの、生まれた頃からこの島にいたアマエにとっては庭であり、島全体が自分の家のようなものであるため何の心配もいらない。

さらに……

「ふう、ふう、ふう……」

「くう……最後の追い上げは及ばずか……はあ、はあ……リヴァルもだいぶ持久力が向上している……」

息を切らせて砂浜に駆け込んでくる者たち。その先頭を走っているのはリヴァル。

そんなリヴァルに僅かに遅れて駆け込んできたフィアンセイ。

さらに、大きく離れているが、フー更に。さらにその後方にも走っている人影もかなりある。

「おお、昨日よりも早く来たではないか……他の連中に何周差をつけたか?」

「はっ、はっ、はっ、ふう……」

「おーい、周回遅れの者どもよぉ~、今、アマエも走り始めたから、一応見とくんじゃぞぉ~」

そう、島のランニングコースにはこの時間帯になると誰かしらがトレーニングで走っているため、アマエが夜遅いから危ないということはなかったのだった。

そして、アマエと入れ替わるようにノルマのランニングを終えたリヴァルとフィアンセイは激しく息を切らせながらもすぐに顔を上げてバサラの前に立つ。

「師匠……このままスパーリングを頼みたい」

「うむ、我もお願いしたい」

「今日もか~? たまにはヴイアールでもよいのではないのか~?」

激しく消耗した状態で、まだ休憩もまともに取っていない疲労困憊の中でありながら、バサラに向かって鍛錬を要求するリヴァルとフィアンセイ。

そんな状態でよくやるもんだとバサラは少し呆れ気味だった。

「のびのびと育っておるアマエと違い、うぬらは本当に心に余裕がないのぉ~」

「……このまますぐに始めたい」

「少しは休憩したらどうじゃ~? 休息もトレーニングと、過去にえらいやつが言っておったぞ~?」

「いえ、こうして疲労した状態まで追い込んでからこそ意味がある……」

「やれやれ、焦っておるの~。うぬらは着実に強くなっておるぞ?」

アースたちが島を出て行ってから、カクレテールの復興支援や作業を行いながら、リヴァルたちはずっと島に残って鍛錬を積み重ねてはバサラに挑む日々を繰り返していた。

魔極真式のランニングや筋力トレーニングによって、スタミナや筋力や身体能力は向上し、ヴイアールでのイメージトレーニングや、バサラという最上級の力と日々戦うことで、リヴァルやフィアンセイ、さらにフーや他の者たちも確実に強くなっていた。

しかし、そんなもの彼らにとっては何の自信となるものではなかった。

「逆です。強くなっていると実感しているからこそ、余計にアースとの距離が身に染みて分かる……まずは強くなれる間にひたすら強くなっておきたい。ましてや、あのアースはそれこそ死の淵まで追い込むトレーニングに加え、戦争も、六覇との戦いも、異次元の実戦経験を積み重ね、差が開く一方……焦るなという方が無理です」

「そうです、師匠。我は確かに強くなっていると思いますが、それでもあのとき実際に戦ったパリピには及びません。さらには鑑賞会で見せられたノジャやゴウダ、さらには昨日出てきたゴクウとやらやゴドラ……アレを見せられて、何の自信になろうか」

強くなっている一方で、アースとの差がどんどん開いているとリヴァルとフィアンセイは思ってしまっている。

「まあのぉ……アレほどの実戦経験は歴史上でも稀じゃろう……そして、あやつはそれに己惚れぬ……まさに、ウサギとゲンブの競争における、油断しないウサギじゃからのぉ」

「…………なんですか? それは」

「いやいや、コッチの話じゃ。ただ―――――」

リヴァルとフィアンセイの謙虚な言葉はバサラも否定はしなかった。

ソレはバサラも同じことを思っていたからだ。

特に、今のアースと戦って、今では自分もタダではすまないと内心では思ったりもしているのだ。

「アマエにも思ったが、うぬらの不運は訓練はできても実戦経験の機会がないということ……一時でも過去の時代で戦争の空気に触れ、現役の六覇やゴクウたち神話の連中とも実戦を潜り抜けたあやつに、この島での訓練だけで追いつくというのは現実的ではないのぉ……まっ、だからこそ現状、天地魔界含めて世界最強であるワシとの組手で経験を補いたいという気持ちは分からんでもないが~」

そう、アースと差が開く一方だということを否定できないのは、やはり誰が見てもアースの実戦経験、潜り抜けている修羅場が桁違いなのである。

それこそ、かつての大戦を潜り抜けた者たちですら及ばないほどの死地を何度も超えているのだ。

そしてそれは……

「坊ちゃまとの経験値の差……ですか……」

二人のやり取りを聞いているサディスにも当てはまっていることであった。

サディス自身も天才の部類であり、さらにはこの島では帝国にいた頃よりも遥かに密度の濃い鍛錬を積み重ねてきた。

そのため、サディスも基本性能は随分と向上していた。

しかしそれでも、リヴァルやフィアンセィ同様に、自分の力に自信を持つまでにはまったく至っていなかった。

「おい、サディス。お前はどうするのだ? お前も我やリヴァルと一緒に、師匠との組み手に加わるか?」

どうすれば自分はこれ以上強くなるのか? そろそろ鍛錬というよりもルーティンとなっているトレーニングメニューも含めて、色々と考え直さなければならないのではないかとサディスは感じ始めていた。

「いえ、姫様。私は本日はヴイアールでイメージトレーニングですので……」

そう言って、誘いを断り踵を返すサディス。

「ぐわはははは……おーい、ヴイアールで今日もスケベな妄想でもするのか~?」

「し、失礼な、し、しません! 尊いことぐらいしか……ッ、そ、そう、決していやらしいことでは……」

バサラの冷やかしにムッとして否定するサディス。

「そ、そう、尊いことで――――そ、そう、思春期の坊ちゃまの筆おろしをして女を教えて差し上げるのも、ベッドでの作法を教えるのはメイドの嗜みであり、そ、そう、私自身も経験がないのでいつか来るべき日のために妄想の中だけでもと――――」

ただ、実際は……

――えへへ、サーディス♥

――坊ちゃま。今は掃除中です。何よりも無許可で女のお尻を触るのはいけないことです

――だって、サディスのメイド服姿がエッチなんだもん。スカート短くて、サディスがエッチだから

――ふふふ、違いますよ。坊ちゃまがいつでもエッチのお勉強をできるようにするため、いつでも私を使えるように……おやおや、まだ夕食の前だというのにダメですねぇ、坊ちゃまは

――だって、サディス……

――うふふふ、どうぞ。私は掃除をしておりますので、後ろからご自由に♥

――な、なんだよ、そんな掃除のついでみたいに……

――おやおや、坊ちゃまのお相手など片手間で問題ありませんよ? もし私をよがらせることができるのであれば、観念して坊ちゃまの従順な雌豚となって御奉仕しますよ?

――うおおお、大魔えっち!

――瞬殺です~坊ちゃまぶひぶひぶひー♥

ガチでよからぬことをしているのだったが……

「そ、そう、この程度にしか使ってませんので……こ、これぐらい、適度な息抜きです」

顔を真っ赤に早い口調でブツブツと独り言を口にするサディス。

そのヴイアール使用方法の詳細は誰にも分からないが、今のサディスの異常な様子だけでも、誰もが「よからぬことに使っている」と容易に想像できた。

「リヴァル、おぬしはスケベなことに使わんのかぁ?」

「興味がない」

「おぬしは本当にそうみたいじゃのぉ……フィアンセィはどうじゃ?」

「なななな、し、ししょ、師匠! わ、我は帝国の姫です。そのような卑猥なこと、か、考えたことすらない!」

サディスの後姿をニタニタ見ながら、バサラは話をリヴァルとフィアンセィに振る。

実際、リヴァルはストイックにヴイアールでもトレーニングしかしない。

ただ、フィアンセィに関しては……

(い、言えるわけがない……)

実は最近……

――すげえよ、クロン、シノブ、お前らは本当にエッチだぜ! 最高の体だ! フィアンセイ? フィアン……ああ、もうそんなのどうだっていいんだ。俺にはもう二人だけさ

――あらあら、幼馴染のお姫様見てるかしら~?

――いえーい、なのです~、あなたはそこで一人で自分で自分を慰めるとよいのです~

フィアンセイはヴイアールでトレーニング……だけでなく……

(ヴイアールの悪夢……クロンとシノブが二人そろってアースの妻となって……三人でスケベなことをしている……そ、その行為を……わ、我は、身動きとれぬ状態で拘束され、ただ延々と目の前でソレを見せられる……我が先に好きだったのに……という状況に……なぜか最近少し興奮して変な気持ちになってしまうということ……だ、断じて誰にも知られるわけにはいかぬ!)

フィアンセイも少し変な性癖に目覚めかけているのだが……それはまた別のお話として、フィアンセィは表面上は必死にバサラに否定した。

ただ、そんな日々のトレーニングと模擬戦だけで、真の実戦経験に難ありだったサディス達だったが、近いうちに嫌でもレベルアップの実戦を経験することになるのだった。