軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話 正面から

「ヒデエエヨオオ! オデは何もしてねえええよおおお! なのにどうしてだ! オデの家を! 頑張って育てた畑を! オデの作ったモノを、何でコワスデヨオオオオ!!」

叫びだけで、まるで暴風が吹き荒れたかのようで、気を抜いたら思わず吹き飛ばされそうだ。

「ぐっ、ば……けもの……」

そのとき、アカさんの足元でボロボロになっている男が顔を上げた。

それは、街のギルドですれ違った、「フウマ」と名乗った男。

「兄さん!?」

「ッ……しの……ぶ」

そして、シノブの言葉で俺もハッとなる。

アレが、シノブの兄貴で、天才とか言われてた……やられてんじゃねーか!

「家をつくんの、どんだけ大変か分かるだか!? 目立たない場所さ見つけて、一人で木を切って、削って、積み上げて、ようやく建てたかと思えば雨風吹いたら簡単に崩れてやり直して、考えて、そうやって頑張って作ったでよ!」

そして、アカさんが瀕死のフウマの首を掴んで持ち上げる。

「畑で野菜育てんのどんだけ大変か知ってるだか! 日当たりあんまよぐねえ、雨降り過ぎたら枯れて、目を離した隙に鳥や動物に食われてて、でも少しずつ大きくなるのが嬉しくて、食ったらうまくて……なのにどうしてこんなことするだよ!!」

激昂するアカさん。その表情は凶暴な……いや、赤い涙が溢れている。

「オデが何しただああああああ!」

それは、正に心からの叫びで、俺の胸を締め付けた。

何かした? 何もしていないはずだ。

アカさんは何も……

「そうやって、じ、ぶんだけ被害者面するな……貴様らオーガどもは……そうやって積み重ねて平和に暮らしていたものたちから、どれだけ、破壊し、傷つけ、殺し、犯し、蹂躙してきた……」

「ッ!?」

しかし、首を掴まれているフウマは命を握られながらもアカさんに言葉をぶつけた。

それは、「アカさん」ではなく「オーガ」という存在に向けられる言葉。

「感情の赴くまま……少しキレたらこれだ……そんな危険物を排除しようとして……何が悪い! 自分を危険と認識しないバケモノなど、この地上世界から立ち去れ!!」

その瞬間、瀕死のフウマの眼光に力が宿り、両手を重ねて何かをしようとする。

あれは、シノブがやっていた「 印(いん) 」って奴だ。

「まずい、アカさん気をつけ――――」

そのとき、俺は自分の遅さに悔やんだ。

もっと早く、俺がビビらずにアカさんに声をかけていれば……

「火遁・ 炎上衝砲(えんじょうしょうほう) !!」

フウマの口から発せられる巨大な火炎。

全てを燃やし、溶かしつくすかのような強烈な熱量を、アカさんは正面から浴びちまった。

「あ、アカさんッ!?」

こんなデカイ炎を浴びたら、普通なら……

「……ユルサネ……」

「ッ!?」

でも、アカさんは普通じゃない。俺が想像しているよりも遥かに強い。

灼熱に染まっていた肌が、更に色濃く、やがては完全なる漆黒に染まる。

まるで、纏っていた皮が突き破られてその下にある本当の肌が顔を出したかのように、全身の色が一変する。

鋭い角も孤を描いて禍々しいものへと変形し、瞳も更に鋭く狂暴なものへとなり、

「ウガオガアアアアアアアアアアア!!!!」

もう、俺の知っているアカさんはそこには居なかった。

「グガラアアアアア!」

「うごおおおおっ!?」

完全にベールを脱いだオーガに力任せに投げつけられるフウマ。

地面に体を強く打ちつけ、激しく痙攣している。

そんな身動き取れないフウマに向かって、オーガは飛んで踏みつけようとする。

「ま、まずいわ! 兄さんッ!」

「う、あ……」

慌ててその場に割って入り、フウマを抱えて飛び退くシノブ。

しかし、構わず着地するオーガは思いっきり地面を踏みつけ、その威力で大地が割れて巨大な穴が空き、まるで地震が起こったかのように大地が揺れた。

もし、あんなものをくらっていたら……

「ガアアアア……ウガアオアアアアアアアア!!」

そして、もう止まらない。その野獣の瞳はもう何も見ず、ただその場にあるもの全てを破壊するかのように暴れまわる。

「ま、まずいわ……兄さん、皆、一先ずここは退くわよ!」

「シノブ……しか……し……」

「君もいいわね! もう、友達がどうとか言ってる場合じゃないわよ!」

とにかく今は逃げるべきだと、シノブは俺に向かっても叫んできた。

友達?

そうだ、俺は……

『もう、見境いはない。もう、声すらも届かない。全ての意識や思考を断ち、ただ周囲の全てを滅するまで止まらない。そんな種族だ』

「トレイナ……」

『にしても、驚いたな。実力者とは分かっていたが、アレほどの力の持ち主を余も知らず、歴史に名を残さず隠れていたとはな……魔王軍最高幹部、『六覇大魔将』のあやつらとも遜色ないぞ?』

「な、に?」

トレイナの口から語られる、暴れるオーガ……いや、アカさんの力。俺ですら知っている伝説級の肩書きの持ち主たちと並ぶ力?

『その意味が分かるか? 童』

「ああ……そんな力で暴れられたら……」

『そうではない』

「えっ?」

『あれほどの力を持ちながら、何故、余すら知らずに埋もれていたと思う? もし、あれほどの力の持ち主が居たと余が知っていれば、破格の待遇で魔王軍の大幹部にしていただろう』

その問いに俺は答えることができなかった。すると、どこか切なそうにトレイナは暴れるアカさんを見て……

『奴は恐らく元魔王軍の兵だが……これまでの人生、全てを解放するような怒りを見せず……その力を派手に使うことなく……本能に身をゆだねた暴力に染まらず……ずっと何かに耐えて生きてきたのだろう……どこかで発散させることもなく……そして、戦後は一人で耐えて、静かに暮らしていた』

「ッ!?」

『奴は確かにオーガだ。その種族の宿命は逆らえない。だがそれでも……やはりあのオーガは特殊な心の持ち主だったのかもしれない。だが、それも……バカな人間たちが全てを台無しにしてしまったがな』

そうだ。アレだけの力の持ち主だ。

ハッキリ言って、親父たち以外でこれまで俺が出会った誰よりも、寒気がするような圧倒的な強さだ。

その気になれば何だってできる。

街の一つや二つなんて簡単に滅ぼせるし、支配もできる。

しかし、アカさんは戦争でその名を轟かせてはいない。

だから、トレイナすらアカさんのことを知らなかった。

それは何故か?

『まぁ、もうそんな過去はどうでもいいであろうし……もう手遅れだ……もう、誰の声も届かぬ。暴れつくすまで』

そう、今はアカさんがどういう人生を送ってきたかじゃない。

重要なのは、今、この状況を目の当たりにして、俺がどうするかだ。

『さぁ、童……どうする?』

トレイナが改めて俺を試すように問う。

俺の答えを改めて見せてみろと言う。

アカさんの変貌振りにビビッた俺は……

「まったく……ほんと、ダセーな……俺は」

『童?』

「アカさんの予想以上の力にビビッて……怖いなんて思って……俺は危うく、同じことをするところだった」

そう、俺は思い出しちまった。

「昨晩あんたが俺にブーメランを指摘しただろう?」

トレイナがブーメランを指摘したこと。

トレイナの技を俺が使ったことで、親父や帝都のやつらが俺を軽蔑した。

そんな連中に、俺は「過去の戦争の話を持ち出すな」と吐き捨てた。

だが、一方で、俺は昨晩、アカさんが元魔王軍の軍人かもしれないという話に驚いたとき、トレイナはニヤニヤしながら「過去の戦争の話が気になるか?」と言ってきた。

アレと同じだ。

「予想外の力を使ったがために……」

それもまた、昨日のことだった。

「近しい奴から見せられる恐怖に怯えた顔ほど、傷つけるものはねーってのに……」

脳裏に浮かぶ、御前試合でのサディスの叫び。

あのときのあいつの表情を、俺は一生忘れないだろう。

だからこそ、同じことをアカさんに味わわせるわけにはいかねえ。

怯えるな。竦むな。むしろ踏み込め!

「アカさん……!!」

俺は前へ出て、ようやくアカさんを呼び止めた。

「ちょ、君ッ!? 何をやっているのよ!?」

「……彼は……たしか……」

この場から離脱しようとするシノブが慌てて俺を呼び止めようとするが、俺は前へ出る。

そして、アカさんが振り返って俺を見る。

「ガル?」

「アカさん……遅くなってごめん……つらかったな……ゴメンな……ケーキも……どっかやっちまって……」

「グガアアアアアアアッ!!」

今の怒りに我を忘れているアカさんは、もう俺のことを認識できないようだ。

俺の姿を見ても、ただ獣のような唸り声を上げて殴りかかってきた。

「ウガアアアアアアッ!!」

「ぐおっ!?」

速い。反射的にブレイクスルーで俺は防御しようとした。だが、ブレイクスルー状態の俺などおかまいなしに、アカさんの豪腕はガードした俺ごとを吹き飛ばす。

「がはっ、ぐっ、あ……アカさん……」

大木に背中から激突し、全身が痺れて、息が一瞬止まった。

「はは……優しくて……手先が器用で、料理もうまくて……それでいて、メチャクチャ強いんだな……アカさん……スゲーや」

「ガアアアアアアアアアアアアッッ!!」

速くて、強い。ブレイクスルーが一瞬でかき消されちまった。

これが、アカさんの本当の力。

でも、だからって逃げるわけにはいかねーんだ。

「ああ、いいんだよ、アカさん。アカさんは何も悪くねーよ。俺ら人間だって、怒ったり、キレたりしたら暴れる。物に八つ当たりしたり、破壊したりするし、実の両親にも罵声を浴びせたりする……アカさんは……人よりちょっと力が強いだけで……やってることは普通のことなんだ」

「ウガアガアアアアアアアアアッ!!」

起き上がる俺に向かって拳を振り下ろすアカさん。

とんでもない右の強振。まともに当たれば肉片飛び散るだろうな。

でも、俺は不思議とこのとき、恐怖はなかった。

アカさんの拳の角度や筋肉の動きが自然と手に取るように分かり、今度はブレイクスルーを使わずとも避けることができた。

「ごめんな……俺たち人間が弱すぎるから……心が狭すぎるから……アカさんみたいにデカくねーから……そんな俺たちと友達になりてーなんて言ってくれたのに……」

「ウガ! ガアアア! ガルラアアアアア!」

「ほんとに、ごめんな……アカさん……だから、俺は!」

今度はアカさんの左のフルスイング。だが、明らかに大振りすぎるそのパンチの前に、俺はガラ空きになったアカさんの顔面めがけて右のストレートを突き上げた。

斜め上に突き出すパンチ。普通のストレートより威力は劣る。

だけど、カウンター気味に叩き込んでやった。

「ガ、ア……ガアアアア!」

俺に一撃入れられるアカさんだが、まるで怯む様子はない。カウンターで叩き込んでもこれだ。

パワーだけじゃなく、体の硬さやタフさもハッキリ言って段違い。

もし戦うなら、徹底的に距離を取ってスピード勝負をするのがセオリーだろう。

でも、これは戦いじゃねえ。

「アカさんが強すぎるから……ちょっと暴れたら、それが人間にとっては災厄扱い……意見をぶつけ合う喧嘩だってできねえ……ほんと、たまったもんじゃねーよな?」

「ウガアラアアアアア!」

「だから俺はせめて……アカさんがムカついたときに、真正面から堂々と喧嘩できる相手になってやる。そして、俺がスッキリさせてやる! アカさんの怒りが発散できるぐらいに! 優しいだけじゃねえアカさんの別の顔とも、俺が向き合ってやる!」

戦いじゃない。喧嘩だ。勝つための戦いではなく、相手に想いをぶつけ合う喧嘩をする。

我を失って暴れるアカさんに届くように。

そんな俺の答えに、トレイナは尋ねてくる。

『それが貴様の答えか?』

「ああ」

『何故そこまでする? 所詮、昨日出会ったばかりのオーガだろう?』

「ああ、そうさ。でも……その出会ったばかりのオーガは……」

何故俺はここまで? 俺の答えは単純なものだった。

――それでも勇者の息子か?

――あんなの、戦士が使う技じゃねえ!

――戦士失格!

――戦士界から永久追放しろ!

これまで浴びせられ続けてきた声は、全部「勇者の息子」に向けられた言葉。

俺のコレまでの人生、賞賛も批判も全て俺の肩書きに向けて言われていた言葉だった。

だけど、昨日出会ったばかりのオーガは……アカさんは……

――アースぐん、すげえな!!

俺の素性も肩書きも何も知らないのに……

「俺がこれまでの人生で、一番欲しかった言葉を言ってくれたから!」

俺を勇者の息子としてではない、アースとして認めてくれた存在。

だから、俺は応えなくちゃいけない!

応えるべきなんだ!

『そうか』

そのとき、俺の傍らに居たトレイナが笑ってくれた。

「さあ、続けようぜ、アカさん」

俺は一歩も引かない。その決意を見せてやる。

「俺は逃げねえ!」

「ガルル?」

「来い! 気兼ねなく、遠慮なく、俺に全部ぶつけて来いよ、アカッッ!!」

勝つとか負けるとか、そんなの頭に無かった。

ただ、届け!

そう想いを込めて、俺も吼えた。