軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十三話 世界

叫び、喚き、その辺に当たり散らした。

石を蹴り、地面を殴り、頭を木や地面に何度も打ち付けてのたうち回った。

怒りとか悲しみとか、色んなもんがグチャグチャになり、俺はただ泣き続けた。

だが、永遠にそうし続けられるわけでもない。

「はぁ……はぁ……ちくしょう……あ~、くそ……」

腹も減らないぐらい泣きすぎて、流石に疲れた。

つか、もう夜になっていた。

帝都から飛び出して無我夢中に走り回ったから、街がどこにあるかも分からない。

人生初めての野宿か?

しかも、着の身着のままで来たから金もないし、俺、どうなるんだ?

でも……それはそれとして……

「はぁ……くそ……くそぉ……」

知らなかったな。星ってこんなにあるんだな。

両手足を伸ばして草原の上で寝転がる俺の視界には、夜空に輝く無数の星が広がっていた。

いつも夜は家の中で規則正しく寝ていた俺は、そんなことを初めて知った。

『……ようやく……少しは落ち着いたか?』

そんな俺の傍らにはトレイナが居た。

トレイナも俺が泣き止むまではずっとそっとしておいてくれていたようだ。

「まあ……疲れたけどな……」

涙は止まった。しかし、疲れはドッと出てきた。

そして、疲れを実感して気分が落ち込むと、また何かがこみ上げてきそうになる。

そう、俺は今日……父さんと……母さんを……そしてもう皆と……

『落ち着いたのなら、ちゃんと帝都に戻って両親と話しをしろ。心配しているぞ?』

多分、そうだろうな。

今、帰ったら、少なくとも父さん……親父と母さんに色々言われるだろうけど、俺を迎えてくれる気はした。

でも、俺もどの面下げて帰れっていうか、もう、帰りたくないというか、帰れないって気持ちもあった。

「無理だよ……もう……」

『そうは……思わぬが……』

「ううん……俺が無理だ……皆に嫌われた……親父にも、母さんにも……サディスにも……知らなかったこととはいえ……傷つけた……」

『一人息子だ。愛していないわけがない。ただ、あやつらは英雄で勇者だが、親として足りなかっただけであり……それに見切りをつけず……貴様が大人になって許してやる……そういう選択もある。あのメイドとて……』

「でも……無理だよ……」

トレイナの言うとおりかもしれないが、それでも俺の心がそれを選ばなかった。

そもそも、俺の方から全てを捨てて逃げ出したのだから。

「俺、サディスのことを……そして……意外にも……自分で思っている以上に、親父と母さんのこと……多分好きだったんだ」

『………そうか……』

「だから……サディスに恐れられて……親父と母さんにあんな目で見られて……そのうえで、あんなことを言っちまった……もう……無理だよ……」

もう、あの目と向き合うことができない。

それが怖くてたまらない。

だからこそ、俺は逃げたんだ。

『……余が憎くないか?』

「は? ……なんで?」

そのとき、思いもよらないトレイナの言葉に俺は思わず体を起した。

『少なくとも、余が貴様にあの技を見せなければ……こんなことにはならなかっただろう?』

俺の目を見てまっすぐそう告げるトレイナに、俺は何とも言えなくなった。

まさか、こいつがそこに罪悪感があったとはな……

「何言ってんだよ。最終的にあんたに学んだのは俺だ……つか……冷静に考えれば、大魔王の技を使う時点で、親父や母さんや周囲が大騒ぎすることぐらい予想できたかもしれねーのに……俺は……日に日に強くなっていく自分に興奮して、そんなことまで考えなかった」

確かに、トレイナに鍛えられなければこんなことにはならなかったかもしれない。

でも、ならばこの二ヶ月間が「無かったほうがいいのか?」と問われたら、そんなことは絶対になかった。

『……そうか……』

たとえ、こいつが、大魔王だった頃にどれだけの人間を殺していたとしても、その頃のこいつを俺は知らない。

そもそも、その時代をよく知らない。

だから、ピンと来なかったのかもしれない。

父さん、母さん、サディス、そして世間が抱く大魔王への感情を。

俺の知っているトレイナは、結構負けず嫌いで、ネーミングセンスが悪くて、ノリが良くて、結構人間臭いところがあって……

『では……これからどうするのだ? 家出までして……』

「さぁ……何も考えてねーよ……ただ……逃げ出しただけだから……」

そう、何も考えてない。

逃げ出しただけ。

でも戻る気もない。

いや、もう戻れない。

あれだけのこと吐き捨てちまったんだから……

それに……

「もう、戻る意味もねえし……何だったんだろうな……俺のこれまでの人生……誰も俺を見てくれなかった……」

そう言って、俺はまた草原に寝そべりながら空を見上げた。

吸い込まれるような壮大な夜空を眺めながら、もう何もかもが嫌になっていた。

『なあ、童よ……』

「ん?」

『少し……余の話を聞け』

すると、トレイナが遠くを見るような目をしながら俺の隣に座った。

『何も考えられぬ貴様だが、それでも生きている以上は、これから様々な道がある……若いしな』

「ああ」

『だが、残念ながらどの道を行こうとも、『勇者の息子』以上の評価を得ることは『普通のやり方』では無理だと、余も分かった』

「ッ!!??」

まるで傷口に塩を塗りこむとはこういうことだ。

もう分かりきっていることとはいえ、キツイ言葉だった。

『貴様にとっては忌々しいかもしれぬが、余の想像以上に、『大魔王を倒した大勇者ヒイロ』の名は大きいものだった……ゆえに、貴様があの試合でどれだけやっても、大衆は『流石は勇者の息子』という評価しかしなかった』

分かっている。試合中に、何度も俺はその言葉を聞いていた。

それこそ、これまでの十五年間ずっとだ。

「じゃあ、最初から無理だったんじゃねえか……勇者の息子としてではなく、俺を見てくれだなんて……」

結局不可能だったんだ。それをこういう形で突きつけられた。

そして、今では「大魔王の技を使った」とか「戦士失格」とか、更に落ちちまった。

じゃあ、最初から何も努力しなくても……

『だが、一つだけ……貴様を勇者の息子としてではなく、アース・ラガンとして認めさせる方法がある』

「……なに?」

最初から何をやっても不可能だった……と結論付けようとした俺に、まさかの言葉だった。

「お、おいおい、まさか俺が勇者の息子失格貫き通して、魔王にでもなって、悪名轟かせろとか言うんじゃねーだろうな?」

『違う。大体、悪名を轟かせて響き渡るのは、『やはり勇者の息子は最悪だった』という評価だけだ。それでも、自分をバカにした連中をぶちのめせればそれでいいというなら話は別だが……』

「そんなことは……」

『というより、魔王を悪名などと言うな! まったく、そういう正義だ悪だ光だ闇だ人だ魔族だという認識こそがさっきの心の狭い大衆と同じ……まぁ、これは追々で構わぬか……』

「あ……そっか……すまん、そんなつもりは……」

『あー、もうよいよい。とにかく、余が言いたいことは……ああ~、ようするに……』

俺は再び体を起してトレイナを見る。

不可能なはずのことを成す方法が一つだけある?

どんなことが?

少し話が脇道に逸れそうになったが修正し、トレイナは落ち着いたトーンで俺に語り出した。

『たとえばだが、童よ。余はかつて……何百もの国や種族を統一し……束ね……率いて貴様ら人類と戦った。戦争だけでなく、面倒な政治や調整など多忙な日々に身を投じた……しかし、あらゆることで成果を出した』

それは、これまで聞いたことのなかった、トレイナの昔語り。

『そう、余は至高の存在にして天才などという言葉では形容できぬほどの存在であった。幼少期から、魔力も智略も戦闘能力も、全てが『歴代最強』とまで呼ばれた……ま、貴様の父には負けたがな。卑怯な手でな。卑怯な手だ。重要だから二回言った』

「おい……」

『そして、ここで一つ聞くが……』

最初は自慢なのかと思ったら、急に真面目な顔をするトレイナ。

そして、俺に言う。

それは……

『歴代最強と余が呼ばれる前までの、前歴代最強は誰か……分かるか?』

「……え? ……さ、さぁ……知らねーけど……」

『そうだ。当然だ。恐らくだが、魔族ですら知らぬだろう。余の前までの最強は誰だったのかを』

一体、そこから何の話に繋がるんだ? 何も分からず俺が黙って聞いていると……

『つまり、それまでにどれほど名を上げた者が居たとしても、それ以上の存在が現れたら、人々の意識は嫌でも更新される……そういうことだ』

「更新……?」

『そう、更新だ! 童!』

そう言ってトレイナは力強い言葉と共に立ち上がり……

『貴様が勇者の息子から脱却し、まだその存在を認められたいと思うのなら……貴様は、父が成した大魔王を倒したという偉業を……遥かに上回る偉業を成し遂げるしかない』

「ッッ!!??」

『そうすれば、帝国どころではない。世界がアース・ラガンを認めるであろう!』

それは、言われてみればそのとおりなのだが、何とも言えないほどスケールのでかすぎる話だった。

思わず呆れて笑っちまうぐらいだ。

「親父を超える偉業って……はは……それって、なんだよ? 一体何があるってんだ?」

『そんなもの、余が知るか。余は今の世を知らぬし、戦争が終わった世界でそんな偉業があるかも分からぬ。だが、そうでもしない限り……アース・ラガンはいつまで経っても、『家出した勇者の息子』のままだ』

そして、そこから先はトレイナも分からないときている。

なら、何がある?

大魔王を倒して人類を救った親父を超える偉業って?

『それが何かは余もまだ分からぬ。しかし、その答えは帝国にはない。父の権威届かぬ地を進み、何かを求めてどこまでも突き進み、困難をその拳で切り開き、多くのことを見て、多くのものを知り、その果てで『何か』を成すしかない。父を超える『何か』をだ!』

大魔王トレイナすら分からぬ、大魔王を倒した伝説を超える偉業。

それが何かは分からないが、それを成すならば……

『世界を目指せ、アース』

そう言ってトレイナは、答えは分からずとも、進むべき指針を俺に示してくれた。

「親父を……超える……」

『それができず、ムカつく奴らを皆殺しにしたいとでも言うなら……まぁ、別に余が止める理由も義理もないが……』

「でも……俺なんかじゃ……」

『まあ、好きに決めろ。貴様は、余と違ってまだ生きているのだ。家から出て戻らぬ以上、今後の人生は自分で決めてみろ』

親父を目指すんじゃない。親父を超えろ。

もう、それしか、俺を認めさせる方法は無い。

「超えるか……そんなこと、考えたことも……」

ガキの頃、「親父のような勇者になる」と言ったことはあっても、「親父を超える」と俺は口にしたこと……いや……

「いや……あったな、そんなこと」

『ん?』

そういや、ガキの頃、何も考えずに言っていたな。

――フーは世界一の魔法使いに! リヴァルは世界一の剣士に! フィアンセイは世界一の槍使いに! そして、俺は父さんを超える世界最強ウルトラ勇者になるんだ!

そう、それは子供の夢であり、ある意味で原点。

俺はもう、答えを知ってたんだ。

「ははっ……まさか……こんな……こんなことを思い出すなんてな……」

思い出しただけでも笑ってしまった。

あのときは、別に何か深く考えて口にしたわけじゃない純粋な子供の夢。

だが、いつからか、段々と自分に自信がなくなって口にしなくなった。

まさか、こんな形で思い出し、それを実行させられるようになるとはな。

「わかったよ……上等だ」

気づけば、俺の奥底から何かが沸きあがっていた。

沸々と燃え上がる想い。

「ウルトラ勇者ではないけれど……だが、それでも……親父を超える『何か』になってやろうじゃねえか!!」

単純に超えると言っても、色々とあるだろう。

強さだったり、名声だったり、偉業だったり。

だが、その何を超えればいいかは今はまだ分からない。

ならば、その「何か」を探すために、世界を渡る。

世界を目指す。

「お、おおお……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! くそったれがあああああああ!! 見てやがれ、世界の奴ら!! ちくしょうめがあああ!! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

世界に、空に、星に、俺は吼えた。

俺はまだ、死んでねえ。

アース・ラガンは、まだここに居る。

叫びながら涙が少しこみ上げたが、もういっそ出し切るぐらいの気持ちで俺は吼えた。

『ふっ、少しは戻ったようだな。単純なやつめ。だが、それでいい。打ちのめされ、そこですみやかに立ち上がらずにいつまでも平伏し続けるのが敗北者。だから……貴様はまだ負けていない。まぁ、少し泣き虫ではあるが……今日は見なかったことにしてやろう』

「るせ。でも……ありがとな、トレイナ。あんた、やっぱ結構……」

『ぬっ、べ、別に勘違いするんじゃない。余も世界を見たかったし、そのほうが都合いいだけだ。別に、貴様のためではないのだからな!』

「くははははは、なんだそれ~」

ああ、俺は単純だ。

人生最悪の日を迎えながら、俺はもう立ち上がろうとしている。

それも全て……

『まぁ、とにかく……行くのだな?』

「ああ、行こうぜ」

親父にとって大魔王が何であろうと、過去にどんなことがあっても、変わらねえ。

俺は、こいつと共に世界を渡る。

『「この世の果てまで!!」』

終わりの見えない『俺たち』の新しい人生が始まった。