軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百三十一話 百人斬り

『右上スミ星! 右上スミ小目! 三三! 目はずし! 五の5!』

「うおおおお、そりゃ! どりゃ! おいしょぉ!」

なんで? なんで俺はジャポーネの天下の往来を猛ダッシュしながら戦碁を打っているんだ?

「うわぁ……お兄ちゃんがんばれ~」

「なんだかすごい光景だね……」

道のど真ん中に一列に並べられた長机と戦碁盤は100面以上あり、それぞれの盤に町民も王国騎士も関係なく老若男女問わず腕に覚えのあるジャポーネの戦碁打ちたちが並び、俺を通じてトレイナと対局していた。

ジャポーネ王国の戦碁打ちたちとの100面打ち。

俺はトレイナに指示された場所に間違えずにダッシュで端から端まで黒石を置いて、そしてまた最初に戻って次の一手を打っていく。それの繰り返し。

「ぐっ、ぬぅ……」

「こ、これは、我が陣地の切断!?」

「なんと……これは指導戦碁……私を試している……」

「ふぉっ、ワシに置き石させるとは何年振り……ふぁ!? こんな手が!?」

「くっ、この私に100面打ちの傍らで相手してこれほどの……」

俺が打てばその度に対面する相手たちがイチイチリアクションしてくれるが、その全てを確認している場合じゃない。

とにかく、俺はただ間髪入れずに飛んでくるトレイナの指示を間違えないようにするだけ。

『ふふふ、良いぞ! 童の走力と集中力が無ければ実現しない100面打ち。リズムも良い。余も心置きなく楽しめるというものだ。中にはかなり手強い打ち手もいる……おそらくプロだろうな……あのマクシタとやらの師も大したものだ! 久々に腕が鳴る!』

そんな俺の頑張りにトレイナもご満悦。

つか……なんでこんなことになったんだ?

それは……

「え?! な……なにこれ?」

マクシタってやつと戦碁を一局打っただけ。それだけなんだ。

別に俺は大魔螺旋とかそういう技を見せて民衆を脅したりとかしたわけじゃない。

なのに……

「……戦碁の悪魔かと思えば……神でした」

「まさに、神の打ち筋を見たとすら……」

「ええもんを見せてもらいましたですじゃ……」

「神様じゃぁ……ぐすん……うぅ」

ジャポーネの民たちが、町民も王国軍の戦士たちも含めてその場に両膝ついて俺に頭を下げていた。

いや、マジであまりにも異常すぎる光景。

「うわぁ……うわぁ~……」

「これは、お兄さん『たち』……やりすぎたのかもね……」

エスピもスレイヤもドン引き。

「……シノブの見る目はやはり本物だった……これほどの存在が……」

しかも、シノブの兄ちゃんまで感動して跪いているし。なんでだよ。

とにかく、ジャポーネ人たちの戦碁に懸ける想いや、反応ぶりは俺の想像を遥かに超えていた。

そして、困ったことにこいつらは感動するだけじゃ留まらない。

「もし、お兄さん……いや、戦碁神さま……」

「ふぇ?! か、神!? お、俺が?」

「老い先短いワシの願いをどうか……どうか冥土の土産に一局ワシと……」

なんと、頭を下げて自分とも打ってくれと言ってきたのだ。

しかも、それは一人二人などではない。

「ず、ずるい! 私も!」

「待ってくれ、ここはマクシタくんの師でもある私が!」

「それならワシだって戦碁大会でこの間入賞を……」

「ねえねえ、僕も! 僕も打ちたいよぉ!」

次から次へと対局申し込み。跪いていた連中が今度は自分が打ちたいと主張し、我こそはと俺に群がってきやがる。

「うわ、ちょ、おい、落ち着け!」

「あ~、もうあなたたち下がってよ! お兄ちゃんが困ってるでしょ!」

「まったく、ボクのお兄さんを困らせるものは容赦しないよ?」

このままじゃ押しつぶされる。

エスピとスレイヤも流石にまずいと思って止めに入ってくる。

だが、興奮したジャポーネの民たちには届かない。

まさか、そこまでしてトレイナと打ちたいとは……戦碁はそれほどじゃない俺には分からないが、ジャポーネ人たちからすればそれほどまでのものってことなんだろうな。

『ふははははははは、やれやれ、仕方のない人間たちだ……そこまでして余と打ちたいか』

で、トレイナはニンマリ笑って満更でもなさそうだ。

つか、かつての大戦では、ジャポーネとは戦いじゃなくて戦碁をトレイナが披露していれば魔王軍が勝ってたんじゃ……

『うむうむ、仕方ない仕方ない。童、打ってやろうではないか』

『え、ぇ~~~え? いや、そんなこと言っても……この人数全員とって、どんだけ時間かかるんだ!? 秒殺でも一人ずつと打ってたらとても……』

『な~に。ならば全員まとめて同時に打てばよい』

『……は?』

と、トレイナが機嫌よく提案し……

そういうことで……

「ぐぅ、……負けました」

「……ありません」

「ないです……完敗だ……」

「どうしてこんな強い人がいるの? 勝てるわけないわ……」

「ダメだ……しかし、なんだ? この清々しさは……」

「まったく歯が立たない……だけど、戦碁がもっと打ちたくなる……もっと好きになる……」

こうなったわけだ。

希望者たちに戦碁盤を用意させて100面打ち。

こんな形で走り回ることになるとは思わなかった。

『ふふふふ、流石はジャポーネ。通りすがりの者でもしっかりと筋の良い手を打つ……それに余の知らぬ新しい定石もあるようで、余も勉強になる……そして、染み込み……ふははははは、死んでから学んで強くなる……こんなことになろうとは余も予想外だ!』

それにしても、トレイナはこれだけの人数相手にして頭が混乱するどころか苦戦すらせずに全勝。

まさに文字通り百人斬りだ。

しかも、ただ圧倒的な強さで叩き潰すわけではない。

相手を指導するような打ち方をしたり、遊びで新たな手を打ったり、そして相手を十分満足させたり感動させたりするような打ち方をしている。

「……すご……中にはプロの人とかもいるんでしょ?」

「そ、そうだね……でもこれ、地味にお兄さんもすごいよね……あれだけ速く走って、間違えないで打ってるんだから……」

俺も打ちながら呆れる一方で、何だか少しずつ嬉しくなってきた。

エスピとスレイヤはこうしてトレイナの存在を信じてくれるが、実際にトレイナを見れるわけじゃないし、言葉が聞こえるわけじゃない。

そしてこのジャポーネの連中も、誰もトレイナのことが分からないんだ。

だけど、こんな形でだけど、トレイナの存在を多くの人に感じさせてやることができた。

俺にしか見えないトレイナだけど、それでもトレイナは確かに存在している。

ジャポーネ人たちがあまりにもオーバーなリアクションをしてくれるおかげで、それを俺も改めて実感することができた。

「……これが世界を変える希望の一手……戦碁の世界にはまだ私にも知らない世界……深い世界がある……こんな形で私が学ぼうとは……」

そして、気づけば対局者も残り一人になっていた。だが、それももう終局が近い。

さらに、対局者の反応からも既に形勢は揺るぎない様子。

だけど、その表情に一切の曇りも見られない。

『うむ、マクシタとやらの師か……非常に良い打ち手だった。シノブよりも数段強かったな……美しい棋譜ができた。こやつもまだまだ強くなるであろう。精進せよ』

大満足のトレイナから零れたのは相手への賞賛。

そして相手もまた潔く手を止めて頭を下げてきた。

「ふぅ……まだ打ちたいが……これ以上無駄な手を打って、この棋譜を穢したくない……ここまでですね。……まいりました!」

気づけば少し日も落ちかけてきたところで、ジャポーネ百人斬りを果たしてしまった。

しかし、百人斬りなんて言葉は物騒なのに、ジャポーネの連中ときたら……

「すげえ……本当にすげーよ、この異国の兄ちゃん! 何者だ!?」

「ああ、もう一回打ちたい……あぁ、でも俺のようなへたっぴじゃ失礼かも……」

「っていうかさ、打ちながらちょっと試してみたい手が思いついたんだけど……」

「あっ、それ私も! ねぇ、せっかくだし彼と打ったお互いの一局を並べて検討しない?」

「それある! すぐにリベンジじゃなくて今の一局を振り返ろうよ!」

「っていうか、今の多面打ち全ての棋譜を集めて一冊の本にするとかどうだ?」

「くう~~~、なんかゾクゾクしてきたぁ!」

誰もが目をキラキラさせてこの有様。

まっ、俺には理解しにくい感覚ではあるが、こんなに喜んでくれるならトレイナに打たせてよかったかもしれねえな。

トレイナもすごく機嫌よさそうだし……

「くっ、完敗でごわす。まだまだ精進が足りない……僕の師ですら……完敗でごわす……」

「ん? あ、マクシタ……」

「あのシノブが……うぐぅ……惚れた男というのは嘘ではなさそうでごわす……認めるでごわす……」

神妙な顔してそう言ってくるマクシタ。

そういえば、そういう話だったな。

とはいえ、戦碁に関しては俺の力じゃなくてトレイナの力だから、そこの勘違いは非常に申し訳ない。

ただ、それはそれとして最初登場したときはかなり横柄な男だと思ったけど、戦碁が絡むとここまで謙虚になるとはな。

ジャポーネにおける戦碁、侮りがたし……

「そういえば、そのお兄ちゃんはシノブちゃんのイイ人なんだろ? じゃぁさ……シノブちゃんとそのお兄ちゃんが結婚してこれからジャポーネに住めば……また私たちと打ってくれるってことじゃないのか?」

「「「「あっ…………」」」」

それは、この場に居る誰かが不意に呟いた言葉だった。

誰が言ったかは問題じゃない。

問題なのは、言ったその言葉が……

「いや、『あ』じゃねえよ!」

なんかジャポーネの連中が「それいいな」みたいな反応を見せたことだった。

「あはははは、そりゃ大変だね~、お兄ちゃん。まっ、私はシノブちゃんならお兄ちゃんのお嫁さんでもいいかなって思うけど……でも、住むのはねぇ~」

「うん、これから冒険の旅に出るわけだし……ずっと住むっていうのはね……まぁ、拠点としてってことならいいかもだけど……」

そして、エスピとスレイヤまでこの反応勘弁してくれ。

いや、まぁ、俺も別にシノブなら……って、これはあんま無責任に口に出さない方がいいだろうな……クロンとかのこともあるし……

「と、とにかく、何だかんだで遅くなっちまったし、もう俺たちは帰るぞ! せっかく遊びに来たのに日が沈みそうだし」

「「「「「えぇえええええええええええ~~~~~」」」」」

「って、だから、『え~』じゃねえよ!」

まさかこんなことになろうとはな。

国王の圧政やらで国全体が暗かったり、つらい思いしている奴らも多いかなと思ったけど、この国の連中もちゃんとこうやってハシャいだり笑ったりするんだな。

そういう明るい一面を見ることができて、何だかホッとした。

でも、マジで今はこれ以上騒ぎを大きくしないで長居せずに退散した方がよさそうだ。

今ならシノブの兄ちゃんのこともあやふやにできそうだし……