軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百二十九話 幕間(通りすがりのトップ棋士)

大名家での指導戦碁もこれで終わり。

いつまでたっても上達されない大名の棋力と自分の指導力のなさに呆れながらも笑顔を絶やさずに愛想よく過ごした。

大名も別に本気で戦碁が上達したいわけでもなく、ジャポーネ王国の戦碁棋士大会優勝者である私に指導させるという、富裕層ならではのステータスに浸りたいだけだということが伝わってくる。

そんなくだらないしがらみに巻き込まれ、しかし職業上それを断ることができないのが痛いところだ。

いかに戦碁がジャポーネの国技であるとはいえ、プロ棋士がそれ一本で生計を立てるには、大名をはじめとする多くのスポンサーがあってのこと。

既に私はプロ棋士としては成功した部類に入るため、金には何の不自由はないものの、これからは棋士たちの代表として、何よりもプロの道を歩もうとする子供たちのためにも、私が全てを台無しにするわけにもいかないのだ。

とはいえ、今ジャポーネ国内は大きく揺れ動いている。

国王の悪政による政治経済の不安定による影響は、当然我々にも影響を及ぼす。

多くの大名たちは今の自分たちの立場さえ守れればと国王への反旗は見られず、今日のように私を自宅に招いて指導戦碁をさせるというノンキぶり。

このままでよいのだろうかという不安は尽きない。

「ふぅ……ミカド先生……あなたは今、どうされておりますか?」

ふとした瞬間、先日王国より懲戒された、我が戦碁の師でもあるミカド先生が頭を過る。

戦碁協会の会長も兼任され、幼少時よりも私を育てて下さった師でもあり、父でもある。

幽閉されたと聞いたがその後の動向は不明。

全ての棋士や多くの国民と嘆願書を出すも拒否される。

表立って反抗しようにも、武力で弾圧されることの恐怖や、国の傘下でもある戦碁協会の棋士である我らの立場上、強引に出る勇気もなかった。

あの方は今、どうされているか?

金持ち相手に媚を売る、誇りも何もない今の私をどう見られるか?

――ふぉっ? ワシが戦碁で世界一? あ~……まぁ、『今』の世ならばそうかもしれぬのぉ……

既に棋士の大会には出場されることはないが、あの方の棋力は今の私でも及ばない。

だが、あの方は言っておられた……

――しかし、歴史上最強なのは……ワシではないがのう……ワシより強いと断言できる者が『二人』おったからのぅ

――ほ、本当ですか?

――うむ。つまり、戦碁は奥が深く……そして、際限がない。おぬしはこの道でメシを食うと決めたのであれば、とことん深く追求するがよい。そうすれば、女神の一手や、魔王の一手に……少し近づけるかもしれぬ

あの方は飄々として、いつも掴みどころのない方ではあるが、決して嘘は言わない。

その瞬間から、私の終わりなき戦碁の道が始まった。

あの方の師事や、国内の大会でメキメキと実力をつけた私は、いつしか国内の大会で優勝するようになった。

ジャポーネ王国で一番ということはミカド先生を除けば世界最強ということでもある。

富、名声、人が私に集った。

しかし、その代償として戦碁の勉強と対局以外のことにまで縛られるようになった。

ただ純粋に戦碁の道を邁進したいだけだったのだが……

「どうしてこんなことになってしまったのだろうか……ん?」

いかん。考え事をし過ぎていた。もう少しで人にぶつかるところであった。

しかし、これは何かあったのか?

大勢の人たちが人垣を作って、しかし言葉を発せずに何かを真剣な表情で凝視している。

今日は何かイベントでもあったか? いや、静かすぎる。

それとも、先日のような税務部隊という連中か? いや、そんな雰囲気でもない。

「失礼、何が……ん? あれは、マクシタくん」

私が副業で経営している戦碁教室の生徒の一人であるマクシタくん。

本業が侍戦士であるためにプロ棋士ではないが、アマチュアの未成年の大会では優勝をしたりと、かなりの素質の持ち主だ。

それが、どうして道のど真ん中でこんな衆人環視の中で戦碁を?

そして、この空気は何だ?

自惚れているわけではないが、仮にもトッププロ棋士でもある私がこうしてここにいるのに、誰も私に気づかず、全員が対局に集中している。

相手は誰だ? 見たことがない。それに、ジャポーネ人ではない。まだ子供? 海外の子だろうか?

しかし、それがどうしてマクシタくんと大通りで打っているのかは分からないが、それにしてもこの周囲の真剣さはどういうことだ?

一体どのような一局……ッ!?

「ッ!? な、な……に?」

覗いた盤面に私は震え上がった。

マクシタくんが白で、少年が黒。

盤面、勝っているのは少年の黒だ。

だが、私の頭はどちらが勝っているとか、マクシタくんが他国の少年に負けているとか、そんな驚きよりも、繰り広げられている白と黒の石の模様にただただ息を呑んだ。

「ぐっ、くっ……」

「……っと、ここだな」

「ぬぐっ!?」

ある程度の棋力があれば、途中からであろうと盤面の石の模様とそこから放たれる数手で大体の両者の力量が分かるというもの。

マクシタくんは必死に相手領土をかき乱して領土を得ようと怒涛の勢いで攻めに……転じようとしても転じられない。

あと一歩のところで踏み込めない。それは盤面四方全てで同じような戦況が繰り広げられている。

それは、マクシタくんの攻めが甘いからではない。

マクシタくんが踏み込めない理由は、このジャポーネで戦碁のレベルが高い打ち手ならば誰もが理解できる。

全ては、絶妙の位置に配置されている敵の石。天元にある。

あの天元が盤全体を睨み、更にその働きを存分に活かす布陣を黒の石が築き上げられているがためだ。

もし、アレを無視して踏み込めば、その領土に侵入した石は絡め取られる。

しかし、これほど見事な布陣をどの局面から築き上げ……

「あ、ああ……し、信じられ……」

「ぐ、うぐっ!?」

「はあ、はあ、はあ……な、なんなんだ、あの小僧は……」

そのとき、観戦していた者たちの中で、顔を青ざめさせて腰を抜かす老人たちがいた。

その顔は見たことがある。

プロではないが、アマチュアの大会でも上位に名を連ねる一流の打ち手たちだ。

「あ、あの小僧……初手に天元……あ、あの時点で、こ、こんな形を思い描いていたのか?」

「し、信じられぬ、ま、まぐれでもありえぬ……な、なんなのじゃ……なんじゃ、あの小僧は!」

なにっ!? 初手天元だと!?

その瞬間、私は老人たちが腰を抜かしたことに心底納得した。

マクシタくんは性格や態度の割に、戦碁では力強さだけでなく、綿密に練られた戦略と深い読みを持っている。

そんな彼の思い描く戦略の景色を盤外からも一流の打ち手たちは共有することができる。

だからこその恐怖なのだ。

なぜなら彼らも、そして私も、「自分が同じ立場ならマクシタくんと同じ場所に打つ」と同じ考えを持っていたところで、この有様だからだ。

「あ、お、おい!」

「ああ! ここに来て、初手の天元が……とんでもない絶好の……」

「まさか、こんな活かし方が?!」

「う、うっぷ……お、おえ!」

「さ、寒気が……こ、怖い……あ、ひ、ひぃ!」

「う、うえええん、おかーさん、おかーさん!」

少し遅れて周囲の者たちも気づいたようだ。そして、ついに誰もが顔を青ざめさせた。

ある者は嘔吐し、ある者は恐怖で震え、何人かの子供は泣き出している。

たとえば、自分たちが攻撃する間も与えられずに圧勝されるいうのであれば「ただ相手が強い」というだけであって、驚きはするものの、腰を抜かしたりなどはしない。

しかし、緻密に練られて用意したありとあらゆる作戦の全てが、いざこちらが攻めを開始したと思ったら、実はその作戦が実行の前から全てが成功しないように相手の掌の上で踊らされているということに気づかされたのであれば、話は別。

自分が緻密に練ったのではない。そう打つように全て誘導されていたのだ。

自分の全てを出しきったところで何一つ通用しない、全てが相手の思惑通りに打たされているという、天上すら見えない力差が無ければ、そんなことはできない。

それを、アマチュアとはいえ国内でも有数な打ち手でもあるマクシタ君相手に実行する。

「な、何者なのだ……あの少年は!?」

それは、美しい一局でも、荒々しく激しい殴り合いを繰り広げる熱い一局でもない。

人類の持てる全戦力を遥かなる高みからあざ笑って一つ一つ涼しい顔で潰していく、悪魔の打ち筋。

人類が総力と全叡智を結集して実行しようとした全ての過程は、実はすべて悪魔がそうするように始めから誘導していた……

「ぐっ、くっ、ま、まだでごわす! まだ、僕は負けないでごわす!」

マクシタくんが、ここに来て踏み込んだ。

今まで踏み込めなかった一歩を、勇気をもって切り開こうと相手の陣地へ攻め込んだ。

「きた!」

「そうだ、それしかない!」

「ああ、まだ、まだ負けちゃいない!」

その通りだ。それが正解だ。それしかない。活路を見出すには、もはや踏み込むしかない。

「そうだ、戦うのだ、マクシタくん! 悪魔に負けるな! 私が―――」

私だけではない。

「「「「「俺(私)たちがついているぞ!!!!」」」」」

この場に集う棋士たちは誰もがマクシタくんの一手、そして勇敢なる一歩に触発され、呼応し、共にその魂を彼の一手に委ねた。

ふっ、皮肉なものだ。

彼は私の生徒でもあるが、今の彼は悪政を行う国王側の者であり、我々国民からは敵視している者が多い。

実際、師であるミカド先生も彼らに囚われて幽閉されたのだから。

しかし、この瞬間は、同じジャポーネ人として、同じ人類としてその勇気に国民が呼応したのだ。

国王も政治も過去のしがらみも関係ない。

示すため。

ジャポーネの魂と尊厳、そして人類が生き残る権利を守るために。

だが……

「……ん、次はここだな」

「え? ……ふぁ?! ふぁあああ!?」

「「「「「ッッッッッ!!!!????」」」」」

な、なん……

「ぐ、ぐわあああああああああああ!?」

「あ、熱っ、ぐ、き、ぐはっ?!」

「き、き、きら……れ、ひいい!?」

斬られた!

勇敢なる一歩を!

もう、踏み出すしかない! 人類の生きる道は前へと踏み出すしかない!

そして、一度踏み出せば後には引けない。

断固たる決意をもって踏み出した戦士たちを、少年は軽々とぶった切った!

「ぐほっ!?」

「が、がはっ?!」

「あ、ありえな……がくっ」

「うわあああああああああ!?」

盤面どころか、もはや自分の身を切られたと錯覚するほどの鋭く非情な手。

自分自身の魂を石に投影し、いつしかマクシタくんと共に自分たちも悪魔へ立ち向かおうと、皆が心の中で一緒に踏み出した一歩を一撃でぶった切った。

観戦していた者たちは次々とその場から悲鳴を上げて崩れていく。

「あ、あぅ……あ……あ……」

もはや、マクシタくんの……白の……人類の全てが死んでしまっている。

少年の放った一手は完全なる詰みの一手。

その一手は、その陣地だけの勝敗にあらず。

その一手が盤面の全ての領土、そして世界に波及し、滅亡の一手となった。

人類の勇気を嘲笑う悪魔の手。

人類の滅亡。

世界の終焉。

まさに暗黒に埋め尽くされた世界の誕生となった。

一縷の光すらも届かぬその世界には、希望など――――

「……ねえ、スレイヤくん。私たち、さっきから何を見せられてるの? 戦碁のルール分からないから、イマイチ状況が……」

「さ、さぁ……とりあえず、ジャポーネ人は戦碁になるとリアクションがすごいんだね……お兄さんも打ちながらちょっとビクッてしてるよ……」