軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百七十一話 大魔王のパートナー

「最終レース、帝国ダービー……5番フカインパクト、8番アウトティライミ、11番セブンセンスの3レンタンで……」

「あい、3連単ね」

買えてしまった。生まれて初めて競馬の馬券を。

てっきり身分証明書でも確認されるかと思ったけど、なんかすんなりいけたぞ?

『しっかし、競馬ね……一応六覇の一人が攻めてきてるっていうのに、呑気な……』

『競馬……ましてや、ダービーとなると歴史ある文化の一つ。そのようなものを戦争を理由に中止ということにすると、民衆への不安や危機感を煽る。何よりもこういった娯楽は民たちの息抜きにもなるので、よほどのことが無い限りは中止にせんのだ』

『へぇ……』

俺は競馬に詳しくない。しかしそんな俺でも、年に一回開催される帝国ダービーというものは知っている。

帝都の近くで行われる世代最恐馬を決める由緒あるレース。

その様子は、帝国全土や場所によっては他国にも伝えられる。

俺たちが今いる帝国南部に位置するウィーンズという大きな街も、馬券を買う場所と、魔水晶を通じてレースの様子を『音声のみ』だが伝えてくれる場所がある。

「お兄ちゃん、何するの?」

「エスピは知らなくていいことだ。知らずに純粋に育ちなさい」

「お馬さんに賭けるの?」

「いや、知らなくていい……って、分かるのか?」

「コジローがこういうの好きって聞いたことあるから……」

「そ、そうか、まぁ、気にするな。あとでジュースを買ってあげよう。あと……服もお前用に買っといた方がいいかもな」

「ッ!?」

しかし、まさか年齢一桁の幼い子供を連れてこんな所に来るとは思わなかった。

こんなこと、サディスや母さんに知られたら怒られるだろうな……

「おーい、坊主。なんだ~、フカインパクト? ああ、この間、中央デビューして何勝かした馬か……だが、そんなのを3連単でとは、大穴狙いだねえ」

「ってか、こんな所にそんな小さい妹を連れて来るなよな~」

「ここは鉄火場。いわば男たちの勝負の場よ!」

それにしても、漁港の漁師たちもなかなか豪快な奴らだったけど、ここに居る奴らは……昼間っから酒の匂いとか……戦争中だってのに息抜きしすぎじゃねえのか?

「……お兄ちゃん、この人たちお兄ちゃんを馬鹿にしてる……強くて優しい私のお兄ちゃんを……ねぇ、こいつら私がぶっとばそうか?」

「やめなさい! てか、関わらなくていい……」

とにかく、こんな子供の教育の場に悪いような場所に来たのは、ただの金目当て。

ギャンブルで旅の路銀を稼ぐという、いかにもダメ人間の始まりのような気もするが、ギャンブルをするには理由があった。

それは、もはやこれはギャンブルではなく、確実に勝てると最初から分かっているからだ。

『しっかし、いくら趣味だからって、地上世界まで競馬をしに来るなよな~。魔界にもあるんなら、それで我慢しろよ』

『逆だ。自身の馬が史上最速と知った時、それを世界が知らぬなど我慢ならなかったのだ。ましてや、ダービーと名が付くレースが地上にもあるのなら、地上の者どもに知らしめてやりたかったのだ』

『そんなもんか?』

『うむ。ダービー馬の馬主になることは、魔王や勇者になることよりも難しい……太古の時代より競馬にはそんな格言がある。ましてや余が手塩に育てた最速馬。栄冠を与えてやりたかった……地上も魔界も関係なくな』

そのとき、トレイナが目を細めて遠くを見るような目で少し昔を懐かしむような表情を浮かべた。

戦友に思いを馳せているんだろうな。

そう、今からこの時代に生きているトレイナが、正体を隠して愛馬と一緒に帝国ダービーに参加して走るのだ。

そして、その結果をトレイナは既に分かっている。だって、過去に経験しているから。

ゆえに、何の馬券を買えばいいのか分かっているのだ。

『さぁ、帝国ダービー。フルゲートで18頭のレースが始まります。サラブレッドの頂点に立つのはどの馬になるか……今、各馬一斉にスタートしました! アウトティライミ好スタート! おっと、一頭出遅れております。フカインパクト、スタートに失敗しております。パシファイアーを装着し、騎手のタケトヨも覆面を被るという正体不明のコンビ、しかしスタートに失敗して大きく出遅れました』

あら? 出遅れ? でも、隣のトレイナは鼻で笑っている。あっ、多分これ……ワザとだな……これは余裕ってやつか……

「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがお金払った馬が出遅れだって……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。それより、ジュースと……なぁ、ケーキも食べないか?」

「え? でも、お金……」

「だ~か~ら、お前が気にすんなって」

レースの光景は分からずに、解説者の声しか聞こえないものの、今この場に居る馬券を買ってる連中は誰もが一喜一憂して熱狂している。

中には大金だって賭けている連中だっているだろうし、そりゃ力が入るだろう。

俺だって、少ない金額とはいえ現在持ってる所持金全部をつぎ込んだんだ。

これが本当に運に頼ったギャンブルなら、俺だってここまで余裕の態度じゃねえ。

もう、勝敗が最初から分かっているからな。

っていうか、むしろ……

『この魔水晶の向こうでは……生きているあんたがいるんだよな……』

『むっ? うむ……』

『会ってみたかったな……』

トレイナの生前。こんな事でもない限り、二度と見ることは出来ない。

そう思うと、ちょっと残念な気持ちだった……が……

『ふん。死んでる余で我慢しろ』

『……ぷっ……』

『な、何を笑っておる!』

ちょっとムッとした表情のトレイナ……なんだ? 嫉妬でもしてんのか? 自分に? ちょっと面白かった。

『ふん、そんなことを気にしていないで、今は余が手塩をかけて育てたかつての愛馬の活躍に耳を傾けよ』

『ああ、わーってるって……出遅れてるけどな……でも、それもワザとなんだろ?』

『ふふふ、ただ走って勝つだけではつまらぬからな。パドックで他の馬を見ただけで分かった。こやつらではフカインパクトの敵ではないとな。ならば、勝ち方でも地上世界に衝撃を与えてやりたかったのだ』

よっぽど自分の馬に自信を持っており、更に思い入れがあったんだろうな。

っていうか、トレイナが自ら鍛え上げた馬……あれ? そうなると……

『そのフカインパクトってのは、ある意味で俺の兄弟子なのかもな……』

『ぬ? むぅ……』

冗談交じりだが意外と間違っていないかもしれない。

しかし、トレイナは俺の冗談に対して少し考えてから……

『いや、フカインパクトは確かに余が師事したが……余の弟子ではない。共に風となって駆け抜けた……戦友……パートナーだな。むろん、その他の馬たちもな』

パートナー。そんなことを言うトレイナは初めてだった。

それは、かつての部下である六覇たちのことを語っていた時とも違う、特別な想いを感じるような言葉であり、俺とも違う……特別な……

『弟子は貴様だけだ』

『お、おう……そっか……』

『うむ、そうだ』

べべ、別に馬に嫉妬なんかしてねーからな! お、俺だってトレイナとはずっといる仲で~って、俺は何を考えてんだ?

『先頭は相変わらずアウトティライミ、続いてセブンセンス! さぁ、ここから直線に入ります! 場内が激しく熱狂しております! 最後の直線勝負、後続馬も続いて激しい鞭が入ります! しかし、先頭はアウトティライミ、セブンセンスの一騎打ち!』

って、気付いたらもうそんなに進んでたのか?

競馬ってのは一つのレースでも時間がそれほど長いわけじゃねえようだな。

まだ始まって数分ぐらいしか経っていないのに、もう最後の直線か。

『おおおーっと、ここから後方から迫りくるのは漆黒の風! いや、なんだコレは! 最後尾からぐんぐん追い上げてくるのは……は、走っているというよりまるで、飛んでいる!』

来たか。

姿は見えないけど、その存在感だけは伝わってくる。

この魔水晶の向こうでは、この世界のトレイナがパートナーと共に駆け抜けている。

『そう、わずか数分間に凝縮された、一つの伝説……刻み込め!! 衝撃よ、後世まで轟け!』

俺もこの瞬間だけは立ち上がって、黙って見守った。

『この飛び込んできた黒い風は……フカインパクト! 今、集団を抜き……先頭の二頭を……おっと、なんと鞍上のタケトヨ騎手は鞭を叩いておりません! しかし、伸びる伸びる!』

馬券発売所の周りでレースの様子を聞いているおっさんたちがどよめきだしている。

一体、レースで何が起こっているのかと。

「あ、ねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃんが買ったお馬さんが、ねえ、お兄ちゃん!」

「ああ」

「勝っちゃうの? 勝っちゃうの? 勝っちゃうの!?」

「エスピ……ジュースとケーキを選んでおけ」

俺がフカインパクトの馬券を買っただけで、鼻で笑われた。

それほどまでに無名だった馬が、歴史ある帝国ダービーにおいて、人類の度肝を抜いている。

『そしてもはや大勢は変わらない! この速さ、この強さ、風が吹き荒れる! なんだ、この馬は! フカインパクト、今、一着でゴールイン! 帝国産馬ではなく、外国産馬でのダービー制覇! そして、これまでの記録を塗り替える、レースレコードを記録! まさにその名の通り、我々の心にとてつもないインパクトを刻み込んでくれました! 鞍上のタケトヨ騎手が今、小さくガッツポーズしております』

その衝撃は、もはや圧倒的。

周囲のおっさん連中も口を半開きにして、地面には外れの馬券がたくさん落ちてしまっている。

「やっ、やった! お兄ちゃん、すごい! お兄ちゃんすごい!」

「ああ」

二着、三着もドンピシャ。

エスピが興奮して抱きついて来る。

こうなると、何だか俺も気持ちいい。

『スゲーな。あんたの相棒』

『うむ……』

トレイナも、既に分かっていた結果とはいえ、両腕組んで嬉しそうにニンマリとドヤ顔。

こんなにスゴイ馬が居たんだってな。

そういや、このレコードってのは現在どうなってんだろ? まだ破られてないのかな? 帰ったら調べてみるか。

それにこの馬って、その後……

『……その後、どうなったかは余も分からぬ』

『トレイナ……』

『余が死んだあと、どうなったか……処分されたか……そうでなくても、馬の寿命を考えれば……せめて……子孫でも残っていればな……』

俺が不意に思った、『この馬は現在どうなっているか?』という疑問を、トレイナが自ら口にした。

少しだけ寂しそうな表情を浮かべるトレイナに、俺も胸が痛んだが……

『ふっ、さっさと換金して、買い物でもして、エスピの機嫌でも取れ。ただし、しばらくはサバイバルのため、高級宿に泊まるなどは許さんがな』

『ああ、わーってるって! 今日もカリーするんだからよ!』

『うむ!』

ちょっとだけ切ない空気も、俺たちは笑って誤魔化した。