軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十九話 新たなテーマ

海は穏やかな時もあれば、いきなり荒れ狂う時もある。

荒れた甲板の上は思った以上に揺れる。

そんな中で、俺は体の疲れもしっかりと取ったうえで、トレイナと再びトレーニングをスタートさせた。

しかし、

『ダメだ。足を動かすな。その場でちゃんと……片足のつま先だけで立って、一歩も動かぬことだ』

「ぬ、う、う~……」

『一定の時間を過ぎれば左右を変える。バランスよくな』

揺れる甲板で片足のつま先立ちで耐える。

バランス感覚には多少の自信があった。

カクレテールの道場でもマジカルヨーガをやったり、ヤミディレ戦とかでも足場の不安定な状態で戦ったりしたこともあったので、別に大したことはないと思っていた。

だが、予想外に俺はバランスを崩した。

『ふふふふ、どうだ? 足場がしっかりしている道場の床でやるヨーガや、足を常に動かすことで体のバランスを微調整できていた戦闘時と違って、足場が不安定な状況下で一歩も動かずにバランスを保つのはなかなか難しいだろう?』

「ぬぐっ、ぐ……ぬぅ……」

『道場のような恵まれた環境下でのトレーニングでは、所詮は教科書通りの肉体しか身に付かない。通常とは違う環境下でもすぐに適応できる感覚や体幹を身に付けねばな』

ただ船が揺れるだけじゃない。波も不規則で、さらに風も吹いて俺のバランスを崩してくる。

たしかに、こんな状況でもまるで動じない感覚や体幹を身に付けたら、結構おいしいかもな。

しかし、トレイナのメニューはこれで終わりじゃない。

『そして、その上で釣り上げろ!』

「浮きが沈んだ! っ、ここだぁ!」

手に僅かな振動が伝わった瞬間、俺は腕を一気に振り上げる。

俺の手には釣り竿。

海に垂らした糸ごと一気に引き上げる。だが……

「…………………」

『……やれやれ……』

その針には何も付いていなかった。

「うぐっ……ぐぅ……」

『貴様、釣りはしたことなかったのか?』

「いや……小さいころに少しだけ……海じゃなくて川だったけど……」

溜息と同時にどこかあざ笑うかのようなトレイナ。

そう、慣れない釣りを、片足つま先立ちでバランスをとりながらはなかなかの難易度だった。

正直、マチョウさんを倒して大会で優勝し、トレイナの協力ありとはいえ、ヤミディレとパリピを倒して少しは自分に自信がついて来たというのに、まだまだ新しいトレーニングをこうして出してくる。

どれだけトレイナには引き出しがあるんだ?

にしてもまさか、釣りまでとは……

『しかし、ボウズとは情けない。……童がボウズ……ふふん』

「悪かったな、一匹も釣れなくて! だが……小さいころの釣り竿はもっと職人の腕が込められた……やはり、竿の質が……」

俺は未だに一匹も魚が釣れないこの状況に恥ずかしさを感じながらも、船乗りのおっさんに貸してもらった、作りも簡易な安っぽい竿を見て言い訳してみたが、それをトレイナが余計に「やれやれ」と呆れやがった。

『ふふん。竿の……質? やれやれ……余の弟子でありながら、何とも情けない……底が浅い……』

「ふぐっ!?」

ここ最近はトレイナの課した課題を色々とクリアしてきたので、あまり呆れられることはなかったため、久々だった。

だが、このままでは悔しい。

何としても一匹ぐらい……

「ええい、見せてやるぞ! 俺の本気を」

『そうか~?』

「そうだ。確か昔……サディスがこうやって……」

幼いころ、一緒に釣りをしていたサディスは大漁だった。

あのときはただ俺は「サディスかっこいい~」って思ってただけだったが、今の俺ならばあの時の動きをトレースできるはず。

竿の糸を遠くへ飛ばす技。頭の上で円を描くように……

「行け! トルネードショット!」

『……ああ……『スピンキャスト』……のつもりなのだろうな……回転する遠心力で飛距離を伸ばすキャスティングだな……だが……』

「あ、ああああああああああああ!?」

つま先が滑って転んで、竿がすっぽ抜けて俺の真上に投げてしまい……頭にそのまま直撃した。

「しまっ、うげあ!?」

『やれやれ。腕だけで飛ばす技ではない。ちゃんと腰の回転で……まぁ、そんなことよりも……』

くそ、片足つま先立ちだったのに、無理に投げようとしたからバランスを崩しちまった。

「だぁ、くそ、カッコ悪い。今度こそ……」

『何を意味のないことをしようとしている。そもそも、どこに魚がいるかも把握していないのに、闇雲に投げても意味がないであろう。自分の今いる場所。取り巻く環境。大地や風などの自然の動き。世界がどうなっているかも感じ取らねばな』

「そ、そんな難しいこと言われてもなぁ……とにかくもう一回だ!」

『待て待て、一旦落ち着け』

失態で、しかもそんな俺を他の乗員たちがクスクス笑っている。

恥ずかしい。俺はすぐに立ち上がって投げ直そうとしたが、呆れた表情でトレイナが止めてきた。

『まったく……貴様はそもそもこのトレーニングの意図をちゃんと理解しているのか?』

「ぬっ……なに?」

意外な問いに、俺は今やっていたことを思い出す。

揺れる甲板の上で、一定の時間片足つま先立ち。時間がたてば反対の足で。

その状態で釣りをする。

まぁ、それを考えれば大体このトレーニングの目的が分かる。

「わーってるよ。こうやって、バランス感覚を鍛えながらも、浮きが沈んだ一瞬を見逃さずに引き上げる瞬発力を鍛えるってことだろ?」

俺がそう答えると……

『ブッブー、だな』

トレイナが腕を交差させて「×」を作ってそう言った。

えっ!? てか、違うの!?

俺はこのトレーニングを指示されたときから、そういう意図があるとずっと思っていたのに。

『これはあくまでバランスを含めた……『感覚』の向上をさせるものだ。瞬発力などは別に考えていない』

「ぬ、ん? ん~?」

その言葉の意味を、俺はすぐには分からなかった。

『船の揺れではなく、波の……大自然の海の流れを読み取れ。さらに、海上の風の流れ、太陽の位置、気温、天候がどう動くか、眼に見えぬ海の底の世界に生きる生命がどのように生息しているのか、どのような世界となっているか……世界を……万物を感じ取り、理解し……そのうえで、味方にするのだ』

「……………は?」

なんか、話がものすごい壮大になってるんだけど……どういう意味だ?

『童、この船の移動は数日。釣りはほんの手遊び程度とするが、これから先の貴様のトレーニングのテーマは……万物を感じ取り、貴様自身の感覚の向上を目指すことだ』

「ば、ばんぶつ……?」

『貴様はカクレテールで『魔呼吸』を身に付けた。それにより、大気中に流れる魔力を感じ取り、それを取り込むことが出来るようになった。しかし、今の貴様の感覚が感じ取っているのはあくまで『魔力』のみだ』

そう言って、トレイナは両手を広げながら船の船尾に立つ。

『自然界の元素……精霊……マナ……この世の全ての自然を味方にし、支配し……王となるために必要不可欠な力……すなわち……『魔法』の力だ!』

「ッ!?」

これまで、ブレイクスルーや魔呼吸である程度は魔法の技術は身に付けたと思っていたのに……ここで魔法?

予想外のテーマだったために、俺は一瞬言葉を失ってしまった。