軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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ついに星降祭の日となった。

起床の時間がきても、フローラはベッドに横たわったまま一向に支度をする気分になれず、ベッドの上でゴロリと横に体勢を変えた。机に置かれたままのノート越しに、掛けられたドレスを眺める。

あの日揉めに揉めて一着に絞ったドレスは、カインの服の差し色に合わせたグリーンで、膨らみは少ないがドレープが波打つフローラのスタイルを際立たせるデザインだ。美しく、かつ安全な丈のドレスだったが、フローラの気分は沈むばかりだ。

また体勢を変えて枕に突っ伏したフローラの頭には、違うドレスが浮かんで消えない。カレー試食会の夜、久しぶりに以前使っていたノートを開き、クラウスが摘んだクランベリーの数を書き足したフローラは、本当なら星降祭でオーダーして作る予定だったクラウスをイメージしたドレスのデザイン画を目にしてしまっていた。それがずっと頭から離れない。

(はーやめやめ! お父様とお兄様が心配するからそろそろ用意しなきゃ)

フローラはようやく起き上がり支度を始めた。

久しぶりに着たドレスは息苦しくさらに心を重たくさせた。

(やっぱり具合が悪いってことにしようかな……)

フローラが、仮病を使うことと、仮病を使うことでベンハルトが大騒ぎをする面倒さを天秤にかけ始めたとき、部屋にノックの音が響いた。

「…………? 誰…………?」

「お嬢様、失礼してよろしいでしょうか」

「……! アルフレッド!」

扉のむこうにいた予想外の人物にフローラは感激した。

「お嬢様のドレスアップ姿を見ずにあの世には行けませんからね。こんな老いぼれでよろしければエスコートしても?」

アルフレッドは優しく笑った。フローラは嬉しくて飛びつこうと駆け寄ったがアルフレッドの腰の剣帯に気づいて立ち止まった。

「アルフレッド、何故帯剣しているの?」

「お嬢様の顔を曇らせるものは全て私が排除いたします」

アルフレッドがにっこりと物騒なことを言うので、いつもの優しい冗談だと思ったフローラは、心は晴れないものの眉尻を下げて笑った。

「お嬢様、まだ時間はありますしパンでも捏ねましょうか」

「ええ? 今から? ドレスだよ?」

「エプロンすれば大丈夫ですよ。やり辛い作業は私がやりますし」

浮かない顔をしたフローラにアルフレッドは最も効果的な提案をした。

フローラはその気持ちが嬉しくて、すでに頑張れそうではあったが提案にのった。

沢山のエプロンの中から一番ドレスをカバーできそうな長めのエプロンを選び、腰紐を結びながらフローラはふと空を確認しようと窓の外を見た。空は明るかったのでまだ時間はありそうだった。

「? あれ? 気のせいかな? 誰か通ったような」

「あぁ! 依頼してた画家が到着したようですね! 対応してきます」

「えぇ? 画家!?」

「お嬢様の美しい瞬間を逃さないため画家に同行してもらう手配をしてあるのです。ある程度距離をとってスケッチしてもらうだけですからお嬢様は普段通りしていて大丈夫です! では少し失礼いたします!」

「えぇ!? ちょ、ちょっと」

アルフレッドは上機嫌でいそいそとキッチンを出ていった。

(専属カメラマン的な……? もうほんとに……)

これから全部の行事にこんな調子なのだろうかとフローラは思わずクスリと困ったように笑いながら小麦の袋を開けた。

――バンッ! ガガガガッ

「…………? 画家の荷物ってそんなに嵩張るのかしら」

エントランスの方から大きな物音が聞こえてきてフローラは不思議に思い一瞬手を止めたが、気にせず材料を手際良く足して作業を続けた。

――――――コンコン

「はーい! 思ってたより時間かかってたみたいだけど大丈夫だった? アルフレッ――――」

ノックの音が響き、作業をしながらアルフレッドに話しかけたフローラは、扉の開く音の方へ振り返って言葉を失った。

正装のクラウスがそこに立っていたからだ。

「………………どうして………………」

フローラは礼も忘れ、そう呟くのが精一杯だった。クラウスがこれまでフローラを迎えに来たことはない。

「! 待って! クラウス様なんか焦げてない?!」

長年の癖で瞬時にクラウスを隅々まで観察したフローラはクラウスが煤を被っていることに気がついた。よく見れば前髪が少し焦げついている。

「あぁ……これは私が不用意に扉を開けたから不審者と間違われただけだ。心配いらない」

(玄関から入って来る人を不審者って! しかもアルフレッド画家だと思って出迎えに行ってたよね!? ぜったいわざとだ!)

フローラは確信したがアルフレッドが罰されては困ると口には出せなかった。

「ご、ごめんなさい……アルフレッドは用心深すぎて……」

「かまわない」

「……………………そういう人物が近くにいる方が私も安心だから」

クラウスはいつもの短い返事の後に自分の気持ちを付け足した。

「…………パンを作っていたのか?」

「あ! ご、ごめんなさいまだ時間があると思って……あの、まさか迎えに来てくださるなんて思っていなくて、その……」

「謝らなくていい。私が全部悪いんだ」

クラウスは心からそう思い、こうなったのは全部自分のせいだと拳を握りしめた。フローラが側にいるのが当たり前だと思って何もしなかったせいでフローラは、あの日嬉しそうに話していたクラウスの色のドレスを着ていない。

クラウスは現実を突きつけられてようやく、ドレスは自分が贈ればよかったのだと気づき自分の鈍さに辟易した。もう遅いかもしれないとクラウスは怯んだがそれでも努力したいと願った。

「…………私も一緒に作ってもいいか?」

「ええ!? パンをですか!? いけません! せっかくの正装が汚れてしまいます!」

「フローラもドレスだ。あのエプロンを一枚借りられるか?」

ワードローブを指差すクラウスにフローラは絶句した。ベンハルトが取り揃えたエプロンは確かにたっぷりあるがどれもかわいらしいデザインでとてもじゃないがクラウスに貸せる物はない。

それにやはりクラウスにパンを捏ねさせるなんてとんでもないことだ。

「だ、だめですよ! パンが食べたいならまた届けさせますので……」

「食べたいのではない」

クラウスは真っ直ぐとフローラを見返した。

「知りたいんだ。フローラの好きなことを」

「…………」

フローラはいつもと違う雰囲気のクラウスの様子に折れるしかなく一緒にパンを捏ねることにした。

「まとまってきましたね! いい感じです。掌の付け根の方に力を入れてください。押し潰すみたいな感じで……」

「掌の付け根か……」

なるべくシンプルな物を選んだがフリルのついたエプロンを身に着けたクラウスは、粉にまみれながら真剣にパンを捏ねている。髪は焦げついたままだ。フローラは公式スチルとは程遠い姿を見ながら思わず頬を緩ませたが同時に胸が締め付けられるような痛みを感じた。例え画にならない思い出だとしても、王都を出れば増えることはない。遠く過去になっていくだけの限られた思い出をなぞるだけだ。

『すまない。君を愛そうと努力したが無理だった』

これはゲーム内でフローラに婚約破棄を告げるクラウスの台詞だ。

山場でもある断罪シーンになんだか地味な台詞だなと、前世のフローラは変に思ったことがある。

フローラは今にして思えばクラウスらしい台詞だと痛感する。

彼はずっと努力していたのだ。バカ真面目に。暴走していく悪役令嬢を、その悪役令嬢と同じくらいの熱量で愛そうと。そしてそれはおそらく見当違いの努力だったはずだ。

(不器用な彼を愛していたのにどうしてそれに気づかなかったのだろう。私は重たい愛を押し付けるだけで満足していただけだ。一人で完成させた一方的な世界で……馬鹿みたいに幸せだっただけ……)

パンを捏ねる真剣なクラウスの横顔が込み上げる涙で霞む。

(言えばよかったんだ、こうして欲しいって。聞けばよかったんだ、どうしたいのかって。二人で努力できたことがもっともっとあったはずなのに。クラウス様はきっと一緒に努力してくれた)

二人並んで肖像画を眺めた日々が、毎日三時に手を止める彼が、センスのないプレゼントを差し出す彼が、揉め事を起こすたびにフローラを連れ出す彼が、フローラの脳裏に浮かび上がっては消えていく。

――自分の独りよがりの愛が、二人並んだ肖像画にしたいと言ったとき――――そうしようと答えた彼に無理だったと言わせてしまったんだろう。

フローラは恋をしてからずっと楽しかった。周りがなんと言おうとクラウスの側にいるだけで幸せだった。そのキラキラと楽しかった日々が今、キラキラとしていた分だけ重く後悔となって胸を押し潰す。

(でももう遅い……あの時見たヒロインのドレス……とっても綺麗なブルーだったから……)

ゲームの中で星降祭に着るドレスの色を選ぶ選択画面がフローラの頭に浮かんだ。プレイヤーはそこで一緒に踊りたい人を象徴する色を選択するのだ。クラウスのカラーはブルー。ヒロインがブルーのドレスを選んだ以上バッドエンドになればクラウスは身分を捨て消息不明となる。

「フローラ? 具合が悪いのか……?」

フローラに声をかけるクラウスのアイスブルーの瞳は残酷な程に美しく、今にも泣きだしそうな顔のフローラを映す。

「……いいえ! 大丈夫です。クラウス様! こちらに来てください」

フローラはクラウスに見えないように溢れるギリギリまで盛り上がった目の雫をさっと拭いながら捏ね上がった生地を寝かせて手早く片付けると、角に置いてあるスツールを置き、クラウスを手招きしながら呼んだ。

「?」

クラウスは言われるがままフローラの目の前に来た。

フローラはクラウスのふりふりのエプロンを外すと、顔についた粉をハンカチで拭い、服についた粉と煤を丁寧に払った。

(煤を払って舞踏会に送り出すなんて……シンデレラのお話みたい……)

「フフっ魔法をかけてあげますね」

(シンデレラのお話のオマージュはいろいろあるけれど魔法使いが実はシンデレラに恋をしていたってお話はあったかな……)

フローラは読んだこともない物語の魔法使いに心を寄せ、クラウスをスツールに座らせると、クラウスの焦げた前髪をそっと持ち上げた。そしてありったけの愛を込めて加護の力を使った。

(クラウス様……愛しています……だからぜったい 幸せ(ハッピーエンド) になって!)

クラウスの黒髪がフローラの手から離れると、眼の前にはサラサラヘアーの誰が見ても完璧な王子様が出来上がった。何度もスチルで眺めた完璧な姿にフローラは見惚れながら疑問に思う。

――――どうして……目の前のクラウス様はこんなにも完璧なのに、魔法が解けてしまった気持ちになるの?

――――そしてどうして

――――どうしてこんなときにも愛は上限突破しちゃうの。

これ以上愛するのはもう無理だと、苦しいほどに思うのに、ふとした瞬間にたやすく越えてしまう。

フローラは溢れそうになる涙をぐっと飲み込み、かわりに大きな息を吐くと顔を上げにこっと笑った。

「クラウス様! 私を信じてください! 今日はぜったいに問題を起こしません。だから……だからクラウス様は私を気にせず思うように行動してください!」

「……思うように……私にそれは許されるのだろうか」

「許されるとか許されないとかじゃないんです! クラウス様がどうしたいかですよ!」

クラウスは少し考えた後、立ち上がりスッと手を伸ばした。

「フローラ、一緒に行ってもらえるか?」

「会場までは私の独り占めですね!」

フローラはクラウスの手をぎゅっと握った。

(ヒロインの後なら一回ぐらい踊ってもらえるかもしれないよね!)

フローラとクラウス、そして殺気立ったアルフレッドといつの間にか到着していた画家は星降祭に向かった。