軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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教室の扉が開きザワザワと人が出ていく。クラス毎の授業が終わり、加護別の授業のためにそれぞれが目的の場所へ散り散りになっていくところだ。そそくさと去るアッシュ、キョロキョロと不安気に歩くリナリーも人混みに消えていく。

「すまないフローラ、ちょっといいか」

そんな中、温室に向かう途中の通路でフローラはクラウスに呼び止められた。

フローラはクラウスの声に反射的に振り返ったが、クラウスの唇が自分の名前の形に動くのには間に合わず少し落胆した。

「クラウス様……どうかされましたか?」

「このリスト……」

「えっ?」

フローラがクラウスの手元を見ると、アッシュに渡したはずのフローラが手に入れたいスパイスリストがある。

「どうしてそれを……!」

クラウスの手の中にある乱雑な字のメモがフローラを動揺させた。クラウスが見るならもっと丁寧に美しく書いたのにとわかりやすく焦るフローラ。クラウスはその様子を見てやはりフローラの書いたメモだと確信した。

「口外しないから大丈夫だ。このリストの薬草で……」

クラウスはそこまで口に出してから周囲の様子を見渡した。まだ人の行き来がそれなりにある。クラウスは声のトーンを抑えつつ言葉選びに迷った。

「薬草で……?」

フローラはクラウスの深刻な様子に、真剣な顔で聴き入る。

「何か 薬(くす) ……いや……何かを……作りたいんだろう? その……必要があって……(胸の痛みをとるとか……)」

クラウスがフローラの病気のことが噂になったら困ると言葉を濁し、胸をトントンと叩き下手くそなジェスチャーを交えたが、自分の病弱設定をすっかり忘れているフローラにはまったく伝わらなかった。

(作る……? カレー作りのことを言っているの? 先生に何か聞いたのかしら……まだ婚約者なのに料理なんてはしたないことは止めろと言われたらどうしよう……?)

「叔……先生に協力してもらっているんだろう?」

返事を迷うフローラにクラウスは質問を続け、フローラは恐る恐る小さく頷いた。

「やはりそうか。私にも何か手伝えることはないか?」

(カレー作りを? クラウス様が? 手伝う?)

クラウスはフローラが病気のために薬草を探していると思っているがフローラにはまったく伝わっていない。フローラは何故クラウスがカレー作りを手伝うと言い出したのかまったく見当もつかなかったが、手伝うという言葉を聞いて心が勝手に浮ついた。

「いえっ手伝いなんてそんな!」

フローラは断りを口にしながらも脳は勝手にクラウスと一緒に仲良くカレーを作る場面を想像して口角が上がった。

「今までの私の行いを考えるとこんなことで許されるとは思ってはいないが……何か償いをさせて欲しい」

「償い…………今までの……」

フローラはその一言で浮ついていた気持ちがスッと引くのを感じた。

(あぁ、もうすぐ婚約が終わるからそのお詫びってこと……)

フローラの顔からサッと表情が消えた。

「顔色が悪いが大丈夫か?」

クラウスがフローラの顔を覗き込んだがフローラは反応できず拳をぎゅっと握り胸に引き寄せた。

「胸が痛むのか? 医務室に……いやリナリーを呼ぼう」

クラウスは辺りを見回しながら、医務室より学長室へ向かったリナリーを追う方が早いと判断してそう言ったが、フローラはクラウスが自分とは違う名前を呼んだ瞬間に頭が真っ白になりあっと小さく声をあげた。

(シナリオが進んでいるんだ)

『馴染みのない家名で呼ばれてもピンとこないから名前で呼んで欲しいです』

そう言ってヒロインがクラウスに頼む、ストーリーでいえば本当に序盤の、イベントともいえないほどの小さな出来事だ。

しかしフローラは地面がグラついたかと錯覚するほどその場に立っていられないぐらいのショックを受けた。再会の場面を見たときよりも、クラウスがヒロインと並んでいるところを見たときよりもずっとずっと。

(私はもう……唯一じゃないんだ)

クラウスが名前で呼ぶたった一人の異性ではなくなったことがフローラの視界を真っ暗にさせた。フローラは思わず後ろに足を一歩引いた。耳鳴りがして自分の呼吸の音だけが大きく感じる。

「フローラ大丈夫か?」

クラウスが心配そうに声をかけるがフローラは今すぐ消えたい気持ちで、平静を保つのは困難だった。クラウスの声が水底にいるように遠くに感じた。

(消えたい…………これ以上は無理……逃げよう……ほら、これってよく映画とか漫画で見る場面じゃない……今すぐここから走り去って……)

(走り去って……)

(それから…………)

フローラはじり、と後ろへ引いた足に力を込めながら自分のこの後の行動を頭に思い浮かべた。このまま足を反対に踏み出して走り出す。簡単な動きだ。「気分が悪いので失礼します」「教室に忘れ物をしました」付け加えるベストな台詞はどれだろうかと頭を働かせる。思わせぶりに無言で立去れば少しは気にしてもらえるのだろうかと、こんなときにもクラウスの気を引く考えがよぎる諦めの悪い自分に、フローラは今すぐ消えたい気持ちが加速した。

(……どこか目立たない所に行って……それから……こっそり泣いて………………なんとか気を取り直して……泣い…………?)

――――――泣く? こっそり? なんで?

人気のない場所に逃げ込んで涙を流す自分を想像したところでフローラは突然、憤怒に似た強い思いがつき上がった。

――――――冗談じゃない!!

(泣いて? それで振り返ったら都合よく誰かがいて慰めてもらえるのはヒロインだけだ。脇役で……悪役令嬢の涙は誰がふくの?)

――――――私の愛はそんな惨めなものじゃない!!!!!!

(例え叶わなくても胸を張っていたい。違う誰かを好きな心だってクラウス様の一部だ。私はそれも全部! 正々堂々と愛したいの! 何故私がひっそりと泣かないといけないの?)

「フローラ?」

フローラは後ろに引いた足を一歩前に出すと強い意志の灯る瞳でクラウスを真っ直ぐに見返した。フローラは一体自分のどこからこんな強い思いが溢れるのかわからない。それでも揺るぎない事実がひとつ胸にあるのがはっきりわかる。それはクラウスにとって自分が唯一でなくとも、フローラにはクラウスがたった一人の存在だということ。外からの風がクラウスの黒髪を揺らし、黒が微かに藍色に透けた。

「クラウス様! 私は大丈夫です! 償いなんて必要ありません! 私に必要なのは……」

フローラは自分の心を探りながらクラウスへとまた一步近づいた。

「私に必要なのは……そう! 思い出です! 将来心を明るく照らすスチルは一枚でも多い方がいい!」

「スチル? 薬草の名前か?」

「ある意味薬草みたいなものですね!」

「わかった。協力しよう」

「いえ大丈夫です。勝手に集めますのでクラウス様はそのままでいてください。それが協力とも言えますね! 邪魔はしないのでご安心を……清く正しくストーカーいたしますので!」

「ストーカーとは?」

心が折れそうになりながらも、土壇場でクラウスを愛するプライドが勝ったフローラは奮起した。そして新たな誓いと共に胸を張って堂々とその場を去った。

思い出が必要だと言ったのは咄嗟に口へと出た思いつきのようなものだったがとてもよい考えに思えた。

(シナリオは勝手に進んでるんだから邪魔さえしなければ私だってクラウス様との思い出を少しぐらい集めたっていいよね!)

(ストーカー……薬学の用語か?)

クラウスは颯爽と去るフローラの背中を見ながらまずは薬学について勉強しなければと思い、フローラの書いたリストに『スチル』と書き足した。

クラウスはこの日から存在しない『スチル』という薬草のためにありとあらゆる薬草や薬学の本を、寝食を削って読み始める。