軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

「フッフッフ。もう君達に用はないわ!」

フローラが不敵な笑みで対峙しているのは、この世界でお馴染みの硬くて酸っぱいパン。

勿体ないので細かく削ってパン粉に利用するつもりだ。

「今日はコロッケとミネストローネにしようと思うの」

「コロッケにミネストローネですね」

アルフレッドは素早く復唱したが、もちろんそれがどんなものなのかはわかっていない。しかしフローラの一挙手一投足に目を光らせ、フローラが野菜を洗えばさっと水切りカゴをだし、ポテトを蒸そうとチラリと鍋に目をやればさっと鍋をコンロに置く。

「こちらですかな? お嬢様」

(いつの間にかパン粉も削り終わってるしアルフレッドが有能すぎる!)

有能な助手がいるおかげで、スムーズに作業が進み、フローラは気分良く調理を進めていく。

(蒸し時間も短縮できるかな?)

ふと思いついて加護の力を使おうとしたフローラを、魔力切れの心配をしたアルフレッドが止めに入った。

魔力切れのことなどまったく頭になかったフローラは、改めてアルフレッドに感謝をするしかなかった。

ここで倒れでもしたらベンハルトによって強制送還されるだろう。

「魔力も訓練で強くなるかしら?」

「魔力の強さは生まれ持ったものですが魔力の量は訓練で多少は伸びますね。大きく伸ばすのは難しいかもしれませんが……」

フローラは魔力の訓練もしようと心に決め、『より良い人生をまっとうする案』の新しい項目を追加しなければと意気込んだ。

焼き立てのパン。それがあるだけでフローラはなんだってできそうなぐらいやる気に満ち溢れていた。

「今日もまた奇妙な料理だね……」

ようやくダイニングの入室の許可を得たカインが、並べられた料理を見ながら呟く。

「でもすごくいい匂いだ」

初日はあからさまに顔をしかめていたカインだが、もう抵抗はなくなったようだ。

「で、私を追い出してアルフレッドと何を作ったんだい?」

カインのいつもの眩しい笑顔に、フローラは不機嫌さを感じ取ったが、早くパンの感想を聞きたいフローラはさっさと料理の説明を始めた。

「えっと今日はね……」

『―――――――バンッ!』

大きな物音がしてフローラの言葉が途切れる。

「?」「?」「!」

全員が動きを止めて耳をすませる。アルフレッドはゆっくりと扉の方へ下がり警戒の態勢をとった。その厳しい表情をしたアルフレッドの様子に、部屋には緊迫感が漂った。

「……どこ……………………! ――――――――たちっ!」

大きな足音と共に叫び声が近づいてくるのが聞こえてきた。

その声が聞き覚えのある声だったため、全員が瞬時にこれから起こる面倒なことを察知した。

「見つけた!! 私の天使達……!!」

ダイニングの扉を大きく開け放ったベンハルトは猛然とフローラに突撃し、きつく締め上…………いや、抱き締めた。

「ざみじがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

フローラが息もできず蒼白になったところでカインが止めに入ったが、かわりに次はカインが締め上げられることとなった。

「カインっっっっっこんなに、こんなに大きくなって……グスんッグスッ」

ベンハルトが泣き始めたのでフローラはしげしげとカインを観察した。

(毎日一緒にいると気づかなかったけどもしや成長期が……!?)

その目線に気づいたカインが静かに言った。

「フローラ……一週間で成長するわけないだろう」

「ですよね。ハイ」

「いいや!! そんなことはない!! カインは一週間前より肉がついてるじゃないか! 腰回りが数ミリ増えている! よく見ろ!! むむっよく見たらフローラもだな。わずかに頬のラインが数ミリ違う!」

(ええ~……何それ怖い。怖いよお父様)

フローラは思わずたじろいだが、自分もクラウスの見た目が少しでも変化したらわかる自信しかなかったのですぐに納得した。

(うん……これはあれだ。愛が重たいのは遺伝だ……)

フローラはゲームでは出てこなかった設定を噛み締めた。

ゲームでのカインルートもヒロインを溺愛するストーリーだったのを思い出してさらに強く確信した。

カインの腰回りが数ミリ増えたのは、フローラが調理をするようになってから食の細かったカインがよく食べるようになっていたからだろう。

甘い物はアルフレッドに比べたらそこまで好まないようだがティータイムにも毎回参加していた。

(もしかしたら一週間で太ったのかも? でもお兄様は細すぎるからもう少し太った方がいいな。はっ! でも私は……!)

フローラは咄嗟に頬へ手をやる。太ってはいないが痩せてもいないフローラはこれ以上太ったらまずいと焦る。

アルフレッドには悪いがティータイムは少し減らそうかと目の前の問題から気がそれていると、ベンハルトが食卓に目をやって歓声をあげた。

「なんだこの見たことない料理は! あまり食べないカインがふっくらするってことはこの食事が原因か??」

いつの間にかテーブルセッティングがひとつ増えていて、喜々としてベンハルトは食卓についた。

フローラはさすがアルフレッド……と感心したが、どう説明をしたらいいのだろうか頭を抱えた。

(そのうち来るとは思っていたけど早すぎる。私が包丁を握ってるなんて知ったら倒れてしまうかも。揚げるなんて調理法を見たら飛び上がって家に戻されるかも……)

「さぁ久しぶりに家族揃っての食事をしよう! 食べながら話を聞かせてくれ」

ベンハルトはニコニコとしながらフローラとカインに席へつくよう促した。あまり見たことのない料理に抵抗はないようだ。あるいは久しぶりの家族団欒で正常な判断を失っているのかもしれない。

フローラにとって記念すべきふこふこパンお披露目の夕食は、父ベンハルトの来襲によりなんとも微妙な空気で始まった。

本当ならカインとアルフレッドのパンを食べた反応を楽しむはずだったのに、フローラは目下言い訳を考えるパニックの最中で、その余裕はない。

「んんんん!? うまい! これは本当にパンか!? 何故こんなに柔らかいのだ! このスープの味はなんだ? 酸味がきいていてうまいな!! この茶色い物体も! 奇妙な形だがうまい!! なんて料理名なんだ?」

ベンハルトは次々に料理を口に運びながら驚きの声をあげたが誰も答えを言う者はいない。

カインもアルフレッドも初めて食べる料理なので答えを知らないからだ。

作ったフローラはもちろん知っているが何故そんなことを知っているのかと突っ込まれたときにどう返せばいいのかまだ思いつかないでいる。

食べるのに夢中なベンハルトだったが、答えが返ってこない不穏な空気を察知して、カトラリーを置いて三人の顔を見回した。

沈黙を破ったのはカインだった。

「……市場で異国の料理の話を聞きましてね。試してみようという話になったんですよ」

(お兄さまナイス! ナイス言い訳です! 後で肩揉みしてあげる!)

フローラは激しく頷き同意の意を現した。

「そうだったのか。見慣れないと思ったら異国の料理かなるほど……アルフレッドが作ったのか?」

アルフレッドはそうでございます。と涼しい顔で答えたがフローラはアルフレッドの寿命が縮んではいないかと心配になる。優秀な執事に嘘をつかせてしまったと胸がチクリ。

(でもアルフレッドさんも手伝ってくれているし完全な嘘ではないよね! 主に火加減だけど。今日だって揚げ物は危険だとコロッケも揚げてくれたし)

「この柔らかいパンも……?」

ベンハルトはまたパンを手にとりじっくり味わうかのように目を閉じて咀嚼し、同じように他の料理も一口ずつ口にして何かを考えこんでいる。

「やっぱり……このパンだけだな……このパンだけフローラの気配がするんだけど」

「へっ変態!? 私の手の味がすると!?」

フローラが驚愕して思わずのけぞるとベンハルトが慌てて否定した。

「ちっ違う! 味とかではなくてフローラの魔力の気配がするんだ」

確かにこの中でだとパンだけ加護の力を使っている。

そんなことがわかるのだろうか? フローラがびっくりしてカインの方を見るとカインも驚いた顔をしている。そこへアルフレッドが口を挟んだ。

「フローラ様が魔力の研究のために時間を止める訓練をしていたからではないでしょうか?」

「そ、そうなのです! パンの焼き立て具合をどこまで維持できるか練習していました!」

「おぉそうか! 私の天使は美しいだけじゃなく勤勉で努力家で女神様も真っ青だな!」

アルフレッドのアシストにようやく納得したベンハルトはワハハと豪快に笑い、それにしても異国の料理は最高だなと食事を再開した。

カインとアルフレッドのおかげでなんとか切り抜けられたフローラは胸を撫で下ろした。

「パパはね……そのとき思ったんだ……何か重篤な病気じゃないのかって……最後に見たのが誰も居ない薄暗い屋敷だなんて耐えられない。最後に一目私のかわいい天使達に会ってからローザの元へいこうって……気づけば馬を走らせていたんだ……」

ベンハルトは切々と語ったが、要は寂しさのあまり食事が喉を通らなくなり週末まで耐えきれずここへ来たということだ。

「ていうことは明日も仕事ですかお父様」

ベンハルトは食後の紅茶をすすりながら遠い目をして、カインの冷静な声を聞こえないふりをしていたが、アルフレッドはてきぱきとベンハルトの帰り仕度を始めた。

「いいじゃん明日ぐらい!! 私がいなくても王宮なんて誰かがまわすって!!」

「責任持ってお仕事をするお父様って素敵ですわ!」

「父上の勤勉なお姿、いつも尊敬しております」

泣いて嫌がるベンハルトをカインとフローラはなだめすかし、最終的には三人がかりでぐいぐいと玄関においやり「「また週末会えるのを楽しみにしてます」」と声を揃えて別れの挨拶をするとしぶしぶ帰っていき、ようやく嵐がさった。

三人ではぁぁぁぁぁぁぁぁと息をつく。

『何か不便はないかい? そろそろ田舎飽きた? 街の方は治安悪いらしいよ怖くない?』

ベンハルトは最後の最後までフローラを連れ帰る理由を探していたので、あの様子だと何か問題があればすぐに連れ戻しにくるだろう。バレなくてよかったとフローラは安堵した。

「お兄さま、助けてくれてありがとう」

「フローラがいないと美味しいご飯が食べられなくなるからね」

フローラがお礼を言うとカインは優しく笑った。

その偽りのない笑顔に胸がぎゅっと締め付けられる。

フローラはカインが本当はここへ連れてきたくなかったことを知っている。カインの作り笑いの原因も、休みのたびにここへ来る理由も。それを知っていながらも、カインの優しさにつけこんだ罪悪感が突如としてこみあげてきたのだ。

「お兄様、私まだここにいてもいいですか」

震える声で絞り出すとカインはそっとフローラを抱き締めた。

「もちろんだよフローラ。好きなだけいればいい」

カインはフローラが手を緩めるまで、ずっと背中を撫でていた。幼子をあやすように優しく、根気強く。