軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八七話 孫権の意地と魯粛の旅路

孫呉と呼ばれるように孫権の本拠地は 揚州(ようしゅう) の呉郡にあるのだが、彼は臨時的な措置として、 豫章郡(よしょうぐん) の 柴桑県(さいそうけん) に拠点をうつしていた。

柴桑は孫呉水軍の前線基地であり、対荊州の要地である。

開戦するにせよ降伏するにせよ、呉に座したままでは曹操軍の動向に迅速に対応することは不可能であろう。

そう、開戦か、降伏か。家中はふたつに割れていた。

二分されているというと少し 語弊(ごへい) があろう。

拮抗しているのではなく、降伏派のほうがはるかに声が大きいのだ。

家臣の七割ほどが、曹操に抵抗するのは無駄であろうと、 諦観(ていかん) に支配されているようであった。

「父や兄が生きていたら降伏などするはずがない。その遺志を継いだ以上、私が降伏を選ぶこともありえん」

当の孫権は腹を決めていたが、忌々しいことに、彼の決意は孫呉全体を支配するには至っていない。

父・孫堅や兄・孫策であれば、おのれの一存のみで開戦に踏み切っていたはずだ。

彼らには強権を振るえるだけの実績があった。

家臣に有無をいわせぬ圧倒的な戦歴があった。

だが、孫権の軍事指揮官としての実績は、彼らに遠くおよばない。

勇ましい言葉を吐いたところで、部下がついてこなければ意味がなかろう。

まずは降伏派の声をおさえる必要があるのだった。

時はさかのぼり、孫権が柴桑に拠点をうつした直後の出来事である。

荊州に送っていた間者から劉表の 訃報(ふほう) がとどくと、 魯粛(ろしゅく) がこう提言した。

「孫権さま。劉表の後継者と手を組んではいかがでしょう?」

魯粛、 字(あざな) は 子敬(しけい) 。徐州の富豪の出身で、三十七歳である。

開戦の決意をかためていることを、孫権は彼に打ち明けていた。

主戦派の魯粛は、孫権にとって胸中を 吐露(とろ) できる数少ない人物のひとりである。

「劉表の後継者……。どうやら劉琮が後を継いだようだが、手を組めると思うか?」

「さて?」

魯粛は首をかしげた。

「……ふ、ははは。相手の事情など、こちらのあずかり知るところではない、か」

孫権は大きな口をあけて豪快に笑うと、笑みをおさめて考えこんだ。

孫堅は、劉表の部下である黄祖との戦で落命したのだ。

彼らは孫家三代に渡る宿敵ともいうべき相手だった。

しかし、黄祖は討ちとり、劉表は没した。

劉琮が相手であれば、手を組むという選択肢もあろう。

「たしかに、過去の 遺恨(いこん) を水に流すときがきたのかもしれん」

恨みにひきずられ、手をこまねく。愚かしいというしかない。

相手がどう考えるかはともかく、孫権は過去にこだわるつもりはなかった。

「それにしても、次から次へと難事が降りかかってくる。なかなか楽はさせてくれんものだな」

孫権は 精悍(せいかん) な顔に、皮肉っぽい苦笑を浮かべた。

孫権 仲謀(ちゅうぼう) 、彼が家督を継いだのは十九歳のときである。

それから八年が経ったが、気の休まる日は一日たりともなかったように思う。

そもそも、出だしから散々だったのだ。

孫権が当主となるや、それまで領有していた江東六郡のうち、五郡が反旗をひるがえした。本拠地である呉郡以外のすべての郡がそむいたのである。

弱り目に祟り目というべきであろう、一族のうちにすら曹操と内通する者、反乱をくわだてる者があらわれた。孫権は身内からも軽んじられたのだった。

もし彼が凡庸であれば、そのまま押しつぶされ群雄として立つことはできなかったろう。

だが、彼の器量は数々の困難を飲み干した。

張昭・周瑜・程普・朱治……。

重臣たちの意見を聞き入れながら、孫権は見事に家臣団をまとめあげた。

戦歴豊富な武将を派遣して各地の反乱を次々と鎮圧し、豪族や民を 慰撫(いぶ) して民心を落ち着かせることに成功した。

弟に後を託した孫策の目は正しかったのである。

「ようやく黄祖を討ち果たしたと思ったら、今度は曹操の大軍が相手だ。曹操は乱世の奸雄と評されたというが、どうやら私も乱世に寵愛されているらしい」

笑いとばそうとして、孫権は失敗した。

敵の強大さを無視することができず、頬がこわばってしまったのだ。

弱気の影を振りはらうように、孫権は声と視線に力をこめた。

「魯粛の言やよし。劉表の 弔問(ちょうもん) という名目で、襄陽に使者を送るとしよう。頼まれてくれるか?」

「はっ」

こうして魯粛は、重大な密命を帯びて襄陽にむかった。

ところが彼を送りだした直後、劉琮が曹操に降伏したという報せが柴桑に飛びこんできた。

不可能な任務をあたえてしまった孫権は、やきもきしながら魯粛の帰りを待っていたが、魯粛は連絡もよこさない。

孫権の苛立ちがつのり、怒りに変わりはじめたころ。

魯粛はようやく帰ってくると、開口一番、悪びれる様子もなくいった。

「孫権さま、劉備と同盟を結びましょう」

孫権は唖然とした。

劉備と同盟を結ぶなどという話は聞いてもいなければ、許可したおぼえもない。

こいつは勝手に話をつけてきたのだろうか。

怒鳴りつけてもよかったのだろうが、魯粛がふてぶてしいほどに堂々としているものだから、その気もそがれる。

「……まあよい。戦力になるのであれば、誰であろうとかまわん」

当初の予定が狂ったなかで、最善の手をさがして 奔走(ほんそう) したであろう魯粛を責めることもあるまい。

とりあえず孫権は、魯粛が持ち帰った話に耳をかたむけることにした。

柴桑から船出した魯粛たち一行の旅は、いきなり 暗礁(あんしょう) に乗りあげた。

夏口に上陸すると同時に、劉琮降伏の報が耳に入ってきたのである。

「こいつはまいった。まあ、あっさり降伏するような情けない男と手を組んだところで、役には立たなかっただろうが」

魯粛には毒舌を吐くだけの余裕があったが、従者たちは動揺と困惑の 波濤(はとう) にのみこまれた。

「魯粛さま、どういたしましょう?」

「この状況で襄陽にむかったところで、なにもできないように思うのですが……」

選択肢はみっつ考えられる。

ひとつ、このままなにもせずに柴桑に引き返す。

だが、えらそうなことをほざいておいて手ぶらで帰れば、孫権の信任を裏切ることになろう。魯粛としては、もっともさけたい選択肢である。

ふたつ、劉琦と同盟を結ぶ。

劉琦は劉琮と仲たがいしているらしく、曹操とも対決する姿勢をみせているようだ。劉琦軍の兵力は少なく見積もっても一万はあるだろうし、夏口には水軍もある。それなりに役立ってくれるだろう。

みっつめが、劉備との同盟である。

新野・樊城を放棄した劉備は江陵をめざして逃走中らしい。劉備軍の兵力も、劉琦軍とたいした差はないようだが、それを率いる将の質に歴然とした差がある。劉備自身も旗下の将も、歴戦の勇士ぞろいである。

わずかに 逡巡(しゅんじゅん) したあと、

「……よし、劉備に会いにいくとしよう」

魯粛は決断して、馬に乗った。

同盟相手とするにあたって、劉琦には心もとない点がある。

もし、曹操から劉琮と同等の待遇を保証されたら、劉琦は曹操側に寝返る可能性がある。

その点、かつて曹操暗殺計画に名をつらねた劉備は、曹操に捕まれば処刑される身だ。曹操側につく可能性は考慮しなくともよい。

「それでは、我々も江陵にむかうのですか?」

「いや」

従者に問われ、魯粛は頭を横に振った。

「劉備軍は民衆をひきつれて逃げているそうだ。江陵にたどり着けるとはかぎらん。こちらから直接会いにいくべきだろう」

魯粛の言葉に、従者たちは露骨に嫌そうな顔をする。

曹操軍に追われている劉備に会いにいく。

つまり、戦に巻きこまれるかもしれないのだ。

「……危険ではありませんか?」

「多少の危険はいたしかたあるまい。なに、狙われているのは劉備であって、我々ではない。危なそうであれば、距離をとって様子を見ればいい」

従者たちを安心させるために魯粛はいったが、不吉な予想ほど当たるものである。

魯粛たちが劉備軍と合流しようかという直前、劉備軍は曹操軍に追いつかれ、一夜にして 潰走(かいそう) してしまった。

どこまでもついていない。思わず魯粛は天を仰いだ。

「劉琮が降伏したと思ったら、今度は劉備がやられたか……。どうも間が悪いようだ」

江陵入りをはばまれた劉備が、どこに落ちのびるかといえば、おそらく劉琦を頼るであろう。

魯粛は劉備の動きを予想し、夏口に引き返すことにした。

「劉備がどれほどの戦力を維持できるのか、わかりかねるが……」

不運つづきの魯粛はぼやいたが、のんびりしているわけにもいかなかった。

彼ら一行の馬はけっして良馬とはいえない。曹操軍に追いかけられれば逃げきれぬ。まだ敵対していないとはいえ、捕まって頭を下げることになれば、いささか屈辱であろうし、そうなる前に退散すべきであった。

馬首を東へ転じてしばらく、従者のひとりが最初に異変に気がついた。彼が指さす後方を見やると、馬群が近づいてくる。魯粛は一瞬ヒヤリとしたが、曹操軍ではないようだ。戦場から離脱したとおぼしき、敗残兵の一団である。

旗印は、劉であった。やはり東へと急いでいるらしき劉備軍を待ち、呼びとめたところで、魯粛の不運はようやく底をついた。

その一団を率いる人物こそ、劉備だったのである。

敗軍の将・劉備は、馬をとめて力強い声でいった。

「我々は夏口の劉琦どのと合流し、態勢を立てなおすつもりだ」

どう考えても進退 窮(きわ) まっているはずなのだが、奇妙なことに、劉備のまなざしに悲壮の色はなかった。

なるほど、と魯粛は心にうなずいた。

窮地においても前途を指し示すことが大将の役割であるとすれば、劉備の姿勢はまさに大将のあるべき姿といえる。

魯粛は確信した。

劉備軍は劉琦軍を 併呑(へいどん) する。

劉琦は弟に当主の座を奪われるような人物だ。

劉備の器量に、あえなくのみこまれるであろう。

「我が主・孫権は、曹操に対抗すべく同志をもとめております。いかがでしょう? 劉備さまにとっても、このうえない話だと思いますが」

「孫権どのが……。これほど心強い味方はない。我々も孫権どのと手を取りあいたいと考えていたところだ」

話が早い。というより、無駄な駆け引きをしている時間が惜しい。

魯粛たちは劉備の逃避行に同道し、夏口へと急いだ。

そして夏口に着くと、孫権との同盟を提案したという諸葛亮とともに、魯粛たちは江水に帆を広げ、西北の風をうけて柴桑に帰還したのだった。