軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八五話 鉄板端会議

「許都と鄴に支店を出す? 洛陽の店さえ営業をつづけてくれれば、わしはかまわんぞ」

と 鍾繇(しょうよう) がいった。

断っておくが、私は支店を出す許可をもらいにきたわけではない。

そんな許可もらわなくとも支店は出すつもりだし、そもそも兄弟子に会うつもりもなかった。

自分の店を訪れたら、そこに偶然、鉄板を囲んでいる鍾繇と 賈逵(かき) がいただけである。

さすがに無視するわけにもいかず、私は、いままさにお好み焼きのタネを流しこもうとしていた彼らと同席することにした。

洛陽を訪れた経緯を説明しつつ、私も小腹がすいていたのでお好み焼きを注文する。

中身は小麦粉、長芋のすりおろし、ニラ、ねぎ。シンプルだけど悪くないと思う。

私がタネをかきまぜているうちに、先に焼きはじめたふたりのお好み焼きに、だいぶ火が通ってきた。

鍾繇が両手にもったコテで、「ほっ」とお好み焼きをひっくり返す。

……むう、手慣れておられる。

こうした鉄板で焼いてそのまま食べるスタイルは、まだ私の店でしかおこなわれていないはず。鍾繇はこの店にかなり通いつめているようだ。

つづいて、賈逵が同じようにひっくり返そうとする。こちらの手元は少々ぎこちない。

ぐしゃり、とお好み焼きの端っこがつぶれてしまったのを見て、賈逵は眉を八の字にすると、照れ隠しのようにいった。

「胡昭どのが 胡飯(こはん) の普及に力を入れておられるのも、なにか奇縁のようなものが感じられますね」

まったくもって同感である。

胡人から伝わった 粉食(ふんしょく) を総じて胡飯という。

私の名前が胡昭なのは、奇妙な偶然としかいいようがない。

しかし、そんな賈逵の言葉に対して、

「こいつは自分が好きなものを広めてるだけだぞ」

鍾繇は苦笑しながら、否定的な見解をしめした。

んもう、すぐそういうことをいう。素直にほめりゃいいのに。

「そういえば、孔明。おまえさんが考案した種もみの選別方法だが、うまくいったようだぞ」

……素直にほめられたらほめられたで、この人が相手だと、なにか裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうな。

私は現代知識を活用して、いろいろ手がけているわけですが、その中には成果を出すのに長い時間が必要となるものもある。

陸渾(りくこん) に引っ越してきて 早(はや) 十一年。

最近、ようやく成果が形になってきたのが、種もみの選別法、 塩水選(えんすいせん) である。

塩水選って名称でよかったっけ?

まあ、正式な名称はともかくとして、塩水に種もみをつけると、軽いものは浮き、重いものは沈む。

沈んだ種もみは中身の詰まったよい種もみだから、それをまけば収穫量も増える、という寸法である。

私でもできるお手軽な方法なのだが、しかし塩水選には問題があった。

塩害という言葉があるように、塩と作物の組み合わせはイメージが悪い。

それに、この時代はまだ塩が高いのだ。無駄にしていいものではない。

というわけで、私は普通の水でチャレンジしてみた。

塩水より比重の小さいただの水でも、中身がスカスカの軽い種もみを取りのぞくことはできる。

塩水ほどではなくとも、それなりの効果はあるはずだと見込んだのだ。

何年かくりかえすうちに、私の小さな小麦畑は豊かに実るようになった。

周囲の小麦と比較しても、あきらかに実のつきかたがよい。

そうなってくると話は加速する。

私の指導のもと、陸渾の農民は小麦にかぎらず、さまざまな穀物に塩水選(塩なし)を取り入れていった。

そして、穀物の 出納簿(すいとうぼ) に「陸渾県の実りがよい」と記載されたのが、昨年のことである。

で、報告を受けた鍾繇も動き出した。洛陽周辺の農民にも、同様の手法を広めたのだ。

「まだまだ規模が小さいから、明確に差が出たといえるほどの数字ではないがな。農民たちの反応も上々だ」

手ごたえを感じているのだろう、鍾繇は声をはずませた。

「ほう、それはよかった」

といって、私はお好み焼きのタネを流しこんで、丸く形をととのえる。

「よかったはよかったのだがなあ。おまえさんが 司隷校尉(しれいこうい) だったら、この種もみの選別法だって、もっと早く普及していただろうに」

鍾繇には、どうも私を官職につけたがっているフシがある。

自分がさぼるためではなく、単純に私の能力を買ってくれているみたいなのだが。

「そうともいいきれませんよ。よさそうな案を思いついたところで、実際に試してみなければうまくいくかはわからないでしょう」

と私がかわすと、賈逵がなにやら目を輝かせて、

「 無辺無碍(むへんむげ) こそが、胡昭どのにふさわしい席なのでございましょう。 文机(ふづくえ) にかじりついているだけでは、胡昭どのの創意工夫は活かしきれぬということです」

合点がいったというふうに何度もうなずく。

鍾繇はおもしろくなさそうに、「ふん」と鼻を鳴らした。

……創意工夫ね。

そこに工夫はあっても創意はない。先人たちからの借りパクだもの。

「ところで鍾 兄(けい) 、荊州の情勢はどうなっているのですか?」

私は目をそらす代わりに、話をそらした。

「ふむ、荊州か。何事もなく曹丞相と郭奉孝が江陵に入った。順調のひとことだな」

「ほう」

「益州の劉璋、揚州の孫権には降伏勧告の使者を送っている。劉琮が無抵抗で降伏したのだ。彼らが恭順する可能性もそれなりに大きかろう。彼我の戦力差を考慮すれば、少なくとも積極的に敵対しようとは思うまい」

「そうですかね……」

私は首をひねった。鍾繇はかまわずに言葉をつづける。

「残る敵は、江夏に逃げこんだ劉備だが」

「私が劉備なら、孫権と手を組みますが」

「……ふむ。たしかに劉備と孫権が同盟すれば、少々厄介なことになるかもしれん。だが、仮に同盟を結んだとしても、その関係が長くつづくはずもない」

「といいますと?」

鍾繇は視線だけを動かして周囲を確認すると、極端に声をひそめて、

「曹丞相に揚州へ攻めこむ意思がないからだ。今回の遠征の目的はあくまで荊州。孫権に対しては武威を見せつけるだけにとどまるだろう。つまりだ。劉備と孫権の同盟は、劉備が一方的に得をするだけの関係になる」

なるほど。曹操は江水を渡って、孫権領に攻めこむつもりはないのか。荀彧や郭嘉がうまく説得してくれたのかもしれない。

そうなると孫権と劉備の同盟は、実質、孫権が劉備に援軍を送るだけの関係になる。

片方にしかメリットがない同盟なんて、すぐに破綻してしまうだろう。

けれど、武威をしめすということは外圧をくわえるということだ。孫権の危機感を強く刺激するということだ。

結局、曹操軍が荊州から引き揚げるまで、孫権は劉備との同盟を重視せざるをえないように思えるのだが……。

「……ふむ、浮かない顔をしておるな。おまえさんは、孫権をよほど警戒しているようだ」

「ええ」

「まあ、おまえさんにだけは、そう見えるのかもしれんがな」

「私にだけ、ですか?」

私は目を丸くした。

「そうさな……、たとえばだ。孫権軍が新型の船でも開発していたら、なにが起こってもおかしくはなかろう」

新型の船か……。

この時代の船の特徴といえば、なんといっても 竜骨(りゅうこつ) が存在しないことだろう。

竜骨とは、船底を船首から船尾まで通した木材のことである。

船の背骨ともいうべき重要な部材で、竜骨がないこの時代の船はひどく 脆(もろ) い。

いちおう隔壁で補強されているけど、巨大な木箱を水に浮かべているような状態に近い。

もし竜骨を取り入れれば、船の性能はぐんと向上するはずだ。

けれど、赤壁の戦いで新型の船が使われたという話はなかったように記憶しているが……。

「そら、その顔だ。おまえさんのことだ。新型の船と聞いて、なにか考えついたのではないか?」

「まさか。そんな都合のいいものは、すぐに思いつきませんよ」

と、ごまかしておく。

「ふん、どうだか。……まあ、孫権の部下に胡孔明はおらんのだ。幸いなことにな」

「私より船の構造にくわしい人物なら、いくらでもいるでしょうよ」

「くわしいだけならな」

そういうと鍾繇は、お好み焼きソースの小壺を手元に寄せた。

以前つくった焼き鳥のたれに、野菜や果実の 煮出汁(にだしじる) を多めにくわえ、料理人たちと研究をかさねて発展させたものだ。現代のお好み焼きソースそっくりとはいかなかったが、それっぽくなってると思う。

鍾繇はソースを塗るための 刷毛(はけ) を手に取ると、その刷毛をやたら器用に 操(あやつ) って、お好み焼きの上に 五言詩(ごごんし) を書きつらねていく。

当然のことながら、お好み焼きの上だけでは面積がたりない。

鉄板の上にまで文字を書いていくのを見て、私は自分のコテでその文字をけずりとった。

「なにをする、孔明」

「鉄板が焦げついてしまいます。店に迷惑がかかる行為はやめてください」

「むむむ……」

なにが、むむむだ!