軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一六六話 連弩

「そ、それは、なんだ?」

馬鈞の部屋に足を踏み入れるなり、鄧艾は疑問の声を発した。

彼のいぶかしげな視線は、大の字に寝転がって 梁(はり) をじっと見つめている馬鈞ではなく、そのとなりに無造作に置かれた 弩(ど) にそそがれている。

馬鈞は、あわてて跳ね起きると、

「なんだ、って……見てのとおりですけど?」

鄧艾の視線を追ってそう答えた。

だが、その返答がお気に召さなかったらしく、鄧艾は眉根を寄せて、

「ち、ちがう」

誰がどう見ても弩であるはずなのに、鄧艾はちがうという。

馬鈞は困惑しながらあぐらをかき、首をひねろうとしたところで、兄弟子の問いの意図を理解した。

「……ああ、なんで、俺の部屋に弩なんて物騒なものがあるのか、ってことですか」

弩とは、発射装置を組みこんだ木製の台の上に、弓を横向きに取りつけた武器である。

弓より強力で、引き金を引くだけで矢がまっすぐ飛んでいくため、熟練の射手でなくとも高い命中精度を誇る。

その一方で、矢の装填に時間がかかり、複雑な機構を持つため製造コストが高く、整備不良を起こしやすいという欠点がある。

「なんか、連弩をつくらなきゃいけなくなったみたいで……」

馬鈞は説明する。

孔明から連弩をつくるよう申しつかったこと、参考資料として弩をあずかったこと、そして、どうすればいいのかさっぱりわからないことを。

「鄧艾の兄さんは、連弩についてなにか知ってますか?」

「そ、速射性に、すぐれるが、射程が、短いため、実用性に、とぼしい。そ、それゆえ、す、 廃(すた) れた武器……という、ことしか、知らん」

「ですよねぇ」

馬鈞は落胆して肩を落とした。

連弩とはその名のとおり、矢を連続して射ることができる弩である。

装填に時間がかかるという問題だけは解消されたものの、代償として大幅に威力が弱まり、射程も短くなった。

しかも、より複雑な機構となったゆえに、製造コストや整備不良といった欠点がさらに大きくなってしまったのである。

「いまさら役に立つ武器じゃないと思うんですけど。……なんで孔明先生は、連弩なんてもんを復活させようとしているんだか」

価値がないのなら、つくる意味もないように思える。

不満ではなく純粋な疑問をおぼえて、馬鈞は首をかしげた。

「……お、俺には、孔明先生が、なにを考えているかは、わからない。だ、だが……」

鄧艾は、思慮深げに見解を述べる。

「こ、孔明先生は、連弩に、価値を、見いだした、のではなく、おまえに、あたえるべき、ものを、考えている、のだと、思う」

「俺にあたえるべきもの……?」

「こ、この 蛟影刀(こうえいとう) は、孔明先生から、 賜(たまわ) った、ものだ」

鄧艾は、肌身はなさず腰に 佩(は) いている宝刀に視線を落とすと、その 柄(つか) に手を添えて、

「こ、この刀は、お、俺が、歩むべき道を、照らし、導いて、くれる。そ、それと、同じ、ことだ」

馬鈞も口が達者とはいいがたいが、鄧艾はさらに口がまわらない。

だが、彼の言葉は、不思議と馬鈞の胸にひびいた。

茂陵県(もりょうけん) の学問所で、馬鈞は幾度となく、能弁な学友たちに言い負かされた。

弁論術に長けた彼らの言葉は空虚に思えてならなかったのだが、不器用な鄧艾の言葉には、かえって真実味があるのだった。

とにもかくにも連弩である。

孔明によると、連弩とは、通常の弩の上に、複数の矢を収納した木製の箱を設置したものだという。

この箱を前後に動かすだけで、弦を引き、矢を装填し、射出するという一連の動作を完了させることができる。

そこまで見当がついているのなら、孔明自身が発明したほうがあきらかに手っ取り早いと馬鈞は思うのだが、それでは意味がないのだろう。

鄧艾の言葉を信じるなら、連弩そのものではなく、馬鈞が発明することに意義があるように思われる。

門下生として学問に取り組むときも、雑務をこなすときも、馬鈞の頭の片隅には、まだ見ぬ連弩の姿があった。

不鮮明で曖昧なそれを、具体的な形にしようと馬鈞が頭を悩ませていると、彼の部屋に 胡纂(こさん) がやってきた。

「馬鈞、学堂に算術の教本を忘れていたぞ」

胡纂は馬鈞の教本を持っていた。

「あっ!? これはどうも……すいません」

パッと立ちあがり、馬鈞は頭をさげながら教本を受けとった。

胡纂は馬鈞の顔を見て、文机の上にある分解された弩を見て、それからまた馬鈞の顔に視線をもどすと、

「……すこしいいかな」

「はい、なんでしょうか?」

「私は、君に謝罪しなければならない」

「えっ?」

まったく予想しなかった言葉に、馬鈞は目を丸くした。

「連弩の件だ。君は無理難題をふっかけられているように感じているかもしれないが、もとはといえば私のせいなのだ」

「ええと、話がよくわからないんですけど……」

居心地の悪さを感じながら、馬鈞はむしろ自分が謝罪するような声でいった。

「私が、門下生のなかに君をうらやむ者がいる、と父に伝えた」

「…………」

「連弩をつくれば実績になる。箔がつけば、君に対して邪険に接する者もいなくなるだろう。父は、君を守ろうとしているだけなのだ。すまなかった」

数日前に、鄧艾がいっていたことは正しかった。

孔明は、馬鈞に実績をあたえようとしていたのだ。

「いや、そりゃ……しょうがないですよ。分不相応な待遇を受けているのは、俺だって自覚していますし」

胡纂を恨む気には、とうていなれそうになかった。

実際、異端なのは馬鈞のほうであるし、彼は胡纂に対して悪感情を抱いていない。

これは孔明もそうだが、胡纂の講義はわかりやすい。

要旨をおさえるだけでよしとし、細かい解釈のちがいを競わせるようなことはしない。

この私塾の方針なのだろうか。

競争心をあおろうとしない、牧歌的ともいえる空気が、馬鈞には好ましく感じられる。

一方で、それだけでは士大夫の教育としては不十分であることも理解できる。

出仕を視野に入れるなら、特別あつかいせざるをえないのだろう。

結局、誰が悪いというわけではない。

いや、誰かひとりが悪いというのなら、鄧艾や石苞ほどに親孝行でも勤勉でもない馬鈞に責があるのかもしれないが、馬鈞に彼らのようになれというのも無茶な話である。

なるほど、それに比べれば、連弩を発明するほうが、まだしも現実的に思えてくる。

馬鈞は納得した。

ただし、自分の才能に対する懐疑の念が消えたわけではなかった。

「 若(わか) 先生も……俺に発明の才があると思っているんですか?」

馬鈞はおずおずと問いかけた。

胡纂は苦笑まじりに、

「私は人物批評家ではないから、確信しているわけではない。だが、期待はしている。……個人的な願望をいえば、君が発明家として、父の後継者になってくれるとうれしい」

「こ、孔明先生の後継者ぁッ!?」

驚愕のあまり、馬鈞の声が裏返った。

彼は高望みをさける性分であったから、そこに浮かれる気持ちは 微塵(みじん) もなく、戸惑うばかりだった。

そもそも、孔明の後継者というなら、それこそ胡纂がいる。

父親ほどではないにしろ、 陸渾(りくこん) 周辺では名の知れた名士である。

馬鈞の出る幕が、どこにあるというのか。

「ぜいたくな悩みではあるが、父親の背中が大きすぎると、それはそれで苦労するものだ。もとより、私ひとりで後を継げるような人ではないからね。後継者は多いほうがいい」

胡纂は、まるで馬鈞の心中を見透かすかのようにいうと、口元に愉快そうな笑みを浮かべる。

「それに、君はどことなく父に似ているような気がする。鄧艾や石苞よりもね」

最後に信じがたい発言を残して、胡纂は歩み去っていった。

「…………」

馬鈞はへなへなとくずおれた。腰が抜けたような気がした。

孔明も胡纂も、馬鈞を買いかぶりすぎている。

彼らだけではない、鄧艾と石苞もそうだ。

あきらかに力量不足で格下の馬鈞を仲間あつかいしてくれる。

だが、厚意や寛容にいつまでもただ乗りしているわけにもいかなかった。

芽があると思われているうちに、期待に応えてみせなければ、せめて応えようとしてみせなければならない。

「あー、もう……期待外れでも知らねーかんな」

呆然自失から立ちなおった馬鈞はそうつぶやくと、 懸刀(けんとう) ――分解された弩の引き金を手に取った。

ああでもない、こうでもないと試行錯誤をかさねるうちに、馬鈞の部屋は工房のような様相を 呈(てい) していた。

文机(ふづくえ) をならべたその上には、工具と弓の部分を取り外された弩、馬鈞が自作した連弩の失敗作が載せられ、部屋中に木片や削りかすが散乱している。

取り外した弓を、もう何挺目だかわからない連弩の試作品に設置して、

「ふーっ」

馬鈞は大きく息を吐いた。

額に流れる汗を袖でぬぐう。

秋も深まり、外では肌寒い風が吹いているというのに、いつの間にか汗をかくほど彼は熱中していた。

孔明が見たなら、熱中できることが才能だというかもしれない。

だが、少なくともこの時点で、馬鈞にその自覚はなかった。

連弩の命ともいうべき箱―― 箭箱(やばこ) に、馬鈞は二本の矢を入れた。

矢といっても、矢羽根も 鏃(やじり) もついていない、ただの棒だ。

「…………」

連弩をかまえ、室内の壁に立てかけた板に狙いを定めて、馬鈞は息をつめた。

箭箱を、前後に動かす。

その動きにあわせて弦が引かれ、引ききった瞬間、矢が放たれて的を叩いた。

よろこぶのはまだ早い。

「…………」

もう一度、同じ動作をくり返す。

二本目の矢が、同じように的を叩いた。

「……で、できたッ!」

声をはずませると、できあがったばかりの連弩を手に、馬鈞は靴をつっかけるようにして自分の部屋を飛びだすのだった。

胡昭の弟子のなかで最もすぐれた十人の高弟は、晋代になると胡門十傑と称せられるようになった。その席次は年齢順とされ、石苞が同い年の鄧艾よりわずかに早く生まれたことから、「司馬懿、石苞、鄧艾、馬鈞、姜維……」と数えるのが通例であった。

あるとき、晋の第二代皇帝司馬昭は、胡門十傑の名を列挙する際に、馬鈞の名を最後にまわした。これを伝え聞いた馬鈞は、司馬昭に謁見すると、「私の栄達は 九卿(きゅうけい) にとどまっており、三公以上の座に昇りつめたほかの九名にはおよびません。しかしながら、我らの師は生涯無官をつらぬきました。官職のみを見れば、私が師に最も近いのです」と主張した。司馬昭は笑って謝罪すると、馬鈞の名を四番目に訂正した。

馬鈞 wiikiより一部抜粋