軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一一六話 前世の知識ゆえの勘ちがい

帰宅したその日のうちに、私の屋敷には大勢の客がつめかけた。

そのほとんどは、かねてよりつきあいのある陸渾の住人だったが、なかには初めて会う人物もいる。

年齢は四十歳ぐらい、恰幅がよく脂ギッシュなその男は、 張固(ちょうこ) と名乗った。

私が旅をしているあいだに、 陸渾(りくこん) の県令として赴任してきたそうだ。

「孔明先生、よくぞお帰りくださいました! いやぁ、流民が押し寄せてきたときにはどうなることかと思いましたが助かりました! さすが孔明先生ですな!」

張固の顔には、感激と安堵の笑みが浮かんでいた。

だが、私が解決したと思われるのはよろしくない。

それは、私なら解決してくれるだろう、という無茶振りにつながりかねない危険思想である。

「いやいや、食料をはこぶように手配したのは荀彧だ。大事に至らずにすんだのは、ひとえに彼のおかげである」

これは荀彧のおかげなんだ。わかってくれるね。

「いやぁ、これでひと安心ですな」

張固は笑顔のままだ。わかってくれたのだろうか、少々不安である。

そもそも、陸渾で生じた問題は、陸渾令が解決しなければならない。

そうできるだけの権限が、張固にはあたえられているはずだ。

今回の一件で、私がちょうど帰ってきたのは偶然にすぎないし、荀彧だっていつもいつも各県の情勢にまで目配りできるわけがない。

県令の張固が食料を融通するなりなんなりして、流民問題の鎮静化をはからなければならなかったのだ。

そうしたきびしい指摘を、しかし私は口にしなかった。口うるさい人間になるつもりはない。

その代わりというわけでもないのだが、弟子に畑を用意してほしいと頼みこむと、張固はガッハッハと笑った。

「心得ました。その程度の事であれば造作もありません。県令たる私が、ちょちょいっと融通いたしましょう」

翌朝、ひとつの別れが待っていた。

任務を終えた郭玄信が、許都へ帰るときである。

陸渾へ食料をはこぶ私の供をする。彼にとっても突然の任務だったと思うが、私の屋敷の門前に立つ郭玄信は、晴れがましい顔をしていた。この表情を見るかぎり、そう悪いものではなかったのだろう。

「わずかな期間ではありましたが、孔明先生のおそばにいたことで、名士のありようを学ばせていただきました」

「ははは、私は陸渾の隠士だ。許都で暮らす名士には、より重視せねばならぬものもあろう」

「はい、潁川郭氏の一員に恥じない正しい生きかたができるよう、私も思いをあらたにいたしました」

郭玄信は、石苞と鄧艾に視線をむけた。そのまなざしに期待をこめて、

「石苞、鄧艾、君たちにはすばらしい才能がある。孔明先生のもとで勉学に励めば、いずれは九卿・宰相にすらなれるだろう」

「ありがとうございます。郭玄信さま」

「あ、ありがとう、ございます」

石苞が相手の目を見て、鄧艾が困惑気味にいうと、郭玄信は優しげに笑い、私のほうにむきなおった。

「孔明先生、またお会いできる日を楽しみにしております」

彼は右手を握りしめると、胸に当てた。ちょうど心臓があるあたりだ。

「それでは、天意とともにあらんことを」

あぶみに足をかけて馬に乗り、郭玄信は去っていった。

すこし間を置いて、石苞が屈託なさそうに小首をかしげた。

「名士のかたは、常に天意を意識しておられるのですか?」

鄧艾は無言のまま、なにかいいたげに眉をひそめている。

「さて? そんなことはないと思うが……」

答えながら、私も首をひねる。

天意とともにあらんことを。

名士としての自覚が、郭玄信にその言葉を選ばせたのだろうが、なんだか大げさというか、気取った言い草に感じられた。

郭玄信……彼は意外と意識高い系名士なのかもしれない。

こうして私の日常が戻ってきたのだが、ゆっくりのんびりというわけにはいかなかった。

書斎のなかは、手紙があふれて足の踏み場もないありさまだった。

その手紙に目を通して、遅ればせながら返信を書いて、目がまわるほど忙しい。

なにより、家族サービスをしなければならない!

妻の機嫌を取って、孫に顔をおぼえてもらわなければならないのである!

というわけで、私は小刀を手に、木彫りの馬の玩具をつくっていた。

脚に付けた車輪が回転すると、歯車仕掛けで馬の首が上下に動くギミック付きである。

この時代にはすでに歯車が存在しているので、目新しい発明ではない。

とはいえ、子供の玩具としては非常にめずらしいものだから、孫も興味を示してくれるはずである。

歯車にはね、コツがあるのよコツが。

先端をせばめるように、すこし湾曲させてやると回転が円滑になるのよ。

……計算式? 知らんがな。私は雰囲気で歯車をつくっている。

とりあえずそこだけ片づけることに成功した机の上で、馬の玩具を前後に走らせてみる。

首がしっかり上下に動くことを確認したところで、工作の手をとめて、いったん休憩をとる。

「……ご機嫌うかがい、か」

私には、家族以外にも機嫌を取っておかねばならない人物がいる。

司馬仲達である。

私が黙って旅に出てしまったから、彼がおかんむりでも不思議はない。

別に意地悪をしたわけでも、隠したかったわけでもない。ちゃんとした理由があったのだ。

そもそも、旅のきっかけとなったのは、郭嘉の遺書だった。

彼が、曹操には知らせないほうがよいと判断したのだから、そのとおりにしたほうがよい。

そうなると、司馬懿がいる場所が問題だった。

鄴は曹操のお膝元である。

手紙を送れば、検閲されて中身を見られるかもしれない。

直接会いにいけば、曹操に見つかって呼びだされるかもしれない。

「胡昭、おぬしは郭嘉の遺書をうけとったそうだな。なにが書かれていた?」

なんて曹操に問いつめられでもした日には、私は洗いざらい白状してしまうだろう。

そんなわけで、私は司馬懿に事情を伝えずに旅に出た。

郭嘉が異民族によって中国が滅ぼされると予測したことも、その未来を回避するために私が敵情視察をしてきたことも、司馬懿は知らない……はずだった。

ところが、すでに知っているのです。荀彧がやってくれました!

荀彧は、事情を知っているのが自分だけでは不足だと考えた。

そこで、許都を訪れた信頼できる人物に、郭嘉の遺書の内容と私の旅の目的を打ち明けていたのである。

時系列順に、まずは 辛毗(しんぴ) と 辛憲英(しんけんえい) 。私と会ったことがない辛憲英に打ち明けたのは意外だったが、彼女は聡明な人物として後世にも伝わっているし、荀彧が信頼できると判断したのであれば、私としても異存はない。

次に荀攸、その次に陳羣、最後に司馬懿である。

つまり、もう長々と司馬懿に弁明する必要はなくなったのだ。

ちょっとひとこと、「旅に出る事情を伝えられなくてごめんね」と謝れば、それで一件落着である。落着してほしい。落着すべきなのだ!

おお、我が心の友、荀文若よ。おまえはなんてすばらしい男なんだ!

もとから 最高値(さいたかね) の荀彧の株が、さらに爆上がりして天井知らずである。

そうと決まれば、さっさと司馬懿に会いに行くべきだろう。

曹操がまだ関中に出征中の、いまがチャンスである。

私は馬の玩具を仕上げてから、鄧艾と石苞をつれて鄴にむかうのであった。

「こちらこそ申し訳ございません。謝罪しなければならないのは、私のほうです」

あ……ありのまま、いま、起こった事を話すぜ。

私が司馬懿さんに謝罪したと思ったら、いつのまにか司馬懿さんが私に謝罪していた。

ちなみに、機密性の高い話になるので、鄧艾と石苞には席をはずしてもらっている。

弟子入りしたばかりの彼らに、私が謝罪する姿を見せないほうがいいんじゃないか、という情けない理由もなきにしもあらず。

「じつは、今年生まれた次男の名を、孔明先生の名からいただいております。お許しを得てからとも考えたのですが、なにぶん連絡が取れず……」

なにィ!? 司馬懿が、次男に私の名をつけただとッ!?

そんなことをしたら……司馬昭が司馬昭になってしまうではないかッ!!

……なにも変わってねえッ!?

どういうことだ。私は混乱し、困惑した。

私がいようがいまいが、司馬昭は司馬昭だったはずだ。

彼はかなり有名な武将だったから、私の記憶ちがいとは思えない。

司馬懿の発言と前世の記憶との整合性が取れなくなった私は、そこで、はたと気づいた。

ははーん、読めたぞ。

司馬懿は私にあやかったといっているが、本当は別の理由で昭と名づけたのだろう。

けれど、私の名をつけたことにして、自分が謝罪する理由をつくったのだ。

これで、互いに謝罪しあって一件落着。

私が黙って旅に出たことは水に流してすっきりしましょう、という心遣いにちがいない。

いやはや、なんとも心憎い、粋なはからいであった。