軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 一方、その頃(H)

ウィロウがいなくなって、もう一ヵ月も経ってしまった。

あの子はイルゼと揉めて階段から落ち、怪我をしていたというのに、それが治りきらないうちに忽然と姿を消してしまったのだ。

女子寮だからぼくの目がどうしても届かず、その隙を突かれて何者かに攫われたのだろうと言われている。

実際、その通りなのだと思う。だって、そうじゃなくちゃあの子が――ウィリーがぼくの前からいなくなるはずがないんだ。

だってウィリーはぼくがだいすきで、僕もウィリーがだいすきなんだから。

(ねぇ、ウィリー)

だいすきな君。大切な君。

誰よりもぼくを愛して、何があってもぼくのことを愛して、どんなことをしてでも僕のことを愛してくれる、ただひとりのきみ。

あの子のすべてがぼくはだいすきだけど、熱情で浮かされた灰色の瞳はいつだって奥がどこか冴え冴えとしていて、そのひやりとした心地よい冷たさがぼくはいっとう好きだった。

温度の違うあの子の瞳は玲瓏な宝石のようで、その宝石がぼくを見つめると、ぼくのすべてを見通して理解してもらえているような、大きな安心感があるからだ。

あの瞳の前でだけは、ぼくはぼくでいられた。

誰もがぼくをもてはやして誉めそやしてくるけれど、ぼくはぼくがそんなに立派な人間ではないことを知っている。

ぼくはいつだって周りの目が恐ろしくて、期待や羨望を注ぐまなざしが反転して失望や嫌悪に変わることがたまらなく怖くて、毎日怯えない日なんてない。

ぼくはぼくが失望されないよう必死に努力しているけれど、その努力さえ公になれば失望の種になってしまうから、努力を隠すことにも必死だった。

そうして取り繕うことがぼくは苦しくてたまらないけれど、それがぼくの価値だから、王太子として在り国に尽くすことだけがぼくの命の理由だから、見放されないように走り続けるしかない。

でも、ウィリーは、ウィリーだけは違うんだ。

あの子はぼくを王太子としてではなく、ただの 個人(ヘンリー) として初めて見て、そう在ることを許してくれた。

弱くて臆病でみっともないぼくを知りながら、それでもぼくの傍にいると約束してくれた、寄り添うことを誓ってくれた唯一のひとだった。

だからぼくはあの子のことがだいすきになったんだ。

あの子にはほかの誰も見て欲しくない。

ぼくだけを見ていて欲しい。

ぼくだけがいればいい。

ほかの誰もウィリーの傍には要らない。

……だからイルゼを使ったのに、どうしてこうなってしまったんだろう?

君をぼくのもとに留めるために、君にも僕と同じだけの想いを抱いてもらえるように、イルゼを使ってウィリーにも独りになってもらおうとしたのに、なのにこの結果はなんなんだ?

どうしてあの子はいなくなってしまった?

――何故ウィリーはぼくの隣にいないんだ?

(ウィリー、ウィリー……)

ねぇ、ウィリー。どこにいるの。どこに行ってしまったの。

はやく、はやく、帰ってきてよ。戻って来てよ。

ぼくの隣で、あの美しい宝石のような瞳で、ぼくだけを見つめて。ぼくだけを信じて。ぼくだけを愛して。

(君が隣にいないだけで、ぼくは息苦しくて、押しつぶされて死んでしまいそうになるんだ)

ウィリーを失ったぼくに必死に寄り添おうとするイルゼなんて、心の底からどうでもいい。

イルゼはあくまでも王家の道具でしかなくて、こうしてぼくに寄り添うのだってあくまでも義務によるものだと知っている。

生まれ育った教会へ王家が支援をする代わりに、イルゼは唯一無二の加護をもって王家に奉仕をしているだけ。

その心がぼくではなくぼくの弟に傾いていることも知っているから、ぼくはなおのことイルゼなんて要らなかった。

そんなやつ、ぼくの傍にいて欲しくなんてない。

ぼくの隣にはいらない。

(ぼくの隣はウィリーだけでいい)

だって、ぼくにはウィリーだけだから。だいすきだから。誰よりもぼくをみて、ぼくのことをわかってくれるのは、ウィリーだけだから。

ウィリーの代わりになんて、誰もなれない。誰もいらない。苦しい。辛い。痛い。悲しい。ウィリー、おねがい、戻って来て。傍にいて。

それがだめなんて、叶わないなんて、そんなことは信じられないし、信じたくない。認めない認められない認めたくない。

ああ、どうか、

「ウィリー……」

「殿下、」

「お願いだ、ウィリー、君が、君だけが――」

「どうなさったのですか、ヘンリー殿下……?」

暗い部屋の中、ウィリーのことで頭がいっぱいになったぼくがぶつぶつとうわ言を呟くその隣で、イルゼが戸惑ったような顔を向けてくる。

ぼくの肩に触れようとしたのか、はたまた別の目的があったのかは知らないが、イルゼから伸ばされた手が煩わしくてパシリと弾いた。

瞬間、戸惑いの表情は恐れと怯えに変わり、ぼくはそれがたまらなく恐ろしくて、ギュウッと首を絞められたような苦しさに見舞われ、ただでさえ乱れていた思考がぐちゃぐちゃになって、それで。

「っ、そんな目でぼくを見ないでくれ!!」

「殿下……」

「ウィリー、ウィリー……おねがいだから戻ってきて、ぼくを 愛して(見て) ……!」

ぼくを覗き込むヘーゼルブラウンの瞳を前に、魔力が揺らぐ。

(……ああ、この目がせめて、あの子と同じ灰色であれば良かったのに)