軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 一方、その頃(I)

ウィロウ様が人知れず王太子殿下の庇護下を抜け出し、あっという間に半月が過ぎた。

王太子殿下や学園内はもちろんのこと、アレクシス殿下によれば、お城やイグレシアス侯爵家もいまだに動揺がおさまらず、ピリピリとした緊張感があるという。

しかもその上、学園に通う生徒の実家もざわついているそうで、このところ毎日、誰かしら外部の人を学園長室や応接室に繋がる廊下で見かけていた。

……多かれ少なかれ、不安や恐怖でみんなパニックになっているんだろう。

ことの真相を知っているからか、精神的に一歩引いた場所で、わたしは冷静にそう考えた。

でもまあ、仮にウィロウ様失踪の真相を知らなくても、どうせわたしはみなしご。

貴族子女の誘拐なんて他人事としか思えなくて、今と同じような思考をしていたような気もする。

……だけど、うん。ウィロウ様が自発的に逃げ出した、という真相を知らない人たちがああなってしまうのも、仕方ないのかもしれないなと思う。

何せ、お城と比肩するほどの高度なセキュリティを誇る貴族子女が通う学園から、未来の国母たるイグレシアス侯爵家の令嬢がある日こつぜんと姿を消したのだから。

その種も仕掛けも、動機すらわからないとなれば、同じ学園に通う生徒やそのご両親が不安になるのも当然というもの。

わたしだって、教会に残してきた弟妹が誘拐されれば不安になるし、心配でたまらなくなるに決まっている。

……お貴族様の横の繋がりは打算が多いと訊くけれど、今回に限ってはそういうことだよね?

明日は我が身、我が子の身ってことで、みんなもヒヤヒヤしてるんだよね? たぶん……。

ウィロウ様の失踪については、身代金の要求も何もないけれど、何者かに誘拐されたものとする考えが世間的には主流となっている。

彼女には侯爵家の令嬢という血統的な価値だけでなく、王太子殿下の婚約者であり未来の国母という地位的な価値や、卓越した魔法のセンスという稀有な才能もあるからだ。

そして、今回の誘拐事件では身代金の要求がないことから、このいずれかを目的に犯人はウィロウ様を誘拐して閉じ込めているのだろう──というのが、一般的な見解。

……その見解に対する素直な感想を言うなら、『へーそうなんだ!』の一言に尽きる。

わたしなら、貴族の子どもを誘拐するなんてお金目的としか思えないから。

正直、お金以外にも貴族の子どもを誘拐する理由なんてあったのか……という気持ちだったりする。

貴族の子どもたちは小さい頃からそういった自覚を持つように叩き込まれて育つんだろうなぁと、妙な感心なんかもしたりして。

『純潔の乙女』として国に保護されてからというもの、教会にいた頃、ただのみなしごでは知りえない世界をたくさん見ているような気がする。

それが良いことなのかどうかは、わたしにはちょっとわからない。

でも、わたしも神の祝福を賜った稀有な人間なのだ、と教育係の人から口すっぱく言われているので、自分の価値にもっと頓着すべきなのかもしれないとは思った。

本人の自覚がどうあれ、高い価値があるということは身の危険にも繋がるようだし。

ちなみに、ウィロウ様の捜索隊も組まれているのだけど、その指揮を執っているのは王太子殿下──と思いきや、まさかのアレクシス殿下だったりする。

もちろん最初は王太子殿下自ら指揮を執ろうとしていたのだが、ウィロウ様の失踪に精神的なダメージが大きく、床に臥せったり錯乱する様子が見られることから、代理としてアレクシス殿下が指揮を執ることになった……という経緯がある。

おいたわしい、と皆は言うけれど、わたしからすれば自業自得だと思う。

自分の都合の良い風にウィロウ様の心を捻じ曲げたツケが回ってきただけなんだから、それ以外に言いようもないよね?

下町生まれゆえのお転婆な部分が『ざまぁみろ!』って笑っているけど、うん、こういうのはバレなきゃいいよね!

「イルゼ嬢。少し時間をもらえないか?」

「アレクシス殿下? はい、もちろんです」

一日の授業がすべて終わり、放課後になってすぐのこと。

アレクシス殿下に呼び出された私は、学園内の応接室へと足を運んだ。

応接室は基本的に生徒の使用が認められていないのだが、そこは恐らく王族のコネを使って許可をもぎ取ったのだと思う。

それだけアレクシス殿下のお話が重要なことであり、第三者の目があっては困る、ということくらいはわたしでも察することができた。

無意識にピンと背筋を張ると、アレクシス殿下はそう緊張しなくてもいい、と前置いて。

しかしてひどく重々しく、ゆっくりと口を開いた。

「……実は、イルゼ嬢に頼みたいことがある」

暗い表情。

躊躇いがちな言葉。

いかにも気乗りしない、という声音。

どれをとっても、アレクシス殿下がその『頼み』を避けたがっていることがわかる。

……殿下のお気持ちを考えるなら、自分には荷が重い、と言って断るべきなんだと思う。

アレクシス殿下はとても優しい方だから、わたしが傷つかないようにと、わたしが王太子殿下に振り回されていた時もたくさん気を遣ってくださった。

そして恐らく、今回の『頼み』も、わたしに任せるべきではないと──わたしにはやらせたくない、と思っている。

……それだけ『頼み』の内容が危ないことなんだって、話を聞く前からわかってしまった。

だけど。

「やります」

「!?」

「やらせてください。わたしは、アレクシス殿下のお役に立ちたいんです」

わたしはハッキリと、自分の意思を言葉にした。

どんなことでも絶対にやり遂げると、やり遂げて貴方のお役に立ってみせるのだと殿下に意思表示する。

優しい殿下が変な気を遣わなくていいように、わたしのやる気を伝えるのだ。

──正直なことを言うと、殿下の『頼み』には、なんとなく見当がついている。

というのも、ウィロウ様がわたし宛てに残してくださったお手紙に書いてあったのだ。

ウィロウ様が懸念しているとある可能性と、その可能性を利用した王太子殿下の権威を失墜させる方法を。

そして、この方法の要は『純潔の乙女』であるわたし自身にほかならないのだと、ウィロウ様は教えてくださった。

……だからきっと、遅かれ早かれアレクシス殿下から協力を要請されるだろう、とも。

『その頼みには大きな危険が伴うので、受け入れるか否かはイルゼ嬢の判断に委ねられると思います』

『嫌なら嫌で良いのです。わたくしは王太子殿下の失墜を望みますが、それは決して、イルゼ嬢の安寧と引き換えにしてまで叶えたいことではありませんから』

『けれどもし、イルゼ嬢がアレクシス殿下に協力し、王太子殿下の罪を暴いて引きずり下ろすことができたなら……その功績は、国からの褒賞を賜るほどのものになると思います』

『イルゼ嬢が身の安全を取るか、自分の望みを叶えるために危険を取るか、どちらを選択するかはわたくしにはわかりません。ですが、どちらを選んでも、わたくしはイルゼ嬢の選択を応援いたします』

……ずっと、ずっと考えていた。

ウィロウ様のお手紙を読んで、アレクシス殿下から それ(・・) を頼まれたら、わたしはどうするんだろうかと。

だけどきっと、最初から心は決まっていたのだ。

それでも迷い、躊躇う気持ちがあったのは、王太子殿下のウィロウ様への執着がひどく恐ろしいものだと知ってしまったから。

だからどうにも踏ん切りがつかなくて、アレクシス殿下が言い出してくれるまで、待ちの姿勢を貫いてしまった。

だけど、否、だからこそ、わたしは決意を固めることができた。

アレクシス殿下はわたしのことを気にかけてくださっている。

妹のように思われているだけだろうけど、それでも確かに、わたしの存在はアレクシス殿下の心にある──そう思ったら、やるしかないって気持ちと、やり遂げてみせるという勇気が奮い立ったのだ。

わたしを、『純潔の乙女』ではないただのイルゼを大切にしてくれる、大好きなアレクシス殿下。

たとえ身のほど知らずだと言われようと、貴方の隣に並ぶチャンスがあるなら、わたしは、それを無駄にしたくないって思うんです。