軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 白百合の淑女に祝福を(2)

でも、これを一人で抱えているのは流石に怖くなって、こっそりアレクシス殿下に相談した。

といっても、全部を話すわけにはいかないから、本当に一部分だけ。

ウィロウ様にわたしの祝福の力が働いたと、純粋な事実だけを伝えておいた。

するとアレクシス殿下は、王太子殿下とウィロウ様が接触しないように上手く取り計らうと言ってくださった。

わたしは王太子殿下のことなんて一言も言っていなかったにもかかわらず、だ。

それはつまり、アレクシス殿下にも思うところがあったか、何かしらの心当たりがあるということなのだろう。

兄弟の付き合いの長さは伊達ではないんだなと、ちょっぴり的外れな感想を抱いた。

それからわたしは、ウィロウ様の元に赴いた。

アレクシス殿下にウィロウ様の様子を見てきて欲しい、と頼まれたのもあるけれど、わたし自身がウィロウ様とお話してみたかったからだ。

三日前のあの時、ウィロウ様に働いた祝福の力──。

それがどのように作用したのか気になったことと、ウィロウ様に自覚があるか……ご自分の中で何か変化があることに気付いているかどうかを、自分の目で確かめたかった。

寮母さんにお願いして、ウィロウ様に食事を届ける役目を代わってもらい、そして──

「殿下の愚行に踊らされていたわたくしが言えたことではないけれど、それでも。婚約者として、あの人が貴女に強いてきたこと、貴女に手を上げたこと……そして何より、わたくしが貴女を突き落とそうとしたこと。そのすべてを心から謝罪いたします」

……ウィロウ様の確かな変化に、わたしは、自分の推測が正しかったことを理解した。

常日頃から、匂い立つような王太子殿下への情愛を滲ませていた少女の姿は、今となってはすっかりなりを潜めている。

目の前にいるのは、静かで、淑やかで、何よりも落ち着き払った穏やかな雰囲気をまとう、完成した大人の 淑女(レディ) 。

頭を下げれば淡い輝きを放つ金糸がさらりと揺れ、憂いを帯びた灰色の瞳が伏せられる。ひとつひとつの所作も丁寧で、滑らかで、美しいその様は、まるで凛と咲く一輪の白百合のよう。

わたしもウィロウ様も同じ女の子なのに、思わずドキリ、と胸がときめいた。

それからわたしたちは、時間が許す限り、たくさんのことをお話しした。

王太子殿下がわたしに強いた無体のことから、アレクシス殿下とのことや、市井で人気のお菓子屋さんのことまで、本当に色々なことを。

わたしの話に耳を傾け、時にはころころと笑ったり、冗談を交えてくるウィロウ様は、今までの彼女と全然ちがう。

王太子殿下を一途に想う姿こそウィロウ様の本質だとばかり思っていたけれど、きっと、これが本当のウィロウ様なんだ。

二人きりの時だけ名前で呼ぶことを許してくれたウィロウ様は、わたしが思っていた以上に、もっとずっと素敵な方だった。

だからわたしは、どうにか、ウィロウ様のお力になれないものかと考えた。

今までのウィロウ様が王太子殿下に歪められた姿だとしたら、そんなの、絶対に許せないと思ったから。

……アレクシス殿下を除いて、初めてきちんとわたしの名前を呼んでくれたウィロウ様。

【純潔の乙女】と揶揄するように呼ぶのでも、畏敬を込めて呼ぶのでもなく、親しみを持ってイルゼと呼んでくれたあの方を──ただのイルゼを知ろうとしてくださったあの方を、王太子殿下の好きになんてさせたくない。

そんな気持ちをぽろりとこぼしたわたしをウィロウ様は窘めつつも、ありがとう、と微笑んで。

「数日後の小火騒ぎに乗じて、わたくしは、しばらく世間から身を隠そうと思うのです。だから、大丈夫。イルゼさんは何も気にしないでください。……女同士の秘密、ですよ?」

内緒話をするように、こっそりと、そんな計画を打ち明けてくださった。

だからわたしは知っている。

ウィロウ様の、秘密の脱出計画を。

女同士の秘密というのはとても魅力的で、なんだか、身分違いの友情を築くことができたかのような、そんな胸の高鳴りがする。

そして、この脱出計画がウィロウ様にとってどれほど大切なものかも理解しているから、ほかの誰にも──それこそ、アレクシス殿下にだって打ち明けたりはしなかった。

もし王太子殿下に問いただされたら、という懸念もあったけれど、アレクシス殿下の根回しのお陰で、王太子殿下は最近とても忙しそうにしている。

ウィロウ様に構う余裕がない以上、わたしに構っている暇なんてなおさらないに決まっている。

結果として、秘密の脱出計画が誰にも知られずに済んだのは、間違いなく僥倖と言えた。

……本当に、アレクシス殿下には助けられてばかりだな。

「ウィロウ様!」

「! イルゼさん……!? どうしてここに」

緊急事態だから、と誰に向けてかもわからない言い訳をして、ノックもなしにウィロウ様のお部屋のドアを開ける。

中にはゆったりとしたシンプルなネグリジェをまとい、ゆるく髪を結んだウィロウ様がいらっしゃった。

ああ、良かった。

かろうじて、お見送りには間に合ったみたい。

ウィロウ様はわたしの来訪に驚き、戸惑っているようだけど、今だけは気にしないでおく。

あまり長くウィロウ様を引き止めてはいけないから、用事は手短に済ませないと。

「不敬を承知で失礼します!」

「えっ」

陶器のようになめらかな頬を両手で包み、背伸びをして、ウィロウ様のおでこに唇を寄せ、そして。

「ウィロウ様のこれからのみちゆきに、神の祝福があらんことを」

寂しい気持ちも、悲しい気持ちも胸の奥底に押し込めて、ウィロウ様の旅立ちを 言祝(ことほ) いだ。

神の祝福を受けて【純潔の乙女】として教会を出た旅立ちの日、大好きなマザーがわたしにしてくれたように……ウィロウ様のこれからが、幸せにあふれた日々でありますようにと、祈りを込めて。

「──」

「っ、ウィロウ様!?」

「ありがとう、 イルゼちゃん(・・・・・・) 。……どうか貴女も、元気でね」

身体を包み込む心地よい柔らかさとぬくもりに、耳をくすぐる優しい囁きに気を取られた次の瞬間、もう、そこには誰もいなかった。

わずかばかりの残り香を置いて、彼女はきっと、転移魔法で旅立ったのだろう。

「……あれ?」

カサ、と軽い音が手の中で聞こえたと思うと、いつの間にか一枚の封筒を握り込んでいた。

宛て名はわたし。

差出人の名前はなく、ただ、『W』というイニシャルが記されている。

どくん、と心臓が大きく跳ねた。

今すぐに開けて中を確認したい衝動に駆られ、……それをどうにか押しとどめる。

「騒ぎが落ち着いて、一人になってから読もう」

ガウンの内側にあるポケットへ手紙をしまい、ウィロウ様の部屋をあとにする。

逃げ遅れた理由をどう誤魔化すか考えながら、わたしは、寮の出口に向かって走り出した。