軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 グッバイ・メアリー・スー(5)

「食事は机に置いてちょうだい」

「はい。……あの、イグレシアス様」

「何?」

「どうして私を部屋にお招きになったんですか? 失礼なことを申し上げているとは思うのですが、その、私は門前払いされるものとばかり……」

おおう、まさかのド直球。

そして自己申告の通り、とんでもなく失礼なことを言っている。

そういうことは思っても口に出しちゃいけないことくらい、王侯貴族の子女に囲まれて半年も生活すればわかるだろうに。

もし仮に私に不敬と言われて頬を打たれても、イルゼちゃんは絶対に文句は言えないレベルの失言である。

なにぶん私は──というかウィロウは侯爵令嬢であり、イルゼちゃんとの身分差は月とすっぽんくらいの差があるので。

でも、生憎と私は進んで他人を痛めつけるような趣味を持ち合わせていないし、ここでイルゼちゃんを傷つけ、今後のキーマンになるであろう第二王子のアレクシス殿下の気分を損ねるのも本望じゃない。

というのも、ウィロウの身体とともに私が逃げ出せば、きっと──否、間違いなく王太子のことでアレクシス殿下には迷惑をかける、という確信があるからだ。

そんなわけで、今はなるべく、アレクシス殿下に余計な心労をかけないようにと考えている。

……好きな女の子が兄の婚約者にいびられてるとか、どう考えてもストレスの種でしかないし。

そりゃあ、TPOによっては侯爵令嬢として毅然とした態度を取らなくちゃいけないだろうけど、今はそれが必要とされている状況ではないのだから、敢えて波風立てる言動を取らなくたって問題はないはずだ。

ただでさえ、これから侯爵令嬢であることも王太子の婚約者という地位も放り出して、行方をくらませようとしているわけだし。

……それにほら、これ以上アレクシス殿下からの心証を下げないためにも、私はイルゼちゃんに手を出すべきじゃない。

なんならいっそ、イルゼちゃんを少しでも懐柔しておいた方が、あとあと困った事態にはならないはず。

そんな打算とひとつの賭けで、この密談は成立している。

「貴女がそう思うのももっともですが、言葉には気を付けてくださる? ……わたくしたちの会話をどこで、誰が聞いているかもわからないのですから」

「っ、申し訳ありません」

「まあ、いいでしょう。今回は目をつぶって差し上げます。──でもね? わたくしにそれを問う貴女こそ、どうしてわざわざ食事を届けに来たのかしら? 門前払いをされると思っていたのなら、わたくしの友人でも、寮母さんでも、別の人に任せておけば良かったでしょう」

「……それは……」

「ああ、もしかして、殿下に頼まれて来たとか? 殿下の護衛ですもの、そういうお願いをされることもあるでしょうしね」

「っちが、」

「それとも……なぁに? 殿下の寵愛を受けていることを自慢しに、わざわざわたくしを見下しに来たの?」

ろくに答えられないイルゼちゃん相手にガンガン畳みかけたら、極めつけに頬に手をあて、軽く首を傾げて、敵意の滲む冷たい微笑を浮かべて見せた。

……はてさて、鬼が出るか蛇が出るか?

イルゼちゃんの回答いかんでは、すぐにこの部屋から叩き出し、何も告げずにサヨナラをするつもりでいる。

この子も王太子の被害者ではあるけれど、だからといって、アレの手先であるなら容赦するつもりはない。

部屋から叩き出すだけに留めるのが私からの最大限の温情だ。

だけどもし、私の求める通りの答えが返ってくるなら……彼女が王太子に反旗を翻すことのできる人物であったなら、逃げ出す時にアレクシス殿下宛ての 告発文(・・・) を託してみても良いかもしれない。

──完全無欠、才色兼備を謳うこの国の王太子は、国家転覆を目論む 稀代の暗君(テロリスト) ですってさ。

「わたしは、」

「……」

「──わたしがお食事を届けに来たことに、王太子殿下は関係ございません。わたしはわたしの意思で、イグレシアス様にお会いして、お話をしたかった。だから寮母さんにお願いして、お食事を届ける役目を代わっていただいたのです」

しゃんと伸びた背筋。

まっすぐ私を射抜く瞳。

迷いのない、ひたむきで真摯な言葉。

……私に自分の思いを伝えようと一生懸命なのが、ひしひしと伝わってくる。

「イグレシアス様が階段でわたしの背中を押して、でも、すんでのところで階段上に引き戻してくださったあの日、わたしは、わたしがいただいた祝福の力が働くのを感じました。それも、イグレシアス様がわたしの背中を押した瞬間に、です」

「……」

「そのすぐあとに、あの場に駆け付けた王太子殿下から、イグレシアス様に触れるなと強く咎められました。……普通なら、婚約者を守ろうとしているだけに思うでしょう。ですが、あの時の王太子殿下は、少しおかしかったように思うのです。まるで、わたしがイグレシアス様に触れることを恐れているような──そんな様子で」

そう話すイルゼちゃんからは、王太子に対する猜疑心がありありと読み解けた。