軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【勇者パーティー】ジャネット:空回っているのか、手遅れなのか。それでも僕はただ親友の幸せを願う

大雨の中で、ろくな店もやっておらずに宿で眠った翌朝。

僕は昨日雨音を抑えるように閉めた厚手のカーテンを、勢いよく開く。

——以前言ったことは撤回することにしよう。

空は、まだ曇ったままの僕の心などお構いなし。昨日の慟哭など、けろりと忘却の彼方に送ったかの如き晴れ渡りようである。

空は僕の心情など映さず、なんとも自由なものだ。

……まあ、これがもしも、エミーの心の内を映しているのだとすると、僕から言うことは何もないけどね。

部屋の中に再び目を向ける。

ベッドの中の、どこのお姫様か女神様ですかというほどの、ケイティさんの綺麗な寝顔が目に入る。

本当に、非現実じみた美しさ。身体も……何を食べたら、こんなふうに育つんだろうね。

ふと、頭の中に懐かしい声が響く。

『ジャネットも私とずっと同じものだけ食べ続けてたよね!? ってゆーか、私より明らかに食べるの少なかったじゃん! 何これ、いつの間にこんなになってたの!? 理不尽だぁ〜っ!』

一緒の湯浴みへ久々に入った時の、僕を見たエミーとの一幕。

その、周りを温かく照らすお日様のような幼馴染みの声を思い出して、口元を緩めながら自分の身体に手を当てる。

男の気持ちなんてよくわからないけど、そんなにいいものなのかな、なんて返していた。

……いいものなんだろうな、自分が持っている側だからあまり思わなかっただけで。

むしろラセルにとっては、ない方が付き合いやすくていい相手だったんじゃなかっただろうか。

僕とも、なんだか自分から話しかけるようなことは減って、遠慮するようになっていたように思うし。僕は気にしないのに。

……ああ。駄目だ、駄目だ。

ラセルのことを考えると、どうしても後ろ向きな気持ちになってしまう。僕自身が選んだ道であったというのにね。

どこまで、隠し通せるか——。

「……ん……?」

薄らと目を開けたケイティさんと、目が合った。

「お早いですね、ジャネットさん。ゆっくり寝付けましたか?」

「はい、ご心配なく。おはようございます、ケイティさん」

「はぁい、ふふっ」

そして毛布を取ると、目に飛び込んでくる刺激的な下着と、同じ人間とは思えない肢体。……腰、もしかして僕より細い……?

エミーが僕の身体を見て理不尽だと言った気持ち、今は強く感じる。胸を大きいまま維持して腹筋に縦筋を引く方法、親からの血以外に思いつかない。そもそもの身体の構造が違うのではないだろうか。

……親からの血、か。

「ケイティさんは、著名なご両親などいらっしゃいますか?」

ふと気になって、僕はケイティさんに探りを入れてみることにした。

突然すぎただろうか、ケイティさんはさすがに驚いた様子で首を傾げた。

「まあまあ。ちょっと驚きましたけど……ジャネットさん、私に興味があるんですか?」

「え? え、ええ、まあ……はい」

嘘は言っていない。

「でも、すみません。私、親の顔は知らないんですよね」

「あっ……そう、でしたか。すみません。……孤児なら、僕と一緒ですね」

「あら……あらあらまあまあ……」

ケイティさんは身を乗り出して、僕の身体を両腕で抱きしめる。

避けようと思ったけど、判断が遅れた。……ちょっと苦しい。

「たーっくさん、頑張ってきたんですね。ふふっ、ジャネットさんと一緒なんて、嬉しいです」

でも、その身体は柔らかくて、妙に甘い匂いもして……。

……ほんと、僕はなんでこんなにこの人を警戒しているのかな……。

そう……エミーと……。

……!

腕の中で軽く藻掻くと、ケイティさんはすぐに手を離してくれた。

そこまで拘束するつもりはなかったようだ。

「あ、あら……」

「すみません、息苦しかったもので」

「まあ! ごめんなさい私ったら」

可愛らしく舌を出して頭を掻いたケイティさんに溜息を吐き、自分の服を取りに後ろを向く。

——その、一瞬。

部屋に飾ってあった飾り物が、後ろの光景を反射しているのが視界に入った。

ケイティさんは、ほんの少しの間……左手を右肘に、右手を口元に当てていた。

……間違いない。あれは、考えるポーズだ。

それは一瞬で、すぐに元の姿勢に戻ったこともぼんやりと見えた。

その理由は分からないけど、ポーズの意味は分かる。

(僕がケイティさんの拘束を振りほどいたことを、ケイティさんが疑問に感じている……?)

ならば、今の行為にも意味があるのだろう。

一瞬だけど、絆されかけたのはもしかして……。

……不確定事項だけど、一つ。ケイティさんにはあまり肉体的に接近することは避けよう。

僕はまだ、ここでエミーが託してくれたものを見極める義務がある。

隣の部屋のヴィンスと共に朝食を取り、一緒に街へと繰り出す。

目的地は、冒険者ギルドだ。

今日の段階までに、やっておいたことが二つある。

一つは、ギルドに聖者の話題を出さないこと。

もう一つは、教会に聖者の話題を出さないこと。

聖女の情報は、黒いカーテンの中にある秘密情報。

最上位職であるということを除けば、その能力がどれほどのものか誰も知らない。

探らせるのはルール違反であり、探られた上位パーティーは街のギルドへの貢献を取りやめてもいい。

上位ランクには、それだけの権限があるのだ。

それを許しているのは、王家だという。

ただの独自ルールならまだしも、貴族の頂点公認というのなら、我々が口出しできる問題ではないだろう。

このルール自体も不思議に思ったことはあるが、今は存分に利用させてもらう。

そして僕は、一つの魔法を使っている。

(……《サーチフロア》)

ダンジョン用の、索敵魔法だ。

本来は狭いダンジョンでも曲がり角の敵などを発見するために使う魔法で、こんな町中で使う魔法ではない。

だが、それでも可能性として気になるのだ。

ケイティさんの仲間が、この街にずっといた人なのか。

そして……ケイティさんは、本当にこんな目立つ格好で、ずっとこの町にいてヴィンスに気付かれなかったのか。

ギルドの受付に行き、手続きをして待合室へと案内される。

中には誰もいないことも、事前に魔法で確認済みだ。

ケイティさんを中心に三人でソファに座り新しい人を待つ。

「それにしても、新しい人ってどんな奴なんだ。教えてもらってもいいか?」

「気になります? 来てからのお楽しみですよ。すぐに来るはずなので——」

僕は二人の会話に聞き耳を立てていると……急に眠気が襲ってきて——。

「——敵襲!」

サーチフロアの魔法に引っかかった魔物の反応に立ち上がる。直後に自分が、さっきまで眠りに落ちていたことに気付いた。

腿にぶつかり、ガタリと音を立てる待合室のテーブル。その衝撃で硝子のコップが倒れ、水が床にこぼれ出した。

そして……目の前に、オレンジ色の髪と金色の瞳をした、知らない女性。

僕の方を向きながら気まずそうに口を開く。

「……あ、えーっと、おはようございます?」

咄嗟に反応できず、隣を見る。

そこには目をまん丸にしていた、と思ったらくすくすと笑い出す、金髪の美女。

「ふふっ……ジャネットさんったら、もう。どんな夢を見ていたんですかぁ? ずっと街ですよ〜」

「珍しいな、疲れたか?」

ケイティさんとヴィンスから声を掛けられて、ようやく自分の状況が飲み込めてきた。

ギルドで、新しいメンバーに会うと聞いて意気込んでいたのに、待合室で眠ってしまったのだ。

……な、なんてミス……どうしたんだ僕、考えすぎで色々なことが裏目に出たか……?

サーチフロアの効果は切れており、周りには人間しかいない。

当たり前だ、ここは町中なんだから。

相手の登場タイミングを見極めるために魔法を使ったのに、その瞬間を逃してしまったのだ。意味がなさすぎる……。

空回っているなあ、僕……。

「えーっと……ジャネットさん、でいいんですよね?」

「あ、はい。僕は【賢者】のジャネットです」

「なるほど、なるほど。素晴らしいパーティー構成ですね、ケイティさん!」

「アリアもそう思う? ふふっ、私もよ」

今の会話で、二つ分かったことがある。

この橙色の髪の女性はアリア。そして……ケイティさんより立場は下だ。

失礼な冒険者が相手でも丁寧に喋るケイティさんは、タメ語を使ったこと自体これが初めてのはずだ。

「とりあえず、アリアさんでよろしいのですよね?」

「はい! アリア、頑張らせてもらいます!」

アリアさんは立ち上がり、頭に手を当て兵士のような敬礼を取る。

さっぱりとしたオレンジのセミロングヘアが揺れる。

元気が取り柄、という感じの人だ。

ただ、僕はもう一つ、気になることがある。

(……この人も、凄い……)

アリアさんは、いろいろ大きかった。

背丈はケイティさんぐらいで、体格もいい。

そして何より……胸まで大きい。ケイティさんほどではないけど、身体の大きさの分僕よりは大きく見える。

……僅か数日で、僕がパーティー内の胸の大きさ順で、一番から最下位まで落ちてしまった。そういう視線が好きじゃないから、精神的には楽でいいけど……。

そんな目立つ容姿のアリアさんを見て、僕は当初気になっていたことを聞く。

「アリアさん、今まではどちらに?」

「今まで? えっと、ずっとこの街にいましたよ?」

回答は、まさかのこの街在住のソロ冒険者。

……そうなの? こんなに目立つという要素を詰め込みまくったような人が?

「職業は【魔法剣士】なんですが、見ての通りの重戦士って感じの女ですので、女と思わず使い潰してくれればと思います」

アリアさんが手を差し伸べてくる。

僕はその手に握手で答える。

「とりあえず、第一印象はバッチリ残りましたね」

「……忘れてください」

さすがに居眠りしていたところで突然叫ぶのは、客観的に見ても笑うなという方が無理ってものだ。

魔物に襲われてる夢でも見てたんだろうか。過去に見た夢のご多分に漏れず、その内容を一切思い出せない。

……今回は、何も見なかったように思ったんだけどな……。

宿に帰ると、受付の人が差出人不明の手紙を預かっていると言ってきたので、僕はそれを受け取ると三人を避けて裏通りに行く。

果たして届いた内容は……待ち望んでいたものだった。

(許してもらえたんだ……!)

その小さな紙には、エミーがラセルに受け入れられるまでの流れが子細に綴られている。

ラセルの能力の話から、彼の変化。新たに現れた友人ともライバルともつかない女の話など……。

伝えたいことが所狭しと書き込まれている。まるでエミーが勢い任せにまくし立てたみたいだな、なんて思ってくすりと笑う。

その中の、一文。

(幼馴染みを、やり直す……か)

ラセルの放った言葉を、泣きながら受け入れたと。

僕の心配など、もちろん取り越し苦労でしかなかったね。

彼は無自覚な王子様なのだ、ずっとエミーを救っていた。

だから今回も、最適解を自然と導き出してエミーを救ったのだ。

(僕に、彼との幼馴染みをやり直す権利など、あるだろうか)

一瞬でもそんなことを思ってしまい……僕は無意識に首を振る。

——いや、何を考えているんだ、ジャネット。

お前にその資格があるとでも思っているのか。

僕は、ラセルにも、ヴィンスにも……エミーにも言っていないことがある。

この秘密を話す日は、来ない方がいい。

ラセルは、エミーを選んだ。……ライバルとエミーが言った女の人が気になるけど。

そして、エミーはラセルとともに、その仲を修復して一緒にいる。

これで、良かったんだ。

僕は、手元にある貴重な友人の思い出を、心の内の葛藤ごと燃やした。

ああ、そうだ。これで良かったんだよ。

さあ……僕の選んだ日常へと戻ろう。

それから数日。

僕達はダンジョン探索を順調に行っていた。

ラセルが悪かったわけじゃないけど、それでもやっぱりレベルの低い回復術士を守りながら戦うのは厳しかったのだろう。

ようやく四人の勇者パーティーは、下層の第十一層に足を踏み入れた。

赤色のダンジョンを確認すると、ケイティさんが提案する。

「ここまで来られただけで十分です。一旦帰って調子を整えましょう」

その意見に反対する者はなく、ヴィンスも僕も頷いた。

アリアさんは基本的に指示を受けるのみで、素直に従ってくれていた。

いい仲間だと思う。

宿での僕は、すぐに眠気が来るようになった。

何だろう……最近考えすぎだったから、エミーが無事なことを知って安心して、その疲れが一気に出てしまったのかもしれない。

まず一番最初に僕が寝て、仮眠から起き上がるとケイティさんとアリアさんが戻っているのだ。

アリアさんはケイティさんほどではないけど、服装を気にしないので注意しておいた。

……本当に、なんでこの人が今までソロで見つかっていなかったんだろう。

順調だ。

順調すぎて、これで大丈夫なのか不安になる。

その日も結局、仮眠から目が覚める。

そして、二人が戻ってきていて……。

……戻ってきて、いない?

僕は声を殺して、窓の近くに行く。

エミーとどんな会話をしたか、思い出しながら……カーテンの隙間から外を見る。

……そこには、ケイティさんがいた。

誰も居ない庭で、月を見ている。

「……有り得ない……取られた……取られた……とられたとられたこんなの有り得ない認めない認めない。もう、早めにもらってしまう? 久々の、なのに、勿体ない、でも、これ以上はこれ以上はいけないいけない」

——これだ……!

エミーが言っていたのは、このことだったのか……!

僕は口を押さえながら、ゆっくりとベッドへ戻る。

アリアさんは……寝ている、はず。このことを知っているのだろうか?

もらう? 久々? 何のことを言っているのだろうか。無詠唱などの情報を知っている彼女が『有り得ない』と言うほどの内容は、一体何なのか。

ラセルの情報? でも……今更?

もう少し聞き耳を立てるべきだろうか。

しかし次に続いた言葉に、僕は心臓が止まりそうになった。

「……せめてジャネットさんは、取らせるわけには……」

今の一瞬は、本当に、音を出さなかった自分を褒めたい。

……気のせいだ。独り言だ……。見つかって、いない……はず……。

僕はベッドの中に戻っていく。

ここ最近ずっと、すぐに眠気が来ていたのに……今日は眠れるだろうか……。

エミー……君はこんな不安と戦っていたのか……。

今更ながら、パーティーで一番明るかった君に、こんな役目を押しつけてのうのうと惰眠を貪っていた自分自身に嫌気が差すよ。

……こんな呑気な僕に、君の親友である資格なんてないのだろうね。

それでも、たとえ押しつけがましくても。

ラセルみたいに、押しつけがましいかどうかを気にする余裕すらなくても。

でも、親友と思っている君の幸せを、僕は願っているよ。