軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セイリスの魔王の表面的な関心事と、俺達の内面における大切なもの

全身を、黒いもやが覆ったような人間のシルエット。

あまりにも特徴的なその姿を、初めて見た時の感情は忘れようがない。

——だから、俺は真っ先にエミーの隣に駆け寄った。

「ひぁっ、ら、ラセル……!」

俺はエミーに顔を近づけると、こちらを向かせる。

急な行動にエミーは驚き目を見開いて顔を赤くしているが……いや、そういうつもりではない。

が、目的は果たせた。

「そうだ、向こうにあまり気を取られすぎるな」

「あっ……」

「大丈夫、俺は二回目だし、シビラはもっと会っている」

エミーが頷いたのを確認したと同時に、横合いから「ンン〜〜……!」という唸るような声が聞こえてくる。

「どういうことでしょうか……まさか、まさか俗悪、無粋、卑俗の極みであるマーダラーどもが聖騎士の隣にいるなんて、ましてやパーティーを組んでいるなど有り得ないですねぇ……?」

「マーダラー?」

「貴方のような闇魔法使いの、宵闇の奴隷どものことです。そして……後ろの女、あなたの顔は一度見たことがあります」

魔王の視線がシビラに向かい、当人は眉間に皺を寄せて嫌悪を露わにする。

「チッ、覗き見ってわけ。趣味悪いわね」

魔王が、右腕を前に向ける。

その瞬間、俺の身体に引っ張られる感触が強く伝わり……気がついたら魔王の姿が小さくなっていた。

直後に、パキンという音が近くで鳴る。

その方向を見ると、エミーが俺の胴を抱いたまま盾を構え、すぐ後ろにはシビラがいた。

……そうか、今の一瞬で敵の攻撃を察知して、シビラと俺を守るために動いたのか。

「すまない、世話をかけた」

「う、ううんっ! 私の方こそ遠慮なく抱えちゃってごめん!」

「気にしてない、助かった」

エミーが魔王から視線を逸らさないまま、俺への返事代わりに頷く。

盾のすぐ下には、割れた氷。

そうか、こいつは氷属性の魔法を使うんだな。

「……ンン……本当に分かりません。聖騎士の貴方、後ろの女は貴方を無許可で勝手に作り替えてしまい、自分の臣下に加えるような浅ましい女神なのですよ? 太陽の輝きを得て尚、何故そのような——」

「そんなことないっ!」

エミーが、魔王の発言を大声で遮る。

その表情は、普段のエミーからは考えられないほど苛烈な、怒りの表情だった。

「シビラさんは、シビラさんはとっても優しい人なの! 私のこと、すっごく良くしてくれて、本当はしなくてもいいような気遣いだってしてくれて、それに、それにっ! 孤児の子だって、出会った日にはもう救っちゃって……ほんとに凄くて、かっこよくて……。私、ラセルの隣にずっといたのに、劣等感覚えちゃうぐらい、何もかも素敵で……」

「エミーちゃん、貴方……」

初めての、エミーからの本心の吐露に、さしものシビラも言葉を発することが出来ずにいた。

……エミー、お前ってやつは本当に……脳天気なようでどこまでも控えめで、相手のいいところを見つけるのも上手くて……太陽みたいな女だよ。

——お前がそこまで頑張るのなら、ここからは俺が前に出ないとな。

「孤児ですってぇ!?」

魔王が愕然とした顔で叫ぶ。

「みすぼらしい子供ではありませんか! 安い、あまりにも安い! そのような存在に気を取られているようではつまらないですねえ!」

「ふん、語るに落ちたな」

「……何ですって?」

魔王の目が、俺に向く。

エミーが俺を庇おうとするが、そう何度も庇ってもらうわけにもいかないさ。

俺はエミーを軽く手で押すと、一歩前に出た。

「随分と聖騎士の絢爛さを喜んでいたようだが……お前はさっきから、非常につまらないし、下らないことしか喋らないんだな」

「……」

赤い目が、俺を値踏みするように細まる。

ああ、そうだ。

お前はそうやって、俺達を 値(・) 踏(・) み(・) してるんだよな。

「先ほどからお前の興味は一つ、それは神聖さや内面ではない。高価か、安価か。そのことにしか興味を示していない」

「……」

「孤児、か。孤児の内面がどうなっているかなんて興味もない、ただ孤児が金を持っていないから、気に入らない。ただそれだけだろう? だからお前は先ほどから褒める言葉がどこか薄っぺらい」

「……宵闇の、眷属の分際で随分と言いますね。もっと恨み節で襲いかかってくるようなのが、闇に魔力を食い尽くされて魅入られたとは思いましたが……」

闇に魔力を食い尽くされて、か。

まだまだ俺の内にある魔力は有り余っている。食い尽くすには闇魔法とやらが、まだまだ少食だな、というところか?

「生憎と、これでも正常でね。『宵闇の女神』が本気で眷属を作るつもりなら、とっくに聖騎士は作り替えられている。が、そうはなっていない。だろ?」

「随分と、その女を信じるのですね」

「頭の出来が違うんだよ、お前ほど頭の中が 廉価(チープ) じゃないんでな?」

「……」

無言でこちらに魔法を撃ってきたところで、エミーがこちらに移動して魔法を打ち払った。

その不意打ちを確認して……舌戦の女神シビラがニヤニヤと笑いながら割り込んだ。

「ハッ、結構結構。言い返せないまま先に手が出ちゃうのって、完全に言い負けちゃったーって自分で言ってるようなもんよねー?」

「……」

「ということは! 自分が頭足りてないのを自覚している証拠よね。んー、アドリアのダンジョンメーカーよりもお馬鹿さんかしら?」

魔王は全身黒いもやに覆われつつも、明確に苛立っているという雰囲気になった。

さすがシビラだ、痛いところの抉り方を心得ている……。

「それにエミーちゃんも孤児だもの」

「何ですって!?」

それまでじわじわと煮えたぎるような怒りを滲ませていた魔王が、シビラの最後の言葉で急に爆発した。

……ああ、そうか。

こいつが反応するところは、結局それか。

「エミーちゃんは、孤児院出身で、親の顔も知らずに聖騎士になった子よ。でも、そういうところが貴族の勇者なんかよりよ〜っぽど素敵な——」

「はぁ……なんだかやる気が削がれました……」

魔王は急に肩を落とすと、扉の方へと背中を向けて歩き出した。

……ん?

(《アビスネイル》)

俺は後ろから、魔王目がけて容赦なく魔法を放つ。

後ろを向いたということは、立ち去るところだったのだろう。

油断した方が悪いからな、俺はその隙を見逃すほど甘くはない。

だが——。

「……やはり卑劣、低俗、美しくない……安い男は安い」

——俺の後ろからの無詠唱攻撃を、魔王はあっさりと回避してのけた。

まさか……無言での不意打ちだぞ?

「あなたたち、最下層まで降りてきなさい。その時に孤児院の人間らしい貧賎な者らしからぬ強さを発揮したなら……遊び甲斐があると判断し、私の暇つぶしの相手にしてあげましょう。ああ、安い安い……」

それだけ最後に言うと、魔王は再び背中を見せて扉から出て行った。

……さすがに、あの後にもう一度魔法を撃つ気にはなれない。

魔王が完全に部屋から消えた瞬間を見て、真っ先にエミーが「はぁ〜〜〜っ……!」と盛大に息を吐いた。

「もぉ〜っ、緊張したあ……! あれが魔王なの!? ていうかえっマジで? ラセルはアレ倒したの? マジで!? 怖すぎじゃない!? 正直私じゃ倒せる気しな——ふぁっ!?」

緊張から解けたエミーは、それまでじっと黙っていた分を吐き出すように俺へ畳みかけてくる。

そんなエミーの言葉を止めたのは……なんとシビラの抱擁だった。

急に今までにない行動を取ってきたシビラに、エミーは目を白黒させている。

こっちを見るな、俺にも分からん。

「……エミーちゃん」

「ひゃい……」

上背のあるシビラに抱きしめられて、エミーは戸惑いつつも返事をする。

シビラはエミーに顔を寄せると……思いっきり髪をわしわしと撫で始めた。

「もぉ〜っ! なんて可愛いの! ちょっとシビラちゃんときめいちゃったわ!」

「あ、あの、あのあのそのえっと」

「魔王に対して、アタシのためにあそこまで言ってくれちゃうなんて! あ〜も〜、この子好き〜っ!」

シビラはすっかり、エミーのことを気に入ってずっと頭を撫でながら満面の笑顔で頬ずりしていた。

エミーはすっかり「ひゃわわ……」と照れっぱなしである。

そりゃまあ、あの叫びは凄かったもんな。俺もエミーがシビラを貶されたことに、あそこまで怒るとは思わなかったので驚いたぞ。

「ラセルもエミーちゃんのかわいさを見習いなさいよ〜。まったくもう、どうして同じところで育っていながら、こんなに違うのかしらね〜」

「主にお前自身のやらかしによるものだぞ……」

「ふーん、ラセルはエミーちゃんばっかり構って悲しいな〜。特にぃ〜……これとか」

「はひっ!?」

エミーは、シビラに手首を触られて、びくっと震えた。

……あれは間違いなく、気付いてるな。

「ねーねー、なんでラセルはたっくさんお世話になったはずのアタシに、なーんにもくれないのかしら?」

「えっラセル、もしかしてシビラさんには何も買ってないの?」

「ないな。エミーだけだぞ」

「えっ……え、えへ、えへへ、うへへへそっかぁ〜……」

その事実を伝えたら、シビラの腕の中で顔をだらしなく緩めて、残念な感じの声を出すエミー。

対して、シビラはむすっとして眉間に皺を寄せる。

「……エミーちゃんの幸せそうな顔は可愛いけど無限に悔しい。ちょっとどういうことなのコレ」

すっかり俺を責めるような顔をするシビラに、昨日のことを思い出して頭を押さえた。……こいつ、完全に都合の悪い部分だけ忘れてやがるな……。

俺は腕を組むと、シビラをじとりと見る。

シビラも負けじと、俺と同じポーズと表情で俺を見返した。

「エミー。孤児のイヴは、無事に助けられてよかったと思うか?」

「へ? あ、当たり前でしょ? ラセルは、シビラさんの対応に何か不満でもあるの!?」

俺はエミーを、じーっと見ながら……溜息を吐いてその理由を答えた。

「……そもそもあの銀貨袋、誰のだ」

「あっ」

エミーがシビラの方を向いた瞬間、シビラが顔を逸らせた。

やっぱり覚えてるじゃねーかこいつ。

「じ、時代はキャッシュレスなのよ……銀貨とかわざわざ手元に持ってないの。……いいじゃない、イヴちゃん助かったんだし!」

「もちろん、俺はシビラの銀貨袋の使い方に感謝しているし、自分で何かに使うどの選択よりも良かったと思っている。よくやってくれた」

「ならなんでその話を掘り返したのよ」

「なに、シビラに宝飾品を買い与えるより、断然良い選択をしたなと思っただけだ」

「ぐへぇ……」

がっくり肩を落とすシビラを見てふと気付いたが、もしかすると初めて口だけで言いくるめられたのではないか。

おお、気分がいい。今日は枕を高くして寝られそうだ。

あとエミー、手首に触れながら口元をむずむずさせているの、バレているからな。

「……ふふ、ふふふ……」

俯いていたシビラが突然笑い出して、妙な反応にエミーと目を合わせる。

シビラは身体をぐっと反らせて顔を見せると、そこにはいかにもシビラらしい不敵な笑みがあった。

「今のアタシたち、明らかに格上の魔王に出会ったのに、まーったく気負いしてないわよね」

「あっ!」

シビラの指摘に、エミーが驚きながら、思い出したように「ああー」と緊張感のない声を出す。

「いやほんっと、ラセルのアビスネイル避けたときはやべーわって思ったけど……アタシら全員もう恐怖に怯えてない。これって、やけっぱちやハイになってるのを除けば、戦いに身を投じる上では重要なのよ」

そうか……俺達は魔王に出会って尚、誰も緊張していない。

このフロアに入る前と、全く同じような精神状態。

シビラはエミーの頭を、今度は優しく髪を梳かすように撫でる。

エミーはくすぐったそうにしながらも、シビラの手を受け入れて目を閉じた。

「不安と恐怖は実力を半減させる。それの克服は一人じゃ難しいんだけど……ほんっと、いいパーティーだわ。今回は当たりね。魔王の対処方法はアタシが考えるし、ラセルは……分かるわよね」

「もちろんだ」

素早い敵には、ダークスフィアで退避場所を全部埋め尽くす。

絶対的なことは言えないが、あの素早さで耐久力や防御力に能力が突出したタイプではないはず。

後は削って削って、俺の魔力で押しつぶしてしまえばいい。

それに、シビラがあの絶望的なまでに強い魔王を見て『対処方法を考える』と断言したのだ。

どんな手段を使うのか、否応なしに期待が高まる。

「うっし、それじゃ下層も攻略していくわよ!」

「はいっ! 今度はもう気圧されません! それに……」

「ん?」

「あ、いえ何でもないです」

シビラは少し首を傾けつつも、放置されている赤ギガントの方へと換金素材を剥ぎ取りに向かった

その背中を確認して……エミーが振り向く。

そこには、さっきまでの明るい顔はない。

真剣な表情で、俺と目を合わせている。

……ああ、分かっている。そうだよな。

俺達は、孤児院出身だ。

そのことを悲観したことなどないし、何より実の家族以上とも思えるほどの愛情で、フレデリカやジェマ婆さんに大切に育てられてきた。

確かに食事は、度々量も少なく味も薄い日があった。

服も高いものはなく、どれも寄付されたお下がりだった。

おもちゃのティアラも、傷だらけでも買い換えもできないほど貧乏だった。

それでも……俺は、自分の幼少期を悲惨なものだとは思っていない。

エミーも、自分の思い出が悪かったとは絶対に思っていない筈だ。

どんなに古くて傷だらけのティアラでも、その中に宿る思い出が俺達を形作る上で一番大切なのだ。

……それをあいつは、『安い』の一言で切って捨てた。

ましてや、フレデリカやジェマ婆さんを『貧賎』と言い切った。

——許せないよな。

俺は、エミーの目を見ながら頷いた。

きっと目の前のエミーと、同じ目をしていたはずだ。

「どうしたのー? 行くわよー」

「……はいっ!」

エミーが振り返り、シビラの方へと向かった。

俺もその背中をゆっくり追いながら思う。

セイリスの魔王、お前は間違えた。

俺達の一番の居場所を……思い出を、罵倒する言葉の数々で貶めた。

それは、俺達にとって一番踏み込んではいけないものだ。

必ず息の根を止めてやるからな。

覚悟して待っていろよ。