軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スリの少年の事情と、シビラが見抜いたその子のこと

既に抵抗する気力はないのか、ぐったりとしているスリの少年。

シビラはその手から袋を奪って、中身を確認する。

「そういやコレ、なんで持ってたの?」

「いや……あまり支払わせるのも悪いかなと思って」

「『女に支払わせるのは格好悪い』の間違いじゃなくて?」

ぐっ……やはり言いたくないことを平気で言うヤツだな……!

「気にしなくてもいいわ、というより本来ラセルのお金なのよね」

「……何?」

「ファイアドラゴンの討伐報酬とか、下層のリビングアーマーの魔石よ」

シビラに言われて、そういえば運営や報告はシビラに任せていたことを思い出した。【宵闇の魔卿】という職業の俺が堂々と行うわけにいかない。

「男の人って散財しちゃうでしょ? だからアタシが運用してたわけだけど……確かにちょっとあんたに悪いし、気分的に男として支払いたいわよね。だから、はい」

シビラはその声とともに自分のタグを持ち、俺のタグに触れて資金譲渡の魔法を使った。

そして俺が確認すると……見たこともないような桁の数字。

「アタシはこだわりない方だから、アタシ達の支払いはラセルが次からやってちょうだい。格好良く全額奢ってくれるのを期待しているわ」

「あ……ああ、分かった」

思いのほかあっさり大金を渡されて驚いていると、シビラは少年の方を向く。

「さて……まあ普通は街の兵士に突き出すところだけど」

シビラは何故か、しゃがみ込んで少年をじーっと見る。

少年もシビラを見つめ返しながら、お互い無言でにらみ合う。

突如、シビラはふっと笑うと少年のフードをがしゃがしゃと握って動かした。頭を撫でた形だ。

「エミーちゃん、一応その子の手を握って、そのまま立てて」

「へ? はあ……」

展開についていけないエミー。正直俺も、よく分かってない。

そしてシビラは少年に顔を近づけて、きっぱり宣言した。

「もしもアタシの言うとおりにしたら、あんたは兵士に突き出さないわ。今日中に解放する」

「……本当のことを言ってると信じるとでも?」

「言うこと聞かないならこのまま兵士に突き出すわよ。セイリスの兵士は厳しいから、無事じゃ済まないわ」

そのセイリス兵のことをよく知っているのか、少年が眉を寄せて顔を顰める。

ようやく選択権がないことを悟ったのか、しぶしぶとシビラに従うことを了承した。

「よっし、それじゃ次の目的地に向かいましょ」

俺とエミーは顔を見合わせながらも、シビラについていくことになった。

疑問に思いながらシビラが次に向かった店は……服屋である。

「ちょっと待ってなさい」

シビラは少年を軽く上から下まで見ると、店の中に入って行き、一瞬で服を選ぶとちゃっちゃと決済して出てきた。

試着も何もなしである。

「はーい次々行くわよー」

マイペース唐突女神は、俺達の返事を聞くことなくズンズン進む。

俺はエミーとはもちろんのこと、少年とも目を合わせて首を傾げた。

「……あの人、いつもああなの?」

「まあな」

「……変なの」

「それには大いに同意だな……」

俺がそう言うと、少年はフードの下で少し鼻で笑った……ような気がした。

別に距離を詰めたいわけではないが……まあ多少は、嫌われるよりはマシ、だろうな。

シビラの背を見ながら、今度はエミーが声をかける。

「孤児院とかに、お世話になってないの?」

「……ついこの間、一人の臨時シスターが出て行って、残った方が金持って逃げたんだよ」

「そんな……」

思いの外、重い理由だった。

……もしかして、この子が多少危険でも俺達みたいな身なりのいい冒険者からわざわざ金を奪ったのは……。

「着いたわよ」

考え事を遮るように、シビラが次に立ち止まった店は……って、ここは宿じゃないか。

俺達が驚いているのを余所に、シビラはさっさと建物に入っていく。

「ハーイ、戻ったわ」

「お帰りなさいませ、『宵闇の誓約』様。……そちらは?」

明らかに薄汚いとしか言いようがないスラムのフードを被った少年を見て、受付の男性は眉に皺を寄せた。

シビラはそれを見て、店員へ近づく。

「ちょっとお世話するの。色つけるわよ〜?」

手慣れた様子でカウンター先の店員に顔を寄せながら、タグを持って軽くテーブルの魔具を叩くシビラ。

至近距離でウィンクをして、受付係の男性が照れて止まっているうちにすっと離れた。

はっとした様子の店員が机の道具を見て、驚きに目を見開く。

顔を上げたその時には満面の受付スマイルで少年を見て、一歩下がり胸に手を当ててお辞儀をした。

「どうぞ、セイリス最高位ホテル『海街の憩い亭』スイートルームでおくつろぎくださいませ」

「え……え?」

その態度の変化に目を白黒させながらも、シビラに付いていく俺達。いつもそうだが、今日は特にシビラのペースである。

部屋に戻った俺達に対して、先にシビラは俺を指差した。

「ハイ、それじゃあんたはしばらく出てなさい」

「は? 何でだ?」

「い・い・か・ら!」

シビラは、まるで俺が悪いとでも言わんばかりに腰に手を当て俺を責める。……そこまで言われるのなら、何か理由があるんだろう。

「分かった。いつ帰ればいい?」

「一時間でいいんじゃないかしら」

俺が了承して出て行こうと扉に手をかけたところで、エミーが立候補する。

「あっ、じゃあ私も一緒に」

「エミーちゃんはこっちね」

「え、ええ……?」

今度は俺の時と逆で、シビラはエミーを部屋に残そうとした。……ますます分からない。

分からないが、シビラがそうしたということは意味があるのだろう。

「ラセルは、理由を聞かないのね」

「今更そこまでしないと信用できないような仲でもないだろ」

「……ん、そうね」

珍しく軽口で言い返してこなかったシビラは、髪の毛を指先に搦めてくるくる弄っていた。……何だ?

「む〜……」

「エミー、どうした? ああそうだ、さっきは助かった。本当にお前はすっかり頼りになるヤツになっちまったな。男としちゃ格好悪いが……お前の身体能力、頼りにしてるぞ」

「あっ、うん! もちろん、どんどん頼ってね!」

「お前と同じほど頼れるのなんて、それこそジャネットの頭脳ぐらいしかねーよ。それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい!」

背中から聞こえてくる「勝ってる、大丈夫、私勝ってる……!」という呟きを聞きながら、俺は宿を出た。

さて……久々の一人だ。何を見て回るかな。

市場は食事時と変わらず人が溢れており、家で調理をする女性達が大勢いた。

近くには、そういった食材をその場で食べられるようにした、串焼きなどの露店。

他にも、海産物以外の料理や飲み物に、野菜や調味料のみの店……いろいろだ。

食べたばかりなのであまり惹かれず、それらは遠巻きに眺めるのみで、別の市場も見る。

今度は、細工か。金銀に宝石を嵌め込んだ宝飾品の類が所狭しと並べられている。

……思えば、エミーにもこういったプレゼントを贈ったことはなかったな。おもちゃのティアラがお気に入りだったし、やはり好きなのだろう。

あまり宝飾品に造詣が深い訳ではないが……せっかくシビラが上手く換金してくれた金を分けてくれたんだ、一つぐらい買ってもいいか。

「これを一つ。タグの支払いで構わないか?」

「ああ、もちろん。……愛しの恋人に?」

「そういうんじゃないさ。ただ、日頃世話になっていてな」

「うんうん、結構結構。初々しいねぇ」

何やら勘違いされている気がするが……。

俺はその装飾品を一つ買うと、今度は盗まれないよう腰に結びつけられた皮の袋に入れてひもで結ぶ。

宝飾品露店を離れる前に、一瞬シビラのことも思い出したが……まあ、あいつは別にいいんじゃないかな……。

頭の中で抗議する様子がありありと浮かんできて、ついつい口元が緩む。

「それにしても、宝飾品の違いは分からんな。……ん?」

ふと、向こうの方に……何やら異様な雰囲気の人物がいた。

いや……あれは……見たことがあるだろうか。

「……知り合いか?」

目を擦って視線を戻すと、そこにはフードの大柄な男性がいた。柔和で貴族然とした様子の男は、金のブレスレットを二つ手に取ると、金貨を袋から出して悠々と支払っていく。

住んでる世界が違いそうな男は、受け取ったものを適当に袋に入れると、そのまま警戒することもなく歩き出した。

「裕福な人は違うな……」

あんな知り合いは間違いなくいなかったな。

俺はその背中を見ながら、そろそろ時間だろうなと思い出して宿へと戻った。

部屋に戻って、まず最初に分かったことが一つ。

シビラが俺を追い出した理由だ。

「お前、女だったのか……!」

そこには、茶色い髪をサラサラに波打たせながら、窓からの光を受けて輝くミディアムショートヘアの少女。先ほどシビラが買った冒険者用の服に身を包んでいる。

汚れていた肌も綺麗になっており、シビラが宿の浴場で湯浴みさせたであろうことが分かる。

「アタシがひっつめロングを天才的テクで可愛くカットしたのもあるけど……むしろラセルは、この子が男の子に見えてたってのが驚きよ」

「頭まですっぽりと被ってたし、かなり力があったからな」

「そうね。この子はちゃんとした力がある」

すっかり見違えて所在なさげに視線を動かす少女を座らせて、シビラはその前に立ち腕を組む。

「まず、イヴちゃんに言っておくことがあるわ」

あの子はイヴというのか。

「アタシらが裕福に見えたことでしょうね。力もあって、金もあって、さぞ幸せそうに」

「……っ、そうだよ……! 何の不自由もなさそうに、いいもん着てさ……!」

「アタシらは三人とも、親の顔を知らない」

「え……っ!?」

シビラは俺達が孤児であることを宣告し、イヴは予想外の返答に驚き黙る。

……シビラは別に孤児院の人間ではないが、さすがに俺でも野暮であることは分かるので言わないことにする。

「きっとあんたは、アタシらより不幸でしょう。でもね、だからって自分を世界一の不幸だとか……『自分が不幸な分は相手の幸せを奪う権利がある』なんて思っちゃ駄目。だって……」

シビラはしゃがんで、イヴと視線の高さを合わせた。

そして、さらさらになったイヴの茶髪を撫でる。

「もし相手の方が不幸だったら……きっと、イヴちゃんみたいな……そう、あなたみたいに、お腹を空かせた他の子のために頑張るような優しい子は、きっと後悔する」

「っ! どうして、そのことを……!」

「何でも知ってるものよ。この美少女女神シビラちゃんはね」

おどけた様子で再び立ち上がり、イヴに銀貨袋を渡す。

「イヴちゃんには力がある。すぐには難しくても、きっと将来的には、かなり豊かな暮らしができると思うわ。その時に白昼堂々と歩いて尊敬の眼差しを得られるようになりなさい」

「あ、あたしは……」

「世界一可愛いアタシが保証したげる。あんたは可愛い、きっといい女になるわ。胸を張って歩ける心を持てば、頼れる仲間がイヴちゃんを頼りにやって来る。あんたの孤児院の子たちも、きっと変わる。……だから」

そしてシビラは、イヴを立ち上がらせると、一緒に外へと出る。

途中、受付の男性がイヴを見て驚いていた。……やっぱり少年に見えたの、俺だけじゃないよな……?

シビラは宿の外まで行くと、銀貨袋を持たせたイヴの背中を、ばしっと叩いた。

「冒険者になって、セイリスの第一ダンジョンに向かいなさい! あそこの敵は、イヴちゃんならきっと余裕!」

「で、でも、あたし、こんなにも良くしてもらってよぉ……」

「お礼がしたいのなら……自分で稼いでやってみせなさい! まずはその銀貨でナイフを買って、自分の手で稼いでから考えること! それまでは追い返すわ!」

イヴはその言葉を受けると、俯いて……両手を膝に当てて深くお辞儀を一回すると、無言で向こうへと走り去っていった。

その瞬間、涙の残滓が太陽の光を受けて燦めいたのが見えた。

……俺は、改めて自分の境遇が孤児でありながら恵まれていることを認識した。

血の繋がった家族がいないだけで、俺達の孤児院には皆がいたし、苦労らしい苦労がなかった。

それをあの子は、自分より小さい子のために一人で……。

そして、シビラ……こいつが本当に、できたヤツだということも再認識した。

やっぱりお前は、どんなにおどけていても女神だよ。こんな短時間で、一人の孤児を……いいや、その孤児院の皆を救ってしまったんだからな。

きっとあの子なら、そこまでやってくれるだろう。

隣からは、エミーのすすり泣く声が聞こえてきた。

俺は涙など涸れたと思っていたが、自分も境遇が同じなだけに影響を受けそうだったので、見られないように部屋へと戻る。

誰もいなくなった部屋と、持ち主の過去となった汚れたフード。それらを視界の隅に、俺は窓から街を見下ろしながら少女の後ろ姿を思い出していた。

——イヴ、頑張れよ。