軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エミー:崩壊

誰もいない山の中に、私はいる。

ケイティさんから、話を聞いた。

それから私は……自分でもどうやったか分からないけど、表面上は何もなかったかのようにケイティさんから離れた。

何を喋ったかすら覚えてない。

私は、一人になったところで、紙に無心で文字を書いた。

内容は、自分のやってきたこと。そして、自分が今後どうするかということ。

感情の扉を厳重に施錠したように、驚くほど冷静に書き切ることができた。

何を書いたかすら覚えていない。

託す相手は……託せる相手は、もう一人しかいなかった。

「エミー……? どうしたの……?」

探したら、ジャネットはポーションの販売所にいた。

マジックポーションを、ジャネットは頻繁に使う。今は攻撃魔法も回復魔法も、一番ジャネットが使っているから。

正直、働き過ぎなんじゃないかと思うぐらい。

だけど、今はそんなことをじっくり考えている余裕はなかった。

ジャネットに、無言で折りたたんだ紙を渡す。

「これ、誰にも見られないところで読んで」

自分の口から、自分とは思えないほどに無感情な声が漏れ出す。

「ねえ、本当に、何が……」

「読んだ後は燃やして。ジャネットなら言わなくてもそうすると思うけど」

ほんと、今この口からすらすら喋ってる人誰だろって思う。本当に私なのかな。

「ね、ねえ……? 一回、落ち着こう? エミーは、今……」

……ダメ。それは、駄目。

今は……動いているから、保っている。

冷静になったら……多分……私は……。

……だから。

「ジャネット」

「……ま、待って……!」

もう振り返らない。

「——さよなら」

私は脚に力を入れ、店の屋根へと降り立つ。

「エミーーーーっ!」

……なんだ、ジャネットもそんな声、出せるんじゃん。

頑張りなよ、引っ込み思案の親友。

私はその声に一切の反応を示さず、屋根伝いに街を出た。

そして今、街から村を繋ぐ道をわざと離れて、山の中にたった一人でいる。

武器と、盾と、お金。持ち物はそれぐらい。

山には、時々ダンジョンから溢れた魔物がそのまま逃げ込むことがあるし、全くの未明ダンジョンがあるという話すらある。

道にはまず現れないけど、山には頻繁に現れる。だから山道を歩く人というのは、普通はいない。

誰の声も聞こえないし、虫の声も聞こえない。

風も吹いていない。音らしい音がまるでない。

ああ。

だめだ。

こんなに何もないと。

——冷静になってしまう。

ちょうどその時、私の目の前に黒い毛並みをした狼らしき牙の大きい獣が現れた。

体長は、立ち上がると私と同じぐらいの大型だろう。

間違いなく、ダンジョンから溢れた魔物。

かなりの数だ。

ちょうど考えてたとき現れた。

ちょうど。

ちょうどいい。

「——あああああアアアアアアアアア!」

魔物の群れ目がけて、私は剣を持って飛びかかる。

盾は……背負ったまま、使わない。

「アアアアアアアアアアア!」

両手に持った剣が、一撃のもと魔物を背骨ごと切断する。

間違いなく【聖騎士】という職業の加護を得たレベルによる、能力値を上乗せした威力。

普通の女の子では、絶対に有り得ない威力。

「アアアア! アアアアアアアア——!」

私達の中で剣を持てば一番強かったラセルが、ついに得られなかった威力。

一人で突っ込んで来た私を見て、感情があるのかないのか分からない魔物が一斉に飛びかかり、昨日清潔にしたばかりの服や肌に噛みつく。

それを防御することもなく、身体に牙が突き立てられているのを無視して、次々に目の前の魔物を切り飛ばしていく。

痛みは、あるのかもしれない。

ないのかもしれない。

正直、よくわからない。

「アアアアアア! アアアアアアアア!」

かわいい女の子になりたかった。

昔から、ぼんやりと、お姫様になりたかった。

たった一人のための、お姫様になりたかった。

なりたかったのです。

「アアアアアアアアアアアアアア——!」

残りの魔物が二体になった時、剣が血で滑り、手から落ちる。

こちら目がけて身を低く屈め、勢いを付けて飛びかかってきた魔物の口に、私は自らの両手を差し込んだ。

——あれは、ラセルがまだ九歳ぐらいの時だった。

私達の中でも、みんなのことを大切に考えてくれているというか、ちょっと大人びたところがあったラセルは、その日フレデリカさんにお願いをしたのだ。

『料理の手伝いを、したいです……』

そんな可愛い『お願い』にフレデリカさんはすっかり喜んじゃって、ラセルはキッチンでフレデリカさんと並んで野菜を切り始めた。

まだまだ不器用で、危なっかしい子供のラセル。だけど二人で並んでいる姿が、親子というよりも、もっと別の関係に見えて、とても羨ましかったのを覚えている。

ところがラセルは、野菜を切っている途中でキッチンナイフを取り落とし、びくっと震えて自分の口元に指を当てていた。

『まあ、大変!』

フレデリカさんが手を取ったラセルの指からは、血が流れていたのだ。

私はその瞬間、猛烈に怖くなった。

ラセルの血が、流れている。

あの血が止まらなかったらどうしよう。

今でこそ馬鹿な子供の考えだと笑い飛ばせるけど、あの頃の私は本気でラセルがそのまま死んでしまうんじゃないかと思い込んでしまった。

そして、ラセルの後ろでわんわん大声で泣き出してしまって、かえってラセルよりも心配されてしまった。

……いや、今のは嘘だ。

今でもあの頃のことは笑い飛ばせない。

ラセルの指に、ほんの少しでも切り傷が入ろうものなら、私は怖くて、悲しくて、子供のように泣き出してしまう気がする。

ラセルの指の皮が一枚切れるぐらいなら、私が代わりに腕を切り落とされた方がマシだとすら思えるほど。

——ああ、そうか。

だから、私は、【聖騎士】になったのだ。

世界最高峰の防御力。最上位職としての恩恵。

それらは全て、『ラセルに怪我をさせたくない』から、女神様が私に与えてくださったものなのだ。

ラセルのレベルが上がらなかったのは、当然だ。剣より杖を持たせたら、前衛で戦わなくなるだろうと思っていた。

私が魔物を通さなければ、ラセルは怪我をしない。

だから私は、ラセルが戦わないように、前に出ないように、後衛へと押し込めたのだ。

ラセルのレベルが低いままだったのは、私のせいなのだ。

——目の前の魔物の顎が、引き千切れる。

ああ、脆いな。

もっと……もっと私を、痛めつけてほしいのに。

「……アアア……」

身体の中に貯まった自らの黒い感情を吐き出すように叫んでいた声も、気がついた時にはだいぶ枯れていた。

そして私は、こんないい加減な戦い方でも倒せてしまう魔物達に油断して、いつの間にか後ろから飛びかかっていた魔物に気付くのが遅れた。

「あ——」

それは、走馬灯のつもりなのか。

一瞬、ラセルの懐かしい笑顔が浮かぶ。

その瞬間、私が構えかけていた盾が発光し、魔物が遙か彼方へと水平に吹き飛んでいく。

木へと衝突した魔物の頭部が、衝撃により歪に拉げる。

途轍もない威力だった。どんな剣より強力な一撃で、魔物は絶命した。

今の技は、見たことがあった。

「あ……ああ……」

私は、全てを理解したのだ。

自分の、業を。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

私は……私は全部もらっていたのだ。

男の子の隣に立って不自然のない、普通の容姿も。

男の子を怪我させないための、世界一の職業も。

好きな男の子を守るための、世界一の技も。

私は、全部、もらっていたのだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさ……っ……グスッ……」

話しかける切っ掛け作りに持った剣で、ラセルより戦う力を得てしまった。

結果的に、ラセルのレベルが上がらないように仕向けてしまった。

そして、ラセルを助けるためだけに得た力で……ラセルだけを傷つけてしまった。

全部……。

全部、私が、壊しちゃったの……。

私に、ヴィンスを責める資格なんてない。

ケイティさんを疑う資格なんてない。

ジャネットの親友だなんて言える資格なんてあるはずがない。

……私は——。

「《ヒール》」

——なんだろう、少し冷静になってきた。

手に持つ盾を見ると、光り輝いているけど、どこか、黒っぽくなっているような気がする。

自分を構成する何かが作り変わってしまったような……。

理由はわからないけれど……でも、冷静になったことで、今自分が何をするかということが、はっきりと分かった。

ラセルには、謝ろう。すぐにでも。

そして、ラセルの盾になろう。

私はもう、ラセルに愛されるような権利のある女の子じゃない。

一緒にいたとしても、一切会話できなくてもいい。

私の望みは一つ。

ラセルの盾になって死のう。

——ふと、記憶の中に、黒髪の小さな子供の姿が現れる。

その子はおろおろしながら、わんわん泣いている私の元へと近づく。

すると、頭に大好きだった重みが戻ったのだ。

あんなにお気に入りだったのに、無くしてしまったおもちゃのティアラ。それをその子は探し出してくれて、私の頭に乗せてくれたのだ。

まだちょっとぐずる私に、思い出の少年は言う。

『えみーちゃんは、その……えと、ね。かっ……かわいい、し……おひめさまに、なれる、と、おもう……よ?』

すっかり泣き止んだどころか、顔があつくてたまらなくて。

でも、そんなことを言っちゃった男の子も、私に負けないぐらい真っ赤で。

そんな、一番大切だったのに今まで忘れていた記憶を思い出して——私はとっくに凍り付いたはずの心に僅かな亀裂が入り、自分が無言で涙を流していたことにも気づけなかった。