作品タイトル不明
再び現れる、悪夢の光景
「それじゃ、漁るわよー!」
開幕いきなり、割れたステンドグラスを背にしたシビラが宣言する。
「漁るって、この教会をか?」
「当然!」
さも当然のように盗賊みたいなことを言ってのける女神。
いや、こいつが盗賊女神シビラなのは前科があったな。
「ま、ちゃちゃっと見て回りましょ。多分自由に見て回れるのは僅かな時間だけよ」
「そうだろうな。……確かに、この教会がここまでになってしまった理由は気になる」
幾ら何でも、変貌しすぎている。
ただの贅沢をしているだけなら別に構わないんだが、そうでなかった場合は嫌だからな。
遠くから無詠唱でかけただけだが、キュアは通らなかった。
ケイティに精神汚染されているというタイプではなさそうだな。
「この建物、ここから上の階への行き方分からないのよね。ちょっと調べてみましょ」
その言葉とともに、皆で一斉探索が始まった。
俺達は、それぞれ建物の中を見て回る。
その途中で、ジャネットがこちらに来た。
「ラセル。今日の展開は驚いたよ」
「すまない、言ってなかったな。元々シャーロットは呼んでいたんだ。どうしてもヘルマンが信じられなくてな」
そこまで話すが、どうにもジャネットには申し訳ない。
情報共有した方が良かっただろうかと思ってしまう。
「僕も、怪しいとは思っていた。ただ、悪い方に転んだ場合は、自分の【賢者】の魔法で解決するつもりだった。それが最良かどうかは分からなかったけど」
「なるほど……それはそれで因果応報な結果だな」
かつて【賢者】を追放した者が、その娘の【賢者】の力に敗れる。
相当な屈辱だろう。
「でも、僕は今回の結果が最良だったと思うよ。相手のフィールドで圧勝した感じ」
「なら良かったが……最良の結果のためとはいえ、『敵を騙すにはまず味方から』って嫌なもんだな」
「気にしてない。と言っても気にしそうだね」
正直、教皇があそこまで雑に極刑を言い渡すと思わなかった。
理不尽な目に遭わせる役目を全てジャネットに受けさせたので、かなり苦しめた自覚がある。
自分が騙される側になったことを想像すると、すんなり許せるか怪しいな。
仮にシビラがドッキリで俺の死刑寸前までネタばらししなかったら?
……叩くどころじゃねえな。
そこまで伝えると、ジャネットは目を閉じて手を叩いた。
「じゃ、こうしない? 僕は過去に、ラセルを追い出すように仕向けた。今も気にしてるんだけど、これをラセルのそれと『等価』にするというの」
「すごい提案をしてきたな」
ジャネットに関しては、こいつの行動が俺にとって良いことにしかなってないが故に気にしていない……のだが、そういうものでもないだろう。
確かにそれを言うと、ジャネットの両親の敵をしょっぴくためにジャネットを極刑寸前まで放置したのは、差し引きでゼロだろうか。
「結局のところ、僕達ってその結果良くなってるのに、行動した側が気にしてる。お互いにそれで距離が離れるのは……嫌だな」
「そう、だな。確かに俺はジャネットの為に今回動いた。その結果引け目を感じてたら、なんだか馬鹿みたいだ」
「そういうこと」
気が楽になったのが、明確に分かる……相談して良かったな。
「じゃ、教会内部の面白いもの探しに戻るか」
「その遠慮ない盗賊スタイル、シビラさんみたいになってきたね」
「……やっぱり根に持ってないか?」
俺の返しに、珍しく明確にくすくす笑うジャネットを見て、冗談を言われたのだと分かった。
やれやれ、普段ボケないヤツのジョークは見抜くのが難しいな。
「おおっ、見つけたっす!」
大声で叫ぶイヴに、ジャネットと目を合わせて向かう。
皆が集まったところで、イヴは壁面を立て続けに叩いた。
……一箇所、軽い音がする。
「ほら、ここ空洞なんスよ。なので」
そのまま似たような窪みの模様になっている場所を押すと、ゆっくりと壁の一部が扉として開いた。
凄いな、あまりに自然でこちら側だと寸分違わず壁の一部に溶け込んでいる。
「やるじゃない! さすが……」
シビラが嬉しそうに声を上げて中を見たところで、何故か突然声を止める。
心なしか、表情が硬い。
「……? あれ、えっと、あの……?」
以前もイヴは、シビラとこういう感じの会話をしていた気がする。
何だか威圧しているみたいで気に入らないので、軽くシビラの頭を小突いた。
「痛っ、ちょっと何よ」
「言いかけるんじゃねーよ、聞きたいことがあるならその時々で気分変えて当たったりしてんじゃねえ 叩(はた) くぞ」
「叩いた後に! 言うんじゃないわよ……って言いたいけど確かにその通りだったわね」
納得したように溜息を吐いて肩を落とし、隠し扉に手を置いて。
「イヴちゃん。聞きたいことがあるわ」
「な、なんスかね……あたしに答えられる範囲なら……」
「カーテン閉まってたわよね。――何色?」
シビラの言い放った単語に、俺の胸がどくんと跳ねる。
隣で、エミーが同時にびくりと震え、俺と顔を見合わせた。
「えっ……三人は何か、気になることが?」
ジャネットが不思議そうに声を出す。
そうか……ジャネットは……。
「……上りましょう」
「ああ」
「はい……」
俺とエミーは、シビラに続いて無言で階段を上った。
階段には、一階からずっと同じタイプの絨毯が続いていた。
迂闊だった。
金縁の赤色が王族にもよくあるカラーリングだから、なんとなく見えていなかった。
あいつら『金獅子』の鎧も、金色の鎧しか見ていなかった。
マントの裏面が、絨毯と同じ色であることに。
そうだ、言ったじゃないか。
ジャネットが、『帝国太陽教』の教義書の色を見て。
シビラが階段を上りきり、礼拝堂の上にある、第二の礼拝堂へと足を踏み入れる。
その光景は……悪夢だった。
「どうせこんなことだろうと思ったわよ……!」
壁面は赤。床も赤。窓にかかったカーテンも全て赤。
更にパイプオルガンは外装から鍵盤まで全部赤だ。
気持ち悪いにも程がある、血染めの音楽かよ。
「ここが『赤会』なのは分かりますが……もしかして、以前お話しいただいた件ですか」
部屋の中を染める嫌な色に、眉間に皺を寄せてジャネットが言った。
俺はジャネットに頷くと、イヴとヴィクトリアに魔道具の街マデーラで起こったことを話した。
『赤い救済の会』、略して『赤会』の本拠地……と思われる場所。
そこで俺達は、赤き魔神ウルドリズという存在と戦った。
不完全体であったが、三人……いや、五人の力を結集してようやくギリギリの勝ちを取れた。
だが、恐らくここもまた『赤会』の本拠地なのだろう。
いわば『太陽の女神教』を欲望のままに変更した『帝国太陽教』を元にした『赤い救済の会』だ。
ただでさえあれだけの金を集めていた『赤会』を、更に独善的にした教義で集金する。
悪夢だな。
「それにしても、ここであの話を思い出す羽目になるとはね」
シビラは腕を組んで、目の前にあるものを見上げた。
「姉さんの危惧は当たっていたわ」
天界に向かった時の、プリシラの話が思い出される。
――ケイティは、赤い仲間を求めていました。
赤き魔神ウルドリズ。
この地上に顕現し、爪痕を残した魔神。
赤という色に自分への信仰を重ねさせることで、地上に影響を与えた存在。
ケイティは、どうやらその行動をある程度なぞっているらしい。
――例えば赤い武器、防具……それに、赤い髪をした【勇者】など、ですね。
その後、ヴィンスの姿を話した時のプリシラはショックを受けている様子だった。
もっと早い段階でシャーロットに相談しておけばよかったと。
そうすれば、 職業(ジョブ) 授与(グラント) を避けることもできたのにと自分を責めた。
教皇、枢機卿、司教、司祭、助祭。
この辺りが一斉に、『自分達の考えは正しかった』と強烈な意思力の信仰を捧げたら何が起こるか。
「ケイティは【勇者】ヴィンスを手に入れた。でも、何をするかは分からなかった」
パイプオルガンと講壇の間にある、巨大な顔を見上げた。
……先程から皆、あまりの存在感に言及するのを避けていたものだ。
魔道具の街マデーラでは、『姿写しの魔道具』により現実を瓜二つに写した『姿見』と呼ばれるものが沢山あった。
「発生地点から近い場所とは思ってたけど」
シビラが、近くにあった赤い金属製の燭台を無造作に投げつける。
燭台が、巨大なヴィンスの顔の姿見下側にある、金色の板を落とした。
そこには血文字のような色で、こう書かれていた。
――赤き髪の勇者を、赤き救済の神に捧ぐ。
時は来た。地の底を割き、真の救済来たれり。
「まさか、ここが『魔峡谷』の召喚地点だったとはね!」
その叫びに、表情の死んだ幼馴染みの姿見が、金色の板に続くように床に落ちた。