軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地下図書室で起こった事件

以前ヴィクトリアが、アドリアの地下図書室にあった本を『闘技会のための本』と言ったことで、実は帝国の本を集めた部屋なのではと思っていた。

その仮説に、強固な裏付けがなされた形だ。

『聖女伝説』は、王国でももちろん人気で何冊も作られている。

その本の装丁が帝国のものということは、あの中の本は全て……?

「もう少し調べてみる」

ジャネットが再び別行動で、本の背表紙を眺めに行く。

俺も何かないか探してみるか。

イヴとマーデリン、それにヴィクトリアは、単純に本そのものに興味があるようでいくつか読み込んでいた。

元々アドリアの地下室を知らない側だし、共通項目を探るということはできないだろう。

シビラは、ヘルマンと話しながら本棚を調べている。

何の話をしているのやら。

「俺もいくつか見繕ってみるか」

それから教会の図書室の本をいくつか開いてみたが、特にめぼしいものはないように見える。

いくつかは露骨に古い本で、文字も見づらい。

この辺りは……『勇者伝説』よりも古い伝記の類いか。

そりゃ『聖女伝説』の棚なんだから、内容的に近いものが多いよな。

「もしかして」

ふと、それならと『勇者伝説』を手に取ってみた。

「やっぱり」

「え?」

「一応エミーもざっとなら内容は知ってるよな。最後に載っていた勇者は、『ブルーウッド北ダンジョン攻略』だ」

そのページを開き、更にその章を一気に飛ばす。

「あ、ほんとだ。次の章がある」

「つまり『聖女伝説』と同じで、これは俺達が読んだものより新しい本らしい」

他は古い本だが、こいつは新しい。

人気作は、最新版に入れ替えたりしているということなのだろうか。

ふと、かつて俺とヴィンスが、この本を一緒に読んで憧れたことを思い出した。

その世界に、確かに手が届いた。

届いていたのだ。

「『勇者伝説』か」

――ヴィンス、お前今のままじゃこの本には載らねえぞ。

いや……今は感傷に浸るのはよそう。

折角の機会なのだ、もう少し見ていきたい。

「とはいえ、残りの本は見るからに古いんだよな」

読んだことのない本は、読みたいかと言われると今ひとつかもしれない。

バート帝国の、東にある農業村の成り立ちの本。

バート帝国の、北にある芋畑の害虫被害の記録。

バート帝国の……治水の管理者の自伝。結構分厚い。

もしもこれらが全部まとめてアドリアにあったら、恐らく俺は子供の頃からあの地下図書室の本をバート帝国から持ってきたと思っていただろう。

それを隠したい……というわけではなく、単純に不要だから持って行かなかっただけだろう。

役に立たないわけではないと思うが、わざわざあそこに入れるにしては限定的な話だ。

「めぼしいものは見つかりましたか?」

気が付くと、ヘルマンがこちらに来ていた。

シビラはそのすぐ近くで本棚を漁っている。

「いくつか、知っている本があってな。『聖女伝説』と『勇者伝説』だ。ちょうど全く同じものだが、最終章がまだない頃のものを読んでいた」

「ふむ……?」

俺がその本を示すと、ヘルマンはじっと本の背表紙を見て黙った。

「他の本は?」

「読んだことはない……はずだ」

俺は真っ先に主役である勇者に憧れたから、その二つ以外をしっかり読み込んだわけじゃないんだよな。

ジャネットなら他の自叙伝や英雄譚にも触れているかもしれないが。

「なるほど、その二冊を……。では、これは?」

ヘルマンは、棚の下の方から一冊の本を取り出した。

少しくすんだ背表紙には『剣聖リリアの冒険』と書かれている。

女の剣聖の物語か。

「いや、うちにはなかったな」

「ではこちらは」

次に出してきたのは、『ドラゴンスレイヤー・シルヴェスタ』という本。

こちらは新品のようだな。綺麗な装丁だ。

「それは読んだことがある。ドラゴンのことを最初に知ったのが、その【剣聖】シルヴェスタだな」

俺もそれなりに本を読んだが、その中でもヴィンスも読んだ本がそれだ。

勇者はもちろんのこと、ドラゴンの強さと討伐者の強さにも憧れたものだ。

今では俺どころかエミーまでドラゴンスレイヤーなんだから、不思議なものだな。

「……」

ヘルマンは黙ったまま、何か考えているようだ。

俺とエミーが思わず目を合わせる。

気が付くと、ヘルマンの後ろでシビラもこちらを見ていた。

「ラセル」

沈黙を破ったのは、再びこちらに戻って来たジャネットだった。

「どうした?」

「来てほしい」

詳細を全部省いて、ジャネットはすぐに引き返してしまった。

俺達は何事かと互いに顔を見合わせると、ジャネットを追って足を進めた。

部屋の角付近まで歩いた先の、その場所は異様だった。

ここ教会の図書室にはきっちりと本棚が本で埋まっており、それなりに充実しているように感じる。

しかし……。

「……何だここ、スカスカだな」

「あらら、ジャンルが不人気なのか、それとも人気で貸し出しでもしてるのかしら?」

シビラが茶化しながら、ジャネットが指し示した棚を叩く。

角にある棚には、殆どの本がなかった。

空洞だらけなのだ。

これが棚が余っただけというのならまだ分かる。

だが、何というかこの棚は……明らかにそういう雰囲気ではないのだ。

「一列の端っこに十冊未満。それがいくつもの棚に適応されている」

そう、この場所はわざわざスカスカの棚に数冊だけ本を置いているのだ。

わざわざこんな分類しなくても、これらの本を全部まとめて一列にまとめればいいように思う。

それがこうなっているということは、何かしら意味があるとしか思えない。

「……ここ、ですか」

ヘルマンが、空いた棚を見て溜息を吐いた。

「何か、知っているのですか?」

「ここの棚が気になるのは分かります。ここは一つ一つの棚にそれぞれ違うジャンルの本があったのですよ。ですから、この並びから変更できないのです」

「では、補充すればいいのでは?」

ジャネットの当然の疑問に、ヘルマンは疲労感を滲ませながら首を振った。

「それが……ここら辺りの本は書店を探しても類似のものがなく、元々管理していた者もタイトル以外把握していなかったのです」

何だそれは、適当だな……。

それじゃあ長い間、誰も読んでいなかったと言ってるに等しいじゃないか。

棚の本に、改めて目を向ける。

一番上の棚にあるのは……『眠り剣士の感覚世界』と『剣闘士のための集中法』?

さっきまで俺達が見ていたのとはかなり違うジャンルだな。

下の棚は『ポーション錬金術の素材マナ基礎』に『気候と動物』、それと『武器とドワーフのスキルに関して』か。

……なんつーか、物凄く『知識』って感じの本棚だ。

かなり学術的な方向に偏っている。

「この辺りにあったものは、十年以上前に盗難に遭いまして」

「盗難? この教会内部にか?」

「ええ、悪辣な強盗でした。身内の犯行なので、表沙汰にもし辛く……。似た本を探しているのですが、見つからないどころか発行記録すら分からない有様で……」

聞けば聞くほど不思議な話だ。

誰に、いつ盗まれたか以上の謎じゃないか。

「ええ。……賢者殿は、こちらのジャンルの本をお望みに?」

ジャネットは一番上の棚にあった本に触れ、長く息を吐くとこちらへ振り向いた。

「そう、ですね……はい、この辺りのジャンルのものです。ですが、ないのでしたら仕方ありません。念のため、タイトルを聞いても?」

「確か……そう、『自我の学問』や、『感覚統合』……何かの働き、みたいなタイトルでしたね。……」

一方ヘルマンの方も、ジャネットの方をじっと見ている。

顔を見ながら、何か考えているようだ。

「……これは相談なのですが」

ヘルマンはジャネットからシビラに視線を移し、再び一瞬ジャネットの方を見て……シビラに対して踏み込んだ。

「何か、貴方たちは目的があって来たのではないですか? もしかすると、私が協力できることがあるかもしれません」

まさかの、協力の申し出だった。