作品タイトル不明
表面上は分からなくても、近しい者は案外理解しているもの
翌日、俺達はバート帝国南門の馬車乗り入れ場へと集まった。
シビラは以前も使っていた道具から王国側に連絡をし、アドリアの孤児院への受け入れ手続きを終えていた。
「アドリアに着いたら、アタシ達の名前でもいいけど、何よりヴィクトリアからブレンダを頼まれたと言った方が通じると思うわ」
「分かった。……大紫や賢者に聖者、それに女神か。何から何まで世話になった」
「アタシへの礼は仕事で返してくれたらいいわ。アドリアの可愛い天使達は、アタシにとっても大切だもの」
シビラに次いで、ヴィクトリアが前に出た。
「私の代わりに、ブレンダをくれぐれもお願い」
「あんたの頼みとあっちゃ、頑張るしかねーな。ま、あたいも中層でやってたんだ、谷から溢れるようなザコには負けねーよ」
ディアナは頼もしい言葉を伝えると、馬車に足をかけた。
その瞬間、後ろから男の声が発せられたのが聞こえた。
「ん? 今……」
振り返ると、そこにいたのはどこかで見覚えのある大男。
こいつは……誰だったか?
「――ゴライアさんですね。先日ディアナさんと試合をしていた」
真っ先にジャネットが後ろの男へと声をかけ、俺もようやく思い出す。
そうだ、闘技会でディアナに負けた剣闘士だったな。
近くて見ると、なかなかに巨大な体躯だ。
よくディアナはこいつを圧倒できたよな。
同時に、ジャネットが機転を利かせて、ディアナと他人のふりをするために敬称をつけたことにも気付いた。
「おお……俺の試合を見ていた客かい、魔道士サン。負け試合だったから、賭けてもらってたら悪かったな……」
「いえ。勝負は時の運とも言いますから、お気になさらないでください。ところで我々に何か用ですか?」
「いや、何でもねえ。ちょいと勝ち逃げされたヤツの声が聞こえたと思ったら、全く知らない女だっただけだ。……あんなに似てない女をそう思うとは、俺もヤキが回ったな」
頭をガリガリを掻きながら、寝不足の隈が見える目でディアナの方を一瞬見ると、自らの目に呆れるように首を振った。
まあ、ディアナで合ってるんだけどな。
「全く好きになれない同業者だったが、それでも嫌いじゃあなかった。盛り上がるヤツが相手だと、俺の名も売れるからな」
「そういうものなのですか」
「ああ。……明らかに冤罪で処刑の上、元の主も牢の中。結局カジノが雷で木っ端微塵になっただけだ。誰も得しねえ、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
そうか、こいつはディアナの罪状を冤罪だと理解しているのか。
……案外みんなそう分かっているのかもな。
明らかに極端に盛りすぎだった上、エーベルハルトがあの有様だったわけだし。
曇天を眺めながら、厳つい男は目を細める。
「あれほどの戦士が、あれほどの鍛錬を積んだ剣士が……あんな最期で、いいはずが……。いや、これはあんたらみたいな観客には関係ない話だったな。今日からは俺の力で人気を取らねえと」
試合中とはまるで違う声色でゴライアは背を向けると、「っし、鍛え直すか」と呟いて立ち去った。
その背中は負け試合中よりも小さく感じられ、どこか泣いているようにも見えた。
厳つい剣闘士の姿が見えなくなってから、ディアナが小さく声を発する。
「……へえ、意外な反応。最後にちょっと面白いもん見られたな」
「普段はああじゃないのか?」
「睨み付けて無言、ってとこかな。そもそも滅多に会わないんだけど、境遇は同じようなもんだからなあ。あいつもあたいと同じようなもんさ」
ディアナは同業者を呑み込んでいった街の方へ視線を向ける。
剣闘士という名前ではあるが、その扱いはかつての呼び名である『剣闘奴隷』だった頃と大差なかった。その仕事を続ける姿に、思うところもあるのだろう。
「ま、あたいの方が大変だったし人気だったし遥かに稼いだ自信もあるので、あいつの分までしぶとく生きるさ」
「いやゴライアは死んでないだろ」
「おっと、そうだったね。ハハハ」
最後にディアナはからっと笑うと、これ以上の長居は無用とばかりに「じゃ、またな」と軽く手を振って扉を閉めた。
「またな、か」
そうだな、一仕事終えたら皆でアドリアに戻るんだもんな。
確かに、挨拶はそれが一番正しい。
またな、ディアナ。アドリア村で、きっと近いうちに合流しよう。
馬車を見送った俺達は、清々しい気持ちで昼食へと向かった。
バート帝国闘技会の現トップが、俺達の故郷を守護するのだ。
その安心感は格別のものと言う他ない。
対価は俺の消費感覚ゼロの魔法。
回復魔法など、消費したとしても、休息すれば誰だって魔力は戻る。
こんなのを出し惜しみして筆頭剣闘士を逃しているんだから、帝国の馬鹿神官どもは大損もいいところだよな。
「あのー、ところで質問いいですか?」
ふと、今まであまり喋らなかったエミーが手を挙げる。
皆の視線が集まったところで、彼女は視線をそのままマーデリンにスライドさせる。
「ローブ、ヘンリー君が持って行っちゃいましたけど」
そういえば、ヘンリーは姿を街の者から隠すためにマーデリンの大きなフードがついたローブを着ていた。
帝国を出るまで迂闊に誰かの視界に入るわけにはいかなかったので、結局国を出るまで着たままであった。
「んー。いいんじゃないですかね」
「そうなんですか?」
「もう特に隠れる必要ないですし」
そういえば、最初マーデリンはケイティの仲間として身を隠すようにしていたな。
それからずっとフードつきローブで姿を隠し続けていたが、ケイティと敵対している今となっては特に意味はない。
ならば、別に外してもいいだろう。
「ケイティ様はローブを被るよう言ってきていましたが、私って元々目立たないですし。特に何か変わるというわけでもないと思います」
……いやお前って一応『天界』とかいう遥か上空にある神々の都市からやってきた上級天使だからな?
別に羽が生えてなくても相当に目立ちまくる容姿してるからな?
既に現段階でちらちら視線向けてきてる通行人いるからな?
比較対象が同じ女神と天使だからとはいえ、相も変わらずどっかズレてるんだよな……。
ちなみに女子組数名が『信じられない』みたいな顔でマーデリンを見ているが、こういうのに触れるのは危険なので見なかったことにしておく。
「おっ、美人の合格ラインを一気に引き上げる発言かしら」
だからわざと面白がって触れるな!
ちょっと緊張走ってるじゃねえか!
緊急時は頼りになるが、平時では基本的に危険物だよなこの女神。
ってことは、俺が落ち着く時間はそうそう訪れないってわけだ。
やれやれ……。
「さて、そろそろ聞かせてもらえるか?」
馬車を見送った後、シビラと目を合わせる。
「一体何を考えてる?」
俺の言葉にシビラは一瞬瞠目すると、ニヤリと笑った。