軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝国城の客人と、図書室

果たして城内の移動は、確かに何の問題も起こらなかった。

長い廊下ですれ違う者も、曲がり角に待機する者も視線を僅かに向けるぐらいのもの。

俺達のことを知らないからといってわざわざ調べるほど暇というわけではないのだろう。

「……ん? あれはもしかして」

ふとジャネットが、珍しく自分から声を上げる。

「あれは、見た感じこの城の図書室ね」

視線の先にあった部屋を覗き込み、シビラが答えを返す。

見てみると、広い部屋の中にいくつか背表紙が並んでいるのが見えるな。

ふと、ヴィクトリアが言っていたことを思い出す。

何故かセントゴダート王国領のアドリア村、俺達の孤児院に設置されていた図書室。

その中にあった本が、帝国の剣闘士用の本であったことを元バート帝国の剣闘士だったヴィクトリアが指摘したのだ。

本好きのジャネットとしては、気になるところだろうな。

もちろん俺も。

とはいえ、今の状況でそんな誘惑に駆られそうな提案をするヤツはいないよな――。

「あら、面白そうな図書室。少し見ていく?」

――いたな、そんなヤツ。

「正直言うと、かなり気になります。とはいえさすがにそんな時間はないでしょう……かなり、気になりますが……」

表面上は冷静に振る舞っているが、普段の彼女からは想像できないほど滲み出る興味と、若干の恨めしさを感じる。

そうだよな、明らかに店より充実してそうだもんな。

じっと図書室内の背表紙に目を凝らしていると……。

「本が気になりますか?」

「えっ」

「来客の方ですよね。興味がありそうでしたので」

城内を歩いていた、穏やかそうな微笑を浮かべる初老の男がジャネットに声をかけた。

服装が随分と豪奢で、明らかに高位の要職に就いている者だろうな。

おいおい、目立つのを避けるつもりだっただろう。完全に見つかったぞ、どうするんだ。

しかしそこは、こいつである。

「いやいや、いいわよー。この図書室、以前からあったかしら?」

シビラはまるで旧知のように、堂々と絡んでいく方向にしたようだ。

「そうですね。確かにここは元々図書室ではありませんでした。増設ですね」

「何か理由があるのかしら?」

「……分散して置くために、教会と分けたのです」

「教会と?」

思わず、俺が口を出してしまった。男は俺の方に顔を向け、話を続けた。

「そうですね」

「どちらかでは一般に読めるように開放していたりするのか?」

「いえ……どちらも内部の者で読むだけですね」

ん……? そうなのか? だったら何故教会は、城へと本を渡したんだ?

「ヘルマン様、そろそろ」

初老の男の近くに居た、中年で細身の男がこちらを睨みつける。教会の者と思われる服を着ている。ってことは、正面の人物も教会の関係者か。

あまりいい印象はないな、十中八九お互いに。

「あっ、そういえば出口ってあっちでいいかしら? 出るのなら一緒でいい?」

「ええ構いませんよ、我々も用事を終えたところです」

シビラはついでに出口を聞いた上で着いていくことを提案した。大胆な発言だが、確かに内部の者と一緒に行動している方が、怪しまれずに済むだろうな。

「ところで、皆様はどのような御用で帝国城に?」

おっと、聞かれてしまったか。どう切り抜けるか、怪しまれたらまずい。

しかし、ここでも我らがシビラ。ふてぶてしく答えた。

「あー、偉い感じの人に『内密に』って言われたわ。聞いてみたい?」

「ふむ……そうですか。でしたら遠慮しておきましょう」

ヘルマンと呼ばれた男は、苦笑いしながら答えた。そうだな、聞いたら拙そうな事には関わらない方が賢いな。聞きたいと返ってきても、大嘘を言うんだろうな。シビラだしな。

それから俺達は、特にトラブルもなく門の方まで来た。これにて当初の問題は解消だ。

男に別れの挨拶をするも、もう片方の男には最後まで完全に無視された。

「ヘルマン様、本日は用事を――」

「君も司教に上がったなら、多少は趣味を控えた方がいい」

僅かに聞こえた会話だが……確かその役職は、それなりに偉いんじゃなかっただろうか。まあ、気にしても仕方あるまい。

「図書室、機会があればぜひ読みに来たいわね!」

「平然とそう言えるのはお前ぐらいだよ……」

できればもう二度とこんな心臓に悪い潜入は遠慮したいところなのだが……。そんな俺の気を余所にシビラはさっさと進んで行った。

ジャネットも結局すぐに視線を外して、シビラの後を歩く。

それにしても、あの司教――異様に血の臭いがしたな。食肉でも捌いているのだろうか、服の下にあるナイフの音も妙に耳障りだった。

そんな業者みたいなことしてるわけないか。気にしても仕方ないな。

「それより今調べたいものは、本だろうか」

気になるのはそっちだな。あのアドリア地下図書室の手がかりがあればいいが。