作品タイトル不明
愛の女神が語る、知らない側面の数々
自らの目的を見透かされたケイティは、溜息を吐く。
「本当に……可愛くなくなったわね」
「あら~お褒めの言葉嬉しいわぁ~! でも、可愛くなくなり度なら天界一と評判のケイティ様には敵いませんですことよぉ~?」
「……」
ニヤニヤと嗤う 悪戯女神(シビラ) に対し、ケイティは反論の言葉も出ない。
先ほどまでの腹を探り合うようなやり取りから一転、シビラが完全に 主導権(イニシアチブ) を握った形だ。
シビラは既に武器も仕舞い込み、再び鞄の中をまさぐっている。
……しかしこいつ、ずっと鞄の中をまさぐっているよな。何だよ、虫でも入ったのか?
「なあ」
シビラに次いで、俺も声を上げた。皆の視線が一斉に集まる。もちろん、ケイティもだ。
「あら、何かしら。もっとお話ししましょう?」
「あんたは『愛の女神』だ。その行動基準は愛、でいいんだよな?」
「ええ! もちろんよぉ! ふふっ、私のことをこうして知ってもらえているなんて」
「クソみてえな御託はいい。あんたに言いたいのは――」
ダラダラと想像できる言葉を断ち切り、俺は目の前の女に言葉を叩き付ける。
「――ようやく二人で外を出歩けるようになった姉弟の仲を引き裂くことが、お前にとって大切な愛なのか? カスだな」
言いたいことはそれだ。
こいつの話す愛は独自基準で、どこが愛なのかわかんねえっていう内容ばかりだ。
ヘンリーは、世話をしてもらうばかりの人生だったのだろう。
それを当然のように受け入れている様子はない。っつーかかなり気にしている。
恐らく、俺が想像するよりも遥かにメンタルの負担になってるはずだ。
そんなヘンリーにとって、姉が解放されたと同時に洗脳され奪われる。
その危惧から来るストレスたるや、並大抵のものではないだろう。
「愛、愛……それは……これは、愛……?」
ケイティは焦点の定まらない目で呟くと、考えを振り払うように首を振る。
「……それは、奪えないわね」
マジかよ、言ってみるもんだな。
こいつ案外『愛』さえ話題に出せば口論は弱いのか?
「今回は引くわ」
ケイティが、視線を扉の方へと向ける。こいつ、逃げる気だ!
「待て、逃がすとでも思うか!」
前回のハモンドダンジョンでも逃がしたからな……!
今回は、この人数で壁際まで追い込んでいるのだ。
たとえ以前のように壁を壊そうとも、エミーの身体能力が逃すことはないだろう。
ディアナが出口の扉へと移動しながら剣を抜く。
小さく「……ビリビリ来るよ、半端なく強えなあいつ」と呟く声が聞こえた。
「そろそろヴィンスの話を聞かせてもらうぞ」
助ける義理はない。
別にそのまま助からなくてもいいとさえ心のどこかでは思っている。
今の俺はそういう人間だ。
それでも、俺の心の奥で声が聞こえるのだ。
――ここで前に行かなければ、後悔する。
俺は、俺の意思であいつを連れ戻す。
他でもない、俺自身のために。
しかし、ヴィンスの名前を出した瞬間。
「――あぁッ……!」
ぞわり、と再び嫌悪感による震えが俺を襲う。
この恍惚としていて尚、異様な狂気を孕んだ尋常ではない 貌(かお) 。
「ふふふ……素敵、この段階でもなんて……ああ、やはりあなたの愛が一番満ちて……」
「演説はいいから、さっさと話せ。俺としては拷問してもいいぐらいの気分だ」
エミーとジャネットが、短期間であれだけやられたのだ。
今のヴィンスが一体どうなっているのか、あまり考えたくはない。
ある意味、この 愛(か) の(い) 女(ぶ) 神(つ) から俺を離してくれたというだけでもヴィンスには感謝してもいいぐらいかもな……。
「彼の赤い髪は、今もこちら側にいるだけで力があるのよぉ。だからまだ先。でも大丈夫、大丈夫よ……もっと素敵な再会を考えてあるもの……」
「嫌な予感しかしねえ。今すぐ返しやがれ」
「ふふ、ガマンできない早い男の子は幼馴染み達にも嫌われちゃうわよぉ」
「――《エンチャント・ダーク》。エミー、ジャネット、強行するぞ」
話しているうちに余裕でも出てきたのか、クソ下らねえ煽りが来たことで腹が決まった。脚を切ってでも聞いてやろうか。
剣を構え、ケイティを睨む。
「いいわぁ、血気盛んで男の子って感じ。そうよね、隣の子との運命が見えるんだもの、ラセル君としては気にしちゃうわよね」
あっこいつ、やってくれたな。
今ので完全にエミーの集中力が削がれたのが分かるぞ。
いや待て、ジャネットも横目でこっちを見ているな……集中してくれ。
「ふふっ……親のことに関しては、本当に気にしているのよ。私が『 太陽の女神(シャーロツト) 』とは合わなかった理由もそれ」
「シャーロットと合わなかった? 元々か?」
「考えたことはない? そもそも何故『上位職』なんて分類があるのか。あれは神々と人類のために、積極的に魔族と戦ってくれる逸材を見出して選出しているのよ」
随分と踏み込んだことを言ったな。
シャーロットと合わなかったという話は現状のケイティという人格による嫌味か、それとも元の『 愛の女神(キャスリーン) 』にもあった本心か。
「家族愛、中でも親の愛という最大の 無償愛(アガペ) を受け取れなかった貴方たちの結束は固いわ。その活躍のお陰で守られた命も多い」
「それの何が問題なんだ」
「貴方たちが愛を受け取れない理由にはならない」
鋭い声で、そう言い切った。
ケイティから聞いた中では、一番強い声色かもしれない。
「俺自身は親代わりもいたし、別に気にしていないが。英雄願望もあったしな」
「ええ、そうね。本物の親を知らないのだもの。その反応は正しいわ」
確かに、本物の親というものはきっと特別なのだろうな。
とはいえ、わざわざそれを知って不満のない現状を自分から不満な感情に塗り替える必要もない。
足ることを知る、というのも以前ジャネットに本で教えてもらったことだったな。
「最上位職は、ラセル君や……そうね、特にエミーちゃんみたいに自己犠牲を自然と厭わない子が多い。愛がなくても戦える。でもね、みんなそうとは限らないの」
そういうものなのか。
俺としては自分の事なんてさっぱり分からないが。
「そうでなかった子のためにも、シャーロットは、もっと積極的に関わりに行くべきなの。元々人を愛しているのに、見守るだけを最適解にしているわ」
まあ……それは分かる。
威厳も無理して作ってるような部分があるし、どちらかというと女王らしさよりはエミーに近い普通の女って感じのヤツなんだよな。
その内面のまま、この世界の全人類を観測しているのが特異な部分ではあるが。
「ヴィンス君はね、そういう意味では一番まともだったの」
「……それは、俺と違って親の愛を知らずとも求め、自己犠牲を嫌うからか?」
あいつが俺よりまともかと言われれば……ある意味ではそうなのかもしれないが、今のは孤児でありながら誰かを助ける俺やエミーの内面を、異常者と見ている発言だ。
そう思って聞いてやったが、返ってきた答えは意外だった。
「違うわ。ヴィンス君は本来、誰かの為に犠牲になれるほど愛のある子だったのよ」
「……なに?」
あいつが、か?
いくらジャネットが唆したとはいえ、俺をパーティーから追い出したヴィンスだぞ?
誰かの為に犠牲になるのが、あいつの本来の姿だというのか?
ケイティは……一体俺の知らない何を知っているんだ?