軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

観客のいない、闘技会の頂上決戦

その場に残った【剣士】は、紫の髪を後ろに流して剣を構える。

足元には、一回り以上も年下の女の子が、自分の代わりに暴いた不正の証拠。

散乱したルーレットと、何らかの細工を行った跡だった。

ただ、今はそちらに構っている暇はない。

ヴィクトリアは、正面に立つ女の姿に再度思う。

(痛々しい)

その包帯を全身に巻いた姿、包帯の下が焼けた肌をしていること、腕にも肩にも傷の跡が絶えないこと。

何よりも――それだけ肌が見えなくなっていてなお、彼女の腹部には他者にアピールするかのように焼き印があるのだ。

自らの腹部に、遠い昔に忘れてきたはずの幻痛が浮かぶ。

「楽しみたいところだが、きっちり仕事はさせてもらうぜ」

周りに人がいなくなったことを確認し、緑の髪の術士の方を睨む。

「なあ、そいつは手を出さねえだろうな?」

「ひっ……!」

青ざめるマーデリンを振り返り、ヴィクトリアは首を横に振る。

「手は、出させないわ。それにマーデリンは、戦いが専門じゃないの。仮に動くなら、私とあなたの決着がついた後ね」

「そうかい、なら構いやしねえ」

ニイ、と喜悦を隠さなくなったディアナは両手で剣を持ち、ヴィクトリアに切っ先を向ける。

「行くぜ――――オラァ!」

怪力の剣闘士は、その膂力を使って一気に距離を詰め、大剣を地面に叩き付けるように振り下ろす。流れる髪のように、包帯が尾を引いた。

当たれば即死も有り得る攻撃に、しかし紫の元剣闘士は慌てることなく紙一重で回避する。

左手に巻いたバックラーをくるくると回し、誘うように前に出す。

その姿にどこか見慣れたものを感じながらも、戦い慣れた剣闘士が躊躇することはない。

「よく避けた。だが……!」

剣を水平に構えたディアナが、次も先制で踏み込んだ。

弩弓の如き一撃に手応えを感じた包帯の中の瞳は、次に目の前で飛び散るトランプと、感触なきまま相手の姿が一瞬でかき消えたことに驚愕する。

「なッ――!」

長年の剣闘士の直感か、突きの方向そのまま前方に踏み込み、振り返りざまに剣を横に構える。

瞬間、ギィン! という金属の鋭い音と、不安定な構えで攻撃を受けたダメージが手首に蓄積する。

目の前の剣士が、一瞬で自分の頭上に移動した。

驚くべきは、その身体能力と正確さ。

しかもバックラーによる誘いが、その手に握られたトランプを隠すための思考誘導だったことにも驚いていた。

やはり目の前の女は普通ではないと、剣闘士の勘が囁く。

「……剣闘士か? 腹見せてみろよ。印がないなら、ガチで殺しでもやってんのか?」

「見せても、 今(・) は(・) 意味ないのよ」

表情を崩すことなく、服をめくって腹部を見せる糸目の剣士。

首を傾げながら「わかんねえな……」と包帯の女は呟く。

一方、ヴィクトリアの方にも余裕があるわけではなかった。

(宙からの全力、自分の全体重をかけたけれど……)

相手は、あの攻撃を受けきってみせた。

力にものを言わせるタイプではないが故に、正面から打ち合うことには一抹の不安がある。

そう判断したヴィクトリアは、剣を構える。

次は、どう動くか。

お互いの視線がぶつかる最中――空気を読めぬ男の声が、戦いに水を差した。

「ディアナ! 何をやっている!? 何のために大金を出してやっていると思っているのだ!?」

「エーベルハルト様……! こいつ、相当やります! 下がってください!」

ディアナの言葉は、正しい。

剣闘士として現役で戦っている者が強いと言うのだから、わざわざ長引かせる理由もない以上、相手の能力を理解するのが普通である。

だが元々傲慢な上、ルーレットを破壊されて中の部品を見られたエーベルハルトには、冷静な判断など下せない。

特に、誰がルーレットを破壊したかも、ルーレットの細工が他の客にバレたかもオーナーは知らない。

目の前の惨状を見て、全てを悪い方にと考えてしまう。

エーベルハルトも、その悪循環に陥っていた。

「そんな女に手間取るとは! この程度なら、ヘンリーの命も要らんなあ!?」

「ま、ヘンリー……!?」

カジノの主は、血走った目で自らが保護し、治療を続けていた少年の首筋にあろうことかナイフを当てる。

「治せるのは私だけなんだ、こうしても治せるのはなあ……!」

普段刃物を持っていない者は、扱い慣れているものよりも危うい。

結果、脅迫のつもりで押し当てたにも拘わらず、無駄に高価でよく研がれたナイフはその刃先に赤い血を伝わらせた。

「や、やめ……! クソッ!」

ディアナの剣が、大振りでヴィクトリアに襲いかかる。

現最強の剣士の全力は、石造りの床を穿つほどの怪力で細身の剣士に迫る。

だが、悪手。

かつて闘技会で猛威を振るった『大紫の剣士』は、その扱い方を最も得意とする。

柔よく剛を制す。

その言葉通り、舞う蝶に届かぬが如く、ディアナの剣は当たる気配すらなくなっていった。

「あたいは、もうヘンリーしかいないんだ! 負ける、わけには! ああ、あああああああアアアアア!」

焦りが募るほどに、剣は乱れる。

初手の突きのような精細を欠いた攻撃は、物言わぬ無機物しか叩いていない。

誰の目に見ても劣勢は明らかであった。

一方、ヴィクトリアの方に変化が現れる。

正面で戦っていたディアナは、焦燥感に焼かれつつも敏感にそれを感じ取った。

(こいつ、こいつッ! 何だ、こいつ、は……。さっきまでの能天気な微笑みが消えて……消え……?)

糸目が、少しずつ開かれる。

同時に、柔和な顔の眉間に鋭い皺が刻まれ、眉がつり上がる。

鋭く睨み付ける目は、今なお炎の中に燃える自分の瞳が吞まれてしまいそうなほどの、煮え滾った魔界の 熔岩(マグマ) 。

自分の熱が。

身を焦がすほどの家族愛が。

最愛の弟を守る為の豪炎が、クソ 温(ぬる) い。

(何故、何故――)

何故お前は、そこまで怒りの熱を持っているのか。

「なんで」

その言葉を、最初は自分が紡いだのかと錯覚した。

だが、違う。目の前の女が発した言葉だった。

そう気付いた瞬間――反応が遅れた。

「なんで、なんで、なんで!」

それは、ヴィクトリアという剣士が、この日初めて明確に『攻め』に転じた瞬間だった。

大剣の峰を叩き、押し込まれた姿勢を立て直す前に、重心の一番弱い先端部分を叩き、更にふらついた所を叩き込まれる。

「く、この……!」

怒り任せに髪を掴もうとするも、その長髪すら掴めないまま流れるように空に逃げられ、後頭部にあの長剣の先が撃ち込まれる。

防具で庇っているとはいえ、一瞬視界が黒く消滅したような錯覚に陥る。

豪腕の剣闘士はそれでも踏ん張り、両手に握った大剣を真下に叩き付ける。

一方、細身の剣士は下から逆袈裟で上げるように剣を振るった。

二つの剣が、正面からぶつかる――!

「なんでえええええええぇぇぇぇッ!」

結果は、一目瞭然であった。

その長さ、体積、共に圧倒していたはずの大剣が、中央から吹き飛んでいた。

一方、ヴィクトリアの剣は無事なまま、ディアナの眉間に突きつけられている。

「あ……ああ……」

敗北。

自分の 貌(かお) を犠牲にしてまで、自らを見世物としてまで守ろうとした最愛の弟を懸けた大一番の勝負で、初めての敗北を喫した。

ただ。

「……なんで」

次に呟かれた同じ言葉は、それまでとはまるで違う印象の声色で放たれた。

「なんで、かなあ……」

切っ先は自分の首から体の方へ落ち、カラン、と音を立てて剣が手から離れる。

その目には先程までの狂気的な怒りはなく、自嘲気味に笑うのみ。

「負けたついでに、ひとつ、愚かな女の話を聞いてくれる?」

それから彼女は、自分の過去をぽつぽつと話し始めた。