作品タイトル不明
似合わないなと感じたならば拒否するに限る
エマは、シビラと同じ女神の一人であった。
まあ、こういう神々の領域の話をしているとなると、それぐらいしか思いつかないからな。
「君は本当に話が早くて助かるよ。改めて自己紹介しよう、『水の女神』エマだ」
「あまり水という感じはしないな」
「ハハハ、よく言われるよ。だがシビラの宵闇っぽくなさに比べたらマシだろ?」
「それは言えてる、宵闇は宵闇でも、酒盛りの準備をする時間帯の女神だな」
「こんなに清楚な美少女に向かって何て言い様!」
「ハハハハハ!」
いやほんとお前、薄暗い青空とか全く似合わないからな。
そのうち宵闇の女神ってのは大嘘だと言われるんじゃないかと本気で思ってる。
「仲が良くて実に結構。さて、まずは何より——」
違う、と否定しようとしたが、それより先にエマは机に両手の平を力強く叩き付けて大きな音を出す。
急な動きに気勢を削がれると、エマは俺達に向かって大きく頭を下げた。
「冒険者ギルドの管理を任された女神として、人間である貴殿達の尽力に感謝を述べたい。ありがとう」
その姿に、きっと俺達全員が驚いただろう。
元々かなり軽薄とまではいかなくとも、気さくな人柄であった。
それが女神であることを公言したと同時に、増長するどころか頭を下げたのだ。
そもそも、女神が人間に頭を下げるということ事態が驚くものだが……。
十秒ほど下げた頭を上げ、エマはまっすぐと俺達を見た。
それにしても、立場上は上司に当たるであろう人にここまで感謝されるとはな。
「いや、気にしなくていい。これでも今の環境に満足しているんだ」
「そうか、そう言ってくれるか……ありがとう。二人はどうかな、何か大変なことはないかい?」
俺の返事に安堵の表情を浮かべたエマは、隣の二人に話を振る。
「あっ私? えーっと、大変なことは沢山あるよ。でも私もラセルと一緒で、今がとっても満足だから。本当に……こんなに良くていいのかな、ってぐらい」
明るく無邪気だったエミーは、絶望の果てにその全てを失いかけた。
今の状況は、俺が聖者であったからこそのもの。
彼女は、様々なものを乗り越えて大人になった。
今では誰よりも頼りになる、パーティーの大きな盾だ。
「だから、これ以上は望めないよ。今の環境で、どこまでも上を目指したいの」
「希望の中に憂いもあり……美術的なほどに綺麗な目だ。回答ありがとう。ジャネット君は?」
「……楽な人生などないし、思い通りの人生もない」
そう、だな。
ジャネットが憧れたのは『聖女』だった。
だからこそ、俺がいなくなった後も回復術士としてパーティーの立場を固めようとしていたのだから。
「だけど」
それでもジャネットは、言葉を続けた。
「今はそれでよかったと思っている。将来の夢が正解の道に繋がっているとは限らない。道を外れたことで、結果的に苦労しなかったこともあった。だから、そうだな……『大変か』と聞かれたら『楽』とでも答えておこうか」
そのジャネットらしからぬ長い言葉と、ジャネットらしいなんとも理屈っぽい回答に思わず口が緩む。
エマはその回答に対し、嬉しさを隠しきれない表情のままシビラの方に視線を向けた。
「士気の高さの彩度が濃い。それでいて、順風満帆ではなかった色もあり、油断の濁りが少ない。実に色鮮やかで良いね」
「イケてるでしょ。ホント今回凄いのよ。それだけに、唯一取られてる知己が【勇者】ってのが痛いんだけど」
言うまでもなく、ヴィンスのことだな。
確かに俺達は強いが、勇者パーティーの勇者抜きという状況だ。
「それを補って余りあるほど優秀なのが、ラセル君というわけだ」
と、そこで俺の考えを先回りするようにエマが言葉を重ねる。
そりゃ女神の一人なら、シビラから情報は一通り貰っているか。
「話から察するに、俺が闇魔法を使っていることも知っているんだな」
「もちろん。毎度会う度に緊張するけど、君は一番話しやすい」
俺より話しづらいヤツしかいないのか……いないんだろうな。
話から察するに【宵闇の魔卿】へ変わるには相当な手順を踏まなければならないようだし。
「魔王を打ち倒す闇魔法と、勇者を凌駕する剣。これで聖者というのだから、『太陽の女神』も過労で判断を誤ったかな?」
「へえ、太陽の女神のことを悪く言ったりもするんだな」
「同期の友人だからね」
それもそうか、シビラだってそんな感じの扱いしてるもんな。
「もちろん外では言えないよ。僕と君達との秘密の約束だ」
「言わねーよ、危なっかしい」
女神の中でも圧倒的な人気だからな、俺だってその危険性ぐらいは分かる。
だが……そうか、女神から見ても判断の誤りと言ってしまえるぐらいには、俺のことを認めてくれるわけか。
それが現冒険者ギルドのトップであり女神の一人というのは、悪い気はしないな。
「君がシビラに選ばれて本当に良かった。私も最大限のバックアップをさせてもらう、頼りにしているよ」
「ああ、任せてくれ」
「さて早速だが……ダンジョンの件についてだ」
新情報の大きさに驚いて話が横道に逸れたが、話を今の状況の解決に戻さないとな。
「魔王討伐経験者は、君達を除くと前回の勇者パーティーになる。だが、先代はもう引退して長い」
「前の代は確か、公爵家だったよな」
さすがに勇者の話となると、俺はもちろん本を読まないヴィンスも知っている。
俺達がその名を知った頃には、現役を退いた後で既に伝説上の人物だった。
「ああ。貴族が平民を守るという大義名分も果たせるし、立場が強いため他の貴族にも目をつけられにくい。長い間、よく戦ってくれたよ」
前回の勇者は、全て近しい貴族の関係者からパーティーメンバーが選出された。
確か【剣聖】と【魔卿】と【聖女】だっただろうか。
聖女伝説もあったはずだが、他の聖女に比べると目立ったエピソードはない。
ジャネットから聞いた、血筋と勇者の関係にも繋がる。
それ故に、ヴィンスが勇者に選ばれたことは特例だったのだろう。
過去にはヴィンスの他にもそういう例もあったらしいし、全くないわけではないようだが。
「しかし前勇者は引退後事務仕事ばかりで、とてももう一度戦ってもらうわけにはいかない。後進のことは剣聖と魔卿に任せてしまってね。聖女とはいい関係になったと聞いたよ」
ただ、それ故に引退も早かった——そうエマは付け加え、深く座り直した。
「現在、深い場所まで潜れる者は限られている。安全第一であるが故の悩みだねえ」
「今の話にあった、剣聖と魔卿の後進とやらはどうなんだ?」
「うち一組を呼んではみたけど、強制的に参加させるわけにはいかなくてなあ。兵士じゃないからね。だから今は、職員が出てるよ。十分優秀……なはずなんだけど」
それでもあれだけの数を撃ち漏らした、か。
確かに俺達も、自分の担当分を討伐するのに必死だったからな。
それにしても、本当に冒険者の自由意志を尊重しているんだな。
強制参加はできない、か。
「ま、いざとなったら呼びに行くし、僕も動かせてもらうよ」
「いいのかそれは?」
「いーのいーの。なるべく人間の力だけで解決するのが世界の理想だけど、シビラだって動いてるでしょ」
言われると、それもそうか。
最初は低レベルの【魔道士】だったシビラだが、幾度となく消滅していることから何度も一からやり直しているのだろうと思う。
エマは……まあ間違いなく、半端な実力ではないだろう。そうでもなければ、冒険者ギルドのトップなど到底担えない。
それにしても、シビラもそうだが、エマも大概俺の想像していた女神っぽさみたいなものとは無縁だな。
わざわざ丁寧語を断るぐらいだし。
「とりあえず、昼でも食べておいてくれ。午後からまた動いてもらうことになるかもしれない」
「ああ、分かった」
エマは話を終えると、改めて立ち上がり俺達に頭を下げた。
「重ね重ねになるが、君達が来てくれて感謝している。本当にありがとう」
何が彼女をここまでさせるのかは分からないが、それだけ人間に協力してもらっているということはエマにとって大きなことなのだろう。
感謝というよりも、責任感か、それとも罪悪感のようにすら感じる。
しかし俺達からしてみれば、女神がいなければ戦う力すらないのだ。
そもそも攻めてきてるのは魔王だからな。
女神には、この状況に対する責任など最初から何もない。
だからだろうか。こうも頭を下げられるのは……何か、違う気がするんだよな。
大体、似合わないんだよ。
「その感謝は、魔王討伐できた時まで受け取り拒否する。第一気さくに接しろと言ったのはあんただろ? エマもシビラぐらい、世界一ふてぶてしくなった方がいいぞ」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
そんな会話をしながらも外に出る準備をする俺達を、エマは優しい目でじっと見つめていた。
慈愛に満ちた目は全てを包み込む海のようで、初めて俺は水の女神っぽいところもあるんだな、と思えた。
シビラと違って。
「あんたまた変なこと考えてないでしょーね」
「シビラは本当に女神っぽくないよな」
「こういう時って口に出さないものじゃないの!?」
部屋を出る際、ギルドマスターの楽しげな笑い声が聞こえた。
そうそう、それでいいんだよ。