軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都への馬車の旅、ジャネットの話を聞き、その背中を追う

ジェマ婆さんに朝早く見送られながら、俺達は馬車に乗った。

ちなみにフレデリカは、昨日の段階で冷めても美味しい料理を食べ盛り共のために仕込んでいたらしい。

こういうところが、この人の良いところだ。

「今日の馬車は奮発してもらって、十人ぐらい乗れるのよ! 快適~!」

そして、故郷を再び離れる郷愁などどこ吹く風の愉快な女が、後ろの座席を占拠して寝っ転がる。

すぐ前の席、俺の後ろでフレデリカがシビラの方を振り向く。

「あらあら、シビラちゃんってばお行儀悪いんだから……」

「フレっちも一緒に寝な~い? 羽を伸ばせるわよ! 羽が伸びるほど広くはないけど!」

それは渾身の女神ギャグなのか? 悪ガキがいたずらで油を撒いたってぐらいに滑ってるぞ。

女神教のシスター幹部であるフレデリカにとっても反応に困るだろう……と思っていたら、意外にも楽しそうに笑っている。

「女神様がこんなに楽しい方なら、もっとみんな気易く接してくれるのにね。でも案外、信仰心は薄れちゃうものなのかしら?」

「ある意味『信仰』というより『盲信』で成り立ってる部分もあるわね」

おいおいそれ自分で言って……しまうからシビラなんだな。

二人の会話を聞いて、俺の前に座るジャネットが身を乗り出した。

「シビラさんの他の女神は……それこそ太陽の女神様はどんな性格なのですか?」

そういえば当然のことながら知ってるんだよな。

わざわざ聞きたいとまで思わなかったが、会うとなると事前に聞いておきたい部分も大きい。

「シャーロットはねー……真面目なのよねー……。だから太陽の女神なんて役も真面目にこなしちゃうんだけど。ま、会ってのお楽しみよ」

真面目、か。こいつが言う『真面目』がどの程度かは分からないが、こいつが二人ということはなさそうだな。

「あら、ラセルはアタシみたいな可愛い美少女が二人もいなくて残念?」

「お前それ性格指して言ってるんだよな。一体どれだけ自己評価が高いのか分からんが、他の女神と比較してもお前の自己評価は変わらないのか?」

「アタシが一番の美少女ちゃんに決まってるでしょ」

こいつのお調子者っぷりにも慣れてきた。

まあお前ならそういう回答するよな。

「ジャネット、こいつの言うことはだいたい適当だから信用しなくていいぞ」

「ちょっとそれどーいうことよ!」

「大丈夫だよラセル。僕もシビラさんのこと分かってきたから」

「ジャネットちゃんのアタシに対する視線が、冬にちょっと飲み忘れたコーヒーみたいにすっげー生温くなってるー!?」

さすがはジャネット、シビラのこともすぐに理解したようで何よりだ。

そんな俺達のやり取りを見ながら、斜め前の席に座ったマーデリンが隣のエミーと会話していた。

「あの、エミーさん。皆さんって普段からこんな感じなんですか?」

「ジャネットとシビラさんは分からないけど、ラセルは特にこんな感じですねー」

「まあ……凄いですね~……」

「そうそう、ラセルは凄いのです!」

あっちはあっちで、なんとも噛み合っていない会話だった。

あとエミー、すぐ隣でそういう会話をしないでくれ……。

「ずっとこのパーティーだったんだ。ラセルも大変だね」

そんなマイペースな人らを見ながら、ジャネットは俺に小声で話しかけてきた。

やれやれ、全くだ……まともに会話できるのはお前だけかもしれない……。

「ああ、そうだアタシも質問」

寝っ転がっていたシビラが起き上がり、フレデリカの隣に顔を乗り出すようにした。

「ジャネットちゃん、どうやってそんなにレベル上がったわけ? エミーちゃんも知らなかったということは、元々そんなレベルじゃなかったのよね」

「ああ、これですね」

ジャネットは自分のタグを手に取り、その職業レベルを表示させる。

アドリア――【賢者】レベル55。

見間違えようもない、その極端なる高レベル。

ジャネットの多重無詠唱は勿論強かったが、それ以上にこれが極端すぎるんだよな。

「……え、ええっ!? ジャネットちゃんって、今そんなに……!?」

「ああ、そういえばフレデリカさんは初めてでしたね」

そりゃあいきなり見たら驚くよな……俺含め全員驚いたし。

女神の職業レベルは、魔物を倒さなければ上がらないものだ。

仕組みや理由などは分からないが、魔物を倒すことによって上がり、魔王を倒すことでは上がらない。

強い魔物を倒すほど上昇幅が大きいが、女神教の教えでも冒険者ギルドの初心者講座でも、強い魔物に挑む危険性を入念に説いている。

ダンジョンより、自分の命。これが絶対条件だ。

勇者パーティーというだけあって、中層以下に潜れるほど皆は強かった。レベルの上昇が速かったのは、他の冒険者と戦っている魔物が違うから。

俺の場合は、黒ゴブリンの毒と俺の治療魔法の相性が良かったのに助けられた部分が大きいな。

それらを踏まえた上で見ても、ジャネットの55という数字は、あまりにも途方もないものだ。

少なくとも、ここにいる誰もジャネットと協力してレベルを上げに行ってはいない。

「僕が高いレベルになっていたのは、この【魔卿寄りの賢者】というほぼ攻撃魔法専門の職業で、パーティーの回復術士を担うつもりでいたから。グレイトヒールの上は必ずあると思っていたけど……まさかエクストラヒールがレベル48とはね」

「うわっ、マジで? ジャネットちゃん魔賢者で回復担ってたわけ? 聞けば聞くほど真面目ちゃんすぎっていうか……」

「自分の欲に従ったまでですよ。賢い選択ではありませんでした。僕は自分の欲望に忠実なだけです」

いや……本当に、お前が聖女ならと思うぐらいには凄まじい覚悟だよ。

一体そのどこが自分の欲に従った結果になるのか分からんぐらいの頑張りっぷりだ。

ただ、あの危機的状況で活躍した攻撃魔法を見た今となっては、ジャネットが賢者であることが本当に心強い。

「残りの7レベルはどこで上がったんだ?」

俺の疑問に、ジャネットは窓の外を指した。

今はまだ、アドリアからハモンドへ向かう道の途中だ。

この森には……大きな狼のフロアボスだったが、事前に聞いているほど魔物は多くなかった。

「……そうか、ジャネットがやっていたのか」

俺の導き出した答えに、ジャネットは頷く。

そう、俺とシビラが山に溢れる魔物を警戒して討伐に向かう前、ヴィンスを確認しにセイリスの街を歩いていた頃だ。

この時、既にジャネットが先手を取って山の魔物を一掃していたということか。

「ああいや、ラセルが想像しているような理由じゃないよ」

「ん? まだ何も言っていないが、ジャネットが通行人を襲わないように事前に倒していたものだと思っていたが……」

俺の想像を否定するように、ジャネットは首を横に振った。

「僕があのダンジョンに潜っていたのは、レベルを上げるためだけ。ケイティが怖かったからね、強くなりたいという理由だけで夜中に抜け出して潜っていたよ」

「それでも、助かった人は多かったはずだ」

「でも、経験値を持たない魔王は倒していない。まだ魔物を生んでほしいと思っていたからね。ほら、僕は自分の欲望にだけ忠実なんだ」

ああ、そういえば魔王は手にかけていなかったのか。

だがまあ、それでもこいつが通行人を救っていたこともまた事実だ。

「それも含めて、素直に自分のお陰だと言い切っていいんじゃないのか?」

「そーだよ! ジャネットはもっと、自分で自分を持ち上げるべきだよ!」

「ええ、アタシも賛成」

俺の言葉にエミーも乗っかり、更にシビラが付け加えた。

「今回はアタシとラセルがダンジョンを攻略したから良かったものの……謙虚は美徳だけど、その取り損ねた名誉の損益、パーティー全体に影響することもあるわ。将来的に、成否を分けるかもしれない」

それは、実感のこもった言葉だった。

「ええ、実際にアタシも……それで首の皮一枚で繋がったことがあったのよ」

シビラは目を閉じて、溜息をつく。

……恐らく何世代か前の【宵闇の魔卿】を思い出しているのだろう。

表向きには存在しないことになっている宵闇の女神、その信頼を事前に得ることはそれだけシビラにとって重要なのだろうな。

「あの時、事前に助けて、信頼を得ておいて良かったわ。そうでなければ——」

「シビラ……」

「——帝都でスった金を立て替えてもらえ痛ったァ!?」

二座席離れたシビラの頭に、俺の剣の鞘がクリーンヒットした。

自分でも驚くほど、スムーズに手が出た。

なんつーか、やっぱりこいつはシビラである。

「あらあらラセルちゃん、シビラちゃんに乱暴はダメよ?」

「いくらフレデリカの頼みでも、こいつへのツッコミは許可してもらうぞ。すぐにこいつは調子に乗るからな」

「いつつ……いいのよフレっち。それだけラセルにとって、アタシが最愛のコンビでベタ惚れってことで……ちょっアンタねそれマジで痛いのよ、もう一度振りかぶるとかどういう神経してるのよ」

そんなこんなで、賑やかな馬車の旅となった。

道中食事休憩などを挟みつつも、長い馬車の旅は続く。

風景が並木道から草原に変わってしばらく経過した辺りで、マーデリンが後ろの席へと移った。

どうやらマーデリンとフレデリカも道中で波長でも合ったのか、仲良くなったようだ。

いくら俺達が気にしないといっても、マーデリンにとっては『攻撃した記憶』があるのだろう。

その中で唯一、フレデリカだけは初めて会う相手だ。

元来の穏やかな性格のこともあって、すぐに打ち解けたようだな。

俺は二人の会話に混ざるシビラを見ながら、すぐ前に座るジャネットの横顔を見ていた。

窓の外を眺める無表情からは、いつものようにあまり感情は感じ取れない。

だが、以前に比べて心なしか楽しそうにしているように思うのは気のせいだろうか。

俺達の中でも、一番小さい背中。

だが俺にとっては、今も術士として目指すべき、誰よりも大きい背中だ。

ジャネットが俺を羨んだように、存分にお前の凄さを羨んでおく。

そしていずれ、自信を持って『術士として肩を並べた』と言えるようになるからな。

「……ん? どうしたの、ラセル」

「いや、ジャネットもこのパーティーを楽しんでるっぽいなとなんとなく思って」

「……」

一瞬目を見開くと、何故かジャネットは身を乗り出して軽く俺の頭を叩いた。

珍しいな、いつ以来だろうか。

「なんで気付くわけ? 僕以外にもそんなこと言ったりするの?」

「いや分からねーよ、ジャネットの表情はなんとなく分かるだけだ」

「……はぁ、これだからラセルは……」

何故か溜息を吐いた後。

「うん、楽しんでるよ。いいパーティーだ」

明確に、今笑ったな、と分かる表情をして前を向き直った。

何やらよく分からんが……まあ、ジャネットの気が晴れているようなら何よりだよ。

再び視線を前に向けたジャネットが「あ」と呟いた。

「どうした?」

振り返り、窓の外を指差す。

俺達の様子に気付いたフレデリカが、同じように窓を見て頷いた。

「楽しい旅だったわ〜。セントゴダートまでも、楽しい時間だからあっという間ね」

俺もつられて外を見ると、そこには王都の城壁が大きく広がっていた。