軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マーデリンと、ジャネットのこと。そして、謎を解く鍵は

シビラは腕を天高く伸ばして……そのままごろんと草の上に寝転がった。

ダンジョンを駆け足で進んだとはいえ、休憩を挟みながらの踏破だ。外はすっかり夕暮れとなっていた。

「あー、疲れた。でもまあ気分はいいわね」

シビラの顔は実に晴れやかで、相手を取り逃したということへの悔しさみたいなものは見受けられない。

「ラセルは取り逃したって思ってるのね」

「まあ、な。今から追うということは?」

シビラは俺の目を見て瞠目し、溜息を吐くと立ち上がった。

「大前提として、よ。あのケイティがレベル1しかないヴィンスを捕まえているわけだけど……人質としてナイフ突きつけたら、あんたはどうする? どうせ刺さないだろうって、遠慮なく進む?」

っ……それは、難しいな……。

ヴィンスのことは全く恨んでないわけではないが、命と引き換えにしてまで今すぐケイティを捕まえる、というほど薄情にはなれない。

「そういうこと。今回は、気絶した状態で掴まれてしまった時点で負け確定だったわ。ま、アタシもまさかレベル全部吸い上げちゃうなんて思わなかったから仕方ないわね」

「仕方ないとはいえ、ギリギリだったな……ここで終われば良かったが」

「ええ。それでもラセルがケイティと寝室を共にするような誘いに乗らなければ、近づいても経験値を奪われることはないと分かった。相手の能力を知ることは、とても大事なこと。それにもう一つ、物凄く重要な情報を得ることができた」

「何だ?」

「気付かなかったかしら」

シビラは質問に質問で返すと、ハモンドの方へと歩き出した。

おい、無視すんな。

「彼、ヴィンスはケイティの情報をラセルに教えた。凄い判断よね、あの一瞬で『助けてくれ!』じゃないんだもの。……ところで、不思議だと思わない?」

再び疑問を重ねてきたシビラに、顎で説明を促す。

「ヴィンスは、アタシ達に情報をくれた。でもね……情報をくれたということそのものが、新しい情報なのよ」

ヴィンスが新しい情報をくれたことが……。

ヴィンスが、ケイティから身をよじって——。

——そうか。

改めて考えると、これはおかしい。

なるほどな……これ以上にない情報だ。

「記憶を戻したヴィンスは、ケイティに対して好意的ではない」

俺の答えに、シビラが満足そうに頷いた。

ヴィンスに記憶を封じられている時のことまで覚えているかどうかは分からないが、少なくとも俺の記憶を戻した時には、ケイティから身をよじって離れようとするぐらいの忌避感があるということだ。

何よりの情報だ。ジェマ婆さんの話によると結構な女好きらしいヴィンスが、美女の究極系みたいなケイティに愛されて尚、こちらに必死に情報を伝えるぐらいには関係が良くないと。

考えれば考えるほど、俺に接触してきた女神があっち側でなくてよかったな……。

「あーあ、でも次どうしたもんかねー」

そんな愚痴をぼやきながらも、シビラの顔は晴れやかだった。

ハモンドの宿に着き、シビラが愛想良く受付を済ませる。

エミーとジャネットは以前も利用したことがある。エミーがフードの女を背負っているが、治療のためと俺のタグに触れて聖者の文字を出したことで、すぐに受付は引き下がった。

部屋に入ると、まずはエミーがマーデリンをベッドに下ろして、寝かせる。

「むう……大きいなあ……」

エミーの緊張感のない呟きは無視するとして。

眠っている姿は、優しそうな女性でしかない。

だがこの女は、先ほどまで俺に催眠魔法で眠らせにかかってきていた。

俺が警戒し、エミーも盾と剣を構える。俺達の姿を見て、ジャネットがマーデリンへと触れた。

シビラは、窓の近くで宵闇の青を髪に乗せてこちらを見ていた。

「ん……んん……」

マーデリンへの治療を持ちかけたのは、シビラだった。

確信があったのだろう。マーデリンがヴィンスと同じように、記憶を封じられているのなら。

その、マーデリンの金色の目が開く——。

「……」

薄ら目を開けて……段々と目を見開き、視線を俺に、エミーに、そしてジャネットに彷徨わせる。

「あ、え……?」

その視線が、誰の場所でもないところに止まる。

「…………あ……あ、ああ……!」

そして頭を抱えると——震えながら泣き出した。

「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、私……私は……。私は……? 私、は……」

その姿に、エミーが少し構えを解く。俺も、剣の柄に置いていた手を離した。

説明されなくとも、どういう事情かなど分かる。

記憶が、あるのだろう。

俺達を攻撃した記憶、そしてジャネットを嵌め続けてきた記憶が。

だから。

「僕は、気にしていない」

真っ先にジャネットが、マーデリンに声をかけた。

「操られていた時、洗脳されていた時。そういう場面では、自分が自分ではなくなる。今のあなたは、ラセルが……【聖者】が治療魔法を使ったんだ。だから、大丈夫。全て大丈夫なんだ」

……そうか、ジャネットは。

「僕も、自分の記憶が自分で信じられない時期があった。それでもね、聖者に救ってもらった。同じ聖者の魔法なら、あなたも大丈夫。当人の僕が怒ってないんだ、何も気に病む必要はない」

静かなジャネットらしく、抑揚の乏しい声ではあった。だが、真摯さを感じられるように、感情に訴えかけてくるものがあった。

マーデリンがジャネットの声を聞き、深呼吸をする。

「……ありがとう、ございます」

「いいね。謝罪より前にお礼が出てくるの、僕は嫌いじゃないよ」

ジャネットはふっと笑うと、顔を引いた。

落ち着いた様子のマーデリンが、シビラを見た瞬間、目を見開く。

「シビラ様!」

ベッドから起き上がり、マーデリンが身を乗り出す。

急な行動に驚くが、それ以上に今の言葉に驚いた。

シビラ……様?

それは、まるで……。

俺の考えがまとまる前に、シビラの前で片膝を突いたマーデリンが、必死の形相で訴えかけた。

その内容から察せられる内容の衝撃に、呆気にとられた。

どうやらあの『愛の女神』には、まだまだ謎が多いらしい。

「『宵闇の女神』シビラ様……どうか、プリシラ様のところまで私をお連れください!」

それは、相手の足取りが掴めなくなった俺達にとって、新たな道しるべとなる一言だった。