作品タイトル不明
自分が上を目指すためならば、下を見ている暇などない
アドリアの門から出て、ハモンドに向かう道。
村と街を往復する馬車の大きな荷台に揺られながら、シビラと周りの景色を見る。
「この森の向こうのどこかに、ダンジョンがあるってことなのよね」
「そうだな……」
道の横には柵などもなく、森は少しずつなだらかに坂道のように上がり、それが大きな山となっている。
ジャネットが報告するまで観測されなかったのは、魔物の生息地までそれなりに距離があるからなのだろうな。
ブレンダは馬車の人に顔を見られるのが嫌で乗らなかったが、今思えばあの時は見つけられてよかったな。もしも人目を避けるために森の中を歩こうものなら、きっと無事では済まなかっただろう。
「そういえば、エミーちゃんも森を走ったって聞いたけど……」
「そうだったのか。……ん? ならば、エミーは……」
俺の予想と同じ答えを、シビラは肩をすくめて苦笑しながら示した。
「魔物に遭遇してたけど、報告し忘れちゃったってことかしらね」
その抜けっぷりは、いかにもエミーらしい答えだな……。
とはいえ、あの時は精神的に参っていた直後でもある。忘れていたとしても、そう易々と責めることはできまい。
「これはエミーちゃんがダメというよりも、精神的にエミーちゃん以上に参っていながらしっかり報告してくれたジャネットちゃんが凄いのよ。世界に絶望するほど自暴自棄になったら、人によっては『自分と同じぐらい不幸になれ』という考え方に陥ってしまいかねない。なかなかできることじゃないわ」
「そうか、確かにそう考えるとジャネットは偉いな」
シビラの考えに、俺は頷いて同意した。
かつて回復魔法しか使えなかった俺は、確かに『なんで俺だけ……』という思考に陥りかけたことがある。それでも、誰かを助ける余裕があった。
ジャネットの絶望は、そんな生易しいレベルじゃなかった。だがジャネットは、世界に当たり散らしたりはしなかった。
同時に、シビラの考え方の良さにも感嘆する。
一瞬俺は、仕方ないとはいえエミーが抜けていた、という考えをした。それ自体は間違っていないし、原因の一端が俺の弱さにある分そのことを責める気は一切ない。
しかし、比べてジャネットが普通ではなく優れていた、という考えは何より彼女の評価を上げることに繋がる上、決してエミーを下げることにはならないだろう。
同じ比較条件なら、水準を置いて片方を下げるより、水準から片方を上げて評価する方が気分がいい。
その大切さをシビラは言っているのだろう。
そしてこれは、行動だけではない。
能力に関してもだ。
「二つを比べてあっちが悪いとか、自分よりダメなヤツを探すよりも……もう片方が凄い、自分より上はまだまだいると思う方がいいってことか」
「おっ、自分で考えて理解したわね! そうよ、『下』というものを自分の心の安心に置いちゃダメ。特に比較して下側ばかり見るようになると、そっちばかり見つけるようになるわ。常に『上』に目を向けることで、自然と自分がその世界に近づくの。アタシが見てきた人は、まー大体そうだったわね」
普通の寿命を持つ人間より、よっぽど沢山の人を見てきたシビラが言うのだ、その経験則による答えはきっと正しい。
統計でこいつの参照人数に勝てるヤツなどいないだろうからな。
「そうか。なら、常に心に留めておこう」
「この天才的な頭脳を持つシビラちゃんにしか出せない答えに、ラセルもすっかり惚れているわね!」
「老婆の老練なる老獪な知識の部分なら惚れているぞ」
「美・少・女!」
二人で声の音量が上がっていくと、荷車を引く御者から「ハッハッハ! 仲のいいこったな!」と笑い声が聞こえてきた。
それに対して、すぐに調子に乗るシビラが「ラブラブよ!」と無責任に叫んだため、俺は大きく溜息をついた。
久々の完全なる二人パーティーへと戻り、矢鱈とテンションの高い駄女神の勢いを吸収するクッションがない。
エミーを連れて来なかったのは、俺史上最大の判断ミスだったかもしれん……。
-
ハモンドに着き、既に銀貨を渡していた御者に別れを告げて街へと入る。
久々に入ったハモンドは、あの日と変わらず活気に満ちあふれた、まだまだ発展中の街だ。
少し感慨に耽りながら街を歩き、ふと教会の前に辿り着く。
ステンドグラスは、あの日と変わらず女神の形をしており、教会に光を落としている。
かつて俺が一度終わった日と、全く変わらない光景。
だが、その時と今では感じ方が全く違った。
「光があるから、闇もある、か」
どんなにステンドグラスの光が、雲の隙間から覗き込む太陽の女神の光芒のように教会を照らそうとも、今俺が立っている日光の真下よりは暗い。
あれが明るく見えているのは、単純な話だ。
差し込む光が輝くように、ステンドグラス以外の部分が太陽の光を遮って暗くしているからなのだ。
そして、闇もまた太陽の光なくして形を作ることはできない。
俺の足元にある暗い闇も、結局のところ太陽の光がなければ影という形にはならない。
そう思いながら、隣のシビラに目を向ける。
シビラは何か真剣に目を細めながら、あのステンドグラスを見ていた。
その眼はどこか敵対的で、何かを考えているようだ。
「……シビラ?」
太陽の女神。敵対しているわけではないと以前言っていた。
だが、こいつにも何か、思うところがあるのかもしれない。
世界の信仰を集める、太陽の女神。陰から魔王を討伐する、宵闇の女神。
表舞台で活躍する、勇者。攻撃に関する魔法は一切憶えない、聖者。
その対比は、どこか似た関係のようで。
何かしらの答えを得たのか。
色気のある唇がゆっくりと開き、小さく溜息をついた後にその喉が声を紡ぐ。
「……やっぱアタシの方が美人だと思うのよね」
膝から力が抜けるかと思った。
シビラはこんな時でもシビラだなおい!
やれやれ、これぐらい圧倒的にあっけらかんとした自信満々っぷりが今の俺には必要なんだよな。
最早チョップをする気力もなくした俺は、「さっさと宿を決めるぞ」と宣言して歩き出した。
「ラセルもそう思わない? だんまり? ってことは肯定ね! もぉ〜照れちゃって——きゃん!?」
ご希望のようだったので、結局一発叩き込んでやった。