作品タイトル不明
心折れた幼馴染みにとって、本当に必要だった言葉
あのジャネットが『別世界』などという荒唐無稽な単語を出してきた時は、さすがにこれ以上驚くことはないだろうと思っていた。
……まだ、俺は心の準備が足りなかった。
「ヴィンスが……どうか、したのか?」
今度は、俺の声が震えていた。
ヴィンス。ここ最近は、あまり仲の良くなかった俺の幼馴染み。
嫉妬する 職業(ジョブ) 。ただの憎い相手。
そんなヤツだが……それまで長い間、一緒だった幼馴染みだ。
ジャネットの言葉は、比喩だろうか。
性格が豹変したという意味で、ヴィンスが知らない何者かになってしまったという意味なら、まだ分かる。
しかし俺にはどうしても、そう思えなかった。
「ラセル……僕は、僕は……自分の力を、過信していた……ケイティがおかしくても、他にやってきた人が全員ケイティの手下でも、それでもヴィンスは守れるって自惚れていたんだ」
「ジャネット、おい、大丈夫か」
「僕は……」
ジャネットが俺から表情が見えなくなるように顔を伏せる。
何度か回復魔法を使っているのだが、やはり心の怪我や病気には全く意味を成さない。
……くそっ。
幼馴染みの一人が孤独の中で頑張って、その結果がこれかよ。
力になりたいと思ったときに限って、力になれないなど……これで、何が【聖者】か。
「——ハイ! 終わり! 終了!」
沈み込んでいた俺の心に、今の空気を思いっきりぶち破る大声が割り込んでくる。
顔を上げると、シビラが手を大きく叩きながら叫んでいた。
「質問そこまで! ラセルもそれでいいわね!?」
そう言われて、ようやく俺は目の前にいる、シビラの声に少し驚きつつも汗を流しながら呼吸を浅くするジャネットが目に入った。
ああ……自分が嫌になるな。自己嫌悪に陥って、そんな悲観的な自分に陶酔して。
結局シビラに言われるまで、ジャネットが無理をしていることを気遣いきれなかった。
「すまない、シビラ。……ジャネット、言いたくなったらその時に言ってくれ。言いたくないのなら、言わなくてもいい。だが、これだけは聞いてくれ」
俺はジャネットのじっとりと汗で濡れた手から両手を離し、彼女の両肩にしっかりと両手を乗せる。
そして、恐らく今までで一番近い距離まで、ジャネットの顔に近づく。
触れそうなほど、近くに幼馴染みの顔が映る。
「——何があっても、俺はお前の味方だ。そう、何があっても……何があってもだ」
ジャネットは一瞬目を見開くと……視線を下げて、小さく「うん……」と答えてくれた。
たった一言でも、返事の声が聞けた。今はそれだけで、十分だな。
俺はジャネットから離れると、シビラの方を向く。
シビラは……何だお前、ニヤニヤして腕組んで。その顔した後俺が何度もはたいているの自覚あるだろ。
そんな俺の内面を余所に、シビラはエミーの方を横目で見ながら肩をすくめた。
何かに気付いたのかジャネットがはっとして振り返り、エミーの方を向いて小さく手を合わせる。
エミーは、溜息をついて苦笑しつつ、首を横に振った。
「……何なんだ」
「ラセルは分からなくていいわよ、そっちの方が面白いから」
シビラがひらひら手を振って、それ以上言及はできなかった。やれやれ、女子の考えることは分からん。
「ま、なにはともあれ夕食にでもしましょ。ジャネットちゃんも食べるでしょ?」
「……今は、いりません」
ジャネットは拒否を示したが、シビラは首を振る。
「ううん、見たところあんまり食べてないでしょ。食べなくちゃダメよ、折角こんなに可愛く育ったんだもの。ね?」
「……僕は、可愛くないですから」
「そこ無自覚だと、結構あざといぞー」
シビラは俺の近くまで来るとジャネットとの間に割って入り、しゃがみ込んでジャネットの顔をのぞき見る。
「ま、無理にとは言わないわ。一口でもいい。食事のリズムは崩さない方がいいわ」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「そんなの決まってるじゃない、エミーちゃんの親友だからよ。だから——」
今度はシビラが、ジャネットの手を両手で包み込む。
「——無謀な勝負に出ずに生きていてくれて、ありがとう。無事にここまで帰ってきてくれて、ありがとう。そして……自ら命を絶つようなことをせずに独りで耐えてくれて、ありがとう」
その三つの言葉に、俺は息を呑む。
ジャネットは、ケイティという明らかに異質な存在に対して独りで対峙していた。
ヴィンスは単純馬鹿だし、女に弱いし、頼れなかっただろう。
エミーがいなくなってからヴィンスを気に掛ける生活は、孤独だったはずだ。
無謀な勝負で、一対二やそれ以上の戦いになる可能性もあった。
ジャネットは、間違いなくヴィンス達と円満に別れていない。
だが、全く知らない場所へ身を隠すわけではなく、この故郷まで帰ってきてくれた。
知らない場所で、連絡もできなくなっていた可能性もあった。
……俺もエミーも、現実から目を逸らしていた。
帰ってきたときの怯えきったジャネットは、いつ取り返しのつかない手段を取ってもおかしくないような精神状態だった。
それでもジャネットは、生きていてくれた。
頭脳では誰にも頼れないジャネットは、誰もいないこの暗い部屋で、ただひたすら孤独と恐怖に耐えていたのだ。
そして……そんなジャネットに対する、シビラがかけた言葉。
何よりも、必要だった言葉。
「俺からも。ジャネット、ありがとう。生きてまた会えたこと、嬉しく思うぞ。あれっきりなんて、絶対嫌だったからな」
「わ、私もっ! ジャネット、私やっぱり幼馴染みで親友はジャネットだけだから……だから、またこうしてお話しできて、嬉しい! ありがとう。ずっとずっと、ずーっと一緒にいようね!」
ジャネットは俺達の言葉に目を見開いてしばらく固まると……再び俯いて、嗚咽をあげた。
「シビラ、ありがとな」
「おっ、ラセルがアタシに惚れたわね——きゃん!」
「感謝する」
「なんでお礼を言いながら叩いたわけ!?」
お前がそういうヤツだからだ。
まったく……そういうところ、全部含めてお前らしいよ。
だが、本当に助かった。今日は本当に、お前がいてくれてよかった。
俺は、張り詰めた雰囲気を緩めて温かな涙を流すジャネットを見ながらそう思った。