軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一つの戦いの終わりと、新たなる敵の影

馬車に揺られながら、外を見る。

すっかり魔物のいなくなったマデーラの平野に、御者も安心していることだろう。

時々、まだ巡回をしている冒険者達がいる。恐らく……赤い救済の会にいた人間なのだろう。

赤会信徒の冒険者。彼らもまた、被害者のはず。だが自分たちの責任を重く受け止め、率先して街のために働いている。

魔物はダンジョンから発生する。そのダンジョンを自らの手で廃墟にした以上、もうこの平野に新たに魔物が増えることはない。

だから、可能性としては何一つ報酬を持てないままに終わる可能性が大きいのだ。

決して楽な戦いではないだろう。

それでも、あの人達は平野を隅々まで巡回する。その使命感に燃えた姿は、マデーラの未来が明るいことを俺に認識させた。

もう心配は要らないだろう。

「今更だが、平野での戦いを任せてしまったが大丈夫だったか?」

「アタシはレベルも大分上がったから、大丈夫よ。以前話したとおり、オークってのは女相手に欲望出しちゃうヤツだから、こっちが殺しにかかろうとも油断しまくるのよね。ま、世界一の美少女シビラちゃん相手なら、自分の命より天秤にかけちゃう気持ちは分かるけど」

さすがに自分の命より女の身体という気持ちは分からんな……。

だが、二人に任せて良かったようだ。

「後は、エミーちゃんが強い魔物を全て担当してくれたのが大きいわ。フロアボスの全討伐を確認していなければ、さすがにアタシもマデーラの冒険者ギルドにフィールドに出るのを禁止していたところ」

シビラは、自分の肩に頭を乗せて眠るエミーの頭を微笑みながら撫でた。

……エミーは、俺が赤会の元信者から襲われたりしないか、ずっと気にしてくれていた。特にここ数日は気を張りっぱなしだったからな。

ちなみにフレデリカも眠っている。約束を破って無理していたな。

……まあ仕事を増やしてしまった俺が言うのも何だから、責めないでおく。

エミーが倒した三体。それは紛れもなく、ダンジョンから地上に溢れたフロアボスだった。最後まで明確な理由は分からなかったが、確かに地上にフロアボスが出てきたのだ。

あんな個体が街の周りに出るようになるのだから、そりゃ危機感も覚えるというものだ。

定期的な討伐の必要性はもちろん、俺達のやっている魔王討伐がどれほど重要なことか、痛いほど感じる。

「そういえば、ダンジョンの魔物は倒すだけ倒したが、あまり討伐報酬を回収はしなかったな」

「したわよ」

……ん?

「いや十一階から上の魔物、切り取りながら進んだわよ。はい」

シビラが俺にタグを軽く当てる。

確認すると、明らかに大幅に増えている数字が目に飛び込む。

……さらっととんでもない額の譲渡をやったな。

「エミーちゃんにも渡しているわ。それでも多かったから、残りはアシュリーに渡した。魔物がいなくなっても、母親に平和は来ない。子育ては戦いだもの、せめて家族が増えた分ぐらいは予算を渡したわ」

そうか……そこまで考えていなかったな。

人が増えれば、食費は一人分増える。当然のことだ。

それが孤児院ともあれば、そうそう贅沢もできまい。

俺が気遣いできなかった部分を、シビラは俺の知らない間に補ってくれていたのか。

やれやれ、シビラを見ていると思うが、まだまだ自分で自分を聖者と認められる日は遠そうだな。

「……なんて思ってないでしょうね」

「勝手に心を読むな」

「アシュリーにとっては、自分の食事を削ってでもマイラちゃんと一緒にいられることが何よりも大事なの。まず第一に、それを成し得たあんたは間違いなく、アシュリーの聖者様なの。胸を張らないと、むしろアシュリーに失礼よ」

シビラは俺にそう伝えると、俺から視線を外して外の景色に目を向ける。

「……今回は、完全にアタシが間違えかけた。本来『宵闇の誓約』という世の危険に命を賭けるべきアタシ達が、保身に走って安全を取ってしまった」

「それは違う。シビラの選択も間違いじゃなかった。勝てたのは本当に、僅かな可能性だった」

そう。あの最後の一手が入ったのは、アシュリーとマイラの力だった。

アシュリーがアサシンナイフを持ち、マイラが投げなかったら、あの街一帯がなくなっていたかもしれない。

俺が討伐を焦ったせいで、何も知らないセイリスごと巻き込んで滅ぼしてしまうところだったのだ。

「本当に、最後の最後に助けられたに過ぎない。自分の力で勝ったなど過信はできないな」

「……そう言えるのなら、安心ね。」

確かに、俺はあの魔神を倒した。

そして、無事に母娘は再会し、平和に過ごしている。

だが……その現在を勝ち取ったのは、あの母娘自身だ。

今は心から、そう思う。

「シビラ」

「何?」

「プリシラって、お前の姉か?」

俺は、ここ数日考えていた疑問をぶつける。

いくつか、疑問に思ったことはあった。

シビラは女神である。

魔神が実際に存在して、本物の女神であるシビラが編纂した一人であると知った以上、『女神の書』は創作ではなく本物である。

そして、本の中で神々が魔神と戦っていた描写があり、その後から巻き込まれた形である人類に、女神側から【勇者】などの職業を与えたという話の流れがある。

おかしいのだ。

ならば何故、 シ(・) ビ(・) ラ(・) は(・) 魔(・) 神(・) と(・) 対(・) 等(・) に(・) 戦(・) え(・) な(・) い(・) の(・) か(・) 。

一度滅んだから能力が落ちたのか、それとも職業授与などの能力を持った時点で、その力に全てを引っ張られたのか。

可能性はいくつも考えられるが、それにしても能力の一部しか顕現できなかった魔神と比べて、最初に出会った【魔道士】レベル8のシビラはさすがに差がありすぎる。

それ故に、思ったのだ。

魔神が知っていた『宵闇の女神』は、別の存在だったのではないかと。

シビラはこちらをじっと見つめ……諦めたように溜息を吐く。

「……まあ、気付くわよね」

「そりゃあな。最初は人違いかと思っていたが、あの魔神も『宵闇の女神』の存在からそっちを連想したのなら、間違いなく関係あると思った」

「アタシが偽物の可能性は?」

「実際に 職業(ジョブ) 変更(チェンジ) させられた俺が、偽物だと判断すると思うか?」

シビラは黙って首を振り、馬車の天井をぼんやりと見ながら語り出す。

「最初はね、姉が全部やってたのよ。魔神との戦いも、職業の授与も。だけど……頑張りすぎた」

その姉を思い出すように、目を閉じる。

「アタシと違って、静かな夜の象徴みたいな性格でね。あんまり宵闇の魔卿を作り出すようなことに積極的でなくて、一人で魔王討伐を頑張ってたの」

「一人で、か?」

「そうよ。だけど【宵闇の魔卿】プリシラ一人でできることなんて、たかが知れてたの。ま、いろいろあってね……。少しずつ能力が削られて、負けが続くようになって……最後には、今のアタシより弱くなっちゃった。だから——」

シビラは目を開き、拳を握る。

「——アタシが姉の代わりに、その役目を担うことになった」

そんなことがあったのか……。

シビラはこちらを見て、自嘲気味に笑う。

「アタシ、末っ子なのよ。だから能力とか全部ぶっちぎりで弱いの。……がっかりしたでしょ」

「いや、むしろ安心したな」

「……え?」

何やら勘違いしているようなので、シビラにはハッキリと言っておこう。

「俺は、自分で言うのも何だが口も良くない。プリシラという口数の少なく攻撃魔法に秀でた女がいたとしたら、協力を拒んだだろうな。……いや、話から察するに、プリシラは俺を頼ることはなかっただろう」

話を聞くからに、当時の回復魔法を卑下していた俺がプリシラと協力関係を結べたかというと、疑問が残る。

それに、元々宵闇の魔卿として魔王討伐できるほど強いのなら、剣を持って戦ってなどいなかっただろう。

俺が最初にシビラと並んで戦いたいと思えた理由は、その『最良の結果』への飽くなき向上心だ。

……そうか。ここまでシビラが徹底して自分を効率的に作り上げていたのは、ある意味では神々の一人として弱い自分を意識していたからなのか。

だが、そのお陰で俺の人生を俺自身が肯定できるようなことを学べたのだ。

俺にとって、それに勝るものなどない。

魔神の最期。

あの時、堂々と自分を『剣士』と言えた原点は、やはりシビラがいたからだ。

「お前との距離感は、心地よいものだった。能力も、会話も。遠慮をしなくていい相棒というのは、こんなにいいものなのかと思えた。……俺には、いなかったからな」

「ラセル、あんた……」

「俺には、お前が……そうだな、俺にとって一番相性がいいと思える相手だった。きっとプリシラという女神では駄目だった。だから」

俺は、手の甲を見せる。

「これからもよろしく頼むぞ」

シビラは俺の手を見ると……少しの間目を閉じた。

その目が次に開く頃には、口角を上げたいつものシビラがいた。

「ええ、任せなさい。もう魔神討伐しちゃったから神話なんてとっくに超えてるけど、このまま姉の戦績を塗り替えてやるわ」

ああ、そうだ。

それでこそシビラだ。

俺はプリシラを知らないが、きっとシビラをよく理解した良い姉なのだろう。

ならばきっと思うはずだ。

自分を超えて欲しいと。そして……あまり自分を卑下してほしくないと。

シビラには、自分らしくあってほしいと思うはずだ。

俺がそう思ったからな。

シビラの手の甲が俺のそれを叩いたとき、むにゃむにゃと向こうから声が聞こえてくる。

これはエミーだな。

「らせるぅ〜……わたしもぉ〜……」

なんだ、寝言か?

「わたしもちょっぷしてぇ〜……」

完全に寝言だった。

俺はシビラと目を合わせるとお互い同時に小さく吹き出し、眠るエミーの手の甲に軽く自分のそれを当てた。

……今回の戦い、一見ほとんど魔神と戦わなかったようで、最も影響を及ぼしたのがエミーだろう。

あの魔神は、右腕の盾からの衝撃波で、エミーを抑え込むことにかなりの魔力を使っていた。

エミーは身動きが取れずとも、ずっと諦めずに抵抗し続けていたからである。

その結果、魔神は俺の手に届くまでに引きずり下ろされたのだ。

そうでなくては、俺自身が魔神と戦えるとはとても思えない。

気持ちよさそうに夢を見るエミーからは、その鬼神の如き戦いぶりは想像もできない。

「ありがとな。……まったく、どっちが救われてるんだからわからないな」

ふと見ると、シビラがこっちをじっと無表情で見ている。

「……どうした?」

「そういうお礼とか、起きてる時に直接言ってあげたら?」

「そうなんだが……あまり面と向かって言うのも、な……」

どうにも大真面目に褒めるのは慣れない。

シビラは俺の様子を見て、呆れたように溜息を吐いた。

悪かったな、こんな性格で。

「ま、いいわ。あんたがお礼をよく言ってるってことは分かったから」

シビラはそれだけ言うと、外の景色に目を向けた。

気がつくと、マデーラの平野からすっかり景色が変わっていた。

森林で埋まった山が、視界に広がる。

馬車の中に差し込む太陽の女神の恵み、その温かな光が山の木々によって交互に隠され、ちかちかと馬車の中を点滅させる。

この雰囲気、間違いない。

故郷(アドリア) は、もうすぐだ。

村に帰ると、皆が盛大に迎えてくれた。

「シビラさん! フレデリカさんも、お帰りなさいませ! ああ、ラセルにエミーも帰ってきたな」

マデーラで俺とエミーに頭を下げていた門番は、こっちでは明らかに俺とエミーだけおまけみたいな扱いで気楽に村に迎え入れる。

このあっさりした対応を見ると、思わず俺やエミーも吹き出してしまう。そして同時に、安心もする。

そうだよ、これぐらいでちょうどいいんだ。

やっぱり俺と住人の距離感は、アドリアが一番だな。

先に降りたシビラとフレデリカが、村の皆に応えながらも顔を合わせて頷く。

「さて、まずは何よりも」

「帰らなくちゃね。私達の孤児院に」

もちろんだ。

居なかった期間は僅かだが、本当に色々なことがあった。

俺の人生の中で、これほどまでに濃い時間はなかったな。

「ジェマおばあちゃん、元気かなー」

「あの婆さんがそうくたばるかよ。元気にやってるさ」

俺達は笑いながら、孤児院に帰る。

そんなこと、誰も疑いもしなかった。

だから……何が起こっているかなんて、想像していなかったのだ。

孤児院の扉を開けると、フレデリカが声をかける。

「ただいま戻りました。ジェマさん、いらっしゃいますか?」

すぐに声が帰ってくるかと思ったが、反応は……しばらく待ってからだった。

奥から出てきたその姿を見て、俺は息を呑む。

「ああ……今、戻ってきたのかい……。おかえりフレデリカ……」

ふらふらとした足取りで、弱々しい声を出す、知っているはずの顔。

あの元気が取り柄みたいなジェマ婆さんが、明らかにやつれていたのだ。

殺しても死ななそうなあの婆さんが、今や押せば折れそうなほど脆く感じる。

これは、異常だ……!

「……シビラ、ラセルにエミーも戻ってきたのかい……! ああ、これで……」

「《エクストラヒール》! おい、随分元気がないじゃないか、どうした?」

俺は婆さんの声を遮って、何が起こったか踏み込む。

「この魔法は……。ああ、ラセルの力だね。体力は、戻った感じだ」

俺の回復魔法でも、ジェマ婆さんは元通りとはいえないほど元気がなかった。

何なんだこれは……こんな婆さん、俺が生まれてから一度も見たことがない。

猛烈に不安になる。

シビラが前に出てジェマ婆さんの肩を握る。

「何か、あったのね?」

「……会いに行ってあげな。寝室にいる」

会いに、行く……だと?

一体誰がいるというのだ。

シビラは俺達とアイコンタクトを取ると、急ぎ寝室を目指した。

逸る気持ちを抑えつつ、俺達も後を追う。

扉の前に来た俺は、焦りが動きの荒さに出たのか、やや乱暴に扉を開ける。

大きな音が鳴り、部屋の中から小さな悲鳴が聞こえる。

「ひっ……! ジェマさん、子供、入れないでって……。こ、こないで……」

その部屋の隅には、蹲って帽子を深く被り、ガタガタと震える影。

そして——聞き間違えようもない、何年も聞き続けた声。

俺のいない間に、一体何があったのか。

それに、何故こんなことになっているのか。

現時点では何も分からないが……それでも明らかに、分かることはある。

——何か、された。

「まさか……ジャネット、なのか……?」

そこにいたのは、僅かな間に変わり果てたジャネットだった。