軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔道具の中に入れられた声と、入る予定ではなかった声

あのときのアシュリーと同じように、俺の『プレイ』という言葉に魔道具が反応する。

しばらく待つと、玉から声が出た。

『……これで、大丈夫のはずだ』

『今から喋るのですか?』

『はい、司祭様。既に始まっております』

『分かりました。——神々と魔神の争いは、終わることなく続いた。圧倒的な力を持つ神々と、無尽蔵の力を持つ魔王。その二者に挟まれた地上は、大きく荒れ果てた』

音留めの魔道具、最初は確認から入ったのか。

ベニーが言っていたのは、このこと……ではないだろう。

それならば、少女の声も必ず言うはずだ。

……魔王はもちろんのこと、神々も最初は地上を巻き込みつつも戦いを止めなかったわけか。

もう少し慈悲深いものかと思っていたんだが、結構大雑把なのかもしれないな。

『一つの島が滅んだ時、神々は思った。このままでは、大地が滅ぶだろう。……その中で、一人の神が立ち上がる。太陽の女神は言った。『地上の者に、戦う力を。その人の人生を肯定する、守る力を。誰かの為に心を痛められる者に、癒やす力を。大地を育み命を繋げる者に、育てる力を』と。』

かわいそうだな、滅んだ島。

どこのことだか分からないが。

確かこの文面は序盤だったはずだ。こうして話す者の速度に合わせて二度聞くと、いい復習になるな。

それにしても……聞いていると、なるほど確かに聞き取りやすい澄んだ声だ。

流し読みしていた時に比べて、内容がすっと入ってくる。

『太陽の女神に賛同した神々は協力し合い、人間に力を与えるための力を与えた。それが『 職業(ジョブ) 』である。女神は人々の心を理解し、その人の未来の選択肢を授けた』

……その結果が、聖者か。

人々の心を理解しているというのなら、俺のあの日々は一体女神にとって何だったんだろうな。

理解して、選択権を授ける……か。

『そして、地上に女神が降りた』

ん? 女神が降りたのは最終章かと思っていたら、こんなに序盤で地上に降りてくるのか。

ということは、女神の書の内容は、基本的に地上で行われたこと、なんだよな。

信心深いわけじゃなかった俺みたいな奴なら、女神の書に書かれた内容をただの創作神話だと思っていただろうが、生憎と俺は本物の女神が存在することを知っている。

だから、ここに書いている内容は——恐らく事実だ。

どれほど昔から、シビラはいるのだろう。

そして、他の神々はどこにいるのだろうか。全員は降りてきてないのだろうが……。

魔王討伐のために、シビラみたいに個別に動いていたりするのだろうか。

『女神は、祝福を授ける。女神を讃えよ』

最後は、そんな感じで終わるか。

これが、女神の書の始まりの章なのだな。

改めて聞くと、人類向けに女神を讃えるようにありがたい存在にしているというわけか。

他の女神がどんな奴かは、全く分からんな。なんといっても、宵闇の女神があのシビラだからな……。

太陽の女神があれぐらいお調子者なら、多少は親近感も……いや、待て。

シビラが二人……?

そう考えると……いかん、頭痛が……。

せめて、女神の中であそこまで自由奔放なのはあいつだけだと願いたいな……。

『ここまでで構わないのですか?』

『ええ、お疲れ様でした。もう戻ってもいいですよ』

『はい、分かりました』

最後にそんな会話をして、声が止まる。

……確かに男の声は聞こえたが、それだけだったな。

まあ面白いものも聞けたし、悪くはないか。

俺は音声が止まった球体の魔道具を見ながら、手元の女神の書を開く。

女神の書から見ると、今話した部分が本当に出だしの序章だけというぐらいの僅かな部分だ。

その次のページからは、地上で女神の教えを受け継いだ、太陽の女神教における『始まりの人』と呼ばれる人の話が始まる。

その人が、女神の書を記し始めるのだ。

出来上がったそれを更に、多くの者が写し始める。

そして、各地に移り住んだ人がその地で女神の教えを広め、『太陽の女神教』の教会を作る。

そうして王国には、女神教が広まった。

……それにしても、よく最初の人は女神というのを信じる気になったよな。

何か特別な力を与えられたりしたのだろうか。

本を作る能力? それとも単純に勇者みたいな力か?

基本的に女神視点で始まりと教訓みたいなものを書かれているため、人間が具体的にどうであったかという話はそこまで出て来ない。

そこまで考察して、ふと当然のことに思い至った。

——聞きたくなったら、シビラに聞けばいいな。

あいつ、女神だし。話しぶりからして女神の書の編纂に携わっているっぽいしな。

俺は、女神の書を机の上に投げ出して、椅子に深く座り直す。

……手持ち無沙汰で、何かしていないと気が済まない。

待っているということが、これほどまでにもどかしいとは。

こういう時になると、自分の能力が隠匿されるべき闇魔法であることを恨めしく思うな。

無論、我が儘であることは自分が一番理解しているつもりだ。

さすがに俺も、人前であの黒い魔法をなりふり構わず使うつもりはない。

それでも、魔物が山ほどいるという環境に二人はいる。

落ち着くのは無理というものだ。

——ああ、そうか。

俺はエミーに、ずっとこんな気持ちをさせていたのか。

戦いとは、なにも魔物を倒すだけではない。

心を強く持つことも含めて、戦いなのだろうな。

何か、手がかりになるものでも探すか——。

『定時連絡です』

——ッ!?

今、確かにあの魔道具から声がしたぞ!

男の声だ。

小さいが、確かにした。

この孤児院には子供とフレデリカのみ。

だとすると、男の声はこの魔道具しか有り得ない。

俺は、魔道具に顔を近づける。

……非常に小さい声だ。

だが、確かに声がした。若い男の声だ。

『はい、ご苦労様です。そちらの様子はどうですか?』

『裏より野に放たれた緑は、街には近づかないよう外に。馬を使い、セイリス方面へ広げる形で行っています』

『大変よろしい。それで、緑の者の監視はさせていますね?』

魔道具の声が、止まる。

何だ、そこで止まるのか? 随分半端な場所だな。

もうちょっと情報が欲しいのだが。

そう思っていると、更に小さく声が出てきた。

『……い、いえ……監視の者は、残しておらず』

どうやら、黙り込んでいたようだ。

若い男が小さく言葉を放った瞬間。

応対する急に魔道具の声は、雰囲気を変えた。

恐ろしく低いトーンだ。

『聞き間違いですかな。監視の者を残していないと聞こえたのですが』

「……」

明らかに、嫌な雰囲気だ。

明確な沈黙。この後は何があるのか、それとも音留めに込められた声はここらで終わりなのか。

姿が全く見えない音留めの魔道具では、黙られると何が起こっているのか分からない。

嫌な予感を覚え、少し耳を離して魔道具を見る。

その、数秒後。

『神に仕える資格がない! その程度の信仰で幹部候補に挙がっていたなど! 愚かしい! ああなんと嘆かわしいのだ! おお、我らが神よ、この愚か者の断罪をご所望でございますね』

『お、お許しください大司教様』

ガチャリと、音が聞こえる。

声以外も留めておけるのだな。

『この者は、『解放』がお好みらしい』

『お許しを! どうか!』

『二度目を願うような無能は要らない』

それから、男の悲鳴が遠くなり、扉が閉まる音がする。

何をしたか。

そんなの、子供でも分かる。

あの嫌がりようと、『解放』というもの。文字通り赤会からの解放じゃないとすると……シビラの言ったとおり、完全に生贄か何かの類いだな。

……なるほど、ベニーが気まずくなるわけだ。

こんな会話、聞いたとあらば精神的に無傷では済むまい。

明らかに何らかの問題があると分かるような内容。だからベニーは、これを俺に託したのだろう。

『無能を従えるのは疲れるな。……『駒』用の石か。あまり使い方を聞かなかったが……』

これは……恐らく、この魔道具を見た声だな。

『司祭様……いや、駒の娘も、予定通りに解放か』

……今。こいつは、何と言った?

俺が考える前に、魔道具から扉が開く音がする。

誰か新たな者が入ってきたのか、再び若い男の声。

『ただいま戻りました、大司教様』

『ええ、ご苦労様です。無事にBランクの冒険者様を救うことができましたか?』

ふん、変わり身の早い男だ。

これが先ほどまで若い男を、生贄に使っていた人間の声か。

他者の人生の終わりを理解していながら、ここまで平然と取り繕えるのは嫌悪感しかないな。

恐らく本当に、何とも思っていないのだろう。

マイラを利用する、嘘で塗り固められた大司教。

仮面の下側は、あの狂信的であり冷徹な言葉の数々。

『はい、無事に赤い救済の会であるとお伝えできました』

『素晴らしい。それでは、アシュリーを呼んでくるようにお願いできますか?』

『アシュリーですか? 分かりま——』

そこで、ぷつりと声が途切れる。

そうか、ここまでが『音留めの限界時間』といったところか。

それなりに長い時間のことを録音できたように思うが、実際これで女神の書を網羅するのは不可能だ。

つまり、ここまでがベニーの言っていた『謎の男の声』というわけか。

それにしても、ベニーの持ってきたもの、とんでもない証拠品だなおい。

これさえあれば、連中が一体何をやっているかが明確に暴ける。

理屈は分からないが、恐らく音を残すための魔法は使ったが、それを止める魔法を使い忘れていた、ということだろうな。

話の内容を聞いていると、抽象的だが何のことを指しているかは分かった。

『駒』というのは……アシュリーか、それに近い立場の者のことだろう。だが、音留めに関連したものということはアシュリーに渡すつもりだったのだろう。

随分と上から目線のあだ名を作ったものだ。

自分はろくに手を汚していないのにな。

やはり大司教、一番嫌いな感じの奴だ。

……アシュリーは、大丈夫なのだろうか。

やはり暗殺失敗を何度も延期するような状態を、簡単に許してくれるような真っ当な組織には思えないぞ。

シビラの予想自体はある程度正確だろうが、相手のこの声を聞いているのといないのでは、印象が全く違う。

俺も、少し楽観視していた部分もある。

この街の人間が信者だから、そう安易に数を減らすような不自然な真似はしないと思っていた。

とんでもない、こいつら平気で減らすぞ。

アシュリーを駒扱いする情報を知るのは、この魔道具のみか。

シビラには、待機すると伝えた。

そして、その判断はきっと正しい。

正しい、が。

——それで、本当に俺は納得がいくのか?

静かになった魔道具を見て——俺は、剣を手に取った。