軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雛が外の世界を見られるのは、目の前の殻を破った後だけ

ダンジョン探索は、順調……とは言いがたかった。

「次、黒二つ見えるわ」

「分かった、俺が右を相手にする」

「ええ!」

敵の強さが、尋常ではないのだ。

このダンジョンは、最初の紫の雑魚ゴブリンを除いて、基本的に出てくるゴブリンが黒で構成されている。

決して御せないわけではないが、シビラが強いと言った黒ゴブリンが上層のベースとなるダンジョン……間違いなく、相当攻略難度の高いダンジョンだ。

棍棒を片手にサイドステップをしながらこちらへ飛びかかってくるゴブリンの、攻撃が届く前にうまく回避して切り伏せる。

色が違って強くとも身長差があるので、俺の頭部を狙った攻撃の際には必ず飛びかかる。

空中で軌道修正はできない。だからその瞬間は、どんなに相手が強くとも動きは単調だ。

倒した直後は、必ずシビラを見る。

一度毒のナイフで攻撃されてからというものの、かなり慎重に戦うようになっていた。

前腕に取り付けた盾で攻撃を防ぎながら、短めの剣で牽制しつつ無詠唱のファイアボールを相手の腕に叩き込む。

それでも黒ゴブリンの力が強いのか、相手が動かなくなったところで盾を持つ腕を痛そうに押さえる。

「っつー……ほんとこいつら、チビのくせしてクッソ力あるわね」

女の子がクソとか言うんじゃない……と思ったけど、こいつに言っても聞かないだろうし、むしろ言う方が自然な気さえする。

(《ヒール》、そして《ヒール》)

とりあえずシビラの怪我らしきものを遠目に治して、自分の疲れも軽く治しておく。

「あっ、今」

「次来たぞ!」

「え、マジ!? うわマジじゃん、ああもう分かったわ!」

何か言いかけていたが、まずは目の前の魔物に対応する方を優先したようだ。

次は再びナイフタイプ。三匹来たので囲まれないように、今度は先制して攻める。

『ギャ……』

突発的な攻撃には弱いのか、回避されるまえに攻撃が決まった。

さすがに大枚はたいただけあって、いい剣を買った。

うまく相手二体の外側に陣取ったところで、手前側の残った黒ゴブリンを見る。

さすがに先ほどの先制攻撃を見たからか、こいつは相当警戒している。

黒ゴブリンがナイフの濡れた刃先を、こちらに向けて揺らす。……俺もシビラみたいな盾を買っておけばよかったな。

しかし待っていても事態は好転しない。

俺が一歩踏み込んで黒ゴブリンに突きを放つと、なんとこいつはナイフを投げてきた。相打ち覚悟か!

黒ゴブリンの喉を貫通したと同時に、頭の中に声が響く。

—— 【聖者】レベル6《ウィンドバリア》 ——

いつだって唐突なレベルアップの声。その声に意識を取られすぎないよう、目の前に集中する。

咄嗟に左手でナイフを止めるも、当然ナイフの刃先が少し刺さる。それと同時に、少し寝不足だった時のような嫌な感覚に襲われる。

……そうか、これが毒か。時間経過とともに、もっと病状も重くなるんだろうな。

ちょうどシビラも、倒し終えてこちらを見ていた。

あちらも投げてきたらしく、盾で防ぎきれなかったのか手首のあたりに傷がついている。

血を流した手首を押さえつつも、俺の怪我した手の平の方を見て『あちゃー』みたいな表情をしていた。

……自分も怪我しておいて、なんだその反応は。

俺は無詠唱でキュアを二回、ヒールを二回使った。

……よし、身体の気怠さも、疲れも取れた。

慣れると口で使うよりもよっぽど楽だなこれは。

シビラが俺の手を見て片眉を上げた直後、自分の手首に視線を向ける。

そして何度か握りこぶしを作りながら、首を傾げる。

……何かおかしいか?

とりあえず、俺はそれよりも先に確認しなければならないことがある。

「《ウィンドバリア》」

聖者レベル6の魔法を試してみる。

自分の周りに、ほぼ無色透明だがぼんやりと視認できる膜が張られたのが分かった。

「……」

シビラがこちらを見て、口を開けたまま指を差す。

「あ、あんた、それウィンドバリアじゃないの」

「知っているのか?」

「弓矢を防ぐ魔法よ。他にも魔法を一部弾くし、弱い魔物は入りづらく感じるはずだわ。パーティーメンバーなら、多分こうやって……」

シビラは革の手袋の指先を膜に触れさせ、抵抗がないことを確認すると手のひらを入れたり出したりする。

「ホラ、自由に入れるわね」

「なるほど、これで多少はここいらの魔物ともやりやすくなるな。投げナイフの直撃も今度は避けられそうだ」

こういう魔法があれば、前のパーティーでももう少しは出番が……いや、この程度じゃ出番なんてなかっただろうな。

だが、今の状況なら有り難い。黒ゴブリンが毒のナイフを投げるという手段を取ってきた以上、後ろから狙われる可能性も考慮しなければならなかったからな。

俺が自分の魔法に満足していると、腕を組んでこちらを半目で見る。

何だそのじっとりとした目は……。

「……あんたさあ、そういうの使えるのなら先に使ってほしいんだけど」

「いや、これはレベル6になった際に覚えた。黒ゴブリンの経験値は高いな」

「覚えた……って、そういえばあんたはレベル5だったわね」

それからシビラは再び腕を組んで唸ると、頭を手で押さえながら自分の指を折って何かの数を数えている。

「……いやね、アタシさっき疑問に思ったんだけど……。あんたさ、クリーンって魔法は覚えてる?」

「いや、知らないな」

「じゃあリフレッシュって魔法は?」

「それも覚えてない」

「スタミナチャージ」

「……知らないが」

何だ? それらは普通覚えているものなのか?

まさかこいつ、俺の知らない【聖者】の欠陥でも指摘するつもりなのか?

「……じゃあさ、あんた。エクストラヒールは?」

「それはレベル4の時に覚えたな。《エクストラヒール》」

俺は試しに、シビラが倒して黒焦げになった黒ゴブリンに魔法を使う。

死者蘇生はできないので、死んだまま火傷や傷が全て治る。

「…………。……はあーっ!? いやいやあんたね! 別にやれって言ってんじゃないわよ! なんつー無駄遣いよ、節約って考えを覚えなさい!」

「ダンジョンでいちいち大声を出すな。回復魔法なんて大して魔力を消費しないんだから、いくら使ってもいいだろ」

「なら後何回ぐらい使えるのよ!」

「百はいけるが、それより先は分からん。正確な数なんて分からなくても誤差だろ誤差」

返事をすると、シビラは不気味なものでも見たかのような表情で後ずさる。

お前はすぐ内心が顔に出るの、直したほうがいいぞ。

どこかでトラブル起こしそうだ。

「……ねえ」

「ん?」

「これだけ剣が使えて、無詠唱で治療魔法を連発できて……。いやほんと、こちらとしちゃ想定外ってぐらい楽でいいんだけどさ。なんであんた、その……一人なのよ」

「……役に立たずに、追い出されたからだ」

「嘘でしょ?」

俺はシビラの言葉を聞くと、黙って歩き出した。

「ちょ、ちょっと!」

立ち止まり、シビラの方を向かずに答える。

「主役ってやつが通る王道には、俺みたいに怪我した時にしか出番がないような魔法は、いらなかった。それだけだ」

黙って先を歩く。

息を呑む気配がしたが、声をかけてくることはなかった。

……そうだ。

俺は結局のところ、どこまで行っても回復術士でしかない。

今日は、そのしがらみから出られた第一歩。

剣を握る手は、英雄に憧れた子供の頃の記憶をまだ覚えている。

主役じゃない理由を認識できて、その殻を破ることで、初めて自分に足りないものを認識できたように思う。

俺は、俺一人でも十分に戦える人間だったのだ。

ようやく俺は、自分というものを理解できたんだな。

ふと、横に並んできたシビラの顔を見る。

「何よ」

「いや、別に。もう少し行くが、いいか?」

「いいわよ、呆れるぐらい魔力切れの心配がないって分かったからね」

両肩をすくめて笑うと、シビラは前を向いて歩き出した。

それは長年組んだ 相棒(バディ) のような、お互い妙に慣れたようなやり取り。

つい昨日会ったばかりだというのに、不思議な女だ。

ずっと停滞していた俺の時間。

脇役だなと思い込んでいた自分という存在。

理由も確証もないが……この女と一緒にいれば、そんな自分の 役(ロール) から抜け出せるんじゃないかと、そんな気がするのだ。