軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話

アカデミーの最後の一年、驚くほどに穏やかなものになった。自分の研究のかたわら研究棟の先輩方や教授と情報の交換をし、アカデミーの授業で教養を学んだ。

私は全くキャロラインを見かけなかった。常にマイクが先導して歩いてくれて、たまに遠回りするときもあったので、事前に回避してくれてるのだろう。手のかかる嫁候補で申し訳ない。マイクはじめルーファス様の部下の皆様は、女子生徒一人とも対峙できない私を、なんと弱虫なと呆れていることだろう。事実だ。しょうがない。

夏休みはルーファス様と共に再びスタン領に滞在し、初めて鮫の歯と思われる……動物の化石を見つけて飛び上がって喜んだ。

最初の化石だからずっと手元に置いておきたい気もするけれど、これを売れば……きっとお金になる……と思ったのは私だけの秘密だ。

◇◇◇

滞在10日目、ルーファス様の部屋に呼び出された。

「ピア、座って。マイク、こっちに持ってきて」

私が三人がけのソファーにいらっしゃるルーファス様の隣に座ると、マイクが目の前のテーブルの上に大きな何かを慎重に置いて、覆いを外した。

それは、森に仕掛ける小動物用の金網で作った罠で、それを細工し、いくつも小部屋が出来ていた。小部屋に一匹ずつ白いネズミ。

「ピア、気持ち悪くない?」

「いいえ、大丈夫ですが……」

意味がわからない。ルーファス様のペットだろうか?

「よし。実はピアに話してなかったけれど、休暇前にキャロライン嬢が私に接触してきてねえ。初対面だというのにタメ口で馴れ馴れしくてイライラしたよ。ピアすら私が止めろと言っても丁寧語を使ってくれるのに」

私のサメの歯好景気は一気に下降した。とうとう、キャロラインに会ったんだ……。

両手をぎゅっと握り込み、湧き上がる不安をなんとかごまかしながら、ルーファス様の様子を下から窺うと、口の端をひきつらせ、コメカミをピクピクさせていた。

あ……ほんとに思い出してイライラしてる。これはイカンです……。

ルーファス様は『親しき仲にも礼儀あり』の人で、しかも親しくなるのに数年かかる慎重派だ。私は幼なじみのような婚約者ということで大目に見てもらえているけれど……。キャロラインも別枠かなあと思ったけれど違ったようだ。

「我慢して聞いていれば、『ルーファスの婚約者って誰だっけ?誰に聞いても知らないって言うんだよね。社交性のない婚約者って、ルーファスの婚約者としては失格だと思います!私が何とかしましょうか?』と言われたよ。早速、表に出ていないのにピアがターゲットにされゾッとした。その不自然さでますますピアの不可解な予言の信憑性が増したよ。事前に私の周囲のものにピアについて、私の目の前以外で話すことを禁じておいてよかった」

キャロラインも転生者だろうか?ゲームで私の顔も名前も出てこなかったから、ルーファスルートの悪役令嬢がどの女かわからなくて困ってる?

「『私は偏狭な男だから、婚約者を独り占めしている。お前ごときに彼女のことを教えるつもりはない。減る』と言ったら、『あれ?ただの政略の冷めた仲のはずなのに……ルーファスルートやっぱバグってる?』とか奇妙なことを口走り、私もあの女が危険であると……ピアがあの女に怯える理由がよくわかった」

それにしても、ルーファス様、私のこと箝口令敷いてたのか。私減らないよ?

そしてルーファス様、キャロラインを危険物認定……。確かに彼女の立場から見ればバグってる。

「しまいには、『宰相様がご病気の間、お仕事手伝われているのでしょう?尊敬いたします!』だってさ!」

「ひっ!」

両手で口を覆い、悲鳴をなんとかあげなかったことを、誰か褒めてほしい!

宰相閣下、つまりルーファス様のお父様は、実は私たちがアカデミーに入学してすぐに原因不明の病気になってしまった。それ以降ルーファス様が宰相補佐という役につきお父様に成り代わって仕事をされている部分が確かにある。でもこれは 国(・) 家(・) 機(・) 密(・) だ。

切れ者宰相が病気なんて、国内の勢力争いの元、果ては他国からも付け込まれる恐れがある!うちの両親、伯爵家すら知らされていない。私が知ってるのは侯爵邸に出入りし、たまに看病を手伝っているからってだけ。たまには 侯爵夫人(おかあさま) にも休みが必要だもの。

「一体どうして……」

「ふふふ、どこで漏れたのか、今、調べさせている。で、『宰相のお仕事、国を任されているんですもの。大変ですよね』とか言うものだから『宰相の仕事の何が大変か言ってみて?』と聞いたら、『……なんとなく』だってさ……」

うわぁ……ルーファス様は『知ったかぶり』も大嫌いだ。潔く『知りません、ごめんなさい!』と言ったほうが優しく、一から教えてくれるのに……。

キャロラインってば次々とルーファス様の地雷をぶち抜いてる……心配なレベルだわ……。

「それでね、『と、とにかくお疲れが取れますように』と言ってこれをもらったんだ」

可愛くラッピングをされた紙袋を渡され、恐る恐る中を見る。これは……

「虹色のクッキー……」

ルーファス様は私に寄せて座り直し、紙袋を取り上げ、目の前の皿に広げた。前世でいう型抜きのプレーンクッキーに見える。ハート、星、月、可愛らしい。

「……やはり美味しかったですか?」

「馬鹿な!食べるわけがない。クッキーは重要なファクターだと君に教えられているというのに!」

ああ、10歳の私、そこまで話していたのか。動揺してたわりに偉い!

「まあ、初対面の人間にもらったものなど口に入れんだろう?こらピア!絶対食べちゃダメだぞ!特に父の件を知ってるとなれば……私は毒を疑った」

「毒!」

あの乙女ゲーム、そんなに血なまぐさかったの?まさか毒で 侯爵様(おとうさま) はふせってらっしゃるの?

「で、私は実験することにしたんだ。このネズミたちで」

ネズミさんたち!ラット検証でしたかあ!

「ルーファス様素晴らしい。乙ゲーの強制力を科学で解明なんて……」

私は目をキラキラさせてルーファス様を見上げた。

「おと?なんだそれ?」

「結果を、結果を教えてください!」

ルーファス様がネズミを指差す。

「左から順に、クッキーを一枚、1日だけあげたネズミ、次は5日に一枚、次は2日に一枚、2日やって1日あげない……そして一番右が、毎日食べたネズミだ」

右にいくに従いネズミは落ち着きがなくなり、一番右にいたってはグルグルグルグル自分の檻の中を回っている。たまにガチャガチャと柵にぶつかりながら。

「見てろ」

右のネズミの柵にルーファス様がクッキーを差し入れた。すると、ネズミはシャーッ!と威嚇し、キバと爪を剥いてクッキーをもぎ取り、抱え込んで一心不乱に食べ始めた。

「……中毒性があるのでしょうか?」

「みたいだな、欲しくて欲しくてたまらないらしい。凶暴になるほどに」

ーー麻薬のようだ。

「専門家の意見は?」

「とりあえず、うちの医者に見せた。今の時点で見せられる相手は限られる。おそらく、食べれば食べるほど幻覚症状がひどくなっているのだろうと」

「幻覚ですか……」

「そして、美味しいクッキーをくれる相手を、無自覚に慕うようになるだろう、と」

そうだよね。中毒患者にすればタダで欲しいものをくれる人、天使に見えるだろうね。そして何でも言うことを聞いてしまうように……。

「ただ、既存の毒や薬物は、一切検出されなかったんだ」

「つまり、証拠はこの実験結果だけ、というわけですね」

ああ、素晴らしき乙女ゲーム!

主人公がクッキーをコネコネするだけで、足のつかない成分が入り込んでくれるのだ。

でも、ネズミと人間は違う。

「もう、他の皆様は食べているのでしょうか?」

「王太子殿下始め数人はクッキーをもらっている。毒味が食べて、何ともなければ食べただろう。ネズミにとっては自分の大きさほどあるクッキー。人間がどれだけ食べたら幻覚症状が出るのかまだわからんが……とりあえずこの検証結果は父に報告後、宰相の名で王に上げたよ。信じるも信じないもあちら次第だ」

「そうですね……」

ネズミが目を血走らせクッキーを齧り続ける。この怖ろしいものを、ルーファス様は食べなかった。本当によかった……でも……。

「どうした?ピア?」

私はルーファス様の目を真っ直ぐ見つめた。

「……ルーファス様。お願いがあるのです……とても面倒だとわかっているのですが……」

「いいよ。言ってごらん?」

「アメリア様や、他の婚約者の皆様のアリバイを……キチンと作ってあげて欲しいのです」

「……キャロラインにのぼせてる男たちの婚約者が、不当な目に遭わないようにってことだね。わかった。彼女たちが一人にならないように手を打とう。そして本人たちに自覚を持たせ、記録をつけるよう進言しよう」

「ありがとう。ルーファス様」

ひとまずホッとして頭を下げる。私はルーファス様に頼ってばかりだ。

「ご褒美が欲しいね」

ルーファス様がニヤリと悪そうに笑った。私は勢い込んで、

「もちろん!私が差し上げられるものならば」

すると、ルーファス様は突然息を潜め、耳元で、

「君の一番大事なものが欲しい」

私の……一番大事なもの……

「……わかりました」

私は泣く泣くポケットから鮫の歯の化石を取り出して、ルーファス様に差し出した。

「……まさかこう来るとは……いらん……でも間違いなくこれピアの一番大事なもの……まあ結婚すれば共有することになるから一旦もらっとくか……私のものにしておけば売れないしな……」

「ルーファス様?」

あれ?あんまり嬉しそうじゃない……宝物なのに……

「ハイハイ、ありがとう。ピアは優しいな」

「……優しくなどありません。彼女たちは私ですもの……きっと彼女たちはキャロラインに焦がれる婚約者様を見て……心で泣いている……私だけ、逃げた……」

下唇を噛みしめる。血が滲む。

「……ピア、ピアは逃げてない。私とピア、この七年間、力を合わせてひっかからないよう防衛してきたのだ!そうだろう?」

「……はい」

いつのまにか、ネズミもマイクも消えていた。

「ピア……」

私はルーファス様に抱き寄せられ、黒髪に指を差し入れられて、下唇をルーファス様の口に含まれる。ルーファス様の唇に、私の血が付いている。

「あ……」

「唇を噛んで我慢する癖、もう止めろ。いっそ私に嚙みつけ」

そのまま優しくて長いキスを受けた。