軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十一章 再戦

こんな最低の環境で眠れるはずないと思っていたが、気が付くといつの間にやら夜が明けていた。

「人間って、意外とどこでも寝れるもんだな……」

奇妙な感慨を覚え、寝ぼけ眼をこすりながら隣を見ると、そこにはリンゴが眠っていた。

ゲームでは人形王女とまで呼ばれたリンゴのことだ。

目を開けたまま寝てたりしたらどうしようと思っていたが、幸いにも目はきちんと閉じられていた。

その代わり、しばらく観察してみても身動き一つしないので心配になるが、ある意味でいつも通りと言えるだろう。

まあとりあえず起きてもらうか。

そう思って、声をかけようとしたのだが、

「おーい、リンゴ、朝……」

途中で思い直し、言葉を止めた。

昨日は街の人どころか、向かいの小屋の馬までもがヒサメイベントの影響を受けていた。

自然に収まってくれていると嬉しいのだが、寝ている間に事態が好転したとも思えない。

幸いなことにリンゴは昨日の時点ではその影響を受けていなかったようだが、今もそうだとは限らない。

もし彼女までがヒサメの家の話をし始めたらと想像したら、少し怖気づいてしまった。

そういえば、当のヒサメはどうしたのだろうか。

彼女が俺たちにずっとついてきていたことを思い出し、夜の間、猫耳が飛び出ていたはずの角を見た。

……いない。

「ヒサメ? いないのか?」

他の角や隠れられそうな場所も見回してみたが、そこにも彼女の姿はない。

流石に夜になって帰ったのか。

まあその気になれば探索者の指輪で俺たちの場所はすぐにつかめるはずだし、これであきらめたとは思わないが、正直少しだけ肩の力を抜けるな、と思って、俺が視線を戻した瞬間、

「うわっ!」

目の前の藁の山から、三角形の物体が二つ、にょっきりと飛び出してきた。

「やはり、気付かれていたのですね」

そこからさらに腕が出て顔が出て、ヒサメが姿を現した。

「何やってるんだあんたは……」

忍者か何かかお前は、と言いたかったが、あながち遠くもない気がした。

俺はすっかり呆れていたが、ヒサメはプルプルと顔を振って耳についていた藁を振るい落とすと、

「寒かったのだから仕方がありません。

どうも監視にも気付かれていたようですし」

と実に平然としたものだ。

まあ実際、夜中にもくしゃみの音が聞こえてきていたし、さしものヒサメも寒さには勝てないようだ。

飛び出た猫耳を見て、『猫だからか』とちらっと思ったが、おそらく服装のせいだろう。

彼女は自分の速度を最大限に活かすため、最低限の物しか身につけていない。

持ち物は手に持った重さ2の刀と小さめの冒険者鞄の二つだけ。

身体にまとっているのは『天の羽衣』という、見た目の割に抜群の防御力を誇るが、あまり寒さへの防御力はなさそうな服一枚で、あとは足袋とアクセサリー。

とてもではないが、夜の寒さには対抗出来そうにない。

しかし、そのくらいは彼女の強さを考えれば安い代償だと言えるだろう。

神速キャンセル移動すら凌駕する移動速度と、攻撃速度。

あの素早さが手に入れるのなら、軽装になって少しくらい寒い思いをしても……うん?

(もしかしてこれ、使えるか?)

軽装ゆえの身軽さは、彼女の最大の武器だ。

しかし、そこに付け入る隙があるかもしれない。

元々彼女には弱点がある。

その辺りを狙ってうまくやれば、あるいは……。

(って、何で俺はヒサメと戦う前提で物を考えてるんだ)

横目でちらりと、余裕の表情で身体に残った藁をはたき落としているヒサメを見る。

観念してヒサメの家に行くにせよ、このまま逃げ回るにせよ、もう彼女と戦う意味はない。

イベントはもう進行してしまっているのだから、ここでわざわざ危険を冒してヒサメと戦っても……。

(いや、そうでもない……か?)

そうだ。

イベントはほぼ開始されているが、まだ完全じゃない。

ここでフラグを折れば、回避出来る可能性は残っている。

「……ヒサメ」

そこに思い至った途端、俺の口は自然と彼女の名を呼んでいた。

「何か?」

ちょうど最後の藁をつまみ捨てたヒサメは、あまり興味なさそうに応じる。

しかし、それは俺が次の言葉を発するまでだった。

「やっぱり俺と、勝負しないか?」

ヒサメの動きが止まる。

その視線が、俺を捉えたのをはっきりと感じた。

「本気、ですか?」

わずかに細められた目には、鋭い光が宿っている。

今まで戦うことを渋っていた俺の心変わりが信じられないのだろう。

ヒサメでなくても、ここで彼女に勝負を挑むなんて何を血迷ったかと思う人間はいるかもしれない。

だが、これこそが俺の思いついた最善の手段。

ヒサメイベントを回避する一番の手立てなのである。

『ヒサメ家訪問イベント』が発生するには五つの条件が、などと色々言ったが、その中で何が一番重要なのかなんて、考えるまでもない。

――『ヒサメが俺を自分の家に呼ぶ』という一点である。

『ヒサメ家訪問イベント』は、文字通りヒサメ家を訪問するイベントなのだから、そこに呼ばれなければ問題ないはずなのだ。

ここさえ突き崩せれば、他の条件をいくら満たしていたとしても、おそらくイベントは開始されない。

そうなれば話は簡単だ。

ヒサメが俺を自分の道場に呼ぼうとしているのは、単に俺と戦いたいから。

だから前もってここで俺と戦うことにしてしまえば、ヒサメが俺を道場に呼ぶ理由はなくなり、イベントフラグはへし折れる。

しかし、問題は戦った後のことだ。

前回はイベントフラグの強さを見誤って、こうして後に禍根を残すような事態になってしまった。

だから、今回はそこで手を抜かない。

「ああ。もちろん本気だ。

今回は前みたいなごまかしはしない。

あんたと本当に『戦って』やる。

その代わり、あんたにも条件を飲んでもらいたい」

「条件、とは?」

ヒサメが少しだけ猫耳をひそめ、不穏な空気が広がる。

前回、前々回と、彼女はルール関連で落とし穴にはまっている。

今回は流石に無警戒という訳にはいかないようだ。

しかし、俺はそれには気付かないフリをして、一方的に要求を告げる。

「俺を道場に呼ぶって話をなしにしてもらいたい。

それはもちろん、勝負の勝ち負けに関係なく、だ。

お前は負けたんだから私に従って道場に来いだとか、逆に私に勝ったのだから道場を継げだとか、そういうことを言うのもやめて欲しい」

戦いに勝って、結局イベントが進行したのでは意味がない。

この要求は、だから俺からすれば当然の物だった。

「分かりました」

もっと厳しい条件を予想していたのだろう。

ヒサメは俺の提案に簡単にうなずいた。

これで一安心ではあるが、まだ終わっていない。

言ってみればこちらはただの保険。

俺の本命は、やはりヒサメとの勝負にある。

たとえ道場に行かなくて済んだとしても、ヒサメに興味を持たれている今の状況をどうにかしないと、根本的な解決にはならない。

ヒサメが俺に近付かないようにするのが最終的な目標であり、今回の勝負でそれを実現させるつもりだった。

それには大まかに、二通りの方法が考えられる。

あっさりとやられて『こいつとは戦ってもしょうがない』と思わせるか、あるいは逆にコテンパンにやっつけて『こいつとは二度と戦いたくない』と思わせるか。

今回俺は、どちらかというと後者に近い手段を取ろうと考えていた。

そのためにはまず、きちんとした勝負の場を整える必要がある。

俺はふたたび口を開いた。

「それに、勝負って言ってもあくまで『試合』で、命懸けってのはなしだ。

ちゃんと決闘システムを使って、きちんと場所も決めて、決闘終了以外でも、気絶とか場外、ギブアップなんかで勝負を終わりにさせるのが最低条件だ」

要求する形で話しているが、これは決して不当な条件ではないし、むしろこの程度のルールも決めずに勝負を始めようとすることの方がおかしいと言える。

いくらごねられても、これくらいは受け入れてもらわないと困ると思ったが……。

「いいでしょう。

先だっての約束の事もあります。

その条件で戦いましょう」

俺の様子から、ここには罠がないと判断したのか。

少し残念そうではあるが、警戒していた割にはあっさりと、ヒサメは勝負の条件を飲んでくれた。

「日時は三日後以降で日中。

出来れば人目に付きにくい場所。

それを守ってくれるなら、時間も場所もそっちで指定していい」

その誠意に応える意味で、時間と場所の指定は相手に譲る。

ヒサメならそこで小細工はしないだろうという安心感もあった。

「ならば三日後のこの時間、ここの裏手で」

いかにも戦う場所にこだわりを持たないヒサメらしい即断即決だった。

もちろん俺に異存はない。

「ああ。それで構わない」

軽くうなずいておく。

確か、ここの裏手は小さな庭のようになっていた。

それなりに広さはあるし、人目につく可能性もあまりないだろう。

俺とヒサメ、その二度目の戦いの舞台は、こうして決定されたのだった。

(……ん?)

それで話は決まったはずだが、いつもなら用事が終わるとすぐに立ち去るはずのヒサメが、なぜか俺の顔をじっと見たまま動こうとしなかった。

いや、それどころか少し身を乗り出して俺の目の辺りをのぞき込んでくる。

「ど、どうかしたのか?」

普段の言動が言動だけに意識はしないが、ヒサメはランキングトップを飾るほどの人気キャラで、非常に整った容姿をしている。

一言で言えば物凄い美人だ。

そんな人間に至近距離まで詰め寄られて、俺は思わず動揺してしまっていた。

「いえ。こんな距離まで近付いた事がなかったので気付かなかったのですが、貴方、良く見ると……」

その時、俺の背後でがさっという物音がした。

「あ、お、起きたのか」

リンゴだ。

目を覚まして、こちらをぼーっとした目で見ている。

特にやましいことはないはずだが、何だかなおさらに動揺を深めてしまった。

それで気勢が削がれたのか、ヒサメも俺に近付けていた顔を戻した。

「それでは、三日後にまたここで会いましょう。

……私には探索者の指輪がある事をお忘れなく」

さりげなく逃げるなと釘を刺してから、ヒサメは歩き去っていった。

「…おわった?」

ヒサメとの話について何か言われるかと思ったが、リンゴからの反応はそれだけだった。

俺がああ、と言ってうなずくと、リンゴはそれきりそこには興味を示さず、今も俺ではなく、その背後にあるもう一つの馬小屋を見ていた。

なんとなく、俺もその視線の先を追った。

そこには昨日の白い馬がいて、そいつは俺たちの視線に気が付くと、

「ヒヒーン」

わざとらしく、そういなないたのだった。