軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十五章 戦いの前の戦い

俺の口にした言葉がピンとこなかったのか、訝しげな声で彼女が問う。

「鬼ごっこ、ですか?

それはつまり、鬼に扮した貴方を私が切り捨てる勝負、という認識で間違いありませんか?」

「間違いありすぎる!」

むしろ間違いしかない。

何だそのバイオレンスなリアル鬼ごっこ!

斬り合いと全く中身が変わっていないし、なんかもう俺が殺されるの前提みたいになっている。

「そうじゃなくて、あんたは自分の速さには自信があるんだろう?

だけど、俺も自分の逃げ足の速さには自信がある。

だからそれで勝負をしないか?」

俺の提案に、しかし彼女はやはり納得出来ないとばかりに首を振る。

「先程は、随分と簡単に追いつかれていたようですが」

「それは条件が整っていなかったからだ。

俺が手段を選ばず全力で逃げれば、あんたでも絶対追いつけない」

「……む」

不遜とも言える物言いに、さしもの彼女も少し気分を害したようだ。

猫耳がいきり立って、『みゅん』っとなっている。

……かわええ~。

いや、確かに可愛いがそういうことではなく、俺もここで引き下がるつもりはないということだ。

逃げられないはずの相手から逃げる方策を、俺は見つけたかもしれない。

俺はそれに、賭けてみたかった。

「……分かりました」

先に折れたのは、ヒサメだった。

無表情ながらそこに呆れをにじませ、口を開く。

「貴方がそこまで言うのならば、勝負の方法はそれで構いません。

しかし、時間制限はどうしますか?

はっきり言って、私は貴方を10秒以内に捕まえる自信がありますが、どれくらいの……」

「10分だ」

俺はヒサメの言葉をさえぎって、そう言ってやった。

「…正気ですか?」

「こっちは至って正気のつもりだよ」

彼女の冷たい瞳と、視線がぶつかる。

暫しの間、無言で見つめ合う。

「嘘は、ついていないようですね」

どうやら彼女の眼は、嘘発見器にもなるらしい。

便利すぎでしょ、チーターさん。

「それで、武器の使用はどうします?

やはり、全面的に禁止ですか?」

その言葉には、俺は首を横に振った。

「いや、武器の使用は制限しない。

俺はあんたの攻撃をかすらせるつもりもないからな」

「随分と大きな口を叩きますね」

そう言いながら、内心は冷や汗ものだった。

これは実は、苦渋の選択だ。

もし、ことがこっちの思惑通りに運ばなかった場合、武器も使わずに彼女と追いかけっこなんてしても勝ち目が全くない。

それならば、まだ戦闘になる方がマシだ。

あくまで、マシ、という程度だが。

「その代わり、という訳でもないが、こっちにも準備がある。

丸一日、俺に時間をくれ」

「時間、ですか?」

ここが重要な所だ。

今すぐに戦うなんて言われたら、俺にはまるで勝ち目はない。

強引にでも、話を先に進める。

「ああ。そうだな……」

さて、時刻についてはどう説明しようか。

判断の根拠を求めて時計を見ると、時刻は8時半を回った所だった。

これなら、いいか。

「なら、勝負の開始は今から約24時間後。

明日の午前9時にしよう」

この町では、確か3の倍数の時間に時刻を報せる鐘が鳴る。

キリもいいし、分かりやすい。

「明日の午前9時、いや、その5分前に、さっきの宿屋の前に来てくれ。

9時ちょうどからの10分間、それが俺たちの勝負の時間だ。

その10分の間にあんたが俺に触れられたらあんたの勝ち。

そうじゃなければ俺の勝ちってことでどうだ?」

「……いいでしょう」

幸いなことに、ヒサメは特にごねることもなく、勝負の日時を認めてくれた。

しかし、ここからが勝負どころだ。

このまま一気に話をまとめる。

「直接勝負に関するルールは、俺からはこんな所だ。

ただ、それ以前にいくつか飲んでもらいたい条件がある」

「条件、ですか?」

俺はうなずいた。

「まず、勝負に関係なく、さっきまで俺と一緒にいた女の子、イーナには手を出さないでもらいたい」

「元よりそんなつもりはありません」

「それでもだ。約束してくれ」

語気を強めると、ぞんざいな仕種ながら向こうもうなずいた。

「なら、彼女には手出ししないと約束しましょう。

もっとも、彼女から襲ってきた場合はその限りではありませんが」

「それで十分だ」

ヒサメは気まぐれだが約束は守る。

これでイーナについてはあまり心配しなくていいだろう。

どんなに最悪の場合でも、俺が死んで終わりだ。

かなり気が楽になった。

「そしてもう一つ。

勝負が始まるまで、あんたには俺に近付いて欲しくない。

あんたが騙し討ちなんてしない人間だと信じたいが、勝負の前に襲われたり、勝負のための準備を盗み見られたらと思うと落ち着かない」

いや、本当はそんなことはしないだろうと信じているのだが、ここが重要な所だ。

俺はヒサメから距離を取った。

「今のこの距離……大体3メートルくらいか。

少なくとも勝負の時間になるまでは、これ以上俺の近くに近寄らないでもらいたい」

これは完全に俺のワガママと言える提案だ。

ヒサメがこの要求を飲むかは未知数だが……。

「要らぬ心配ですね。

しかし、そこまで言うのならそれも約束します」

よし、かかった!

俺は心の中でガッツポーズをしながら、念を押す。

「……いいんだな?

了承したなら、その瞬間から勝負の前にあんたが俺の半径3メートル以内に入った場合、勝負の開始を待たずにそっちの負け、ということにさせてもらうぞ」

「私は構わないと言いましたよ」

言質も取った。

これで随分と後がやりやすくなった。

だが、俺がほっと一息ついた瞬間に、今度はヒサメが追及を始める。

「代わりに、という訳ではありませんが、私からも二つ確認したい事があります」

「…何だ?」

俺の思惑を見破られたのか。

そう思ってドキドキしながら聞き返したが、彼女が尋ねたのは全く別のことだった。

「まだ、貴方は大事な事を言っていません。

貴方が勝ったら、私に何を要求するつもりなのですか?」

「あ……」

とりあえずこの場から切り抜けることばかり考えて、すっかり忘れていた。

「ええと、あー、それは……」

彼女との一騎討ちイベントは、ヒサメを仲間にするためのものだった。

だから、勝った上で俺が望めば、彼女はきっと俺の仲間になってくれるだろう。

しかし正直、今ヒサメを仲間にして彼女の連続イベントを起こすのは自殺行為だ。

絶対に途中で死ぬ。

だったら適当な物を選ぶのがいいのかもしれないが……。

こういう時、何を要求するものなのか。

金? それとも装備品、とか?

「貴方には命を懸けて貰うのですからそれなりの対価は用意します。

私に出来る事は高が知れていますが、その範囲内なら何でも」

「何でも?!」

何でも、という言葉は、青少年の欲望を刺激してならない魅惑の言葉だ。

何でもいいということは、一日中ヒサメの猫耳をもふもふするとかでもいいんだろうか。

ところで猫耳をもふもふするって、一体どうやることを言うのか。

そこから既によく分からないが、なんか無性にやってみたい!

が、俺は自分の欲望を抑えて、首を振った。

「いや、何も要らない。

今の所、俺があんたにもらいたい物も、要求したいこともない。

強いて言うなら、こういう人死にが出るような真剣勝負なんて、これからは受けて欲しくないってことくらいだ」

「私の力は、必要ありませんか?」

求められないことでプライドが傷付けられたのか、彼女がそんなことを言うが、まあそれは事実だ。

戦力にならないってことじゃなくて、派生イベントが危なすぎて傍に置いておけないってだけだけれども。

俺は言葉を選んで回答した。

「そりゃ、あんたが力を貸してくれれば、心強いとはおもうさ。

ただ、差し迫った危険がないなら、俺は一人でのんびりやりたいんだよ」

「そうですか。貴方はおかしな人ですね」

語調はあいかわらず冷たく、口調はぶっきらぼうだが、ヒサメのぴんと張っていた猫耳が、今のやり取りで少しだけ前に『ふに』っとなった。

ちょっとだけ、気を許してもらえたのかもしれない。

「だから、それはもういい。

それで、もう一つは?」

だが、俺がそう尋ねた瞬間、彼女の雰囲気が変わったのが分かった。

さっきまでの態度が嘘のよう、恐ろしいほどに真剣に、彼女は言った。

「今一度、この勝負に負けたら自分の命を差し出すと誓約して頂けますか?」

それが、真剣勝負に懸ける想いの重さ、なのか。

その瞬間、俺の身体を実際に質量のある何かが押さえつけたように思えた。

その圧迫に負けないよう、俺はゆっくりと、しかしはっきりと宣言した。

「……ああ。俺は、この勝負に命を懸ける」

それを口にし終えた所で、ヒサメの圧力が引く。

「そうですか。では、私からはもう特に何も」

そう言って、未練なく踵を返そうとする。

これで勝負の前のルール決め、交渉は終わりだ。

俺はもうここで話を打ち切ってよかった。

「待ってくれ!」

なのに、なぜか、俺はヒサメを呼びとめていた。

「何か?」

振り向いた顔には何の表情も浮かんでいない。

猫耳も、今は単に俺への興味以外の感情は映していない。

心の底から、平然としているのだ。

命のやり取りをすることを、つい数分前に決めたというのに。

「なぁ、あんたは何で、そんなに命懸けの決闘にこだわるんだ?」

それは、俺がゲーム時代から彼女に対してずっと疑問に思っていて、しかしきちんとした答えが得られなかった問いだ。

『猫耳猫』のゲームキャラに、そこまでの理由を求めるのは間違いだとは思っていた。

だが、今の現実になったこの世界の彼女なら、あるいは……。

「人とはズレた価値観だとは承知していますが、大切な物は、死線を越えた先にあると私は思っています」

期待を込めた俺の問いに、彼女はあっさりと答えてくれた。

「なる、ほど……」

とんだバトルマニアだと思っていたが、彼女には彼女なりに、信念という物があるのだと、その返答から知れた。

共感は出来ないが、それで理解出来ることもある。

「だから、俺に出合い頭に斬りかかったり、殺そうとしていたのか?」

いくらなんでも、性急すぎるとは思っていた。

もしや、俺が死線を越えられるか否かで罪の有無や軽重を計ろうとしていたのか。

それだってメチャクチャな理屈だが、そういう理由があったなら一応筋は通る。

そんな風に思ってそう口にしたのだが、彼女は俺の言葉に呆れたような反応を返した。

「何を言っているのですか?

あんな言いがかりで本当に人を殺すはずがないでしょう?

貴方が存外に面白そうだったので、ちょっと脅しをかけて実力を見てみようとしただけです」

「そうか。なるほど…な?」

え?

待って?

ちょっと待って?

待って待って待って?

さらっと言ったが。

こいつは今、さらっと言ったが。

もしかして、今の、とんでもない一言じゃないか?

まさかとは思うが、あれか?

最初に俺が、ヒサメの攻撃を避けなければ……。

あるいは俺が、途中で真剣勝負なんて言わなければ……。

ヒサメは攻撃を寸止めして、「貴方を試しただけです」とか言って、そこで戦闘終了していたのか?

なのに俺は、わざわざ真剣勝負なんて物を持ち出して、元々は俺を殺す気なんてなかったヒサメをその気にさせ、命懸けの戦いを挑んじゃってるのか?

もしかして俺、とんでもない蛇足というか、取り返しのつかない藪蛇をやっちゃったんじゃないか?!

「では、また……」

急にうなだれてしまった俺を見て、付き合いきれないと思ったのか。

彼女はふたたび俺に背を向け、この場を歩き去ろうとする。

確かに今の発言はショックだったし、ヒサメが見境のないバトルジャンキー、バトルマニアに見えて、最低限の線引きは心得ている奴だと分かった。

(だからこそ、こんな騙し討ちみたいな真似は、本当はしたくはないが……)

軽々しく譲れない物というのは確かにある。

俺にとっては、自分の命ももちろんその一つだ。

そして、それを守るために必要な布石があるなら、それを打つことを俺はためらわない。

だから……。

(ハイステップ!)

俺は、ヒサメの背中を目掛けて、スキルを使用した。